けりのあるとき

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梗 概

けりのあるとき

 言葉はつねに言葉同士で関連し、時には離れ、時には新しい言葉を生み出し、時には戦い合っている。言葉の基本である、存在するという意味を表す「あり」は、様々な言葉の元になった。「あり」は巷でよく歩いている。しかし「あ」は簡単に抜け落ちてしまうので、知らないうちに「り」が一人歩きして、独自の意味を主張し出した。「り」は今という時間を自分の意味に認定した。常に流れていく今を捉えようと、前だけを見て進んでいる。道を間違えてもとにかく前に進むのが「り」である。
 ふらりと訪れて来た「り」のあとから「き」が出てきた。動こうとはしないので、「り」との距離は瞬く間に広がってしまう。思い出したように時たま歩き出しはした。「り」よりもずっと後の位置を占めていたので、今よりも後の、過去を示すように「り」から告げられた。「き」と「あり」は、他の言葉に知られないうちに結合していたようで、「きあり」から音を変化させて「けり」を生み出していた。
 「けり」は伸びる性質を持っていて、「き」のある地点から自由自在に自分の体を伸ばしていくことができた。「き」から線が延びているとしたら、それは「けり」の一部である。「けり」は「り」のあともう少しのところまでなら行くことができた。「けり」の目標は「り」を越えることだった。
 遠くからふらりと「つ」や「ぬ」がやってきて、「き」に付かず離れずの距離感で生活をしていた。今にも何かが起こりそうだというときに、そわそわし出すのが「ぬ」で、今まさにそれが起こったとき「つ」は勢いよく飛んでは止まった。
 べつの「あり」と「つ」がたまたま道でぶつかったことで、新しい言葉が生まれてしまう。「たり」の誕生であった。「たり」は非常に身軽で、あっちにいったりこっちにいったりお構いなしで動き回った。「き」の場所にいたと思ったら、「ぬ」の側を歩いているときもあった。意味が重なりあってしまった他の言葉たちは大いに怒り、「たり」を撲滅しようと罠にかけた。「き」から「けり」の間を通るように仕向け、道をこけさせたのである。そうして「たり」は二つに分かれた。そこで生まれたのが「た」であった。「たり」よりもさらに俊敏に動いた「た」は、復讐心に燃え、攻撃力を増して、他の言葉たちの居場所を侵犯した。戦いに敗れた言葉たちは、姿を固められて、木に刻み込まれてしまう。時たま誰かが呼ぶ声がするけれども、いままでのように道の浮かびあがって歩くことは二度となかった。
 

 

文字数:1024

内容に関するアピール

 

 古典文法の品詞分解が好きです。学校文法に則った品詞分解は一つの言葉遊びのように感じます。いまでは使わなくなってしまった古典文法のなかでも時制を担う助動詞のこれまでを、生きているかのように遊んで書いてみます。 

 

 参考文献 藤井貞和 『日本文法体系』 ちくま新書

 

文字数:130

課題提出者一覧