梗 概
仮想空間のまみむめも
208X年、日本の義務教育では地域による教育格差を是正すべく、数学など基礎科目は動画配信、体育など体験学習は仮想空間で行われていた。生徒は自分のアバターを介して意思疎通するのが当たり前だった。
寒空の下、68歳のホームレス茂(しげる)は都内の公園の隅で涅槃像のように横たわりあてどなく一日をやり過ごしていた。そんな彼に近づいてきたのは瓶底眼鏡に歯列矯正をした14歳のマミ。彼女は金を払うから自分の代わりに授業に出ないかと頼む。親友と喧嘩してサボりたいという。断る理由もない茂は二つ返事で承諾する。
マミの豪邸に招かれた茂は、彼女にヘッドセットと全身スーツを渡される。今日は理科の体験学習らしい。着替えて仮想空間へアクセスすると、目の前の景色が宇宙に一変。足元には小さくなった地球があった。見渡すと様々な姿形をしたアバターの生徒たちが彼と同じように無重力を漂っていた。茂が「うひょー」と驚いている姿をマミは鼻で笑う。それから毎日、茂はマミのアバターで様々な授業を受けた。
マミのアバターが茂だとバレないようマミは茂に演技指導する。茂は現実のマミを真似て鼻で笑ったり早口で喋ってみるが「仮想空間の私はそんなんじゃない」とマミは怒る。彼女のアバターはピンクの髪で顔の大きさが握り拳くらいの美少女だった。この美少女は現実のマミとは異なり元気で舌足らずに話すのだという。茂は次第に自分の言動が現実のマミを模したのか、アバターを模したのか、自分の意志なのかわからなくなる。
ある日茂は仮想空間でムメという生徒と接する。彼女のアバターは金髪で目が顔の三分の一を占める美少女だがどうも人っぽさを感じない。マミにそう伝えると、実はムメこそがマミと喧嘩した親友で、以前は優しかった彼女が突然何を話しかけても通り一遍の返事しかしなくなったことから距離を置いたという。茂はムメのアバターはAIなのではないかと推測する。ムメの身を案じた二人は急ぎ彼女の住む地方へと向かう。
ムメは自室で膝を抱えていた。マミがムメと現実で顔を合わせるのはこれが初めてだった。現実の姿とアバターとの乖離に疲れたムメは、持ち前のプログラミング技術で対話AIを開発し自分の代わりに授業を受けさせていたという。隠していてごめんと言うムメに「あたしたちはどんな姿でもずっと友だちだよ!」と泣きながら真っ先にムメに抱き着いたのは茂だった。困惑するムメは茂とマミを見比べ一体どちらが仲良くしていたアバターの正体なのかわからなくなる。「このおっさん、誰?」とムメは訊く。答えは自然とマミの口からこぼれ出た。「このおっさんは私だよ」。三人は思わず破顔する。
東京に戻ると、茂は仮想空間で得た学びを糧に更生すると言いその場を去る。翌日、マミは授業に出ると懐かしさに思わず「うひょー」と声が出る。友人に「マミ、なんかおっさんぽくなったね」とからかわれるのだった。
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内容に関するアピール
教育系のIT企業に勤めているため、その知見を踏まえた近未来の教育SFが書けるのではないかと思いました。また、国内外問わずシリアスな小説よりも滑稽な小説を好んで多く読み書いてきたため、本作も「技術が進歩した未来における自己とは」というある種普遍的な問いに対し、おっさんと少女という滑稽な組み合わせでアプローチしてみました。最終的には色んな自己がハッシュタグのように混ざり合う展開を意識しました。
設定を補足すると、全身スーツは装着時に装着者の体型に自動的にフィットする仕様なので、茂とマミの体型が異なっていても着ることができます。マミの両親は共働きなので日中は家にいません。
実作では、マミと茂のやりとりや、仮想空間での授業内容を膨らませたいと思っています。(旧石器時代に遡り生徒と共同生活をしたり、格闘技で歴代チャンピオンとの試合に臨んだり、死刑囚として刑事施設に拘束されたり)
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