「つい殺ってしまう」体験の作り方

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梗 概

「つい殺ってしまう」体験の作り方

枕戸アリスは兵士の訓練プログラムの設計者である。

地上では、ある日を境に黒い繭の形をした異空間が点々と出現し、国土は「虫喰い」になった。各々ビル一棟ほどの大きさのそれは、内部に階層状の空間を抱えていた。黒く見えるのは光を返さないからだ。人々はそれを文字通り《繭》と呼ぶようになり、その現象を引き起した主体の存在を仮定して《蚕》と呼んだ。

《繭》の中は人間が侵入しても生存可能で、一定の衝撃でその表層をわずかに破砕できることが判明した。薄皮を剥くような領土奪還の手法に「永劫の時間が必要だ」と世間からは揶揄されながらも、今は他に方法がなかった。人類は繭を砕くための爆薬を持ち込む兵士を必要とした。

ただし《繭》の中の空間は多次元になっており、正常な認知を保つことは難しい。高次の空間では、人間の思考も折り重なって多重化する。さらに、《繭》の中では個人の記憶の中から生まれる「幽霊」と呼ばれるものの存在が兵士の行く手を阻む。アリスは、兵士たちにシミュレータの中で多次元空間を疑似体験させるため思考の「多重再生(ループサンプリング)」の手法を発明した。これによって多層化する思考の中で三次元的認知を超克し、多次元空間に適応するための訓練が可能となった。

シミュレータ内で訓練者は自らが生み出した「幽霊」と対峙する。「幽霊」には死んだ家族や別れた恋人、自身の別の姿といった願望や心残りが反映されやすい。アリスが開発した対話式ガイド・ベアトリスは訓練者を巧みに導き「幽霊」の撃破を達成させる。しかしそのプログラムの肝は、彼女が独自に設計した幽霊との対話を可能にするシステムだった。その対話を通じて訓練者が抱える心のわだかまりが解決されるケースも多く、戦地で「幽霊」を見ることのない兵士さえ出現し、彼女の訓練受講者の戦績は抜群だった。

しかしアリスには秘密がある。彼女自身、このプログラムを用いて過去に自分の落ち度で事故死した妹のマリとの対話を続けていたのだ。ある日アリスがマリと会うためにシミュレータを起動したところ、本物の《繭》の領域内に接続する。それは《蚕》による招待だった。

アリスが《繭》に入ると、そこには姿も言葉も断片的なマリの姿があった。多次元空間内に存在する、過去から未来のマリのコラージュだった。アリスはシミュレータに蓄積していたマリのデータをマージする。マリは滑らかさを獲得した。

さらにアリスは《蚕》たちの巣の中心を見る。それは人類が営んだ過去と現在と未来の時空が寄せ集められ、ミノムシの巣のような姿をしていた。この地の素材は集めきったので、まもなく《蚕》たちは去るつもりであることが分かる。

《蚕》たちの求めるものを察したアリスは、蓄積していた訓練者の幽霊との対話データを渡す見返りに、自分も巣の一部に取り込んで欲しいと願う。要求は承認され、アリスの意識はマリと共に彼らの繭の内側に留まることになった。

文字数:1199

内容に関するアピール

前職でゲームプランナーをやっていました。プレイヤーの「体験」を設計するのがプランナーの主な仕事でした。長らく経験したので、得意なことのうちに入ると思い、その経験をアイデアの下敷きにしました。タイトルは、昨年発売されたゲームデザインの手法を元にしたUIUX設計の入門本から拝借しました。

舞台を多次元空間内とし、その内部では三次元の空間が無限に重なり合うものとざっくり解釈しています。曖昧な時空の中で自身の過去から立ち現れる「幽霊」と対峙し、撃破しないといけない。実作では訓練プログラムを主人公がどう設計するのかといったディティールまで描けたらと思っています。

文字数:278

課題提出者一覧