ストラディヴァリウスの墓守

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梗 概

ストラディヴァリウスの墓守

表板にスプルース指板しばん黒檀エボニー、裏板とネックに楓の木。特別調合されたニス。ストラディヴァリウスの材料は明らかになりつつあるが、その音色の理由は未だに明らかにされていない。

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ミレニアム自然史博物館の展示物を全て見て回ろうと思ったなら、少なくとも三日は見積もる必要がある。
博物館では本来の施設の目的である絶滅危惧生物の遺伝資源の保存と並行し、気候変動や環境破壊によって地球上では維持出来なくなった生態系を屋内で生育・復元し展示している。展示対象エリアが年々拡大している上、脳内の認識に作用し一時的に拡張現実世界を見せるデバイス『白昼夢』が普及して以降は、展示物の解説やかつてその地域に住んでいた人々の暮らしの再現にデバイスが使われるようになったため、泊りがけで見る人も珍しくない程だった。

主人公のニコラは博物館の巡回警備員であり、北イタリア/チロル地方の森林地帯展示エリアを担当している。実家のヴァイオリン工房から遠く離れた土地で、かつて兄弟弟子のハルと語った「いつかストラディヴァリウスやグァルネリに並ぶ名器を作る」という夢を自らは諦めつつも、イタリア北部の木々を警護することでまだ追いすがっている気になっている。博物館の開設当初からあるこの地帯に生い茂る松や楓は、十七世紀には多くのヴァイオリン職人が材木として利用していた木々だった。

ある日いつものように出社したニコラは、経営者から新たに別の地域の展示エリアの場所を作るため、森林地帯エリアを閉鎖するという決定を聞かされる。既に遺伝資源の採集はほぼ完了しているのだから、またそのうち敷地が拡張されたら再度開設すればいいと話す経営者。それと同時に主人公の視界に、死んだ兄弟弟子・ハルの幽霊のようなものが映り始める。
閉鎖という事実に向き合えないまま、視界に映る幽霊も『白昼夢』の不具合だと自らに言い聞かせ続けるニコラ。その間もハルの幽霊はことあるごとに姿を現しては、ヴァイオリンの話や二人の思い出を語りかけてくる。その度ニコラは過去を幽霊と共に振り返り、そして今の現実を思い出しては苦しむことになる。

あらゆることに折り合いがつかないまま展示エリアで働き続ける中、ライターの落とし物を拾ったニコラは、見知らぬ誰かが箱庭の森に火をつける場面をふと想像する。ライターの火は次々と燃え移り、やがて森全体へと広がる。『白昼夢』の見せる映像か自身の想像かも分からなくなる中、いっそ一人の、名も知らぬ馬鹿のせいで全て消し去られてしまった方が良いと、燃え盛る火を焦がれるように眺め続ける。

現実では何も燃えず、自分で火を点けることすらも出来なかったが、この一件を期に自らを管理者失格とみなし、ニコラは仕事を辞める。新天地のアパートで久々にヴァイオリンを弾いたニコラは、ずいぶんと下手になっている自分を笑い、古くなった楽器の手入れを始める。

 

文字数:1199

内容に関するアピール

数年前に温暖化でワインの生産地が北上している、というニュースを耳にしたことがあり、その時から追いやられた果ての寒冷地や、沈むサンゴ礁の島を保存する箱庭の博物館が、もともとぼんやり頭の片隅にありました。幽霊かどうかも分からない存在と、曖昧な持て余した夢について考える墓守気取りの話がそれに混ざり込み、こんな話が出来上がりました。実作ではニコラに必要以上に厳しくしないよう気を付けながら本文を書いていきたいです。

曖昧なものや感情を、曖昧なまま眺めるのが好きです。博物館も好きです。これまで浮かんだイメージを書き写していたばかりだったので、得意なものをこれだと胸を張って出すのは勇気が要りますが、好きこそものの上手なれなどと言うしと、己に言い聞かせつつ提出してみます。

<参考文献>
『ヴァイオリン各駅停車』(森元志乃,2000)
『ストラディヴァリとグァルネリ ヴァイオリン千年の夢』(中野雄,2017)
『ストラディヴァリウスの真実と嘘』(中澤宗幸,2011)
恐らく参考文献はまた増えます。

文字数:440

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