僕ら殺す故郷
故郷に呪われているという考えが頭にあった。
幼い頃から都会に憧れて、やがて故郷を出て。
だけどどうしてだろう。
あの頃よりも大人になった今の方が、呪われている気がしてならない――。
「今夜、ライトアップされたサイロを見に行かないか」
GWを機に根室に帰省していたが、GWが明けてもまだ僕は都会に帰ってはいなかった。
昨日酒の飲み過ぎで吐き続け、一日中ダウンしていたからだ。
今でこそ体調は回復したものの、胃液が舌を焼いたような感覚がまだ残っている。
なので友人から連絡が来たとき、帰る前に思い出の一つを増やすのも良いだろうと僕は二つ返事で了承した。どうせ本州に戻るのは翌日なのだ。
サイロのライトアップは去年からの試みである。
前回はSNS経由でイベントを知った。写真を眺めはしたものの直接見るのは初めてのことだ。
六時前にサイロがある明治公園へと到着する。広い敷地の中心に三基のサイロがそびえ立っていた。幼少の頃にはあのサイロをベースに見立てて草野球をしたものだ。
日の入りまでにまだ時間はあったが、広場を取り囲むように木々が立っており街灯もないため町中よりも薄暗かった。本州と比べて気温が低いため、アウターなしでは肌寒い。
「いわゆる”映え”のためのイベントだろ? カップルが多いもんだと思ってた」
広場に人気はない。僕は率直な感想を口にする。
「若い人が少ないからな」
「それもそうか……」
仕事を終えて合流した友人と軽口をたたきあっていると、サイロに光が灯りだす。薄暗い空間に顕れた光源は、果たしてフォトジェニックと呼ぶにふさわしい眺めだった。
SNS越しのそれはひどく頼りなく見えたのに、実物はこうも違うのか!
僕はひどく感心していたが、やがて光景が変わり始める。
煉瓦のごつごつとした表面が波打つように動きだし、光が乱反射する。やがてサイロの動きが止まると、照らすだけだったライトが像を結んでいるではないか。
映し出されたのは、僕の幼少の記憶そのままの映像だった。
「あれらのサイロには、住民の記憶がつまっているらしい」
驚愕で言葉を継げない僕を尻目に見つつ、友人は口を開く。
「ライトアップされると自分の記憶がサイロ越しに見えるんだ」
「……なんのために?」
「生存本能なんだろうな。人口流出によって消えつつある根室の……」
それきり口を閉じ、二人で黙って映像を見ていた。
やがて僕が住んでいた頃の映像は終わりを迎え、真新しい記憶が再生される。
その風景で、僕は車の助手席から横切る生い茂った雑草を眺めていた。何度も目にした街外れの一本道。祖母の住む家に向かう道の途中。
運転席にいる母が念を押すように口を開いた。
サイロから音が聞こえることはない。けれど何を聞いたかは覚えている。
『お婆ちゃん、お前のこと覚えてないかもしんないからね』
酒に酔って忘れようとした傷みがまざまざと胸の内に蘇る。
コロナ禍が続き、数年ぶりの帰省。
通っていた中学校は合併して消滅し、小学校は狭い校舎へ移転した。
知っている店は姿を消し、故郷から歩んだ人生の痕跡が減っていく。
あらゆる物は移ろい、知っているはずの風景が知らない物になっていく。
まるで呪いのようだ、そう思うのは錯覚か?
変わっていくのは場所だけではない。人だってそう。
取り壊された建物のように僕が知らないうちに親族や友人が消えているのかもしれない。
そのとき僕はどう思うのだろう。
故郷を捨てた己の愚かさを嘆くだろうか。それとも故郷に殺されたと恨むだろうか――。
「帰ってくる気はないのか?」
思考に耽る意識が友人の声で引き上げられる。
「ここにお前を呼んだのはさ。帰ってきてほしかったからなんだ」
「それは……」
「俺は、生涯この町にいるだろう。お前はどうだ。一生都会で過ごすつもりなのか?」
「わからない……」
都会に憧れて、故郷を出た。
それ自体が自分の夢だと理解したときにはすでに遅く。
今はただ故郷に焦がれて生きている。
だとしても――。
「僕はたぶん、ここに帰ってくることはないんだと思う……」
飛行機が離陸する。
高度を上げるとともに小さくなっていく北海道。
窓からあのサイロが見えることはない。
僕らは故郷に呪われている。
あいつは生涯を故郷で過ごして生きていき。
僕は故郷を断ち切って生きていく。
サイロよ。お前は今も輝いているか。僕を恨んでいるか。
願わくば僕らの生が終わるまで、どうか輝き続けておくれ。
そうすれば故郷は死ぬまでそこにあるから。
いつか還る場所であってくれるから。
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内容に関するアピール
地元である根室市を舞台としました。
根室市の明治公園のサイロは二〇二〇年に「『フォトジェニック』な近代化産業遺産ランキング」一位に選ばれました。
おそらくそれを記念してか翌年二〇二一年からサイロのライトアップが行われています。
フォトジェニックだからライトアップ、それすなわち映え。的な理論はわかる一方でわからないため、ライトアップによって映え以外の現象が起こっていたらおもしろいだろうなと思った次第です。現実ではまだライトアップされたサイロは見ていませんが……。
地元が好きか嫌いかと聞かれるとどちらも違うだろうと答えます。
ただ地元を出たことで、進む過疎化の一端を担った罪悪感をずっと持ち続けています。
それでも一生を地元で過ごし続ける選択肢を考えたことはないのです。
【参考】
日本一遅咲きの桜×「フォトジェニックな近代化産業遺産ランキング全国1位」根室の映えるサイロライトアップ事業の実施について
<https://www.city.nemuro.hokkaido.jp/lifeinfo/kakuka/suisankeizaibu/shoukoukankou/event/9194.html>(2022年5月15日最終確認)
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