梗 概
エギィァアバキリッ…ジュドドロ…ッルッン
食に強い執着を持つ生命体・グルマンは地球からさらってきた「ヒト」の食用品種改良を試みている。グルマンの摂食器官は食物を体内に取り込む「口」、食物を粉砕する「歯」、味を感知する「舌」に加えて、一連の過程を口内から観察する複数の「眼」、咀嚼音や被食者の鳴き声を感知する「耳」から構成されている。踊り食いを信条とするグルマン達にとって、低すぎも高すぎもしない知性を持つヒトは、口内の「眼」と「耳」を満足させるのに丁度よい反応(リアクション)を示す食材として、捕獲当初から期待を集めていた。
グルマンはまずヒトの生育環境を整えた。捕食時の豊かな表情や悲鳴を引き出すためには、ヒトの精神的な成熟が重要であった。そのためグルマンはヒトにエサと運動だけでなく、音楽や芸術、他個体との交流といった文化と自由を与えた。肝心の交配においては、個体の特徴が十分に現れる16才をひとつの基準とし、表情が豊かで肉付きのよい個体を選抜。ヒトは自発的に様々な個体と交尾を行うため、オス選抜個体がめぼしいメスと妊娠可能期間に交尾する際に、精管からの精子の流入を阻止するデバイスをOFFすることで狙ったペアでの交配が可能となった。グルマンは捕食時に最高の反応を引き出すために、一切ヒトの前に姿を現すことはなかった。
二百年と約十二世代の交配を経て、ようやく安定してヒトを作出できるようになった。この頃にはオス、メス共に10才程度で成熟を終え、原種成人時の約二倍の体重、笑顔と泣き顔が際立つメリハリのある性格と顔立ちを持たせることに成功していた。
あるグルマンが一匹のヒトを口内へと取り込む。それまでグルマンを見たこともないヒトは、最初何が起こったのかと慌てふためく。自身の周囲にヒトの構造にも似た「眼」が無数にあることに気づくと悲鳴を上げ口内からの脱出を試みる。その束の間、歯による一度目の破砕を加えると骨の折れる大きな音がして、二、三度目の破砕を加えた時には内臓や体液が飛び散り、口の中がヒトの味でいっぱいになった。
「エギィァアバキリッ…ジュドドロ…ッルッン」この間、わずか6秒。品種改良に費やした時間に思いを馳せながらの一瞬は格別のものであった。
その後の千年間は、様々な品種の開発に心血を注いだ。喉越しを重視した全身無毛の品種、パキリとした食感を追求した鱗状の皮膚を持った品種、生産性を追求した十七つ子品種、口内での反応を二倍楽しむための双頭の品種など、膨大な数の品種が開発された。
しかしある日、突如としてグルマンたちの頭部が消失し、一瞬にしてグルマンは絶滅した。生物の脳神経系を捕食することで、栄養と被食者の記憶を摂取する、より高次の生命体によって、一瞬にして摘まれたのだった。この生命体は食に対して異様な関心を持つグルマンに数万年前から目をつけており、グルマンの脳神経系が豊かなヒト食の記憶で満たされるのをじっと待っていたのだった。グルマンを通じて流れ込む大量の「エギィァアバキリッ…ジュドドロ…ッルッン」はこの生命体を大いに満足させた。束の間、ヒトの遠い記憶と思われるものが流れ込んできた。生命体は自他の境界が曖昧となる中、自然と数千の触手を一点に合わせて、見知らぬ音を発話した。
「ごちそうさまでした。」
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内容に関するアピール
2020年第七回の「何かを食べたくなるお話を作ってください」を選択しました。
「食べたくなる」と聞いて、SF的スケールと生物学のバックグラウンドを活かせる題材として「人間の食用品種改良」を設定しました。人間を捕食する生物として、口内に耳と眼を持ち、被食者の反応を味合う生物を設定することで、我々の知るものとは別様の味覚について実験しています。
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