決斗!タンガロン対リバウォック
旦過市場。別名北九州の台所。
それはスパイスや生魚の匂いがぷんと漂い、大声で客寄せする商人たちからその日の食材を探し求める中高年、大学生まで、さまざまな人の気配が充満するアーケード通りである。
全長百八十メートルの構造物はそばを流れる神嶽川の上にぐっとせり出し、フジツボに覆われた柱群がそれをどうにかこうにか支えている。そして内部にこもった熱気を発散するためか、外壁にはおびただしい数の室外機が据え付けられている。
その異容を写真に収めようとカメラを構えていた旅行者が、真っ先に異変に気がついた。ファインダーの向こうで、室外機がどんどん回転数を上げていっているのだ。虫が羽を震わすようなぶううううんという音が次第に高まり、やがて白い蒸気が排気口という排気口から次々に噴き出し始めた。
視界がホワイトアウトしていく一方で、耳を覆わんばかりのけたたましい破砕音が、辺り一面に断続的に響き渡った。
しばらくすると音が止み、靄が晴れた。そこに旦過市場はなかった。川面から突き出しているのは、無残に折れて鉄筋を晒した柱ばかり。アーケード通りがあったはずの場所はすべて更地となっていて、モノレール旦過駅まで見通せる。
いつの間にか、辺りは薄暗くなっていた。
その時誰かが言った。
「上を見ろ!」
陽光に縁取られた巨大なシルエットが、青空をほとんど覆っている。それは旦過市場だった。アーケード通りがそっくりそのまま、宙に浮かんでいる。ただし部分部分が生物化していて、北口近くは眠たげな目をした龍の頭部のようになっている。
その怪獣――タンガロンは空中でゆっくりととぐろを巻くように動き、ついには北口で南口を咥えて円環状となった。
一方その頃、一四〇〇メートル離れた地点で、もう一体の怪獣が目覚めようとしていた。こちらの場合、最初に気づいたのは散歩中のミニブタだった。紫川に架かる中の橋、首から上がマカロニ状になった人形のオブジェが立ち並ぶ歩道から見えるのは、まるで宇宙船の集合体か科学特捜隊の基地のような外観の大型複合商業施設リバーウォークである。
歩き疲れて飼い主に抱っこされていたミニブタは、建物群のなめらかな曲線を描く外壁に、にわかに亀裂が入ったのを目撃した。そしてあっという間に各棟が分離、変形。漏斗状の北九州芸術劇場と、箱型の立体駐車場がそれぞれ頭部、胴体となり、超巨大怪獣リバウォックが、産声代わりの雄叫びを上げたのだ。ミニブタも、「ぶひい……」と不安げな声を漏らした。
タンガロンとリバウォック。二体の怪獣が小倉の街に同時に出現。そして次に起こることといえば、決まっている。
先に動いたのはタンガロンの方だった。タンガロンはアーケード通りの外壁――体の側面の室外機からジェット噴射すると、その勢いによって高速回転しながら、リバウォックに向かって真っ直ぐに突進! しかしリバウォックは効かぬわとばかりにこれを弾き返す。
思わず咥えこんでいた尾を離し、ウロボロス状態を解除してしまったタンガロン。長い胴体を弛ませつつなんとか空中で体勢を立て直し、四つ足でどっしり構えているリバウォックと、小倉城を挟んで対峙した。
リバウォックの脳から、体内のサイゼリヤに向けて信号が発せられた。M、T、0、1、R、P、0、5、W、N、0、2。そのコードが意味するところは、「熱光線」である。厨房のスタッフは、注文を受けるとすぐさまビームの調理に取りかかった。体内に蓄えたエネルギーをサイゼで合成し、発射器官へと送ることで、リバウォックはビームが出せるようになるのだ。
その準備ができるまでには少々間があったが、リバウォックは片時も無駄にはしない。おもむろに二本足で立ち上がったかと思うと、リバウォックは腹の立体駐車場に両腕を突っこみ、それぞれの手で三台ずつ自動車をつかみ出した。そしてそれを、タンガロンの顔面に向かって続けざまにフルスイング! 鉄とコンクリートが火花を散らし、タンガロンがうめく。
しかしリバウォックの猛攻はまだ終わらない。漏斗状の劇場が縦に割れ、大ホールが露出する。観客席にあたる部分にはぎょろりとした目が無数に並び、ステージの中央には舞台美術と見紛う光線発射器官が鎮座している。いつでも撃てる状態だ。
タンガロンも対抗してビームを撃とうとしたが、間に合わない。次の瞬間、発射された光線がタンガロンの体を直撃。さすがのタンガロンもこれは堪えたか、もんどりうって北九州市立文学館に墜落した。
一方のリバウォックは勝ち誇ったように両手を突き上げ、辺りを見回したが、皆もうとっくに避難したので誰もいない。
それが不満だったのか、リバウォックはタンガロンの首根っこをむんずとつかむと、とどめとばかりにジャイアントスイングの要領でぶん回し始めた。すでに満身創痍のタンガロンは、至るところの外壁が壊れて市場内が露出している。
遠心力で真っ直ぐに伸びた旦過市場が小倉城を薙ぎ倒す。されるがままのタンガロンかと思いきや、かっと開いた北口から漏れ出る光が、徐々にその強さを増していた。
そんなことはいっさい気にも留めず、楽しそうにタンガロンを回し続けていたリバウォックは、結果的に、直線状となったアーケード全体をバレルとした極太ビームを、超至近距離から顔面で受けることとなった。悶絶である。
リバウォックがようやく立ち上がった時には、タンガロンは驚異的な再生能力でその体の傷を癒しつつあった。
やるじゃねえか――とでも言いたげな気配を漂わせつつ、リバウォックはタンガロンと再び向き合った。
決斗は終わらない。
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内容に関するアピール
旦過市場とは昭和三十年代の名残りを随所に残すアーケード街で、最近火事が起きて現在復興中です。
私にとっての「小倉」とは、モノレール旦過駅を降り、旦過市場のメインストリートを抜けて反対側の書店や図書館、リバーウォークに向かう動線に他なりません。
市場内で頭上を見上げた時、視界に入るアーチ型の天井が何かの背骨みたいに見えたり、無秩序に取り付けられた室外機の群れで、アーケード全体が呼吸をしているように感じられたりします。だからこれはもう、怪獣化するしかない。そんでもって戦わせるしかない。相手はリバーウォークがいい。そういえばリバの近所でミニブタが抱っこされてるのを見たことがあったな……よしじゃあミニブタも出そう……ということで書きました。欲望のままに。
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