梗 概
白日の下では引き金を引けない
【前提】
〈環境〉は少なからず人間の意思決定に影響を及ぼす。つまり、犯罪行為を誘発させない〈環境〉を拵えれば、その都市の犯罪率は低下する。その効果には個人差があるものの、AR等の併用により、個々人の特性や状態を鑑みて〈環境〉を都度自動生成できるようになれば、犯罪撲滅の効果も飛躍的に向上する。この技術を応用し、〈防犯環境〉に特化して造られた都市パシフィカは移民を瞬く間に獲得し、犯罪率の低さで三十年に渡り他の都市の追随を許さない水準を達成する。パシフィカは〝犯罪不可能都市〟と称される。
【Part 1】
パシフィカで生まれ育った少年ユーゴーは刺激のない平穏な日々に飽き飽きし、軽犯罪に憧れていた。悪あがきだけが特技の悪友のボットと何度もひったくりを試みるも、パシフィカが都度自動生成する〈防犯環境〉の前に尽く失敗。幼馴染の少女リンにもたしなめられ、二人は悔しがる。そんな折、白昼堂々〈防犯環境〉下にて、パシフィカ初の殺人事件が発生。すぐに捕まった犯人だが、自らの視聴覚をオフにし、運動神経をAIに操縦させ〈環境〉を克服していた。「盲聾の殺人者」は犯罪に憧れる若者の英雄になるが、殺されたのはリンだった。ユーゴーらの態度に立腹していた彼女は(〈防犯環境〉の存在故に危険はないと判断し)刃物を持つ盲聾者にわざわざ注意をしにいき、刺されてしまっていたのだ。責任を感じた二人は悪だくみを封じ、リンを思い出すからと自然と疎遠になる。
また、この一件から、より強力な〈防犯環境〉を求める声が強くなったパシフィカでは法が改正され、新たな〈防犯環境〉の使用が解禁される。その一つ〈防犯環境・瞬縛〉は最早〈環境〉と言えるレベルを越える代物で、強烈な振動で対象者を即座に硬直させるというものだった。これの導入によりパシフィカでは犯罪は絶滅し、リンは最初で最後の被殺人者となったのだった。
【Part 2】
時を経て、ユーゴーは〈環境〉を分析・管理する環境省・環境設計部の職員となっていた。近年、〈瞬縛〉の適用回数が急増していることを受け、チェン部長より事態究明の調査依頼を受ける。中々成果が出ず燻っていると、移送中の「盲聾の殺人者」がリンの父によって殺害されるという事件が発生。殺害時、彼には〈瞬縛〉が効かなかったが、検証施設では友好だったらしい。これは、〈瞬縛〉が機能しなかった初の事例だった。ここでユーゴーはある仮説を立てる。黒幕は〈瞬縛〉を乱発させ集めたデータから、リバースエンジニアリングをしたのではないかと。その仮説に基づき研究を進め、この方法で〈瞬縛〉を一時的に回避できる〈相殺環境〉を作成する再現実験に成功。警察と協力して捜査を進めると、リンの父に〈相殺環境〉を渡したのはボットと判明する。警察らの追跡にボットは自ら〈相殺環境〉を使い〈瞬縛〉をかわして逃げるも、彼の性格をよく知るユーゴーは先回りして立ちふさがり、久方ぶりの再会を果たす。ユーゴーによる投降の説得もむなしく、二人は対立。〈環境〉バトルでユーゴーはボットを制圧。「リンの仇をうちたかったんだ」再会を喜ぶ間もなく、観念した彼は身を投じた。
これにて事件は解決したように思えた。破られた〈瞬縛〉の代替にとチェンは更に強力な〈防犯環境〉承認を呼び掛ける。一方ユーゴーは、誰よりも悪あがきが得意なボットが、自ら死を選んだことが信じられなかった。カメラログで確認した自殺前の彼の挙動から、何らかの〈環境〉の影響を勘繰り独自に捜査を進めると、環境設計部で〈自殺環境〉とも呼ぶべきものの原案が未承認の〈環境〉として考案されていたことを突き止める。考案者はチェン。しかし、そこに辿り着いたことを、同タイミングでチェンにも知られてしまう。
チェンこそ、盲聾の殺人者をけしかけリンを死に至らしめ、その悲劇を材料に〈瞬縛〉を合法にせしめ、そして〈自殺環境〉でボットを殺した張本人だった。
「あの少女が人柱になったからこそ、パシフィカは犯罪を撲滅できたのだ」
チェンは「彼らは必要な犠牲だった。もう、同じ悲劇は生まれない。パシフィカは完成した」とユーゴーを抱き込もうとするが、二人の幼馴染を奪われたユーゴーは反発。未承認の強力な〈環境〉を操るチェンに苦戦するも、ボットが作成した〈環境〉をキーに、チェンをうち破る。ユーゴーは銃をチェンに突きつける。再現実験で作成した〈相殺環境〉を持つユーゴーは〈瞬縛〉を一時的に無効にできるため、引き金を引くことはできた。けれども、これ以上この街で死者が増えれば、リンの犠牲によって成り立った犯罪不可能都市の名が穢れる。そう考えて思い止まり、チェンを告発する道を選ぶ。
文字数:1913
内容に関するアピール
毎月のように課題と向き合って、講評を頂いて、いろいろと試行錯誤を重ねていく中で、第一回課題の梗概を今の自分ならどう再構成するだろうかと思い、再挑戦をするに至りました。
「人々の意思決定に影響を与える〈環境〉」という設定から防犯以外にも様々な応用形や疑問に派生できますが、限られた枚数の中で話を収めるには一つの利用に特化すべしと思い、殺人事件の発生など、ミステリ的展開を物語を進める原動力として採用しやすい〈防犯〉を中心としました。梗概ではユーゴー、ボット、チェンの三者の葛藤や心情はほとんど記せなかったのですが、実作ではそこを描ききり、各々の正義がボロボロになるまでぶつかり合う作品としたいです。
尚、作中における〈環境〉は様々な外部刺激のことで、視覚、聴覚情報が中心となります。視覚情報としての街の景観・構造が通常の都市においては〈環境〉の中心となりますが、パシフィカでは誰もが身に着けているARグラス/コンタクトディスプレイの他、指向性スピーカー、ホログラム投影機などの先端技術を用いて、多様な種類の刺激が飛び交うことを想定しています。〈環境〉バトルのくだりは多様なサイケデリックな刺激を互いに浴びせ合って、相手の行動に影響を及ぼしていくというものになるので、作中における描写の見せ場としたいです。
文字数:549