ゆうやけ橋わたって
なんにもない町だと思う。
流行りの本と雑誌しか置けない、改札前の小さな本屋。いつも老人でいっぱいの珈琲チェーン。たいして美味しくないパン屋に、たいして美味しくない焼き肉屋。スーパーが遅くまで開いているのは嬉しい。コンビニと調剤薬局だけはたくさんある。小さなお店が潰れて、その後をやっぱりコンビニと調剤薬局が埋めていく。そのうち全てのお店がコンビニと調剤薬局に置き換えられるかも。
今日はちょっといいものを食べようと、お豆腐屋さんで飛竜頭を買った。トースターでカリカリに焼いて、生姜と葱をたくさん乗せて、出汁醤油をかけて食べるんだ。刻んだ人参や蓮根がたくさん入った飛竜頭は、この町の「なんにもない」への数少ない抵抗勢力かも。
帰り道、自転車で富士見橋を渡る。
線路の上にかけられた橋からは、名前の通り遠くにちっぽり富士山が見える。今日はガスがでているので、小さな富士山はティッシュよりも薄くて頼りない。
夕日も見たくなって、一本隣の橋まで足を伸ばすことにした。今日はこの後とくに予定もないし。1日家にいて、飛竜頭を買うためだけに外に出た、と言うのも寂しいし。
隣の橋の名前もそのまんま「夕やけ橋」だ。ちょうど沈んでゆく太陽が、雲を照らしている。こっちの富士山はよく見える。橙色の背景に、くっきり切り抜いたような紫色のシルエット。
ここまで来ると朝焼けも見ないとバランスが悪いような気がして、もう一本だけ橋を渡ることにする。だいぶ遠回りになるけれど、運動すればそれだけ飛竜頭が美味しいかもしれない。朝焼けの橋は少し離れたところにあるので、今まであまり足を運ばなかった。でも、本当は夕焼けより朝焼けの方が品があって、静かで、好きなんだ。
橋の上には、他にも人がいた。犬を連れたおじいちゃんが朝日を眺めている。眉毛の上が真っ白になった老犬と、杖をついたおじいちゃん、合わせて7本足だ。
二人と一匹で朝焼けを見た。犬はよぼよぼと耳の後ろをかいている。
朝焼けを堪能して橋を渡ったら、うちの近くはもうすっかり暗くなっていた。
さぁ、急いで帰って飛竜頭を食べよう。
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内容に関するアピール
エキゾチシズムは異国情緒。でもこの異国ってどこ?
エスニシティは文化的特性や歴史的背景を同じくする集団。じゃあ文化的特性って?
出会い頭に両手を合わせてお辞儀をし、髪に紫色のメッシュが入った蛍光色のセーラー服を着た女の子がネオンの間を闊歩し、サラリマンがエクストリームロボット出社し、屋台で天ぷらと寿司を食べる日本じゃくてもいいんじゃないかなぁ。
わたしたちが生きている日常を普通に描く。でもきっとそこに、ちゃんとエキゾチシズムもエスニシティもあるはず。
物語的に派手ではないし、たぶんつまんなくて、平凡だけど、新規性を求めた結果、もう一つの不思議ニッポンを生み出してしまうことの怖さを思うとこうなりました。
あんまり富士山が見えない富士見橋はあります。
7本足のおじいちゃんと犬も。
でもお豆腐屋さんの飛竜頭は、なんだかまだ敷居が高くて買えていません。
そこだけ嘘です。
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