終の住処

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梗 概

終の住処

港のあった入江をみおろす、むかし番屋があった見晴らしのいい場所に、一代で財を成した男、水谷の邸がある。
 数十年前に津波に襲われ、入江の山際の数十軒はすべて流され、今は無人の更地。丘にへだてられて反対側の海沿いにも町があり狭い道で入江とつながっている。更地部分は水谷が買っていた。高い堤防で海は見えない。
 水谷は高齢、体が不自由で部屋からほとんど動かない。水谷の代理の背の低いロボットが車輪で動き回り触手で作業する。水谷はヘッドギアでその視聴覚を受信、わずかな筋電を命令にしてロボットを動かし会話する。
 原田は、水谷邸のIT管理に一年契約で派遣された若い男性技術者である。昼には、細野という中年女性の家政婦兼ナースがきており、看取り契約もしていた。
 水谷は拡張現実(AR)グラスヘッドセットを使わせていた。水谷の代理ロボットは、ARセットで見ると、快活な中年男のアバターが見える。会話もできる。
 水谷は原田に、かっての集落を仮想で再現させる作業もセットで依頼している。水谷のロボットとともに更地を歩く原田、その外れに水谷のかっての家があった。更地はヒマワリが植えられていたが猪に掘り返されている。水谷は昔を楽しく語る。
 集落の、津波前の公開マップ映像は得られるが、水谷はもっと古い画像情報が欲しいという。ネット上で金かけて募集をかける。ある老女性が画像提供する。水谷は名前を呼びかけるが女性は水谷を覚えていない。その写真の一枚には子供時の水谷がいる。厄介な子供がいたと女性は言う。実際にはひ弱で不規則発言の多い水谷は疎まれ、家族ごとこの集落を離れていた。
 原田が、邸からの遠景のみならず、集落跡でもARセットでみられる形で以前の家並みを再現。水谷は懐かしんで、さらに神社の祭りの風景や、デジタルキャストの追加も要望。
 子供の頃の姿のアバターを水谷は使うようになり、会話も一方的になっていく。ときに集落を原田とともに動きながら水谷のアバターは各家の噂話を大声で話す。ロボット‐ARシステムは、明瞭な認識機能が前提、ボケたのでは何をすることか、と細野はぼやく。
 家産管理の弁護士が、水谷の実体は呼吸困難になりつつあり判断能力も低下、延命登録もないと、原田の派遣の切り上げを通告する。原田は、バグだらけながら秋祭りとデジタルキャストをシステム実装し、夕暮れの集落跡にかぶさるAR遠景を邸から水谷-ロボットに見せる。
 日は暮れ、退去の支度する原田に、勝手に邸を出たロボットが集落の道路でひっくり返っていると警報。抜け道に使う地上車に追われた猪にあたられたらしい。急行し、声をかけようとARセットで見ると、足踏みしている子供。ロボットが動かないからそこから動けない。沖はに漁火が見える。秋祭りの賑わいに、歩き回るデジタルキャスト達。そのキャストとしゃべる子供のアバターは、ロボットから離れ、軒先の赤い提灯に導かれて、神社の賑わいの方に去っていく。
 邸によばれた細野から、水谷が今なくなったという知らせがきた。ARセットを通し、解像力の粗い秋祭りの夜の賑わいを、原田はぼんやりと眺めるのだった。

文字数:1290

内容に関するアピール

得意なものを、ということです。
 守備範囲が狭くて、書けるものを書くしかないのですが、私はひとつのわかりやすい視覚イメージから話をつくることが、得意というか、やりやすいのです。
 イメージのない設定から話をつくろうとした前々回の梗概、そこからつくった前回の実作ではえらくしんどくて、前回は梗概もできなかったので、今回は話をつくりたくなるイメージをつかむところからはじめました。
 自分の故郷を仮想で再生したいというのは、珍しくない願望と思います。その故郷で浮きまくって去った(キャラとしてスティーブジョブズを想定)男が、津波で壊滅したその故郷を再現し、死んでその中に去っていくのは、バグなのでしょうが、鬼市のようなものを呼び出してしまったように思われる形で、話を閉じたいと思います。

文字数:338

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終の住処

原田がその駅に到着したのは、午後も早い時間である。改札を出てタクシーに乗り、住所を言うと、
「入口で下すことになります」
と、無人タクシーのAiが原田に言う。
「家の入口ならそれでいいよ」
「このお家(うち)のあるエリアは広い私有地ですが、中を通る道路が整備されていませんのでその入り口でおろすことになります、そこからお家(うち)まで坂道含め徒歩3分です」
 親切なタクシーだね。原田はつぶやき、Aiは律儀に、ありがとうございますと返した。
 東は海に面し、三方を山に囲まれた町の、まばらな平屋と空き地が混ざり込んだ駅前のロータリーを、タクシーはぐるりと回った。海側にそびえる巨大堤防に沿ってすこし北上する。平地はすぐに切れ、町側に岩肌をみせる小山と堤防の間に道が入り込む。
 Ai無人車規格の2車線道路はそこで途切れ、余り手入れの良くないやや狭い道にかわる。ここから先は入れませんのでとタクシーは言い訳して引き返していった。原田はやや重いバッグを肩から下げて歩き始めた。
 小山の、町の反対側には平地の狭い谷地があった。道はその中を通って、小山とむかいの山の間を坂を上がって、その先は森の木々のあいだに入っていく。
 谷地のうち、右側の山のふもとには、家が一軒建つほどのひらたい敷地が20軒分ほど続き、区画ごとに土台のようなものも見え隠れするが、背の高い草が生えるばかりである。
 30過ぎたばかりで、広い地域に点在する契約先のシステム管理に動いてばかりの原田は、体もそこそこ軽かったのだが、春もおわりのもっと気温も低い見通しが外れ、厚めのスーツに、軽く汗をかいていた。
 山に向いて右側のひらたい敷地のなかほどに、2階くらいの高さまでの幅3mほどの石段がある。左側は道のすぐから小山の斜面になっていて、もうすこしいくと、「ここを左に上がる」と、原田の腕から、ナビの声がした。
 通り過ぎた、むかい側の石段よりよほど立派な石段が小山をあがっているのだが、さらにその脇に、ひと一人通れるほどの細い道が奥行きも長くつづら折りになっていた。小山は20m程度だろう。原田が石段を上がり始めると、銀色の背の低いロボットが、上から、つづら折りをゆっくり、車輪を回しながら降りてきた。こいつのための道かと思いながら上がるうちに、ロボットの方もつづら折りをいくつも折り返して、階段の近くにとまり、受光機を原田に向けて持ち上げた。門番ロボットかね、と思い、原田は、拡張映像システムの管理会社から派遣されてきた新しい担当者であると名乗って、腕のコミュニケーターをむけた。
「わかった、あがってくれたまえ」
 いきなりロボットから、男性の太い声が響いた。

石段の上に、白い平家があった。大き目の扉が左右にひらいて原田とロボットは中に入る。おもてと家の中に段差はない。そのまま広い空間があり、きれいなシャンデリアにソファがおかれ、むこう側はおおきくガラス張りで、今しがた原田のやってきた、駅をかこむ、空き地の多い平地が見える。ガラス張り以外の壁は白く、まだ高い陽の照り返しを受けている。
「いい景色だろう、もともとここは、下にあった港の出入りを見張る、番屋のあったところなんだ」
 ロボットから声が出る。背後で、女性の声がした。振り向くと、
「管理会社の方」
 割烹着のような白い防護服を着て、メガネをつけた、若いとも言えない、くっきりした顔立ちの大柄な女性が、広い部屋の端にある、扉もなにもつかないあけっぱなしの戸口から出てきた。原田が名乗って挨拶すると、
「瀬尾です、水谷さんの管理ナースよ、とりあえずこれつけて」
 自分のかけているのと同様の、枠のないメガネをさしだした。装着して瀬尾を見ると、肩の張った白衣を着て白いナース帽をかぶった金髪の女性になった。まわりをみると、白い壁に絵が並び、薔薇が高い花瓶に生けられ、ロボットのいたところには、よく焼けた、やや痩せ気味の中年男が立っている。拡張現実メガネである。
「私が水谷です、よろしく」
 水谷と自称した男の足元にうっすら、もともとのロボットが見える。
「声も、そのARメガネのほうが聞きやすいだろう、ここにいるときは、それを使ってくれますか。ロボットを通して見たりきいたり、話をしたりするんだが、実際の私は、奥のベッドから動けないんだ、そのシステム図はみてくれたかな」
「仕様表の一覧には目を通したんですが、情報がばらばらだったもので失礼しました」
 背後の瀬尾の声もメガネから聞こえた。
「そのお世話するのが私ね、勤務はお昼で、夜は交替で町からナースが来てるの」
 中年男の姿の水谷はにこやかに笑いながら、
「原田さん、あなたの仕事は、私のこのロボットや、私に見えるこの家を維持することなんだが、そのほかに、見積ってほしいことがあってね」
「読みましたが、60年前の町の画像の拡張再構成ですか」
「それが希望なんだが、まず、こっちの壁に、海の景色が欲しいんだ、今は絵が並んでいるが、切り替えられるようにしてほしい」
 入口側と、入った広間のむかいには窓がついていて、景色が見える。しかし、海側の壁には窓もない。原田は、
「こっちの壁の向こうが海ですね、この高さなら堤防の向こうも見えると思うのですが窓をつくれない理由がなにか」
「窓は、見たくないからつくらなかったんだ、堤防の向こうの海には、ずっとむこうまでテトラポッドが放り込まれていてね」
 ああ、そういうのじゃない海が見たいんですね、わかりました、と原田が答えると、簡単そうにいうね、と水谷は意外そうな声を出した。
「海側にも防犯カメラが向いてますからね、取り込んで、テトラポッドなんかは自動修正を埋め込んでこっちの壁で再生すればいいんです、ただ、あちらから上がる太陽でカメラが焼けると困るので、海だけ撮って、空は別のところから合成するのがいいでしょう、高さ補正すればどこで見ても不自然なくなります。仮想の壁を一面増やす程度の費用でできますね。これはたぶん簡単ですが、むかしの家並みの方は画像そのものがなければどうしようもないですよ」
 ロボットが動いたのだろう、水谷のアバターは歩き始めた。あとをついて、原田も、町とは反対側の部屋の一部についていく。こに部分もガラス張りで、そのまま、この小山と向うの山のあいだの狭い谷地がみおろせる。
「あそこはむかし町というか集落というか、ひとが住んでたんだよ」
 原田は黙って話を聞く。
「20年前のあの津波でぜんぶ流されて、けっきょく住民も戻らなかったんだ、この家のある高台に逃げたひとは助かったけど、あっちの斜面の神社に上がったひとは流されたらしい、そのあと、再建もされなかった」
 むかいの石段も見下ろせるが、あがった先は低木や草の生える平地で、何もない。
「鳥居ごと流されてね」
 見下ろして説明していた水谷の拡張現実像は、原田を見返した。
「それでまあ、私が、こっちの小山から、あっち側の山の半分まで買ったわけだ、道路も買っている、この道路の奥は林道になっているんだが、違う方からも入れるから行政がこの道路を維持する必要がない。下の道路の向こう側に、家のあった跡があったろう」
「草ぼうぼうでしたね」
「あそこに、拡張現実で、むかしあった集落、家だな、それを再現してほしいんだよ、手順と予算を見積ってくれるか」
「画像情報がその家並みについて残っているかという話になるんですが」
「僕は」
と、原田にこたえず、水谷はつづけた。
「ここに住んでたんだよ、小さいうちに離れたんだけど、いいところだったんだ、みな仲もよくてね、もう一度、ARでいいから見たいんだ、金は払う」
 金は、個人でもあるところにはあるのだなと、原田は思った。
「じゃあここの情報は」
「ほとんど何も持たず家族ごと外に出たからな、小学校を出るまえだったからこのあたりのアルバムにも僕自身は残ってない」
「小学校はどこにあったんですか」
 水谷は、首をすくめ、町側を指すしぐさをする。筋電や神経の活動電位、脳波を拾っては画像に反映させるこのシステムはずいぶんよくできている。
「表側にあったところに通っていた。この裏側は、番屋にあがってくるちょっと金持った船を相手する接待所が集落のもともとで、軒数も少なかったんだ」
 画像情報の有無の話に戻らない。原田は辛抱強く、
「家並み自体の画像情報はどうでしょう」
「表の町の写真ばかりだよ、小学校のアルバムには。それくらいはここの図書館のデータにある。仕事が回り始めてからは、画像にとられる機会も増えたから自分の若いころの姿はこうやってつくっているけれどね、それまでの画像は自分のものも家族のものも残してないんだ」
 そこで、水谷は静止した。瀬尾が、
「水谷さん」
 水谷の画像は反応せず、こちらをにこやかに見たままである。
「ずいぶんてきぱき話が進んで、ちょっと疲れたんですね、操作は疲れますから、しばらくこのままでしょう」
 瀬尾はARメガネを外して原田の名を呼び、
「じかに会ってもらう前にひとこと自分から言ってもらおうと思ったけど、どうせ必要なのはわかってるんだからまあいいか、こちらへ。メガネはとっていいわ、おたがいまともな格好のほうがいいから」
 すでに自分にもなにかアバターが貼り付けられていたらしい。素顔の瀬尾は、きりっとした顔をすこし傾けて片眉をあげた。そのまま、彼女の出てきた、扉のつかない戸口に向かう。病室のような空間があって、ベッドがおかれていた。戸口の横と向かいには白いカーテンが下がり、ほかは白い壁である。
「これがご本人、水谷さんのまわりもまとめて、医療面以外の機器はこれからあなたが管理するのよ」
 ベッドには人がシーツを肩までかけられて寝ていた。小型ヘッドセットが目を覆っている。隙間から、老人の皮膚が見えた。それが水谷の本体である。まだ70歳そこそこなのに、脳梗塞であちこち動かず、その代理にロボットを動かす。動きは脳波や各種筋電、神経電位でコントロールし、ロボットからの視覚と聴覚だけはヘッドセットで受容するのである。ロボットだけではなく、この邸にはりつけた拡張現実の中で、水谷はロボットとともに動くアバターを持っている。訪問者はARメガネを経由して、元気な中年男とやりとりする。彼の馴染んだ自己像なのだろう。
「ロボットが便利だからあっちで動き回って、リハビリも何もなくてよけい動けなくなって、、でも、あれはあれでコントロールが大変なのよ、しばらく動いたら疲れて寝るのくり返しよ」
「そこも課題だ」
 背後から声がした、ロボットが部屋に入ってきたらしい。
 振り返りながら原田はARメガネを装けた。笑顔のまま表情の動かない快活な中年男が立っている。
「下の道までいくのもけっこう神経がいったんだ、もうちょっと楽に操作できるシステム構築はないのかな、君は話が早いから、そのあたりもちょっと不満を言わせてくれ」
「あそこ、私道って言ってもたまに通るものがあるんですよ、気をつけてください」
 金髪のナースが、からっぽのベッドに語りかけているのが見える。原田はシステム図を思い出す。瀬尾が小声で、
「私には見えてるのよ、でなきゃケア出来ないでしょ、こういうちょこちょこしたオーダーは、出来合いじゃ無理なのよ」
 かなり面倒くさいシステムじゃないかと、原田は思った。それは、嫌ではなかった。瀬尾にもいろいろ訊きながら、まずは邸の機器の状態やこまかいバージョンを確認し始めた。
 滞在する数日の間、駅近くの宿泊所とのいききは、瀬尾が、小山の下の、もと家の敷地のひとつにおいてある赤い車に同乗させてくれた。その途中にも、瀬尾は、水谷について、体が動かなくてもいまのところしっかりしている、アバターで動くと疲れやすいし、興奮しやすくなっているので、ときどき自分が接続を切ることもあるのだと原田に語った。
 数週から月ごとに実地のチェックを行い、そのあいだは遠隔でモニターする契約になっている。数日かけて初期チェックを行い、原田は、海側の壁にテトラポッドのない海が、並んだ古典絵画と切り替えてみられるように設定した。

数週間後、原田はまた水谷邸を訪れた。陽ざしはすこし強くなり、原田はスーツを薄くした。
「アバターの手足が動かしやすくなったね」
 水谷のアバターは嬉しそうに言った。その日の気分によって外観をかえるらしく、この日のアバターは、けっこうな白髪である。年齢層で4つのアバターをもっているのだが、あいかわらず表情にはバリエーションがない。麻痺した本体に対応した部分を自然に動かすのはなかなか難しいのである。ここもちょっと手を入れようと思いながら、原田は、
「下の町の画像情報は、40年前からならあるんですけどね、ロードマップ画像もってるナビゲーションの会社がそのあたりからの過去の道路沿いの画像情報売ってるんですよ、古いものは粗い画像で、もうボカシもいれてないです」
「40年か、ちょっと新しいな」
「よろしかったら、一番古いのをいま買って落としますよ」
 水谷が値段に不満を言わなかったので、手元の端末に地理情報とセットの画像をおとして、壁の海をオフにして仮想モニターをたてた。重い瓦ぶきの古い木造の平屋が、軽い素材の四角い建物のあいだに点在している。空き地もある。
 モニター上で道路をいききするとともに家の角度もかわる。しばらく水谷は何も言わずそれを動かして眺めていた。
「俺が覚えているのは低い屋根ばかりだったんだが」
 いつの画像なのか水谷が再度確認し、自分の去った20年後かと、またため息をついた。そのまま画像をすすめて、
「おう」
と水谷は声を上げた。たまたま写り込んだ女性が道路わきに立っている。姿勢はいいが、それほど若くはない。
「これはたぶん、タイラさん、ノンちゃん」
 あだ名のような名前をいう。そして、
「ここに住んでいた人を調べたらどうかな」
「むかしの住民の情報なんて役所は教えてくれませんよ、そんなに珍しい名前の人がいたのでしたらともかく」
「画像の一致で探すんだ」
「検索にひっかかったとしても、本人情報にたどりつけるかわかりませんよ」
「金を出したらどうだ」
 こちらから言い出さなくて済んだと原田は思った。

画像検索は2方向で行った。
 写っている女性と、家並みの景色そのもので、ネットにでている画像の一致を探すのである。
違うところでほかの仕事をしていても、水谷からコンタクトはときどきある。さっさと金を積めばという水谷に、手に入る画像に古い建物をほかからもってきてくっつけて、これがそれですといって売りつけるやつがどんどん来て身動き取れなくなったら困りますよと説明した。そんなもの調べたらわかるだろうという水谷に、調べること自体が手間なんですと答えた。最終的にはともかく、はじめから余分な仕事を増やしたくはなかった。
 家並みでひっかけて、さらに古い画像がみつかった。
 バイクの走行動画で、その集落を通りがかったときにとられたものだった。撮影者はすでに亡くなっている。50年ほど前に自分の叔父が撮ったもので、津波ですっかりかわったあたりの、ずいぶんまえの映像であるとコメントがあった。
 いまは巨大堤防のある一帯のかっての映像で、堤防のない海は水平線まできれいだった。目的の、水谷の住んだあたりは、10秒もかからず通り過ぎてしまっていた。そのままバイクは山に入り、左右に揺れる狭い道をライダーは楽しそうにステップを擦りながら走った。
 買った画像でみつけた女性の方は、いろいろと加齢や肥満で変形させて、そこからまた検索をかけたのだが、10人ほどひっかかったものの、半分はあきらかに違う有名人である。顔を売らない人間が自分の顔を垂れ流すわけもなかった。
 今度は、水谷の通っていたという小学校の名のついたグループを、地域情報交換サイトで探した。小学校自体は津波でながされてそれっきりであったが、卒業年からみて水谷より10歳程度若いグループが、ひさしぶりにかっての校地を訪れる、というイベント広報があった。近く、7月はじめにあるという。
 エリアマネージャに断ったうえで、水谷に、人探しは本来自分の仕事ではないので自分に依頼するなら別料金になるがどうするかと問い合わせた。予想通り、それでいいと返事が来た。

かってその地域で「盆」といわれていた時期の、もと校庭に、20人にも満たない老人たちがあつまっていた。
 周囲にはばらばら家は建っているが、人口はすくなく、3つほどあった小学校は、すこし離れたひとつに統合されている。この校庭の北側には校舎の土台だけが残っている。
 無人タクシーから降りると、校門のわきに立っていた女性が動いて、原田に声をかけた。原田はすこし驚いた。
「瀬尾さん」
「水谷さんからきいたのよ、私がいたほうが訊かれる方も話しやすいだろう、行ってくれって、今日いきなりいわれて」
「それはありがたいですね」
 明るく薄い長袖の上着に歩きやすそうな長いパンツ、白い手袋に髪を後ろで束ねた瀬尾は、あいかわらず、きびきび動く。ときどき手元を見るのは、水谷の状態をモニターしているようだった。
 昼前で日差しはつよい。半数以上の老人が、日傘式ドローンを頭上に飛ばしている。ひとりで感慨深げに校庭をゆっくり歩く者もいれば、あちこちで数人が固まって話をしたりもしている。
原田は、ネクタイはそのままに、上着だけ脱いで、老人たちに近づいて行った。瀬尾の、自分はナースだ、という自己紹介は役に立った。むかしこの町に住んだひとが、寝たきりになっていて、この町のむかしの画像を見たがっている、という説明は、まったく違和感なく受け止められたが、
「ワタライとかいったかな、あの場所。あの山の向こう側のコは、いなかったよなあ」
「覚えがないなあ」
という反応しかない。ひとまわりして、原田は瀬尾に、
「人数も少ないですね」
「仕方ないわ、ここにいる人たちはほとんどが、津波の時にはこの町にいなかった人たちだもの、もともとが少数派で、それでわざわざここまでくるんだから」
「この、同窓会というんですか、鎮魂かなにかの儀式はしないんでしょうか」
「この校庭で流されたわけじゃないしね、それはまた別の日ね、もう一周、訊きなおしますか?」
 こんどはプリントアウトしておいた道路わきの女性やそれをつかって引っ張ってきた画像を見せると、知った人かもしれないという女性がひとりいた。ワタライの住民でしたかというとよく覚えていないという。
「すみません、連絡取れたらお願いします」
と大きく言い、瀬尾が小声の世間話するようにすこし体を寄せて、謝礼の話をした。知ってそうなのは誰だっけと、何人かその場で連絡を辿り、運よく、
「うちのおばあちゃんはたしかにそのあたりの出身のはずですけど」
 コミュニケータの向こうで、やや若い女性の返事があった。
「津波のずいぶん前に出てきたから、流されて何もなくなったわけじゃないけど、あまり昔の話しないわね」
 ここでも、画像があれば謝礼を出します、という話に、それだけではわからないから、水谷自身の本人証明のあるところから連絡してほしいと、女性は言った。
 瀬尾の赤い車で水谷の邸に向かう。瀬尾は、自動運転のハンドルに指をかけたまま、
「いつもこの調子よ、体が動かなくなってから、自分に見えるものをとにかく自分の思い通りにしたくて、今までは家の中だけだったんだけど、とうとう家の外に出たわ」
「要望がわかりやすいからやりやすいですよ、水谷さんとは、ずいぶん長いんですか」
「引退する前からね、引退と同時に財産をぜんぶ整理して、管財人をおいて自分がなくなった後のいろんなものの行先までしっかり決めてしまったからへんなものはあまり寄ってこないんだけど、金の話をすぐするから、勘違いする人がいるのね、仕事が気に入らなかったらあっというまに切られるわ」
「それで仕事が回ってきたわけですか、個人でこういう内容は珍しいですよ」
「原田さん、ふだんのお仕事は団体が相手なの?」
「メンテは会社なんかの組織がほとんどですね、開発にしたってイベントが多くて、予算や見積もりから始まります、といっても私一人で対応できる程度ですが」
「個人相手の仕事してる人じゃ間に合わなくなったのね」
 瀬尾は首をすくめた。そして、
「私の歳がわかる?」
「女性の歳なんて考えたこともないです」
「用心深いわね」
 瀬尾は笑って数字を口に出した。かなり意外だった。原田は、瀬尾がいまも手袋を外さないことに気づいた。
「正直に言いますが、それはすごいですね」
「水谷さんが手配してくれたのよ、いつも見るんだからそうなってくれって」
 それだけで自分の顔や体をいじくらせはしないだろうと思ったが、さすがに口には出さなかった。すこし原田の反応をうかがった瀬尾は、鼻を鳴らし、
「アバターを張り付けるようになってやっと、金髪にしろってのがなくなったのよ」
 なるほど、とだけ原田はこたえた。瀬尾は、そのまま何も言わず、敷地に入って自動運転を切り、手慣れた動作で車を駐車させた。

邸では、瀬尾、水谷のアバターといっしょに、また部屋の壁の前に仮想モニターを立てた。水谷のアバターはいままでで最も若く、30歳そこそこにみえる。
 あらためて、さきほどの女性に連絡を入れる。
「おばあちゃんも、おじいちゃんのストーレージにむかしの画像は放り込んであってわからないといってるんですけど」
 声だけのやりとりになっている。水谷は、画像を見せてくれ、確認できたら、落としただけ金を出す、といった。原田は代払いサービスを相手の回線に開放した。
「待って待って、私にはわからないの、ねえ、もう直接話してくださる?」
 回線が切り替わる音がして、目の前に、年輩の女性の半身がうきあがった。音声をつなぐ前に原田は、
「先方には、ARの状態が見えてる設定になっています、先方も、これはたぶんもっと若いころの姿を使ってますね」
「ワタライの画像探してるって聞いたんだけど」
 女性の声に、勢いよく水谷は、
「そう、あなた、タイラさん、ノリコさんじゃないですか、ノンちゃん」
「えーと、どなた」
「シンちゃんといわれてましたよ、ミズタニの。僕が引っ越した時ノンちゃん中学生だった」
「誰、シンちゃんって」
 女性はすこし考えて首を振った。
「そんな人いたかしら、だいたいあなたずいぶん若いじゃないの」
「ああ、これは、、若いころの姿を張り付けてるんです」
「そんな方見たことないわ」
「実物より、このほうがまだ昔に近いと思うんですが」
「昔もそんな姿だったの、でも知らないわ」
「もっと若いですよ」
 あまりかみ合っていないが、瀬尾も原田も口を出さない。
「名前はなんですって」
「シンイチロウですよ、シンちゃん」
「ミズタニさん、ええと、奥の2軒目にいたっけ」
 水谷はうれしそうに、
「そうです」
「なんだか付き合いの悪い家だったような気がするわ」
 水谷の表情は笑顔のまま止まってしまった。戸惑っているようだが、そちらの表情のストックはあまりないのだろう。バイタルの様子を見ていた瀬尾が、手元で操作して水谷のアバターと本体の接続を切った。原田が話を引き取る。値段を提示し、むかしの画像が欲しいが差しさわりあるだろうかと訊くと、今もうないような町やら人やらの画像なんだからべつにそれはかまわないという。夫がどうしていたかという話から、ストーレージそのものに本人をつかってつながるのにしばらくかかった。中身をみはじめて、
「そうそう、ときどき見に来てたんだけど忘れていたわ、ぜんぶ流されちゃったからねえ、このあたり」
 多くの画像には位置情報もついている。水谷がワタライ集落を去る前後10年ほどのタイムスタンプの画像から選ぶのである。集落における屋外画像は、ほとんどみな、まだ未成年のこの女性が、単独でなければ同世代の女性や大人と並んで写っていた。成年の頃から、この集落での画像はほとんどなくなった。石段の上の神社では、少女が浴衣を着て笑っていた。
 建物だけの写真なんてわざわざそれだけ残さないから仕方ない、と原田は思った。多くもない画像だったが、それぞれについて説明しようとするので時間がかかる。こちらに画像をおとす前に、
「あなたの姿とか顔なんかは消せますよ」
「いいわよ、どうせわからないんだから、昔の私の顔見てくれる人がこの世にいたほうがいいのよ」
「水谷さんに覚えはありませんか」
「そう、あの家にたしかに男の子がいたわ、あんまり付き合いなかったんだけど、神社のお賽銭をへんな工夫で引っ張り出して怒られてたんじゃないかねえ」
 瀬尾は、ため息をついて目を閉じ、顔を覆った。原田は、この話はやめた方がいいだろうと、
「ほかに、ここの人たちの心当たりはありませんか」
 すこし老女は口ごもった。瀬尾は、口早に、
「ありがとうございました、またなにかあったらよろしくお願いします」
 回線を切って、原田に、
「ここのほとんどの知り合いは20年前に亡くなった筈よ、訊き方に気をつけた方がいいですね」
 ちょっと強く言ってから、立ち上がり、水谷の部屋に向かった。すぐに、また水谷のアバターが動き出した。
「ああ、ちょっと疲れてしまっていたようだ、ノンちゃんは」
「画像売ってくれましたよ」
「そうか、考えたらあのヒトはちょっと意地悪だったからあまり付き合いなかったかな」
 アバターはにこやかに話し続けたが、そのうちまた、あのころは皆仲が良くて、と話はじめた。水谷の部屋から出てきた瀬尾は、戸口に立ったまま、それを眺めている。
「見ますか」
 原田が、もらったばかりの画像を仮想モニターに出し始めると、アバターはそちらに向き直った。ゆっくり時間をかけて何度も見るうちに、
「ああ、これは俺じゃないかな」
 神社で、浴衣を着た数人の少女たちがおもいおもいのポーズをとり、そのむこうに、白いシャツを着た半ズボンの少年が、こちらを見ている。ややアウトフォーカスだが、
「これだこれだ」
 水谷はそのあとも繰り返し画像を回し、自分の写った同じ画像がでるたびに、やや長い時間かけてそれを眺めた。

夏の盛りを超えるころに、かっての集落のマッピングは出来上がった。データを送り付けた後、原田は水谷の邸にきた。
「タイラさん、ですか、あの方から買った画像は相当不完全でして、ロードマップ画像や、そうじゃなきゃほかの地域の似たような画像で補完してますよ、それと、アバターにつかえるよう、お子さんのころの画像もちょっと再構成してみました」
 部屋の仮想モニターで、まず、水谷の少年姿のアバターを見せると、今日は中年姿の水谷は、笑って喜んだ。
「元気そうな子供じゃないか」
「元気そうですねえ」
 原田は迎合的にこたえた。
「システムに実装しますからちょっと待ってください」
 データを開いて組み込むのにしばらくかかった。
 そのあと、邸をでて道路に降り、空中回線の状態を確認した。かっての家の敷地には草が生え、茂みから背の高い向日葵がいくつも立って、黄色い顔を山の方に向けていた。
 海は、堤防に遮られて見えない。回線状態をモニターしながら、谷地の入り口から、山側まで歩く。山側の一部だけ整地されて瀬尾の赤い車がある。
 邸に戻ると、水谷はさっそくあたらしいアバターを使ったようで、窓際に少年姿の水谷が立っている。ただ、動かない。またご本人が止まっているのか、と、水谷はARメガネを外して、水谷の部屋に向かった。
 ベッドの向こうで、瀬尾が、水谷の手をもって、ゆっくり屈伸させていた。瀬尾は、水谷を見上げ、
「こっちはマヒしてるの、感覚はあっても動かないのね、固まるタイプの麻痺じゃないけど、うごかなければ拘縮しちゃうから、こうやってほぐすのよ、本当はリハしてもらわなきゃいけないんだけど、その段階は過ぎちゃって」
 黙って首を振りながら、原田は広間に戻った。しばらくして、窓のそばのロボットの受光機がするっと上に伸びたので、原田はARメガネを装着した。
「準備はできたかね」
 アバターが少年の水谷の声は、大人のままである。原田は、
「敷地内では有効の筈です」
 白いシャツに半ズボンの子供姿のアバターは、道路側の窓から下を見下ろした。道路に沿って、茂みと車だけの敷地に、黒い瓦の平屋が並んでみえる。そうそう、と、水谷はつぶやくように言った。
「降りて、見てみますか」
 原田と、アバターの貼りついたロボットは、邸からつづら折りを降りていって、道路に立った。午後の太陽はまだ道路の向こうの山に隠れていない。
「気象情報と同期はしてます」
 静かな家並みが、神社への石段の両脇に続いていた。水谷は海の側へ動き、
「堤防が邪魔だね」
 とつぶやいて、振り返った。つよい日の下で、くっきりとした木造平屋の集落が逆光気味に再現されていた。
「覚えてるよ」
 一番端の家から、水谷はその住民の名前を呼び始めた。そして、
「ここの親父さんはよく酒飲んでね」「ここに住んでた兄ちゃんはいつも帰りしなにあっちの家の裏で立小便を」「母さんがよく、この家のおじさんは臭いといってたなあ」「ここで、水をぶっかけられて」
 矢継ぎ早に話し始めた。動くうちに神社の石段下にさしかかり、この上の神社には、といいながら方向をかえた。車輪しかないロボットは登ることはできず、一番下の段に低い部分をぶつけてロボットは止まって、アバターごと静止してしまった。邸から瀬尾がおりてきた。
「ちょっとバイタルが不安定になったから接続を切ったわ、おちついたらまたつなぐから」
「いきなり昔の話を始めましたよ」
「それもあまりいい話はないでしょ」
 瀬尾は、あきらめたような表情である。
「ちょっと前から、増えてきたのよ、そういう話が。あなたとのやりとりは目的があるからしっかりしてるけど、そうじゃないときはけっこう昔の話が多くて、すごく細かいことをよく覚えていて、それもあまりいい話じゃないのに繰り返すしね、なのにまた美化し始めるの、嫌なくらい悪い方に考える人だったのにね、あれって努力してそうなってたのね。自分にいいような思い込みが増えて、もともとそういう人だったんでしょう、あれがこのひとの素だったら、私だったら相手が子供でも、相手するの嫌ね」
「今の状態は、歳としてどうなんです」
「歳の問題じゃないわねこれは、いうこともきかないし」
 瀬尾は手元を見て、もう大丈夫ねといって、接続を戻した。階段の下のアバターは原田に向いた。
「なんの話をしていたかな、うん、なかなかよくできてる」
 そして石段を見上げた。
「この上の神社でもよく遊んだもんだよ」
 瀬尾は出力を切ったまま、原田の耳元で、たぶん一人でね、とささやいた。
「いや、ほんとになつかしいよ、みんな仲のいい、いい時代だった、特に秋のお祭りはきれいだったんだよ、それぞれの家に赤いあかりがぶらさがって、この石段の両側にも提灯が下がってね」
 水谷はまた道路に戻って、海と反対の方にふたたび動き始めた。今度は静かである。原田と瀬尾も、そのあとを黙ってついていく。いちばん奥まで行ってからまた戻ってきて、僕の家はちょっと違うなあと残念そうに言った。
「画像がしっかりないんです、修正は出来ますよ」
「そうか、金は出すよ」
 瀬尾が、苦笑して見せた。
「そうだな、これだけじゃ面白くないから、べつの景色のバージョンもつくってくれるかな、秋祭りの感じで」
 原田は、アバターをまじまじと見た。
「赤い提灯やらあちこちにはりつけるんですか」
「それだけじゃない、僕のいたころはもっと人がいたから、ちょっとにぎわった感じにしてくれないか」
 デジタルキャストまではりつけるのか、市販の拡張現実で、イベント用にそういうプラグインも売られてはいるが、個人で買う話は珍しいと、原田は思った。

次の訪問までしばらくある筈なのに、瀬尾から、悲鳴のような連絡が来た。原田は、時間外料金を考えながら、いそいで水谷邸へ向かった。
 あずかってあるARメガネをつけて広間に入るなり、目の前を、子供が走り抜けていった。水谷のアバターは、原田を見て、
「おお、どうだい、元気そうだね」
 ずいぶんなれなれしいモードになったなと、原田は、すこし離れたところにいる金髪ナースの瀬尾を見た。
「まあ座ってくれ」
という声に、どうも、といいながら見回すが、広間にはなにもなくなっている。
「ぶつかるから、ソファはどけてもらったの」
 肉声で瀬尾は原田に説明した。
「それでもちょっと危ないのよ、なんとかならないかしら」
「ギヤ比をかえて、動きを遅くしてみますか、なにかあったときの対応速度も落ちますよ」
「もう、勢いつけてぶつかられるの、嫌なのよ、うまく調整しすぎたんじゃないの」
「原田君」
 水谷のアバターが声を上げた。
「この瀬尾君はね、僕に、動く練習をしろというんだよ、なのに、動くなというんだ、けしからんだろう」
「それは本体と、ロボットの問題ですよ」
「ロボット、そうか」
 アバターの動きがゆっくりになり、
「そうそう、ときどき家の方におりるんだけど、なかなかよくできてる、僕の家もまああんなもんだったかな」
 いきなりしっかりした話を始めたが、一人称はすっかり僕にかわってしまったし、まえということが違うなと、原田は思った。
「秋祭りも楽しみにしているよ、ちょっと僕は休もう」
 そして、動かなくなった。瀬尾は接続を切った。
「しっかりしてるのかどうなのかわかりませんね」
「もともと、このロボットとARの組み合わせっていうのはね」
 瀬尾は動かないアバターをにらみながら、
「アミトロみたいな病気で」
「アミトロ?」
「感覚は大丈夫なのに体が動かなくなる患者のためのものなのよ、認知もしっかりしてることが前提ね、ボケ始めた年寄りに使うためのもんじゃないのよ、金があるからって」
「たしかに金はあるようですね」
「パーソナリティにいろいろある人だからね、この田舎の狭いところじゃ子供でもやっていけなかったんでしょ、だから家族ごと出て行ったのよ、でも、能力は高いからすごい金をもってしまって、それでも昔の自分を肯定したかったのね」
 そういうことかと思ったが、
「私にはどうでも大丈夫ですよ、仕事は仕事なので」
「あんまり、すかしたこと言ってるんじゃないわよ」
 瀬尾は原田に荒い声を投げ、我に帰った。
「ごめんなさい、私もおかしいのね」
 原田の顔を見ずに水谷の部屋に去り、原田は、あっけにとられていたが、気を取り直してロボットの調整をはじめた。
 作業が終わって、水谷の部屋に行く。ARメガネを外したまま入っていくと、瀬尾が水谷の腕を抱え込んでいた。胸においた小さなエラスティック素材の枕に、水谷の手をおしつけている。
「リハビリですか」
「メガネつけたらわかるわ」
 ARメガネを通すと、金髪女性のむきだしの胸になっていた。
「あなたには水谷さんの手はメガネじゃ消えちゃってるでしょうけど、ときどきこうやっておっぱいさわりたいんだって、これは実物じゃないけど」
 ヘッドセットをかぶったままの状態でロボットとの接続が切られたら、ベッド周辺の仮想現実がそのまま見えるようになっているのである。水谷はいま金髪女性のむき出しの胸を触っているのだろう。
「大変ですね」
「そうなの、母親までやんなくちゃいけなくなって」
「母親は金髪なんですか」
「知らないわよ。でもこのあたりも最近は正直に管財人にレポートしてるから、そろそろ何か言ってくるかもしれないわ」
「何を言うんです」
「たんびに安くても特別料金発生してるからね、それでもいいとか、求められてもするなとか、判断してくれるでしょう、もう好きにさせてやれというかもしれない、今の状態おしえてあげましょうか」
 原田は黙って聞いている。
「冠動脈がかなりつまってるのよ、それをなんとかするための体力もないの、延命なしで登録してるからこの先いつまでもつかわからないのよ」
「そのわりには、いつ来ても医師はいませんが」
「いたところでどうしようもないからね、遠隔でモニターはしてるのよ、たいがいのことは私が対応できるから、方針を伝えてくるだけなの」
「秋祭りどころじゃないですね」
「楽しみにしてるみたいよ」
「ロボットは調整しましたよ」
 瀬尾は、丁寧に水谷の腕をシーツの下に戻した。
 広間で接続を再開する。
「やあ」
と、アバターが動き出した。
「もうずいぶん日が短くなったじゃないか」
 そして、集落側の窓によっていくが、手足の動きに比べて移動が遅い。ARでは金髪の瀬尾が、肉声で、
「それくらいでちょうどいいわ、ありがとうね」
「あとはそちらの端末からある程度調整できるようにしときました」
 瀬尾は手元を見た。
「あたらしいレベルゲージができてる、これ」
 感心したように、
「前の人はこんなに手早くなかった」
「それはどうも」
 原田は肩をすくめ、
「遅くするほど、自覚とロボットの動きがすこしずれるわけですから、それはそれで問題が起こるかも」
「ロボットになにかあっても直せばいいでしょ」
「それが面倒だから、注意してほしいんですよ」
「どうやって注意するの」
 たしかに、注意のしようがなかった。

エリアマネージャーから原田に連絡が来た。音声だけのやりとりである。自分の声をかえる人は自意識が強いのか相手が聴き取りやすいと思ってやっているのか、どんなもんだろうと、原田は思うのである。耳元に、本人とはずいぶん違う、よく響く低い声が再生される。
「あそこの仕事が近く打ち切られるかもしれないですよ」
「まだ仕上がっていないんですがね」
「出来ている分の仮納入くらい、しておいたらどうでしょう、そこまでの分はチャージできる」
 それもそうだなと思い、原田は瀬尾を通してアポイントを取った。
 タクシーを降りて石段を上がる。残暑も過ぎて合い物のスーツがちょうどいい。空はやや深く、日ははやくも木立の少し上に差し掛かっていた。広間では、少年のアバターが、小声でうたいながら、広間の窓から町を見下ろしている。壁には海も再生されている。水谷の部屋への戸口近くに、前にみたのとおなじように金髪ナースのアバターを張り付けた瀬尾が、壁にもたれて水谷のアバターを見ていた。そこから原田に顔をむけた。
「ちょうどよかった、もうじき管財人の木村さんが連絡してくるの」
「それはほんとに、ちょうどよかったです」
 原田は、コントロールパネルを手にもって、手早く、バッグの中のストーレジからデータを邸のシステムに転送した。
「いつこの邸の接続を切られるかわからないと、こっちのマネージャにいわれてたんですが、まだ大丈夫なんですね」
「原田さんがやるんじゃなきゃ、誰も触りませんよ」
 あいかわらず瀬尾は、たまに丁寧語を混ぜる。子供のアバターが静止した。瀬尾は、表情を変えず口元だけ両側をあげた。
「最近はこんな感じで動いたり止まったり、時々走りだそうとするし。早く動けないようにはしてるんだけど。本体もあんまり反応ないんです」
 アバターはロボットに貼りついて、窓のそばから動かない。原田と瀬尾がゆっくり背後から近づくと、歌をやめたアバターは、小声で、からあげ、からあげ、とつぶやいている。
「なんでしょう」
「この間から時々出るの、食べたいんじゃないかしら、ずいぶん長い事、口から硬いものたべてないんだから」
 からあげを実際に与えるつもりはまったくなさそうである。原田は、
「秋祭りですけどね、時間をはぶくために市販のオプション使ったんですが、ちょっと相性が悪いようで、バグもとりきれてないみたいなんで、軽いモードでとりあえず作ってみたんです、出来たところまででも見てもらおうと」
「つまり、どういうことなの」
 瀬尾は、原田に向けて目を見開いた。
「解像力がいまいちなんですよ、ここから見下ろす分にはいいんですが。デジタルキャストには、タイラさんでしたっけ、もらった写真に写りこんだ人たちの姿ももらってますが、そのへんで時間が無くなって」
「下まで動くような状況じゃないから、いいと思うわよ」
 原田は、大声を出して呼びかけた。
「水谷さん!」
 アバターは、びくっとして、窓に顔を向けたまま、
「ああ、原田さん、どうですか、できましたか」
「ときどきは、ちゃんと反応するの」
と、瀬尾はつぶやいた。
「大丈夫ですよ、もう導入もしましたから、すぐにお見せします」
 少年のアバターは、原田に向き直った。
「それは楽しみだな」
 大人の声で原田に笑いかけ、ゆっくり、集落側の窓に移動していった。そこに、管財人から連絡が入ったらしい。瀬尾が手元をいじると、少年のアバターは動きを止め、ARメガネを通して見る壁側に、初老の半身が立ち上がった。これは画像処理していないようだ。海に浮かぶ応接室を背景に、紺の無地のネクタイを締め、出来のいい濃い茶色のウェストコートを白いシャツの上に着ている。
「瀬尾さん、木村です、ああ、そちらは」
「システム管理の原田です、席を外しますね」
「いえ、関係ありますからご一緒に。この部分はどうせ記録にとるので誰がいても一緒ですし、あなたには守秘義務もある」
 木村は瀬尾に、
「スコアが低下してきているとセンセイから報告があってね、そろそろ、なにがあっても手を出さずに様子をみようということになったんだ、登録もされた、延命処置なしの契約で、条件を満たしたからね、これはご本人の意思です」
「大丈夫です、はじめからそれは了解しています、では、バイタル安定装置も」
「殺せというんではないです、救命はいいですが、延命処置は要らない、薬が切れても補充はしなくていい、様子はモニターするにしても、アラームは切ってもいいということです」
「はい、目の前の死なない程度のことには対応したらいいのですね」
 木村は苦笑し、ARメガネで見える、金髪で、糊のきいた白衣のナースが、真顔で唇をかんだ。
「このARシステムはどうしましょう」
「それも含めてもうそのままで手入れもいらない、使えるものはつかったらいいけれど、追加料金は出さないということです」
 木村は、手元をみて、
「原田さん、駆け込みでひとつシステム入れましたね、手際がいいという話は本人からも伺っておりましたが」
「お楽しみのオーダーでしたもので」
「まあ、つかわせてあげてください、あなたの仕事はそこまでです」
 木村の姿が消えた後、瀬尾は、なにもいわず、水谷の部屋に入っていった。原田は、コントロールパネルをさらにいじくってから、窓際のアバターに寄っていった。まったく静止している。窓の下を見て、原田は、あたらしいプラグインの作動を確認した。
「ああ、いい気持だ」
 水谷のアバターがいきなり動いた。
「水谷さん、こんなふうですよ」」
 日は西に傾いて、ARでの集落も陰りつつある。陰の部分でないとわかりにくいのだが、各家のおもてには赤い金魚の形の提灯がぶらさがっている。神社の石段の脇にも灯りが立って、石段のうえには鳥居がたっている。ぐるりと石の柵が敷地を囲み、本殿には幟がかけられている。
 そして、これもぼんやりとしかわからないのだが、道の下の入り口から上の集落の終わりまでの間を、男は紺の着物やたまに燕尾服、女は浴衣や、簡単な単衣やきれいなカーディガンを羽織った白いスカートや明るい色の普段着で行き来し、石段を上がり、神社の敷地にたむろしている。石柵の近くには雲梯があり、子供たちがぶらさがってわたっている。
「夏なら浴衣ばかりなんでしょうけどね、ちょっと苦労しました。暗くなったら、もっとよくわかるはずですよ、解像力粗いですが、ここから見る分には、感じが出ていると思うんですが」
 水谷のアバターはなにもいわず、ずっと、集落を見下ろしていた。
 そのあと、もうお金は発生しないけどお願いと原田は瀬尾に頼まれた。個人の尊厳にかかわることというのである。
「こんな姿を最期に覚えられるなんて絶対いや」
 原田は、瀬尾の金髪ナース姿を消去した。原田は、ついでに自分の分も消去しておいた。
「ところで、私にはなんのアバターが貼り付けてあったんです」
と原田が訊くと、瀬尾はすこし無表情になって、最近は、あまりつかわなかった若いころの水谷さんのアバターが、そのままはりつけてあったわ、と言った。

駅で、原田は胸のポケットのARメガネに気づいた。もう来ることはないし、あとで送ろうと思ってバッグにしまいなおしたところに、瀬尾からコミュニケータに連絡が入った。
「もう乗りました?」
 すこし慌てた声である。
「もうじききますよ」
「ごめんなさい、落ちちゃったの」
 なにを言っているのかわからなかった。
「水谷さん、じっと窓から外をみてたんだけど、ちょっと目を離したら、外の、石段を道まで転がり落ちて、動けなくなってるの」
「すみません、でもロボットの方で本人じゃないんですし、もう、放っておいていいんじゃないんでしょうか」
 瀬尾の、すこし口ごもる雰囲気が伝わってきた。
「ダメになっても放っておくのは本人だけよ、それに、通る人もいるしそのままにしとくのも」
 原田は、すこし力を抜いた。終わったと思ったら何か追いかけてくる状況は珍しくない。もうちょっと長くあちらにいたと思えばよい事と思うようにしている。
「いいですよ、忘れ物もあるからもう一度そちらに行きます」
 端末で呼び出すまでもなく、ほとんど人のいない駅前広場のすみに手を挙げると、無人タクシーがやってきた。空はかなり暗い。西だけすこし橙が残っている。
 集落跡の道路の切れ目でタクシーを待たせる。あたりはすっかり暗い。邸への登り口あたりの路上の、瀬尾と、その足元に転がるロボットは、タクシーの前照灯が消されると、あまりよく見えない。
 ロボットには多関節腕がふたつある筈だが、うち一つが破損しているようだ。車輪をぐるぐる動かしながら腕一つで全体を支えて立位に戻ろうとし、そのたびにバランスを崩してころがってしまう。
 ロボットは、動きを止めた。
「ノンちゃん、ノリコちゃん、ノンちゃん」
 低い声で、名前を繰り返して呼んでいる。素顔の瀬尾は手を出さず見下ろしている。
 原田は、タクシーまで戻り、バッグからARメガネを出して、ロボットの方を見た。
 目の前に広がるのは、集落の、秋祭りの路上だった。家のおもてにも、神社の石段にも、赤い提灯がさがり、通る人たちは、ピクセルの少ない粗い出来だが、少し離れればなんとなく顔がつかめた。ちょっとしたざわめきも合成されている。
 その路上で、少年のアバターが、ぐるぐるまわりをみわたしていた。その場で足踏みしている。ロボットが動かないので、本人も動けないのだろう。
 少年は時々、立ち止まって、そばを通りがかるデジタルキャストに話しかけている。浴衣を着た少女たちは、水谷のアバターに寄り付きもせず、楽しそうに道を歩いては、神社の方に上がっていく。少女たちは低い解像力の中で顔立ちがすこしづつ違う。タイラから手に入れたものをすこしづつ変形させてはりつけているから、実はみな「ノリコ」なのである。
 ぼんやりした赤い提灯に照らされた、光のかたまりのようなデジタルキャスト達の雑踏の中を、原田はロボットの方に歩き、途中でARメガネを外した。そこはやはり、暗い路上で、瀬尾とロボットしかいない。
「ああ、大変」
 瀬尾は手元を見て、階段を駆け上がっていった。自分はもうあそこに上がる理由もないなと思いながら邸をみあげ、原田は、ロボットにまた視線を戻した。
 ロボットが、電気ショックをうけたようにがくんと跳ね上がった。脱力したようにころがったロボットは、もう一度跳ね上がって、動かなくなった。
 原田は、ふたたびARメガネをつけた。
 水谷のアバターは、うつむいて立ちすくんでいた。ぼんやりした人々が周囲を歩き、隙間からの光がちらちらと顔を照らす。呼びかけるのもあきらめた様子である。子供のころ、この人は、こうだったんだろうか、と、原田は思った。
 赤や、黄や、白い色のデジタルキャストたちがそのまわりをとりかこみ、水谷は顔を上げた。口元が動いたが、声は聞こえない。ノンちゃん、という唇の動きだったように、原田は思った。
 デジタルキャストから、ぼんやりした手が水谷に伸び、少年のアバターはそれにつれられて、その場所を離れて神社の方に歩き始めた。なんだこれはと、原田はメガネをはずす。ロボットはその場所に転がったままである。
 ふたたびメガネをつけた。ロボットから離れた水谷のアバターは、ふわふわした光と連れだって、たのしそうに神社の石段を上がっていく。道路にはあいかわらずぼやけた人物像が歩き回る。
 原田はメガネのまま周りを見渡した。海の方面には、堤防がある筈なのに、ずっと暗い海原を沖まで見渡せる。壁のために設定した海の画像が自動処理で入っているようだ。光が水平線上にみえる。タクシーの補助灯がそう見えるのだろうと思ったが、数が多すぎる。漁火のようだ。
「どういうバグなんだ」
 原田がつぶやいたところに、メガネの音声回線が開いた。やや低い瀬尾の声が、
「いま、水谷が亡くなりました」
 原田は神社への石段を見上げた。
 水谷のアバターは、浴衣の少女たちに囲まれ、石段を登り切って鳥居をくぐり、そのむこうに消えた。大きな歓声が聞こえ、しばらく拍手が鳴りやまなかった。

 

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