失われない羊

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梗 概

失われない羊

造幣コスト削減による偽札の増加、メガバンクのデータ消失で、日本円の信用が下落。日本円は、政府と金融機関が分散管理するブロックチェーンの仮想通貨になる。¥に横棒を足した通貨記号から「ひつじ」の愛称で呼ばれる。羊には明細やスマートコントラクトなどのデータを添付できる。各銀行はデータ領域を独自拡張して利用する。
 有須ありすは受託開発会社のプログラマーで、小さな仕事に退屈していたが「羊にFAXや印影画像を添付できるようにする」仕事を担当する。メモリ管理の要件を確認したいと相談すると、発注元のM銀行の馬場は「下請で対処せよ」と返答。残業続きで開発したプログラムは評価され、M銀行システムに組み込まれた。有須はM銀行に引き抜かれる。
 あるとき送金ミスの苦情が入る。窓口対応で解決したが、システムでは送金エラーが複数発生していた。下請からも添付画像処理と関連しそうだと報告される。有須は、自分が書いたプログラムが、メモリ溢れを放置する場合があると気づく。だが「呼び出し側でメモリ保護を徹底せよ」と下請に押し付け、馬場から褒められる。
 下請が対処したにも関わらずエラーは散発する。送金エラーが発生した羊ほど、後続の送金で確率的にエラーになる。まるでブロックチェーンを渡り歩くウィルスのようだ。
 有須は下請に指示を出し、新たに発見された穴を塞いでいく。エラーは一時的に減少するも、再び増加。別の穴を見つけて自己更新する知性を感じる。
 送金エラーの履歴をさかのぼり、最初の送金エラーに添付された画像を特定。有須がテスト用に使った、巨大なノイズ画像だった。メモリ溢れにより、偶然コードの体を成していたデータが実行されされ、後続の羊にコピーされている。悪意でも知性の発生でもなく、自分のバグが進化型コードを許すプラットフォームを作っていたのだ。
 有須は、下請をビデオ会議に呼び出して修正を指示。あとは反映するだけとなる。
 原因と対策の報告を受けた馬場は、「M銀行にミスはないから修正コードは受け取らない。下請の担当範囲だけで対処せよ」と通告。有須が下請に詫びると「お前は変わったな」と突き放される。
 有須はランダムなノイズ画像を作り、ウィルス画像と共に、ブロックチェーンのシミュレーターに投入する。何百万もの送金を繰り返すと、ウィルス画像に影響を与えるノイズ画像が生き残る。それらの画像を交配させ、さらに何万世代も繰り返すと、ワクチン的にふるまう画像ができた。
 ワクチン画像を添付して大量の小額送金を実行。数日すると、ブロックチェーンの送金エラーは収束した。
 有須は、移動中の馬場と下請をビデオ会議に呼び出し、M銀行側のシステム変更が必要だと伝える。馬場は「M銀行にミスがあったとは認めない。社名を晒して取引を切られたいか」と恫喝する。有須はその様子の動画と、署名捺印した辞表を、羊に添付してM銀行に送る。

文字数:1199

内容に関するアピール

2020年(第5期) 第1回「旬のネタでSF小説を書く」 https://school.genron.co.jp/works/sf/2020/subjects/1/ を選択しました。
送金ミスを主題にしました。全銀ネットワークのプロトコルでは、銀行コード、支店コード、口座番号、名義人カナ表記が通ればOKで、取り消しできないんですよね。また、決済代行会社/銀行の組み合わせによっては明細表記フィールドに勝手にデータが付加されて、混乱しがちです。日本で意識高いデジタル・トランスフォーメーションをしても、グダグダな穴が残るんだろうなぁ、と想像しました。
第4期「長距離を移動し続けるお話を書いてください」では、現実レベルのSF度であってもいいけど、なんか弱い、と評価をいただきました。今回は知性の発生を予感させてみました。良し悪しに関わらず言及いただけると、大変うれしく思います。

文字数:384

課題提出者一覧