永遠と六十四年

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梗 概

永遠と六十四年

西暦2056年。解剖作業を終わらせた法医学医の青年、新田。気がつけば解剖室の中に木棺が二つある。突然現れた木棺の一つを開けてみるとそこには知らない遺体が入っていた。もう一つは空であった。警察の捜査が行われ、遺体の検死を新田が行うことになる。遺体に既視感を覚える新田。この遺体が自分なのではないかという疑念が生まれる。肉体は明らかに老人のものであるが、歯型や手術痕が自分のものと思えてならない。DNA鑑定が行われて新田と遺体はDNA的にほぼ同一人物であることが分かる。ごくわずかだけ異なるDNAには4bitエンコードされたメッセージが書き込まれていた。

超未来で起こる時間戦争によって二つの文明α(アルファ)とΩ(オメガ)が争っていた。地球人類は超未来においてαの主力として所属する。Ωは地球人類のαへの所属を防ぐため、その歴史的分岐点となる西暦2120年までに地球を消滅させる必要があった。しかし誕生以後の地球はαによって防御されている。Ωはαに知られないよう、のちに地球を形成する隕石の中に超長期的な時限爆弾を仕込んだ。

その時限爆弾こそが新田だった。隕石の中に仕込まれた時限爆弾は46億年の時をへて新田の体を構成した。時限爆弾それ自体と、地球の歴史、生命、人類の進化を不可分にすることこそがΩの狙いであった。時限爆弾を解体するためには地球の歴史を一からやり直す必要がある。2120年になると自動的に新田は大爆発を起こし、地球は破壊される。新田の体を分解したり、地球から遠ざけたとしても自動的に爆発する。

αは対抗策として「時間の棺」を送ってきた。「時間の棺」は木棺型のタイムマシン。2120年になる前に新田の体を過去に送って爆発を回避するのだ。生きている人間はタイムマシンの移動に耐えることができず死んでしまう。

新田の遺体は西暦2056年から2120年の六十四年間の時間を行き来することになる。ループを一回くりかえせば生きている新田が一人死んで遺体が増える。つまりαにとってこの方法がいつまで持つのかは分からず、解決策を得るまでの時空的な時間稼ぎだった。見方を変えれば新田の遺体は六十四年の時間の中に納められる。「時間の棺」とは木棺のことだけでなく、この六十四年の時間をも意味していた。

新田はこれ以降時限爆弾として生き、厳重に健康を管理される生活を送ることになる。何らかの事故にあわないよう、建物から出ることも許されない。新田の老人の遺体があらわれたことから、新田は老人になるまでに無事生きるのだろう。しかしこれからどう生きればよいのか分からず新田は頭を抱える。

文字数:1080

内容に関するアピール

「タイムマシンを使って人間の遺体をある時間期間の中に埋葬する」というアイディアをもとにあらすじを作りました。

文字数:54

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人類解剖

生きている人間と死んでいる人間が一人づつ部屋の中に入ってきた。
生きている方は葦芽あしめと名乗った三十代ぐらいの女の警察官で、死んでいる方は名前も知らない五十代ぐらいの太った男だ。
葦芽が遺体を運んでいる間、新田にったは椅子に体をもたれかけながら葦芽の方を見ないように、ジンラミーという名前のトランプゲームをパソコンで遊んでいた。コンピュータープレイヤーがカードを公開し、総得点が100点を上回ったので新田の敗北となった。
「死体の隣で堂々とゲームをしててもいい職場なんですね、ここは。ちょっと手伝ってもらっていいですか」
葦芽が遺体の乗った台車を解剖台の横につけ、遺体を運ぶべく脇の下を掴んでいる。新田は立ち上がって遺体の足を持ち、かけ声に合わせて二人で遺体を解剖台へ移し替えた。
「死亡した現場から女が一人逃げたという目撃情報があるので、殺人の可能性がわずかにあります。念のためわたしも解剖を見させていただきます」
新田はこの警察官の堂々とした態度が少し気に食わなかったが、断ることもできないのでしぶしぶ了承した。
棚から解剖用のガウンとキャップを取り出して葦芽に渡し、自分のために同じものを取り出した。
「音楽は好きですか」
新田はガウンを着ながら葦芽に尋ねた。初対面の人にいきなり聞く質問ではなかったかもしないと新田は思った。
解剖中に音楽を流したい。新田はいつもそう考えていた。アンビエントミュージックがあれば解剖ははかどるはずなのだが、もし解剖室で音楽をかけようものならば教授会で何を言われるか分かったものではない。解剖を今からしようとするこの瞬間にもその考えが頭の中に浮かび、この警察官がもしかしたら賛同してくれるのではないかという根拠のない考えが頭にもたげ、勢い余ってその質問が口をついて出た。
突然の質問に葦芽は少し黙り、何かを考えているように遺体の方をちらりと見、そして目線を新田の方に戻した。
「あまり聞かないです。好きなアーティストとかも、いないです。音楽に興味がないのかも」
そんな人がほんとうにいるものなのかと新田は思った。
「そんな人がほんとうにいるんですね」
言わないつもりだったのだが、思っていることがそのまま口に出た。
「まあ、いるか」新田は気まずくなって言葉尻を濁してごまかした。
新田はキャスター付きの作業台を引っ張ってきて遺体と向き合った。腹から胸にかけての皮膚にメスの腹を押し当てて切開線を入れる。葦芽が見守る中、天才監察医と噂されている新田による解剖が始まった。

十一月十一日未明。
東京都世田谷区のとある大きな邸宅の使用人から二件の110番通報があった。
一度目の通報は、知らない女が邸宅の玄関を開けて出て行くのを見たというものだった。その時点で近くにいた警察官が現場へと向かいはじめたのだが、そのあとすぐに二度目の通報があった。使用人が主人に警察を呼んだことを伝えようとしたところ、主人がベッドの上で倒れていて意識がなかったということだった。応対した担当者の指示で使用人が主人の呼吸と心拍を確認し、心停止していることが分かったため、使用人は心肺蘇生法を試みることになった。担当者は救急車も手配したが、現場に着いたのはパトカーの方が早かった。
現場に到着した警察官が邸宅の玄関の引き戸を開けると、廊下の奥にある階段から人が勢いよく降りてきて、こちらです、と言って階段を引き返していった。通報してきた使用人のようだ。警察官は急いで使用人の後をついて階段を登って行き、主人がいる部屋へと向かった。
五十代ぐらいの恰幅のよい男性が大きなベッドの真ん中で全裸で倒れている。外傷などは見当たらない。
心臓が動いていません、と使用人が言い、警察官が心肺蘇生法を引き継いだ。
使用人は、あの女を探してくださいと言いながら、落ち着かないように部屋の中をぐるぐると歩き出したので、殺人の可能性がありますから現場のものを動かさないで、と警察官が言って使用人が歩き回るのをやめさせた。
しかし実際のところ、殺人ではなく腹上死なのではないかという予想がこの警察官にはあった。公にされていない男女関係の中で起きる腹上死で、残された方が怖気付いて現場から逃げるというのはよくあることだった。服を着ていないのもそのためだろう。やがて救急車が到着し、主人は病院へと運ばれたが、救急車の中で死亡が確認された。
新田はまず遺体を開腹し内臓の状態を見た。腹部肥満があり、大動脈が硬くなっている。
遺体が亡くなっていた現場の状況については事前に新田も情報を受け取っていた。自身のベッドの上で全裸で亡くなっていて、それに加えて女が現場から逃げたとなれば、現場に駆けつけた警察官の予想と同様に何らかの疾患や病気を死因とした腹上死である可能性が高いと新田は考えていた。
次に頭蓋が開かれ、脳の疾患を持っていなかったかどうかが確認される。
解剖室の隣には事務室がある。事務室の壁に備え付けられた流し台の隣には、紙を裁断するためのシュレッダーが置かれている。新田宙達にったちゅうたつはいつも、この流し台の前に立って人間の内蔵が映った二枚の写真を手にながめながら、歯を磨く。例えば、ガンによって亡くなった献体と老衰で亡くなった献体の写真を見比べて、どっちがどっちなのかを当てる。新田が習慣にしている趣味が悪い遊びだった。新田は歯磨き粉を吐き出して水でうがいをすると、コンピュータの前まで行って遊びの正解を確認する。その後新田は写真をシュレッダーにかける。遊びでこんなことをしていると知られたら教授会で何を言われるか分からないからだ。そのためのシュレッダーであった。
新田は毎日、三体から四体、あるいは多いときは七体の遺体を解剖する。新田は今日はすでに二体の解剖を終わらせていたが、今解剖しているものと合わせてもう三体の解剖の予定がある。
新田はこの法医学教室でのずば抜けた稼ぎ手だった。それは単に仕事をたくさんしていたからであり、なぜ仕事をたくさんしていたかというと、金を稼ぐことが偉いことだと新田が考えているからだ。一般的に他の医者は生きてる人間の体を診て金をもらっているが、新田は死んだ人間の体を診て金をもらっている。その事実が新田にとってはどうにも愉快であった。
新田が金を使う先は医学研究をしている会社に投資することだ。医療の発展に与することは偉いことだと考えているからだ。死んだ人間の解剖をして稼いだ金で生きている人間の役に立つことをしているということがことさら愉快であった。
解剖をはじめてから三十分が経ち、新田は息を吐いて解剖に納得したような顔をした。
「殺人ですね。詳細な検査を待つ必要がありますが、おそらく撲殺です」
意外な結論を聞いて葦芽は一度顔をしかめ、視線を右と左に揺らし、それから驚いたように目を見開いた。
「決め手はどこなんですか」
「外傷性脳内血腫です。左眼窩の奥で皮下出血がありました。血溜まりが脳を圧迫するんです。正面から殴られでもしない限りああはなりません」
監察医としての新田は、遺体に残されたありとあらゆる情報をすくいとって、総合的に死因を明らかにすることに長けていた。新田は今まで経験した解剖の事例を網羅的に紹介する論文を発表しており、三十五歳にして海外でも名を馳せている監察医だった。その凄腕の噂は葦芽が働く警察庁でも一部の人間が知っており、葦芽が遺体を運んでくる前にも教えられていた。その新田が下した死因の判断なのだから、妥当なものなのだろうと葦芽は一応納得した。
新田は後始末として遺体の縫合をはじめた。
「所見を書いて正式に報告しますので、今日は帰ってもらっても大丈夫ですよ」
下を向いて針を皮膚に突き刺しながら新田は言った
葦芽が顔を上げてふりかえると、隣にもう一つある解剖台の上に何かを見つけたようで、驚いて思わずあとずさりをし、床に靴のかかとが強くぶつかる音が響いた。
葦芽の様子が変なことに気づいた新田が葦芽の視線の先を追うと、解剖台の上にさっきまではなかった裸の老人の体が置いてある。
新田は、人体出現マジックみたいだ、と思いながらゆっくりと針と糸とを作業台の上に置いた。
そして「人体出現マジックみたいだ」と実際に口にしていた。状況にそぐわないことを言ってしまったことに気がついた新田は気まずくなって、気を取り直すように「まずいですね」と言った。新田はとっさにそれが死体なのかどうかを確認するために呼吸と心拍を計った。死んでいる人間だった。
今日事前に解剖していた遺体はすでに引き取られていて、この法医学教室にはないはずだ。この死体には覚えがないし解剖や縫合した跡もない。裸の死体は目も口も閉じて仰向けで天井を向いている。管理されていない、身元不明の遺体が解剖室に突然出現したのだ。
「さっきまではありませんでしたよね」解剖中は自信に満ち溢れた表情をしていたのとは打って変わって、新田は突然弱気な声色を出した。
「私が運んできた遺体は、今解剖してもらった一体だけです。前に解剖したのを運び忘れたりしたんじゃないですか」葦芽は突き放すように冷静な声を出した。それはありえない。人間の遺体を運び忘れたり起き忘れたりするなんてことはしたことがない。さっきまでは確かに遺体はなかった。それに解剖室には新田と葦芽以外の人間は出入りしてない。
焦った新田は事務室に戻り、直近で解剖した遺体のリストを確認して、引き取り手に次々と電話を掛けた。しかし三日前までの全ての遺体について引き取りがあったことが確認できた。
次に新田は病院内で最近死亡した遺体があるかどうかを確認するために総務に内線をかけた。しかし亡くなった遺体は全てしっかりと管理されているという。
その間、葦芽も警視庁に電話で問い合わせをして、直近で新田の法医学教室に司法解剖を依頼した遺体について確認したが、全て新田のリストに記載があるものだけだった。
ついに新田と葦芽は困り果てた。事件性がある可能性から、葦芽は他の警察官の応援を呼ぶことになった。
新田が遺体を眺めていると、触らないほうがいい、と葦芽が言った。新田はこの遺体を解剖した覚えはなかったのだが、なんとなく見覚えだけはあるような気がした。
応援を呼んだ警察官二名が到着し、実況見分、新田及び法医学教室の関係者への取り調べが行われることになった。
取り調べを行った警察官は初めは新田を疑っていたが、新田が有名な監察医であることと葦芽が一緒にいたということを聞いて、その疑いを解いた。結局その日は、遺体について詳しいことは何も分からなかった。

二日後、以前解剖した遺体の胃に残された内容物の写真を眺めながら、新田はカップヌードルを食べていた。解剖による所見がうまくなるためには復習が大切だからだ。
事務室に電話がかかってきたので新田が受け取ると、先日の遺体について司法解剖が行われることになり、事件の当事者ではあるが、新田に解剖を依頼することになったという内容だった。
時間通りに法医学教室の扉が開き、またもや葦芽が顔をあらわした。しかし今日はもう一人の二十代後半ぐらいの男の警察官も一緒だった。男の方は警察手帳を見せて橋本と名乗り、二人は台車を使って遺体を運び込んだ。解剖室で発見された遺体が再び解剖室に戻ってきた。
「新田さん、あなたの解剖室で見つかった謎の遺体、わたしも真相が気になります。実はあなたが遺体を殺した犯人なんじゃないかとも思っているんです」葦芽は悪びれもせず面と向かって新田にそう言った。それならどうして自分に司法解剖の依頼が来たのか、辻褄が合わないではないか、と新田は思った。
新田による謎の遺体の解剖がはじまった。内臓や脳に異常は見つからず、死亡した原因が見つからない。老衰にしては若すぎる。
新田が違和感を覚えたのは口を開けて歯型を確認したときだった。奥歯にエナメルのインプラントがあり、老化のために無くなっている歯も多かったが歯型全体にどこかで見覚えがあるような気がした。
左足のくるぶしの骨折痕を見つけたときもそうだった。事前に撮影していたレントゲン写真で確認すると、おそらく幼少期の頃に折れて時間が経って接合しているもののように思われた。
まるでこの遺体は自分のようだ、という考えを新田は抱いた。歯科医に定期検診でかかるときに見せてもらう歯の写真とこの老人の歯型が似ていたし、同じような骨折を幼少期にしていたからだ。死んでいて表情がこわばっているためよく分からないが、どことなく顔も似ているような気がした。自分の身体は自分が一番よく見て知っている。
結局遺体の死因に関する情報は何一つ得られなかった。突然ただ心臓が止まったとしか思えない不思議な遺体だった。
ただ一点、新田はこの遺体が自分と関係のあるものなのかどうか詳細な調査を依頼した。費用は自分が持つと報告書に記載した。DNA鑑定、レントゲン、歯型、指紋による検査をして自分との関係を確かめたかった。

一ヶ月後、警視庁から新田を呼び出す連絡があった。用件を聞いたが電話口では答えられないということで、新田は仕方なく警視庁まで出向くことにした。警視庁の建物の中の一般人が入ることがない階に到着すると、顔見知りだということで葦芽が新田を出迎えた。
「新田さん、あなたのこと犯人だと思ってましたが、犯人じゃなさそうです」
どういうことなのかを聞こうとしたが、詳しいことはまだ話せないので会議で聞いてくれと言われ、新田は口をつぐんだ。
新田は会議室へと連れていかれ、椅子に座って部屋の中でそわそわしながら待っていると、数人の事務方と思われる警察官が列を成して入ってきた。一人の警察官が例の遺体に関する詳細な報告を読み上げはじめた。
「まずはじめに結論を言いますと、調査を依頼されていた新田宙達氏と例の遺体の関連についてですが、二人は鑑定の上では同一人物である可能性が非常に高いという結論が出ました」
あの遺体が自分なのではないかという突拍子もない考えは自分が提出したものだったが、いざ科学的な調査によってそれが明らかになったとなると新田は大いに戸惑った。二人の別々に存在している人間、一方は生きている壮年であり、もう一方は死んだ老人が同一人物であると断定されることはありえないことだった。
DNA鑑定の結果では、二人のDNAのほとんどが一致した。DNAが同一であることは双子でも起こりえることだったが、年齢が大きく異なる双子はありえない。クローン技術を使えば可能かもしれないが、新田が生まれた年にはクローンの技術がそこまで確立されてはいなかった。各鑑定をした専門家によれば、今生きている新田が今後数十年生きた場合、遺体の持つ身体的兆候に合致する可能性は大いにありうるし矛盾しない、という結論が提出された。遺体の推定年齢は六十代、新田のちょうど三十年後の姿であるということだった。
「遺体に残された謎はもう一つあります。それはDNAです。DNAはほとんど一致したのですが、ほんのわずかにだけ異なる部分がありました。専門家の意見によれば、ある一部のDNAだけがまるまる書き換えられているかのように違うということでした。念のため体のさまざまな部位からDNAを採取して検査しましたが、どこも同様でした。配列に何か意味があるのではないかと専門家が口にしたため、該当する部分のATGCの四種類の塩基配列を暗号の専門家に送ったところ、意味は判別しないが統計的な解析によれば何か意味のあるメッセージが込められている可能性が高い、ということでした。こちらについては現在も解析を依頼中です。このように今回のこの事件は特殊なケースでありますが、我々が知る科学的な事物を超えた出来事であり、何らかの国家的な問題、具体的には組織的なテロ行為や新たな犯罪の手口との関連性が高いと推測されるので、組織犯罪対策部組織犯罪対策特別捜査隊へと捜査を移管しております。新田宙達氏には重要な参考人として改めて聞き取りを行いたいと思いますのでご協力ください」
新田は会議室の天井を見上げ、大ごとになってきたなと思って苦笑いをした。

それから一ヶ月が経ち、再び新田は呼び出されることになった。
会議がはじまる前に一人の警察官が紙を持ってきたこういった。「ここから先の話は捜査上の極秘情報のため新田さんには、守秘義務が付与される誓約書を書いていただきたい」不穏なことに巻き込まれていることに新田は嫌気がさしてきていた。
会議がはじまり、前回説明したのと同じ警察官が同じように説明をした。
「暗号の専門家に依頼していた、発見された遺体と新田氏のDNAの差分、ATGCの四種類の塩基配列による暗号が解読されました。実のところメッセージは暗号化はされておらずUTF-8で符号化された英語の文字列でした。荒唐無稽と言わざるをえませんが、その内容を今から説明します」

*

はるか彼方の超未来では、タイムマシンを含む時空間を操作する技術が発展し、宇宙規模での時間戦争が起きていた。地球人類が所属するαとそれに敵対するΩ、二つの文明が全面戦争に突入した。地球人類はαの中の戦力の主力を占めており、Ωは地球人類がαへ所属することを防ぐため、過去の地球を攻撃して消滅させる作戦を計画した。Ωはタイムマシンによる攻撃によって、過去の地球を消滅させることを試みるが、誕生以後の地球はαによって厳重に監視・防御されている。
そこでΩはαに検知されない攻撃手法を考案した。防御の対象範囲となっているよりもさらに過去、のちに地球を形成することになる隕石の中に超長期的な時限爆弾を仕込むというアイディアだ。物理的な時限爆弾であれば検知されて取り出されてしまうが、Ωが考案した爆弾はそうではない。地球に生命が誕生し、人類が誕生して繁栄するという地球の歴史を利用したものだった。Ωが持つ時空因果計算機によって、任意の物質がその後どのように移動の経緯を辿るのかを計算することができた。地球が誕生する前の時点で、ある一人の人間をその後構成することになる原子全てを爆弾のものと置き換える。これによって四十六億年かけて爆弾を組み立てアセンブリするのだ。ある一人の人間存在そのものが地球を消滅させる爆弾と化す。
そして、その時限爆弾に選ばれた人間こそが新田宙達だった。隕石の中に仕込まれた時限爆弾は46億年の時をへて新田の体を構成した。時限爆弾のタイマーは二〇五二年にセットされており、時間が来れば自動で新田の身体は爆発する。
αはいくつもの対応策を試みた。
新田の体を破砕する。
新田の体を宇宙に飛ばす。
新田の体をタイムマシンで二〇五二年以後に送る。
新田の体を防御壁で囲って衝撃を抑える。
しかしそのいずれもが爆発によって失敗に終わった。
唯一うまくいった方法が新田の体を過去に送る方法であった。二〇五二年を超えずに遺体を保存し続ければ、新田の体は爆発しない。
新田の元に現れた謎の遺体は、爆発を避けるために未来から送られてきた新田自身の体であった。しかしこの方法は、根本的には事態を解決しない。なぜなら新田の体を過去に送ったとしても二〇五二年が来れば爆発してしまうため、遺体を過去に送り続けなければならない。さらには新田の体を送った先にも生きている新田は存在しているため、過去に送ることを繰り返せば繰り返すほどに、過去に送らなければいけない新田の体は増え続ける。そして何より、タイムマシンを使ったとしても世界は分岐せず、ただ一つのタイムラインしか存在しない。そのため、どのようにしたとしても世界に新田の体は存在し、二〇五二年以降が地球に訪れることは決してない。
タイムマシンを使った場合、過去を改変したことによる影響は未来の出来事には即座には影響しない。因果律が時間軸を波及していく不変の因果速度というものが存在する。二〇五二年の爆発による歴史的因果律が超未来のαがいる時間に波及するまではまだ幾許かの猶予があるものの新田の爆発を止めない限り未来はない。

*

作者コメント
作者の力量不足によりこの物語はここまでしか書かれていません。この後には、新田が46億年を遡って人類の進化の歴史そのものを解剖するという構想をしていましたが、大風呂敷を広げすぎて作者の手に余り、続きを書くことができませんでした。

文字数:8249

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