穴が空いた日

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梗 概

穴が空いた日

202X年 5月13日 午後4時36分。
 首都圏郊外の平凡な住宅地に、突然半径一キロに及ぶ穴が空き、その範囲にあるものは全て家も人もすべて消え去ってしまった。

一瞬で現れた真っ黒い穴。
・その周りは型で抜いたようなきれいな断面になっている。
・穴の向こうは見えるが、円の範囲に入ったものは調査用の機器もぜんぶ消えてしまう。
・ガス・水道・電気、全部途切れているが、穴に漏れているようすはない。
 やがて、穴の周りには扉がたった一つの頑丈な高い壁が作られた。

十二歳になる山本えり子は、毎日その扉の前に来ていた。その度に警備員に追い払われていたが、下校中必ず寄っていた。
 ある日、えり子が扉の前に行くと、いつもの警備員ではなく若い男が立っていた。服も制服ではないので、えり子は訝しがる。
 この先に行きたいのかと問う男に、弟がいなくなったと言うえり子。

男は平行世界パラレルワールドについて語り始める。
 薄い紙が重なりあっているような状態で存在する平行世界パラレルワールド。この穴は、それを貫通して存在している。
「本当に紙にパンチで空けたみたいに穴が空いた」
 だが、その穴は世界の全てに空いているわけではなく、重なり合う世界の一部にだけ空いている。穴のエリアに居た人々は、それぞれの世界から切り離され、不安定な存在になった。穴の空いた時空間を意思とは無関係に移動してしまう。それでも穴に落ちた人々はわずかな偶然の出会いと使って情報を集め、元の世界に戻ろうとしている。
 弟が偶然・・戻ってくることはあるのかと、えり子は聞くが男は難しいだろうと答える。移動は偶然だし、すぐに移動してしまうという。

さらに男は、専門家ではないがと前置きした上で話す。
「実は、穴が空いた原因はまだ不明けれど、多分これがきっかけじゃないかという出来事は見つけられている。今から数十年後、ある女性科学者が行方不明になった弟を捜そうと行った次元移動実験の失敗だ」
「その科学者が私?」
「わからない。この事故で弟を失った女の子はたくさんいるし」
 男の様子から、彼が原因の少女を探し出して消す役割を担っているのだと察するえり子。
「私が死んだら穴は消える?」
 男は答えない。

穴が空いた日、えり子の弟は一人家にいた。息子を失った母親は病み、娘を疎むようになった。経済的な困窮も追い打ちをかけ、えり子の家庭は荒れていた。学校でも浮くようになっていた。
 穴に落ちることで、穴が消えるのか。世界が変わるのか。何かが変わるのか。
 自分はとっくに変わってしまったと、えり子は思う。
「私、行くね」
 男は、別の世界で手に入れたという鍵で扉を開けた。
「本当に、どうなるかわからないよ」
「だから、やってみる」
 扉の奥の入るえり子。
 最後に一度振り向くが、そこにはもう男の姿はなかった。
 えり子の目の前には、あの日見たのと同じ真っ黒い穴が空いていた。

 

文字数:1191

内容に関するアピール

テーマは2018年第9回「小さな世界を見せてください」選びました。

突然現れた得体の知れない大きな穴。
 世界中の科学者がその謎の解明に夢中になり、社会的には被災者の支援や行方不明者の捜索について、毎日激しい議論が交わされることになるでしょう。

しかし、そんな事は未熟で多感な少女には関係ないこと。
 大事なのは、穴の出現によって、彼女の小さく繊細な世界が壊れてしまったという事実だけ。

そのあたりの対比が表現できればと思っています。

文字数:212

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