きらきらひかるすべて

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きらきらひかるすべて

 私は仕事の昼休憩の合間に公園でタバコを吸っていた。小さなブランコと滑り台、砂場くらいしかないつまらない公園。田舎出身の私にはこのサイズの公園はいつでも奇妙に感じられる。

 

 保育士と思われる女性が黄色いカートを押して公園に入って来た。カートの中には黄色い帽子を被った2歳くらいの子ども6人がすっぽりと収まっていて、目をクリクリとさせながら周囲を見ている。

 

 私は急いでタバコの火を消した。カートが遊具の側を通る度に「のりゅ!」「ぶらんコッぉ」などと子供たちが叫ぶので、私の口元はゆるゆるとほころんでしまった。

 

 カートは公園を一周するとそのまま出ていった。私はてっきり子供たちが公園で遊んで行くものだと思っていたので、少し残念な気分になった。きっと、園に戻った後はカートの子供たちを入れ替えて、第二陣のお散歩に出るのだろう。保育士さん達も忙しいのだ。

 

 午後に控えたクソな仕事を思い浮かべながら、ある疑問が頭をよぎった。「あのカートはどこに戻るのだろう?」いや、当然保育園なのだろうが、このあたりに保育園なんてあったっけ?せっかくなら幸福な時間を少しでも長く持続させようと、カートの後を少し着けてみることにした。

 

 カートは思いもよらぬ場所に入っていった。細い暗がりの道の先にある雑居ビル。向かいにはラブホテルがあった。カートを押す保育士は子供たちを降ろすことなく、カートをエレベーターへと乗せた。

 

 しばらくの間、ビルの前で待っていると数名の大人たち、20~30代のスーツ姿の男性、60歳くらいの白髪の女性など、がビルから出てきた。

 

 不審に思った私はビルの中へと歩みを進めた。ビルの各階の表札を見ても、どこにも「◯◯保育園」といった文字はない。3階には「童心カート」と記されていた。私は違和感を解消すべく、エレベーターに乗り3階のボタンを押した。保育士に話しかけられたら、子供を入れる保育園を探していると言えばよい。結婚すらしていないけれども。

 

 「いらっしゃいませ、童心カートへようこそ。」

 事態が飲み込めないまま、保育士の格好をした女は部屋の奥へと私を案内した。そこには5人の大人が椅子に座っていた。子供の姿は見当たらなかった。私は40手前と思われる女性の隣に座った。茶色に染めた長髪がチリチリと傷んでおり、少し悲しい気分になったので目を逸らしてしまった。

 

「お代は後で結構です。早速カートにお乗り下さい。」

 保育士はそう言うと、部屋の中央に置かれた先程の黄色いカートを手で指した。私は意味も分からぬままカートに乗り込む。大人が6人も乗るとカートはギチギチで、はみ出た上半身が今にもこぼれ落ちそうになる。バランスを崩して茶髪の女性の足を踏んでしまい、「すみません」と言ったが、女から返事はなかった。

 

「カートから落ちないように、柵につかまって下さーい!」
保育士はそう言うと、カートから伸びたコードの先にあるスイッチを押した。

 

 

 気がつくと私の心と体は子供になっていた。

 

 

「カートから絶対に降りないようにね〜!」先生はそう言うと、みんなを手早く着替えさせ、黄色の帽子を被せて、カートを押し始めた。今から公園にお散歩に行くらしい!!隣にはクリクリとした目と真っ黒な髪の女の子がいる。僕たちは楽しくなって、手をつないでカートの中でジャンプした!!!

 

 駅前のお店がたくさんある道路。古い和菓子屋さんからおばあちゃんが顔を出して手を振っている。おばあちゃんのほっぺに大きなコブがあってドキッとした!「ねコぉッ!」と誰かが言った。黒い猫がお店とお店の間にある細い道、その先には井戸のようなものがある、にヌッと進んでいく。電柱の下の方にキラキラしたシールが貼ってある!手を伸ばしてもとどかない!!

 

通勤で何百回と通ったことのあるその道は、普段とはまったく違うスリリングな場所へと変貌していた。
私は今までこの街の何も目に入っていなかったのだ。

 

公園に到着!カラフルなブランコが目に飛び込んできた!体が熱くなる!
「のりゅ!」「ぶらんコッぉ」と言ったのに、先生は「またこんどね」と言った、なんで!!!!

 

カートは公園を出てしまった。ぼくは悲しくなって泣いてしま、

 

ビー玉!!!!!

 

ぼくは公園のはじっこに落ちているビー玉を見つけた!!!

カートから身を乗り出してもとどかない。あともうちょっと…!

 

先生の「ア゛ッッ!」という鈍い声が聞こえた。

僕はカートから落ちてしまった。

 

先生に着せてもらった半ズボンが上にまくれあがって、ぶっとい毛むくじゃらの太ももがはみ出ている。大人の体に戻ってしまった。
手を擦りむいて痛いけど、ビー玉が手に入って嬉しい。

 

一瞬残してきた仕事のことがよぎったが、ぼくはブランコの方へと歩いていった。

文字数:1933

内容に関するアピール

最近、街中でよく見かける幼児を乗せた保育園のお散歩カートが気になっています。

Twitterでは「ドナドナ」などと呼ばれているそうです。

子供の純真さと無力さが詰まった幸せのかたまりのような光景です。

 

今回のお題を受けて、子供にとってあらゆる街の光景はSFのようなものではないかと思い、本作の着想に至りました。

 

街は日暮里を思い出しながら書きましたが、都会のどこにでもある風景と受け取ってもらえるように作中に地名は出しませんでした。

文字数:212

課題提出者一覧