梗 概
私の欠片
資産家令嬢でもある美貌のピアニスト蔵本沙羅は、両親と車で移動中に多重事故に巻き込まれ、家族と自身の体の大半を失う。
だが、実家の資本と、事務所による人気ピアニストへの保険により、沙羅は事故前と全く同じ姿で蘇る。破損した内臓は、万が一に備え彼女の細胞から培養しスペアとして保管されていたものに取り換えられ、失った手足の代わりに最新技術を駆使した義手と義足。脳と心臓だけは、完全に事故前のままだが、他はほぼ新しいものに切り替わった。
退院し日常へと戻る沙羅。事業は兄に引き継がれ、生活の基盤は依然のままだ。恋人であるバイオリニストの悠一や友人達の関係も変わらないはずだった。
最初におかしいと言い出したのは家政婦だった。沙羅が嫌いなブロッコリーを食べたからだ。入院中の食事で食わず嫌いだったことに気付いただけなのだが、小さな波紋は周囲の人の疑惑を生む。
同じ事故に巻き込まれながら、自分と同じような治療が受けられず命を落とした人に思いを馳せる沙羅に、以前の君とは違うと言う悠一。さらに、ピアノの指導者からも、演奏の雰囲気が変わったと言われる。それは良い方にという意味だったが、「変わった」ということに沙羅は不安を覚え始める。
自分は本当に以前のままなのか。
担当医師に聞くが、体のパーツは間違いなく沙羅の細胞から作られたものであるし、義手の演奏時の動きも事故前のデータを元に再現されたものだという。
脳と心臓は完全に元のままだと医師の言葉も信じられず、復活記念の演奏会に向けての準備が進む中、沙羅は追いつめられていく。
そして演奏会当日。迷いを振り切るような渾身の演奏は絶賛される。メディアにも大きく取り上げられるが「以前より表現力が増した」「次のステージに上がった」等、「前とは違う」ということが書かれているのを見て沙羅は耐えられなくなり、姿を消す。
数年後、名前も変えて場末のクラブでピアノの伴奏をしている沙羅を悠一は見つける。彼女のピアノは泣けると少しずつ話題になっていた。
悠一と話す沙羅。
あの時は元の自分でいることに必死だったけれど、あんな恐ろしい事故にあい、両親も失い、自分も大手術をして長く入院して、そんな経験をしたのに元のままでいられるわけがなかったのだと語る。
自分の気持ちは変わらないから一緒に帰ろうという悠一の申し出に、首を横に振る沙羅。あれからまた私は変わったのだ、と悠一に別れを告げる。彼女の演奏は、以前とは全く違うものになっていた。
静かに響く沙羅のピアノに涙しながら、悠一は一人店を出て行った。
文字数:1060
内容に関するアピール
難しい科学技術の理論はわからないので、それに振り回される人を書こうと思いました。
わからないから恐れ不安になる、技術を希望と取るか脅威ととるか、その辺りが実作で表現できればと思っています。
文字数:95