生命の霧を編む

印刷

梗 概

生命の霧を編む

 獣毛加工品を本土の工芸神殿に奉納して下賜品を得たり、市での売買をしたりで食糧や生活品を得ている小島の少女スヴァンニは、叔母のエルナが自慢である。家事を一手に引き受けて忙しい母に代わって手仕事などを教えてくれることは勿論、一世代に一人か二人のみの、神殿への奉納品のうち最高級品「薄霧」の編み手であるからだ。普段使いの品や他の奉納品とは桁違いの集中力が必要である為、精神力と体力を著しく消耗する。仕上げの張り干しを終え、横になっているエルナを見、スヴァンニは大人達の品には及ばないものの、エルナに認めてもらえる品を編み上げ、市で売って良い薬や食物を手に入れる足しにすることにした。
 父と神殿に詣で、エルナや大人達の品を奉納後下賜品を賜り、スヴァンニは父の露天に自分の品を並べた。市の終了が近づく頃、単色だが美しい肩掛けを纏った少年がスヴァンニの品を、暖かそうだと手に取った。思わず少年をじっと見ると、肩掛けは「薄霧」、模様はエルナ独自の配置だった。何故エルナの献納品を着ているのかと問うと、傍らの女性が、神殿の仕人の家族であり、下げ渡される品だと答えた。スヴァンニは腑に落ちなかったが、父に止められ渋々引き下がった。
 市に品を出す度、少年は「薄霧」を着てスヴァンニの品を買いに来る。名をレイザといい、スヴァンニよりも年上であるらしい割に妙に小柄で頼り無さそうではあるが、様々な話を聞かせてくれた。一方、エルナは献納品を編む度に衰えていく。家族は一番良い食物や薬を与えているが、思うように回復しない。
 頭から足下までを覆う「薄霧」を仕上げた後、エルナは息を引き取った。
 最後の「薄霧」を奉納して得た下賜品は普段より量も質も良かったが、スヴァンニは神ならこんなものよりエルナを蘇らせてくれと叫ぶ。父に止められ、市の露天に普段通りに品を並べた。レイザは変わらず「薄霧」を着て訪れた。心なしか顔色がいい彼を見たスヴァンニは、「薄霧」が最後のものではないがエルザの品だと気づいた。どうせ人間が着るなら、こんなものをエルナが編む必要はなかった、と彼から「薄霧」を剥ぎ取った。その途端、レイザが胸を押さえて倒れた。付き添いらしい女性に、スヴァンニはレイザと共に神殿に連れて行かれる。
 この惑星は医療惑星である。スヴァンニ達が本土と呼ぶ大陸に、手で作る物に生命エネルギーを込めることが出来る異能者の遺伝子を組み込んだ人間を入植させ、能力が発現した僅かな人間が作った生命力供給品を神殿に備える社会システムを立ち上げた。献納品は別の大陸で治療中の患者の体力増強に使用している。レイザも患者の一人で、工芸に興味を持っているためストレス軽減にこの大陸を訪れていた。
 スヴァンニは承服出来なかったが、記憶を抜かれて帰される。ただし、医療への興味を暗示で増幅され、後にこの大陸では珍しい女性施療師となる。

文字数:1187

内容に関するアピール

 課題は「得意なこと」でしたが、胸を張って得意と言えることがありません。なんとか、心得のない方には褒めていただける趣味である手編みから設定と物語を作りました。「薄霧」のモデルであるシェットランドレース程のものは編めませんが、細かい模様、襟ぐりや脇のカーブ線を編んだ後はかなり気力・体力とも消耗します。編むと疲れることを生命エネルギーと見なして設定を詰めていきました。
 当初は身体の弱さから、毛を取る家畜の世話でなく編み物をしたい少年と、家に籠もるのが嫌いで不器用な少女の物語を進めていましたが、どうにも転がらずに提出作になりました。
 得意(と言えるかどうかは分かりませんが)であることを梗概で十分に表現できたか今ひとつ自信がありませんが、世界設定や物語は大変楽しく考えられました。
参考資料:『シェットランドレース 棒針で編む伝統のレース』 嶋田俊之著 文化出版局

文字数:381

課題提出者一覧