この国では、王は複製される。記憶と人格を継承した王の複製体が、永久に君臨する。政治の実権は持たず、象徴としてのみ存在し、歴代の王の振る舞いから国民の信頼は篤い。

当代の王は、四十年の在位を終え、五日後にお隠れになる予定である。仁君として慕われた老王だったが、ここに来てある考えを表明する。それは、自分が次代の王に会うことであった。老王は、自らの眼でこの国の未来を託す者の姿を見届けたかったのだ。

慣例では当代の王が生命活動を停止した後、王の霊を移す儀式を経て、次代の王が覚醒する。永久に一人の王が君臨するという建前上、二人の王が同時に存在してはならないのだ。断固として譲らない老王のため、特例として次代の王の五日早い覚醒が決定される。

会見当日、宮中正殿に、御簾の下がった二つの御座が向かい合わせに設置される。一方には五日後にお隠れになる老王が、もう一方にはその跡を継ぐ若王が鎮座している。継承の儀を掌理する侍従がいやに緊張した面持ちで御簾を上げると、そこには四十年前の自分、齢二十の似姿があった。容姿だけではない、記憶や人格も完全に複製された、もう一人の自分がそこにはいる、はずだった。

「オー疲れちゃんでーす☆　ウェイウェーイ、どしたどしたー、深刻な顔しちゃってー（笑）、悩みあるならマジ相談してみー？」

気を失った老王が目を覚ますと、そこは寝室だった。御簾を上げた侍従を呼びつけ、なぜ自分があんなチャラ男になったのか詰問する。侍従は、老王のわがままで覚醒を早めたことが原因であり、不満ならばアレは処分して予備の複製体を覚醒させればいいと逆ギレする。面食らう老王であったが、持ち前の人徳を発揮させ、何も処分する必要はなく、人間は変わることはできるのだから、五日後までにアレを王にすればよいと提案する。

王に相応しい徳を積ませるため、若王を仮想現実「マドコオフスマ」へ没入させる。「マドコオフスマ」は、歴代の王に成り代わり、その事績を追体験し、王として正しい選択ができるよう学習する装置である。若王を補助するため老王と侍従も没入するが、若王の選択は悉く王朝を滅ぼす。

三日目、老王は仮想現実の時代を進める。王統が断絶の危機に陥り、複製体による継承が導入された時代。いま複製体と非複製体の国民同士が不満を抱きつつもまとまりを保てているのは、王家の存在があればこそと涙ながらに語る老王に対し、若王もまた涙を流して応じる。

四日目、若王が姿を消す。埋め込まれた衛星測位装置の信号は、王都の最も猥雑な繁華街にあった。

五日目、回収された若王は、王統のため、できる限り散種をしてきたと語る。若王の廃棄処分と、予備の複製体の覚醒が決定される。

寝床に入り、薬を注入された老王は、遠くなる意識の中で、廃棄されるはずの若王が旧都の山に逃れた報せを聞く。かつて王家が二つに別れた時代に想いを馳せながら、不安の内に常世へと旅立っていった。