梗 概
手先の器用なテントウムシ
フリーターの野辺は妻と一緒に、多摩西部にある平家の庭付き物件に住んでいる。この家は、立地が悪いうえに築年数が経過しているので家賃が安い。周辺には農地と住宅地が混在しており、鉄道の駅からは離れている。
ある日、野辺家のエアコンの室外機が故障した。大家に相談するか考えていると、異音に気づいた隣の一家の父が、勝手に修理してしまった。野辺が、お礼を述べるべきか、怒るべきかを悩んでいると、今度はあちらの家に半ば強引に招待されて、お茶をもらった。
一家は同じ大家が管理する隣の平家に最近引っ越してきたばかりで、一家の父は名をX仁と名乗った。彼は、自分たちは秘密裏に開発された天皇型アンドロイドであり、天皇制のこの先を担うために造られたのだが、プランは破棄され、自分達は職を失って放浪しているのだと自己紹介して、後頭部に隠されている菊の刻印を見せた。一家は、父のX仁、母のX子、娘のA子の三人で構成されていた。
野辺は、アンドロイドがあちこちで開発されているのはニュースなどで知っていたが、実用化されたというのは聞いた覚えがなかった。当然、実際に見るのも初めてだったが、見た目は人間と全く変わらない。X仁は、「アンドロイドだから人間よりもパワーがあるし、機械に関することが得意なんです。」と言っていた。
アンドロイド一家は、野辺家だけでなく、大家やあらゆる地域住民に対して、室外機を修理するような類の「なんでも屋」的な働きをして見せ、自転車のパンクや屋根の修理、農作物を荒らすタヌキ退治に軽いリフォームまでやり、それによって地域の信頼を得ていった。一家を中心に地域の交流が活発になり、野辺とその妻もそれに巻き込まれる形で、周り近所と付き合うようになった。住民らがX仁をアンドロイドだと知らないのか、知っていて気にしていないのかは、野辺にはわからなかった。
一家の活躍と同時期に、周りで犯人不明の不穏な事件が起き始めていた。スズメが大量死していたり、お寺でボヤ騒ぎがあったり、野辺の家でも窓ガラスが割られるということがあった。それらの対応でも、X仁は「なんでも屋」として活躍した。
地域交流が活発になった結果、祭りが近くの公園で開催されることになった。屋台が出て、盆踊りが行われるなど、祭りは盛り上がったが、それが頂点に達したところで、ある住民が、最近の不穏な事件はX仁一家が来てから起き始めたのだと告発した。他の住民たちも流されるようにそれに同意して、一家によるマッチポンプなのではないか、などの意見が出る。
祭りを境に住民らによる一家に対する無視や嫌がらせが始まると、一家は「なんでも屋」の職を失った。大家はやんわりと退去勧告をして、一家はそれに従い、どこかへ消えてしまった。
地域交流は再び失われ、タヌキが出没し始めた。不穏な出来事はピタリとおさまったが、野辺家の室外機がまた壊れた。
文字数:1199
内容に関するアピール
選択した課題は、「「天皇制」、または「元号」に関するSFを書きなさい」(2018年第8回課題・小川哲)です。
天皇がアンドロイドになる話や、天皇が身体を放棄して巨大なシステムになるアイデアは、2018年の提出作にもいくつか見られ、Twitterにおいても「メカ仁」や「メカ天皇」で検索をすると、ツイートが引っかからないでもないことから、特別に珍しいアイデアでもないと思います。
そこで本梗概では、天皇を自称するアンドロイドの一家が隣に引っ越してきたらどうなるか、という所から発想を進めました。一家を中心に起こる地域交流の復活と、その瓦解を描きたいと思っています。
実作では、一家がペットとして連れている高性能ドローン「金鵄一号」を登場させ、強烈な光を発してタヌキを追い払うなどの活躍をしてもらうつもりです。
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