国立=絶対防衛ライン

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国立=絶対防衛ライン

出身地を尋ねられた時は、戯けた口調を取るように心掛けている。

「いやいや。23区外は『東京』に入らないでしょ」

そんな反応を予期して、心中で身構えてしまうから。

国立市。東経139度27分、北緯35度41分。東の府中市、西の立川市、北の国分寺市、そして南の日野市に囲まれた、東京都の中央部。とはいえ、華々しき「東京」とは23区であり、国立「市」は含まれないのであった。

 

大学時代の友人たちとの、久方ぶりの飲み会。卒業から数年、同期の中にも家庭を持った者がいる。そのうち一人に第一子が誕生した、祝いの席だ。

「『祝う』って言っておいてなんだが、こんな時間に設定して良かったのか?」

「いま、妻は子供を連れて地元に帰ってるんだ」

そんな経緯での、出身地トークだった。

 

それぞれの地元の名産、その情報ばかりを酒の肴にして、地元自慢に相槌を打つ。

「俺さ、漢字を覚えたての頃には、『こくりつ』って読んでたよ」

俺も言葉を挟むものの、興味は直ぐに他へ移ろっていく。深く追求されないことは良いことなのだろうが、釈然としない気持ちもあった。腕時計の針を見て、少し安堵した気持ちになってしまったのは、そのせいかもしれない。 

「あ、俺はそろそろ帰らんと」

「ん? まだ終電には早くないか? お前の地元でも、この時間なら電車走ってるよな?」

「中央線沿線だわ、ボケ」

酔いが回っているせいか、雑な冗談口。状況説明を検討したが、途中で面倒になる。

「あまり待たせるわけにもいかなくてな」

「え、同棲するような相手がいたのか!?」

色めき立つ友人たちに、作ったものではない苦笑が自然に零れ出た。

「親戚の子が遊びに来ているだけだよ。面倒見ないと」

 

新宿から「下り」の中央線に乗車。国分寺で中央特快から快速に乗り換え、最寄り駅のホームに降り立った。見慣れた駅名表示を見上げる。「こくりつ」ではなく、「くにたち」。

画面の向こうの誰かが行きたがっている「東京」に、きっとここは含まれていない。「何か」が起きるとすれば、それはここではない。

夜風に当たりながら、再建された赤い三角屋根の旧駅舎を眺めていると、郷愁だけではない感情が胸中を撫でた。

 

「誰が、誰の面倒を見るって?」

1Kの自宅の玄関を開けるなり、そんな言葉に出迎えられた。

「盗み聞きとは趣味が悪いですよ、管理官殿」

仁王立ちしているのは、年端もいかない少女だ。彼女が俺の身内ではないと知れたら、このご時世、なかなか面倒なことになりそうな容姿だった。

「何のために、こんな身なりになってまでこの世界に来たと思っている。まして、お前の親類なんて……」

「咄嗟についた嘘としては、上出来だったと思ってますがね」

彼女は、この世界とは異なる世界からやってきた「管理官」だ。その職名から察せられるように管理する対象があり、それは俺のような「異世界人」である。

俺たちは、この世界を外敵から守るためにやってきた。守ると言っても、慈善事業ではない。自分たちの世界を守るために、進攻経路の要所にあるこの世界を、防衛ラインに定めたというだけのことだ。

 

俺の出身地は、東京都国立市。そういうことにしておいたほうが、何かと面倒がない。

この星の、それどころか、この次元のどこにも存在しない場所から来ました……なんて、いったい誰が信じてくれるだろう。

 

我々の世界からこの世界に来る際には、様々な制約がある。質量など物理的制約もその一つで、俺は幼少期に送り込まれたし、管理官はわざわざ身体を退行させてからやってきた。そして、深夜の国立駅、看板を見上げてふんぞり返っていた管理官は、駅員さんに保護され、俺が身内を名乗り出ることと相成ったわけだ。

なぜわざわざここに来たのか尋ねた俺に、彼女は「国立」の文字を指差した。

「ここは、この国の中心だろう? 渡る前に、多少の言葉は学んだ。『こくりつ』というのは、国が立てたものを指すはずだ」 

俺の本当の「出身地」に伝わる情報には、いささかおかしなところがある。苦笑して訂正しようとした俺の前に、言葉の爆弾が投げ込まれたのは、その直後のことだった。

 

他の土地に住む友人たちの顔を思い浮かべながら、俺は何度目かの問い掛けをする。性懲りもなく。

「……本当に、必要なことですか」

深い溜息。

「我らの能力は無限ではない。そして、敵は攻勢を強めている。全て守るというのは現実的ではない。口惜しいことに」

聞き分けのない子供に言い聞かせる口調だった。

「守ろうとするのを止めはしない。だが、欲を出せば取りこぼしが出てくる。リソースには限りがあり、優先順位は付けねばならん」

選択と集中。

守るべきものを定め、他は「仕方ない」と割り切る。

必要なことなのかもしれない。だが、割り切られたほうは?

 

この土地の人々は、この世界にルーツを持たない俺に、居場所をくれた。 

この土地が中心だと信じている管理官に、まだ、本当のところを告げられずにいる。
 
 
 
 

文字数:1999

内容に関するアピール

自分にとって縁の深い、国立市や立川市の物語を書こうと思いました。「でも、そこって23区外だから『東京』じゃないよね」と言われてしまうというのは、あるあるネタかなと思います。

「大学通り」の木々や、モノレールの線路の上に見える広い空が好きです。「管理官」が、立川市の公認・非公認のマスコットキャラクターに目を輝かせるシーンなども書きたかったのですが、字数の都合上、断念しました。「赤い三角屋根の旧駅舎」は、この土地を語る上では外せないかなということで、入れ込むことができて良かったです。「国立」を「こくりつ」と読んでしまうというのは、自分が幼い頃に初めて国立の駅に降り立った時の実話です。

市の概要は、https://www.city.kunitachi.tokyo.jp/about/about1/shoukai/1465447619946.html を参考としました。

 

文字数:382

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