梗 概
世界でいちばん速いでぶ
ナノマシンを注射することで自身の贅肉を計算資源として用いることができるようになった近未来。
脂肪コンピュータはそれまでにあったどの種類の計算機よりもはるかに高速で、しかも安上がりだった。体脂肪が多ければ多いほど、演算能力は指数関数的に増大する。
数億人規模のメタバースは、莫大なデータ処理を要することからかつては実現困難とされていたが、大量の脂肪を蓄える一部の人間は、そこにログインすることが可能となった。
脂肪は「もう一つの世界」への切符。高い演算能力を得るためにみずから進んで太る人が続出した。
そんな人々を、高梨絵梨花は嘲笑する。「現実逃避のためにぶくぶく太るなんて、バッカみたい」
彼女は食べても太らない体質で、いわゆる「モデル体型(2052年時点ではほぼ死語)」だった。
言葉とは裏腹に、絵梨花は夜な夜なドカ食いをしていた。ホントは自分も「あっち」に行きたい。しかし脂肪量20キロが最低動作条件の主流プラットフォーム〈グラビット〉に入るには、絵梨花は10キロ近く太る必要があった。彼女は太りたくても太れない自身の体質を恨みつつ、表向きにはあくまでも〈グラビット〉のネガキャンを続けた。
ある日、彼女のアパートの天井が突如崩落する。残骸の中にいたのは体重300キロはあろうかという巨漢だった。男は「神速の魔術師」と名乗った。
〈グラビット〉のヘビーユーザーである彼は、上階の部屋から一歩も出ないまま、身の回りの世話をドローンに任せるなどして生活の大半を仮想空間の中で送っていた。しかしとうとう体重の増加に床が耐えきれなくなり、落下してきたのだった。その巨体はもはや自力で立つこともドアを通り抜けることもかなわない。物理的に、絵梨花の部屋から退去することが不可能なのだった。
絵梨花は、計算資源を提供する代わりに、このまま部屋に置いてくれるよう彼に頼まれる。
しかし現在、脂肪コンピュータの計算資源の売買は厳しく取り締られている。脂肪コンピュータが普及して間もない頃、金に困った人間をフォアグラ工場の要領で肥え太らせ、サーバーとして利用する非人道的なビジネスが蔓延し、いつしか取引そのものが規制されたのだ。
男は立ち上がると絵梨花の手を取り、ドアの外へと導く。なぜ通れるのかと訝しむ間もなく、目の前には仮想世界が広がった。アバターの姿で男は言う。互いの善意に基づくやりとりなら合法だと。そうして、共同生活が始まった。
文字数:1010
内容に関するアピール
梗概ではやや筋運びを間違えた感があり、あまり盛り上がらないまま話が終わってしまったので、実作にあたっては大幅にストーリーを変えるか、全く別の作品にするかもしれないです。できればガジェットは生かしたい……。
文字数:102