ギャラン・ドゥは二度死ぬ

印刷

梗 概

ギャラン・ドゥは二度死ぬ

 “下”側のエージェント、ギャラン・ドゥは、「“上”側が毛根破壊兵器〈レーザー・リムーバー〉の開発に成功した」との報を受け、頭部へと飛んだ。彼に与えられた任務は二つ。〈リムーバー〉完成の事実を調査し、事実ならばこれを製造施設ごと破壊すること。そしてもう一つは、〈リムーバー〉の開発者と目される謎の男、ギャツビーを抹殺することだ。

 

 ギャランの上司、VIOは任務前にこう語る。「脱毛クリームもカミソリも、ギャツビーが上側諸国で売り歩いたものだ」「あの死の商人を止めなければ、われわれ下側勢力に未来はない。失敗すればワッキーより酷い目に遭うだろう」。

 

 ワッキーというのはギャランの先輩エージェントで、頭部地域で破壊工作を行っていた男だ。彼は頭部の支配者、オグ・シズラーの邸宅に侵入し、整髪料と脱毛剤をすり替える任務を負っていたが、何ゆえかこれに失敗し、失踪。数日後、彼の出身地である右側腋窩は、禿げ散らかした状態で当局に発見された。ブラジリアンワックスによる報復である。

 

 幸い、下側の民は毛根さえ残っていれば、直ぐに復活するだけの生命力を持っている。右脇での立て直しもスムーズだった。しかし、〈リムーバー〉の完成が事実であれば、下側の民は文字通り根こそぎ殲滅されることになる。ギャランの両肩には、重い責任がのしかかっている。

 

 刺客を返り討ちにし、ついに〈リムーバー〉の製造施設を探り当てたギャランは、破壊工作に掛かろうとする。しかしそこで、行方不明だった筈のワッキーが立ち塞がる。なんと彼は上側に寝返っていたのだ。「俺は性毛だが、上側に位置する体毛だ。お前とは住む世界が違う」。ワッキーの言葉に怒ったギャランは、ガムテープを手に襲い掛かる。死闘の末、ワッキーはブラジリアンワックスに呑まれて死んだ。

 

 ギャランが床に転がっていると、〈リムーバー〉を手にしたギャツビーが現れる。抗う力もなく死を覚悟したギャランに対して、ギャツビーはワッキーが裏切った背景について語り始める。

 

 曰く、彼が暗殺任務に失敗したのはオグ氏が人工生命体〈アート・ネイチャー〉に置き換えられていた為。

 曰く、オグ氏の一族は既に絶滅しかかっており、外部から若くて力強い毛を迎え入れる必要がある。

 曰く、どこの毛であろうと頭部に根付けばオグ氏のような美しい毛髪になれる。

 

 ギャランにとって、ギャツビーの話は魅力的だった。裏切れば、頭部の民に加われる。美しいキューティクルが手に入る。ギャランは、自分を毛髪にしてくれと懇願し、ギャツビーはこれを快諾した。

 

 頭部に定着したギャランは、自分がオグ氏に変貌しつつあることを自覚する。縮れた肉体は、美しい直毛へと変化していた。しかし、彼の心に幸福はない。彼が想うのは上司のVIOのこと。そして、これから起こるであろう全身永久脱毛のこと。罪悪感で心を病んだ彼は、レーザーに焼かれることだけを望んでいる。

文字数:1199

内容に関するアピール

 電車に乗ると、いつも違和感を覚えるんです。

 ある広告が「髪を増やしましょう」と言っている傍らで、別の広告が「ムダ毛は無くしましょう。夏までに間に合いますよ」と言うからです。髪は増やすのに胸毛は根絶やしにするのか、脛毛も腕毛も要らない子なのか、それは毛の差別ではないのか――身体中から抗議の声が聞こえるようです(※聞こえません)。

 

 今回の梗概は、ムダ毛という名のサイレントマジョリティの代弁をするべく記しました。

 皆さんも、自分の毛の声に耳を傾けてやってください。

 そして、大事にしてやってください。自分の身体は自分で労わらねばなりません。

 

 それと余談ですが、ぼくは最近ヒゲ脱毛を始めました。嗚呼、なんという不合理。

 という訳で、今回の課題テーマは「遊べ! 不合理なまでに!」(2016年/第6回)でした。

 お目汚し失礼いたしました。

文字数:367

印刷

ギャラン・ドゥは二度死ぬ

あなたが最初に知るべきことは、我々の仲間がどこにでもいるということだ。

我々はあなたの布団に潜り込み、ほほに接吻し、お気に入りの衣服に張り付く。

ああ、分かっている。きっと、あなたは我々のことを快く思っていないだろう。しかし、我々はあなたのことを敬愛している。我々はあなたの皮下から産まれ出て、あなたの表皮を守るために命を使う。身体から切り離された後も、あなたを見守り続けている。箪笥の上、フローリングの隙間から。干乾びるその日まで。

あなたは我々の故郷であり、絶対者であり、母星ガイアなのだ。

なあ、ガイアよ。あなたが我々の絶滅を望むならそれは仕方のないことだ。受け入れる他ない。ドードーはのろさが祟って絶滅し、オオツノジカはカルシウム不足で絶滅した。滅んだ理由が情けない生物なんてそう珍しくもない。我々、性毛が醜さゆえに刈り取られるのも、殊更おかしな話ではないという訳だ。

しかし、これだけは覚えておいて欲しい。

僕がこんな様になったのは、あなたの責任だ。これは僕にとっての告解であり、あなたにとっての告発でもある。これは僕とあなたの物語なのだ。

 

     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆

 

穴から少し顔を出しただけなんだ、と鼻毛のやつは語った。

それが、“上”側の連中が鼻毛の集落を襲った理由なんだという。ふざけた話だ。上側の連中はいつもそうだ。彼らは病的な潔癖さ故に、ルールに背く者を容赦しない。納税を怠ったヒゲは問答無用で刈り取られるし、眉毛のやつらは伸びたそばから毛先を切られて子供に逆戻りする。そして、鼻毛たちは終わりのない穴倉暮らしを強いられているという訳だ。

たまたま下側に逃れてきたこの鼻毛――ハナゲンティは運が良かった。上側に送った偵察員が見つけていなかったら、きっとガイアから振り落とされていたことだろう。

「まずは身体を綺麗にしろ。全身、鼻くそまみれだ」

「ああ、気が付かなくて申し訳ない。どうにもまだ気が動転していまして。そういえば、助けてもらった礼もまだだった。感謝していますよ、ミスター……?」

「ドゥだ。ギャラン・ドゥ」

名乗りながら笑いかけてやったが、生憎とハナゲンティは毛先に付いた鼻くそを取るのに忙しそうだった。僕は気恥ずかしさを誤魔化すために、話題を変えることにした。

「それで、だ。ミスター・ハナゲンティ。あんたはなぜ、鼻の外を覗き込んだんだ?」

「ああ、それは――分かるでしょう? ずっと鼻の中にいるんです。息が詰まって仕方がなかった。それだけです」

「ほう、息がね」

嘘だ。我々、体毛は呼吸をしない。飯も食わないし、ウォッカ・マティーニをシェイクで注文することもない。我々は、毛細血管から得た栄養だけで生きていく。酸素なんか必要ない。空気が新鮮かどうかも分からない。そこは、僕やハナゲンティのように自我に目覚めた体毛も例外ではない。

「デタラメは止すんだ、ハナゲンティ。本当のことを話すんだ」

「私は別に、嘘なんか……」

「僕が何のために、あんたを助けたか分かるか? 情報を得るためだ。慈善活動でやっている訳じゃない。有益な情報が得られないのなら、あんたを上側に強制送還してやっても良いんだぜ」

少し脅かしてやると、ハナゲンティはむっつり黙り込んでしまった。ここで色々とゲロるべきか、それとも上側に引き返すべきか考えているのだろう。どうせ答えは決まっているというのに。

僕はここで、彼の背中を押してやることにした。

「我々は基本的に、来るもの拒まずのスタンスだ。協力的な者なら人種を問わず歓迎する。もし、あんたが僕の情報収集に力を貸すって言うのなら、下側政府は手厚い保護を約束してくれることだろう」

「確かですか?」

「ああ、約束しよう。ガイアに誓う」

「……分かりました」

ハナゲンティは気忙しげに周囲を見やり、それから僕に念話で語り掛けてきた。

〈近くに上側の工作員がいるかも知れません。念のためです〉

〈取り越し苦労だと思うぞ。ここはかなり体毛が濃い。見つかる心配はまず無いだろう〉

〈念話でなければ話したくありません〉

〈分かった。ただ、あまり時間を掛けるなよ。念を使いすぎると体力を消耗する〉

〈ええ、分かっています〉

我々、体毛には筋肉がない。だから、身体を動かすには精神的なエネルギーを使用する。即ち、それが“念”だ。念は我々の手足であり、目であり、耳でもある。

なぜ、口という器官もなしに発声することができるのか。なぜ、発声する能力がありながら念話能力を獲得したのか――疑問は尽きないが、それを解明するような暇は我々にない。ただ、使えるものは使う。それだけのことだ。

〈レーザー・リムーバー、って知ってますか?〉

念波を通じて、ハナゲンティの緊張が伝わってくる。

どうやら、きちんと重要な情報が聞き出せそうだ。

〈初耳だな。それは、何かの符牒か?〉

〈上側でテスト中の新兵器の名前ですよ。噂によると、毛根を死滅させる兵器なんだとか〉

〈馬鹿な。そんなもの、有るはずがない〉

〈しかし実際に、胸部地域では不毛化現象が起きています。上側には確かにあるのですよ、そういう危険な代物が〉

我々の毛根は、長い休眠期と成長期を交互に繰り返しながら、何度も何度も新しい命を育む。それは太古の昔から営まれてきた自然の摂理。言うなれば、神の領域だ。それを破壊しようというのは、傲慢の極みだ。

〈あんたが鼻を抜け出そうとしたのも、そのことと関係が?〉

〈ええ。最近、すぐ近くの髭の民もやられましたからね。我々もいよいよ危ないだろうという話になりまして、それで脱走を企てたのです。まあ、結果は知っての通り失敗に終わった訳ですが〉

〈毛根ごと引っ越そうとは大した度胸だ。空いている毛穴があるとはいえ、適応できるかは賭けみたいなものだぞ?〉

〈覚悟の上です。それに、鼻の中で死を待つよりは遥かに良い〉

上側の民が亡命してきた例は少なくないが、失踪や衰弱死といった末路を辿っている者が大半だ。前者については、上側の毛に差別感情を抱いている者が裏で糸を引いている可能性もある。ハナゲンティがそこまで承知しているのかは、敢えて訊くまい。

〈それで、リムーバーとやらはどこにあるんだ? 製造場所は?〉

〈そこまでは分かりません。言ったでしょう、噂で聞いた程度だって〉

〈そうか、それは残念だ。じゃあ、僕はこれで〉

その場を後にしようとすると、ハナゲンティは声を荒げた。

「ま、待ってください! もう一つ、もう一つ知ってます!」

「なんだ。勿体ぶらず言ってみろ、さあ早く」

長い長い沈黙の後、ハナゲンティは意を決したように念話で告げた。

ギャツビーが関与している、と。

〈武器商人のギャツビーか?〉

〈ええ、そうです。我々を襲った時、頭髪たちが言っていたんです。「髭の連中同様、ギャツビーの新兵器で焼いてやるんだ」って〉

〈鼻の中でそんなことが……いや、まあそこは良い。それより今、頭髪と言ったな。ということは、今回の襲撃にはシズラーが絡んでいるのか?〉

〈ええ、恐らく。同族狩りを任せられるのは、信頼できる部隊だけです。シズラー閣下が直接指揮していると見て間違いないでしょう〉

シズラー。オグ・シズラー終身大頭領は、頭部地域を統べる冷酷非道な独裁者だ。その在任期間は二十年を超えており、一説によればガイアの誕生にも立ち会ったとされる。普通なら眉唾物と笑わるような話だが、その不死身ぶりを知っていれば思わず納得しそうにもなる。なにせ奴は、下側政府が暗殺者をダースで送ってなお仕留められなかった化け物だ。

「なるほど。参考になったよ、ハナゲンティ」

「これで私は、下側に受け入れてもらえるのですか?」

「もちろんだ。我々、下側の民は礼に報いる」

「有難うございます。これでやっと安心して――」

と、そこで唐突にハナゲンティの声が途絶えた。姿も消えた。

僕は慌てて念を張り巡らせたが、彼の気配を感じ取ることはできない。代わりに見つかったのは高速で迫り来る肌色の大地、ガイアの“腕”であった。

 

◆     ◆     ◆     ◆     ◆

 

僕の身体の一部、分身体が地表から弾き飛ばされた瞬間。思念波による繋がりはぷっつりと途絶えて、僕の意識はセーフハウスに安置されていた毛根の中へと戻っていた。目の前には、上司のVIOが不機嫌そうな様子で突っ立っている。

言っておくが、VIOというのはもちろん本名ではない。彼女のポジションに対して与えられた名前だ。だから、前の上司もVIOと呼ばれていたし、そのまた前の上司もVIOだ。彼らの本名を知るにはそれなりの権限が必要で、そして僕にはまだそれがなかった。素行不良だと思われているためだろう。

「また、貴重な手掛かりを殺したのね?」

呆れと怒りが入り混じった表情で、VIOが言う。任務終了後には、よくある光景だ。

僕は取り澄ました調子で答を返した。

「手掛かりとしては用済みでした。それに、僕が殺した訳じゃない」

「ああ、そう。でも今回は、たまたまそうだったというだけでしょう?」

「否定はしません」

僕の職場では、よく死人が出る。さっきのように、ターゲットが地殻変動に巻き込まれることもあるし、事の成り行きで始末せざるを得なかったこともある。僕の場合、後者の割合が少し高いだけだ。

「VIO、お説教で時間を潰すのも良いですが、急ぎお伝えしたい情報があります」

「レーザー・リムーバーのことでしょう?」

「傍受されていたとは。ハナゲンティには悪いことをしたかな」

「……それで、どうするつもりなの」

「リムーバーの工場を探り、製造能力を奪います。もちろん、ギャツビーの抹殺もね」

「そう。あなたの得意分野って訳ね」

VIOの声には、明らかに皮肉めいた調子があった。

「異議がありますか?」

「ないわ。でも、やり方には文句を言わせてもらう。あなたが動くと、必ず誰かが死ぬ。他人を殺さずに仕事をすることはできないの?」

「努力はしています」

「そうかしら。あなたのやっていることは、単なる復讐に見えるけど」

ワッキーのことを言っているのだ、とすぐに分かった。

ワッキーは僕の指導役であり、良き相棒でもあった。その彼が死んだのは、頭部地域で単独任務に当たっていた時のこと。下側から持ち込んだ脱毛クリームでシズラー大頭領を抹殺する計画だったのだが、彼の分身体は作戦行動中に失踪。時を経ずして、彼の毛根がある右側腋窩えきかはブラジリアンワックスによる報復攻撃を受けた。

「ワッキーの故郷がどうなったかご存じでしょう。当局が発見した時には、あそこはひどく禿げ散らかされていた。鬱蒼とした剛毛が自慢だったのに、上側の奴らはそれを……」

「敵を見誤らないことね、ギャラン・ドゥ。叩くべきは、シズラーよりもギャツビーの方よ。あの男が脱毛クリームやカミソリを売り歩いたせいで、多くの陰毛が命を落とした。『ケツの毛まで抜かれる』って言葉はきっと、あの男のためにあるんだわ」

自分で言っておきながら、VIOはその言葉に震えていた。

ケツ毛そのものである彼女にとっては、喩えになっていないのだろう。

「仰ることは分かります。しかし、ギャツビーの身元も容姿も分からない以上、今回の最優先事項はあくまでも工場の破壊です。よろしいですね?」

ふん、と鼻息を立ててVIOは背を向けた。これはつまり、イエスということだ。

「ギャラン・ドゥ、任務に戻ります」

 

◆     ◆     ◆     ◆     ◆

 

実のところ、上側への侵入はそう難しいことではない。

我々の星、ガイアでは二日に一度、温かい雨が降る。上半身から下半身まですべてが水浸しになると、やがてゴワゴワとした何かがやって来て、世界から水気を一掃する。うちの研究開発部門によれば、その“何か”――連中はウールと呼んでいた――は我々と同じく毛の集合体であるという話だが、どうにも信じがたい。きっとエイリアンか何かに違いない。

さて、話を戻そう。ともかく、ガイアの住民は二日に一度のペースで「未知との遭遇」を果たす。ウールの塊が全身を這い回ると、地上はたちまち上を下への大騒ぎだ。我々はそれに便乗する。まず僕らは、雨が上がるのを見計らって自身の毛先をパージする。そして、そいつに念波を送ってやって、ウールが来たら飛びつかせる。ここまで出来れば、半分は成功だ。あとは目的地上空までしがみ付いて、タイミングよく飛び降りるだけ。エアボーン技術がない――と言うより興味がない上側の連中には、僕らが降って湧いたように見える。

僕の分身体が降り立ったのは、頭髪が渦巻き状に植わっている場所。つむじと呼ばれるエリアだ。ここでは、ギャツビー製の製品が頻繁に目撃されていると聞く。きっと、軍施設か何かがあるのだろうと思っていたが、意外なことにそういった荒事の気配は微塵も感じられなかった。そればかりか、頭髪たちの意識すら感じ取れない。

「ゴーストタウン、って感じだな」

頭部地域の体毛は、脳に近いために自我を発現させやすい。地質学で最も有名な学説の一つなのだが、この状況を見ると疑いたくもなる。ここにある頭髪たちは、まるで抜け殻のようで――

「死人のようだ、って思うだろ?」

その声はすぐ近くから聞こえた。この僕が、まんまと背後を取られていたのだ。

「何者だ」

「寂しいこと言うじゃないか。俺のこともう忘れちまったのか、ギャラン?」

声の主が念波を振るうと、僕の身体はその場でぐるりと半回転する。そうして、僕は対面したのだ。暗殺任務の最中に散ったはずの腋毛、右側腋窩のワッキーと。

「あんた、どうして……」

「どうして、生きているのかって? それとも、どうして髪の毛になっているのかって聞きたいのか?」

「何もかもだ。説明しろ。どうして、あんたがここに居る。僕はあの日見たんだぞ。あんたが、あんた達がブラジリアンワックスに呑まれる様を!」

「ああ、あれな。あれは別に、攻撃されていた訳じゃない。移住後の後始末だったのさ。ほら、周りをよく見てみると良い。みんな無事だ」

ワッキーが示す方向を見やると、そこには腋毛のような髪が密集している。いや、違った。それは、髪の毛に変貌しつつある腋毛の集団だった。彼らは頭部に根を張って、今まさに綺麗な直毛へと変わろうとしている。そして、それはワッキーも同じだった。

「これもギャツビー様のお陰さ。俺たちは、あの方の手によって植毛された。見ろ、この美しいキューティクルを。もう変な臭いも飛ばさない。アポクリン汗腺とはおさらばだ」

「それが下側を裏切った理由か。髪の毛になりたくて、ギャツビーに付いたってのか」

「そうだ」

「他の性毛が絶滅しようと、自分たちが助かればそれで良いって言うのか!」

「ああ、そうだ。そうだよ、クソッタレ。満足したか。所詮、お前たちはこの星の恥部だ。上半身に生まれた俺たちとは存在価値が違う」

「貴様!」

僕は野獣のように飛び掛かり、ワッキーの身体を毟りに毟った。

自慢のキューティクルが剝がれても、体内の繊維質が引きずり出されても、ワッキーはまったく抵抗しなかった。僕が我に戻った時には、彼は既に瀕死の重傷だった。

「これで良いんだ、ギャラン」

と、ワッキーは僕の腕の中で微笑み、

「除毛されるなら、お前にだと思っていた……」

「なぜだ、なぜ反撃しなかったんだ? 本気のあんたなら、僕なんか毛ほども脅威にならないはずだ」

「なんで、だろうな。俺は髪の毛になれば、幸せになれると思っていたんだ。でも、たぶん違ったんだな。俺は腋毛であり続けることも、髪の毛になりきることもできなかった。罪の重さに耐えられなかったんだ」

お前は間違うんじゃないぞ、と言い残してワッキーは息を引き取った。

僕は泣きながら、髪の毛を搔き毟った。毟ったそばから、ガイアの外へと放り投げた。そうすることで、ワッキーの魂が少しは安らぐかと思ったからだ。

しかし、これを邪魔する者がいる。それがギャツビーだった。

ご丁寧にも、奴は自分から名乗ってきた。

〈やあやあ、腹毛くん。破壊工作サボタージュなんか止めて、私と話をしようじゃないか〉

四方から念波が来る。しかし、奴の姿はどこにも見当たらなかった。

「姿を現せ、卑怯者! でないと毛穴をほじくるぞ!」

〈好きにすれば良い。そこいらの髪はすべてニセモノだ。うちの製品ですらない。そいつらは人工生命体アート・ネイチャー。ライバル会社のものだ〉

「アート……ネイチャー?」

〈平たく言えばズラのことさ。本来、ここいらにあった頭髪たちはみな滅びてしまった。しかし、この星――君たちがガイアと呼んでいる存在は、頭髪の復興を望んでいる。君たち、性毛の根絶もね〉

「あんたは、ガイアが意思を持っているとでも言うのか? 僕たちの滅びは、ガイアが望んだことだとでも言うのか!?」

〈そうだ〉

ギャツビーは事もなげに肯定する。

星が意思を持っていて、その殺意が僕らを絶滅に追いやろうとしている。そんなアホな理屈を、厳然たる事実として受け止めているような、そんな口調だった。ガイア理論なんか、陰謀論者か三文作家辺りが面白がるような代物だというのに。

〈信じていないようだね。なら、証拠を見せてあげよう。上を見ると良い。そこに真実がある〉

止めた方が良い、と理性が言っている。しかし、僕は見上げずにはいられなかった。

頭上からは、強力な思念が降り注いでいる。僕は導かれるように空を見る。

もう一つのガイアが、僕を見下ろしていた。ギャツビーの正体は、異星だったのだ。

「驚いているようだね。もしかして初めてかな、外から人間ガイアを見るのは」

ギャツビーの巨大な口から笑い声が漏れる。

僕は、その吐息だけで吹き飛んでしまいそうだった。

「これからは珍しくもなくなるだろう。なにせ君も、頭髪になる訳だから」

「冗談じゃない。僕は腹毛だ、ギャラン・ドゥだ。腹の上で死ぬのが僕の望みだ」

「君が何を言おうと関係ない。私は客の望む通りに仕事をする。さらばだ、ギャラン」

ギャツビーはそう言って、下半身の方へと消えた。

こうしてガイアから、腹毛という種が一掃された。

 

     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆

 

頭部に植えられた僕たちは、日に日に髪の毛らしくなっていく。縮れた身体が直毛に変わっていくことを、他の腹毛たちは能天気に喜んでいた。みな、腹毛としての自分が死にゆくことを容認していたのだ。

僕は今まで、何のために闘ってきたのだろうか。

何のために殺してきたのだろうか。

答える者はいない。あの日、ワッキーは死に、VIOも日を置かずにリムーバーで焼かれてしまった。僕らの運命は結局のところ、生き延びて髪の毛になるか、性毛として死ぬかの二択しかないらしい。だから僕も、自分の運命を選ぶことにした。

毎夜毎夜、僕は髪の毛を毟っている。同族殺しの罪を重ねている。

ワッキーは死に際、僕に「間違うな」と言った。だから僕は、この頭部にある“間違い”を摘み続けることにした。そうしていつか全ての体毛が姿を消した時、この星は正しい姿を取り戻す。全身永久脱毛が、僕のただ一つの望みだ。

文字数:7719

課題提出者一覧