ぺりぺりぺりぺり

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梗 概

ぺりぺりぺりぺり

2081年、情報分離業データピーラーという仕事が存在していた。

2020年代に「正しくより都合良く」という思想が興隆し、情報の上塗りが流行。人々があらゆる情報にバイアスをかけるための増補をしたことで、原型を留めない情報がネット上に溢れた。
 一方で、発信した一次情報オリジナルが個人資産に認められ、情報の復元需要が高まったことで、増補された情報を除去する仕事、情報分離業が生まれた。
 なかでも、ネット上で自身が電子体となり、増補情報を剥がす現場業種はピーラーと呼ばれていた。
 電子体第一世代であり、ネット永住権を獲得している田牧はベテランのピーラーだ。現実の肉体は焼却済みである。
 2081年現在、人間の肉体・精神情報は全て電子体に移行可能だが、第一世代は当時のスキャン精度やデータ量の問題から欠損を抱えた状態で電子体となっている。電子体化は本来一時的なものであり、元の体に意識を戻すことを前提としたものだったが、データ欠損を承知の上でネット永住を認められた人間の一人が田牧だった。田牧は肉体情報を最優先にしたため、成人後の記憶情報に大きな欠損を抱えていた。

ある日、田牧を指名する依頼が届く。依頼人は辻という老婦人で、田牧の所属する会社の個人支援者であった。依頼内容は自身の遺品整理。辻は一週間前に亡くなっていた。
 田牧は辻の情報の中に異質な情報を発見する。それはとてつもない情報量の増補がなされ、いびつで巨大な球体となった手垢まみれの情報ダートデータだった。

ぺりぺりぺりぺり。
 気の抜けるSEとともに、田牧は増補情報を外していく。
 剥がれていく情報は多様だった。2009年、2027年、家、墓、初めて、最後……情報には一貫性がなかったが、どれも田牧の脳を刺激した。
 作業を終え、田牧の手に収まったのは、ビデオカメラだった。
 そこには田牧が欠損させていた記憶があった。ランドセルを背負う娘、たまねぎを剥く娘、寝ている娘。それは田牧の娘を撮ったホームビデオだった。映像データや剥がしたダートデータたちが、田牧と結びつく。
田牧の娘は、田牧の目の前でトラックにはねられ死亡していた。娘の死を苦にした田牧は電子体化に志願、妻や娘の記憶を棄て、今に至る。田牧は依頼人の辻が離婚した妻であることにも気付く。
 蘇る記憶とともに後悔の念に襲われる田牧。娘を失わせた自身の過失、自分勝手な電子体化と離婚、やはり妻は自分を恨んでいたのだろうか。
 苦悩に苛まれている田牧のもとに辻の遺書データが届く。
「最後のあなたは自分勝手だったのだから、私も最期は自分勝手にさせてもらいます。お願いだから私たちのことを忘れないで。人生で最高の時間をくれた最高の夫であり父親のあなたに感謝しています。ありがとう」
 田牧の電子体に妻の記憶が増補される。辛くも幸せな記憶は、田牧の欠けていた部分を温かく埋めてくれた。

文字数:1192

内容に関するアピール

職業はその人を示す大きな一つの属性であり、また新たな職業は新たな価値観に由来を持ち、その世界の一端が詰め込まれています。
 新しい職業倫理と普遍的なエモーションを一人の人物に詰め込み、前者が後者を浮きぼりにさせることを私の長所足り得るよう目指しています。
 そこで今回は、発信したものが他者(時には自身)によって歪められてしまう世界で、自分と相手の二人だけの感情や記憶を二人で取り戻すお話にしました。
 ちなみに叱られても褒められても伸びるタイプです。

文字数:223

課題提出者一覧