梗 概
新曲と遊び
その曲を聞くと自殺してしまう。そんな噂が最近、校内で賑わっていた。噂では学校一の秀才の死。カツアゲをしていた不良の死。不登校生徒の死。六幻奏は今日も学校の音楽室でギターを弾いていた。ギターを弾くのは得意だったので、毎日、ギターを弾いていた。今日もアニメの主題歌になっている歌を全ての曲が見放題で細かなチュートリアル付きのコードマップというサイトからスマートグラスをかけ歌詞とコード進行を見ながら、歌を歌っていた。そんな時に、幼馴染で同級生の庭琴希美が音楽室のドアを開け、大胡打卓先輩が自殺したという。急いで現場に行くと既に警察が来ており、先輩が飛び降り自殺した現場には非常線が張られていた。先輩の自殺の原因がわからなかった。同じ軽音楽部の先輩達に聞いてもわからない。刑事から事情聴取があっても全員が何もなかったというので全員が口裏合わせをしているのではないかと疑われる。六幻が軽音部に入りたての頃、一人でずっとギターを弾いていると、いつも肉を食べている大胡打先輩がきて、リズムの刻み方や声の出し方を教えてくれた。驚くと共に音楽を弾く楽しみをより一層感じた「playは遊び、遊ぶことを忘れて難しいことをしようとしてもできないよ」と言って、ギターの楽しみ方を教えてくれた。一週間後、先輩の彼女と言われていた並川祥子も高層ビルから落ちて死んだ。相次ぐ人間の死に色々な噂がたち、彼女の死は先輩が浮気した為ではないという噂が立った。放課後、理科の教科書を実験室に忘れたので取りに行くとオカルト研究部の部員がいた。なにやら怪しげな魔法陣を書きながら呪文を唱えていた。早く出ていこうとするも「待って」とオカ研の部長、岡田雪見に言われ静止された。自殺曲の話を知っているかと聞かれる。噂程度はというと、先輩が自殺曲を聞いたために死んだという話をされる。次死ぬのは希美だと話される彼女は売春もしているし仕方ないと話をされる。反発すると、並川も興味本位で先輩が来た一週間後にオカ研に来て自殺曲を聞いたという話をされる。並川が亡くなった2週間後、希美も自殺曲を聞いたと話をされる。自分たちは歌詞だけは知っているが、曲までは聞いたことがないので何か月も生きているが後一週間もすると彼女も死ぬかもという話をされる。それを回避するには自殺曲を聞いて、新曲を作るしかないという説明される。自殺曲を聞き、自分なりにギターで新曲を作るも部長からダメだしされる。20曲提出し、やっと採用される。そして希美に「新曲」を聞かせる。それから二週間経ち、希美は自殺する。オカ研に行き、部長に怒りをぶつける。すると部長は嗤い、「あなたで最後」と言って、自然と体が動き、理科室から飛び降りる。あなたのおかげで「新曲」が完成したわと言ったところで、六幻の意識は切れた。
文字数:1198
内容に関するアピール
「自分の得意なものを書きなさい」という課題でしたので自分の得意な「ギターを弾く」ということを書こうと考えました。ギターをただ弾くというだけでは楽しみが通じないので、遊びという要素も入れることにしました。自分が好きな曲をコードを追いながら弾くという遊びは、ギターが原曲に近い形で弾けた時の楽しさは一種の快楽です。最後に「新曲」を作る過程で主人公はギターで遊ぶ楽しさを忘れてしまいます。だから、それは一種の人間性の放棄なので、遊びの楽しさを忘れてしまった主人公は死んでしまうという終わりにしました。
文字数:247
新曲と遊び
我々人間がどういう者かと理解する上で一つの糸口となる方法が「遊び」である。「遊び」の定義は色々ある。あり余るエネルギーの放出。努力した後の緊張の弛み。生活の要求への準備。果たされなかった欲望の補償。というような、色々な定義がある中の共通項目として、1872年にオランダで生まれ、1945年に死去したヨハン・ホイジンガは「ホモ・ルーデンス」という本で「面白さ」という言葉を上げ、この面白さこそが、遊びの本質であると書いている・・・
「大変いいBGMだ。」
倫理の奥田の授業はドビュッシーの「月の光」を思わせるような静かで幻想的な音楽を聴いているようだと六幻奏は思いながら机の上で目をつぶり、寝る体制に入っていた。奏のクラス担任、奥田は生徒が寝ていても注意しない。なぜなら、「生徒の自主性に全てを任せる」という考えの元で我々を指導してからである。最初の授業で「君達が私の授業で寝ていても、他の勉強をしていても、私は君達を注意しない。私の授業を受けるも受けないも君たちの自由だ。ただし、私の授業を妨害するような行為があれば、それに対しては厳しく注意を行う。」といって、授業を始めだした。始めは皆戸惑い、真面目にノートを取っていたが、回を重ねるごとに段々それも減っていき、今では他の授業の宿題をこなすものもいれば、イヤホンで音楽を聴きくものや、小説を読むもの、ゲームをするもの、自分のように眠るものもいた。奏でもウトウトと眠りに落ちいる時、後ろからノイズが聞こえてきた。
「また死んだらしいぜ?」
「これで三人だろ?」
と噂好きの宮内と戸坂が話をしていた。正直、またか、と思っていた。確かに校内で1人の人間が死んだだけでもイジメではないかと疑われ、テレビやネットのニュースに取り上げられる時代に、三人もの人間が遺書なしで死んでいるのである。誰でも噂をするのはあたりまえだろう。ただ、奏は「他人の死にあまり興味を持てない」自分を哀しんでいた。奏では自分を冷たい人間だと思っていた。自分は近しい者の死に対しても興味がもてなかったからである。生前良くしてくれた祖母が亡くなった時、奏では一滴の涙も出ない自分に絶望した。それは「祖母の死」ではなく、「祖母の死に涙を流せない」自分に対して絶望していた。それからは誰が死のうと「自分はそういう人間なんだ」と割り切って、他人の死を見ていた。奏は自らの命を経つという自殺という行為は愚かな行為だと思っていた。自殺をする者は弱者だとも思っていた。ワイドショーで文化人気取りのコメンテーターが「この人の死は社会に対する一種のアンチテーゼな訳ですね。」と聞いた時、自殺する人間がそんな大それたことを考えるだろうか?と奏は思った。自殺はそんなに偉いものなのか?一種の諦めではないのか?とも思った。だから、奏では噂であっても、聞きたくなかったが、頭の中にはどうしても入ってきてしまう。これも人間の抗えない性なのか
最初の自殺は学校一の秀才であった天上長介の高層ビルでの死であった。天上は学校内のテストでは常に一番をとっていた。全国模試でも常に10位前後を行き来していたので、学校では初めての東大生がでるかもしれないと期待されていた。しかし、天上は最近なぜか順位を落とし、学内模試では3位になり、この前行われた全国模試では25位に転落するという出来事ごとが起こっていた。一時の不調と考えれば、納得も行くが、監督・指導する立場の先生たちからすると、秀才の突如のスランプにお悩み相談を行っていたが、秀才は何も語らず、二日後に死んでいった。天上は血文字で「Superbia」という言葉を残して死んだ。順位が転落する前に天上はオカルト研究部に行き、オカルト研究部の部長岡田雪美から何かの曲を聞いたという噂があった。
二人目は学校一の不良と言われていた。郷田勝の死である。郷田の評判はすこぶる悪く「俺の物は俺の物、お前の物は俺の物」という考えが持っていて、郷田の親友に公言していたそうだ。ある日、入手困難な最新のゲーム機器touchiを手に入れたウチのクラスの水治が喜んでいたという話を聞くと、休み時間にわざわざウチのクラスの水治の席まで来て
「touchi貸してくれ」
と言った。郷田の貸してくれは「もらう」と同義語であったため、水治は拒否した。郷田は、そうか、と言って、踵を返してクラスを出て行こうとすると、ドアの前で止まり、水治の方向に向き、不気味な嗤いを浮かべ
「帰り道には注意しな」
と言って、その場を去った。水治は怯えながら下校したそうだが、その日は何もなかったが、三日後、郷田の手下と思われる人間から取り囲まれ、水治からゲームを奪い取り、何発か殴られたらしい。一週間後、郷田が自分のクラスの机に脚を乗せ、touchiで遊んでいた。水治は涙を流しその状況を悔しがっていたらしく、それを見た郷田は嗤っていたらしい。
「あんな奴死ねばいいのに」
と水治が言っていたそうだ。水治の希望通り、郷田は一週間後、死んだ。靴を脱ぎ、電車が着たと同時にホームから落ち電車に轢かれて死んだと、ホームルームで奥田先生から聞いた時は、クラス全員が驚いた。後から聞いた噂だと、即死ではなかったので、生死の境を彷徨いながら、血文字で「Avaritia」と書いて、死んでいったという話だ。郷田の死後、慌てて水治はクラスの皆に郷田の死を望んでいた訳ではないと否定して回っていたが、皆それに関して嘘偽りはないだろうと感じていた。顔が完全に青ざめてたし、それよりゲーム機が取られたくらい本気で死を望むわけはない。気になったのは、死の数日前に郷田がオカ研の理科実験室に訪れ、オカ研の部長、岡田に何かの曲を聞かされた、という噂がたった。噂なのでどこまで真実かわからない。
そして三人目になる。後ろで会話をする噂好きの宮内と戸坂。その噂を「ノイズ」と思いながらも聞いてしまう自分に対して、奏は少々嫌悪感をいだいていた。
🎸
宮内と戸坂の話を聞くに、三人目の生徒は入学式から一ヶ月経った後、学校に通わず、家に引きこもってゲームばかりして、親友もあまりいない生徒が、オカルト研究部の一人と仲良くしており、たまにオカルト研究部の人間達が家に行って一緒にゲームなどをして遊んでいたらしい。その時に部長の岡田から何かの曲を聞かされてしまい、自殺に至ったとのことであった。三人目の人間の死に関しては一人目や二人目の人間のように常に学校に通っていた人間ではなかったので詳細な情報は乏しく、机に座って100均で買った包丁で頸動脈を切った。風呂場で溺死した。実は親が絞殺した。血文字で「Acedia」と残した。など断片的な情報しかなく、色々な話をしていた。その前に名前も誰かわからないという状態だった。そんな話をしていると奥田が宮内と戸坂の前に立ち、黙って立っていた。宮内と戸坂は噂話に夢中になっており、声が大きくなっていることに気づかず、話をしていた。宮内が奥田の存在を認識し
「おい止めようぜ」
と言って、宮内が指で指している方向を見ると、黙って立っている奥田の存在に気付いたので二人とも黙ってしまった。そして授業が教壇に戻り、授業が再開されると、ガラガラと音を立てて教室の後方のドアを開く音が聞こえた。振り返ると岡田雪美が教室に入ってきていた。一瞬ではあったが全ての音声が無音になった。しかし、奏の心の中だけは違った。「美しい」という言葉が無数に頭の中で浮かんでは消えていった。
「美人は三日で飽きる」
という言葉があったが岡田だけは特別だと思えた。イギリス人の父と日本人の母から生まれてきたハーフで金髪に青い目をしていて、ベージュのブレザーにピンクのリボンをつけ制服をちゃんと着ているのだが、何か特別に見える。皆その姿を見て美女というものもいれば、魔女という者もいる。奏では美女だと思っていたが、たしかに目の前を見えなくするような感覚に陥る特別な力を持った存在であるとは思っていた。美女はスタスタと自分の席まで歩く、沈黙を破ったのはやはり教師である奥田だった。
「岡田、今日は学校休みじゃなかったのか?」
美女は沈黙し、何も話さない。何か奥田は焦っているように奏では思えた。
「岡田、今日ぐらいは早退したらどうだ?あまり気分もよくないだろ?」
美女は無表情で席に着き、美しさ・嫉妬で皆の注目を沈黙の時間が続く、ほんの五秒ほどであるがそれが10分ぐらいたっているように感じる重苦しい空気。これは完全にこのクラスの人間が作っている空気である。岡田の隣で少し日焼けし、自分の豊満な肉体を誇張するように制服を着崩している南雲が岡田を睨みつけながら話しかけた
「岡田あんたさー、自分を特別な存在とでも思ってない?あんたがいるだけでこのクラスの雰囲気悪くなるんだよねー?わからない?」
岡田は倫理の教科書を開き黙っていた。
「わからないかー、そりゃそうだよね。外人さんなんだから、日本語で話してもわからないか?」
南雲の一言はクラス全員対1人を表す表現であり、実際それに同調するように南雲は皆に同意を求め、南雲の周りの人間はすぐにそれに同調し、南雲のグループ以外の人間も同調しそうになった。その時
「はいはい、南雲さん。君の意見も一つの意見だね。だけどね、それを皆に押し付けるのはいけないね。君はこのクラスで影響力のある人間だと私は思っている。そんな人間が他の人間に同意を求めるのはイジメでしかないと私は思うけどね。」
南雲は向きを変え、今度は奥田を攻撃するように声を上げた
「私は事実を言ってるだけ!」
「じゃあ、岡田は日本国籍をもった日本人だから事実じゃないね?」
南雲を一瞬黙った。
「でも、この子がクラスの空気を悪くしているのは・・・」
「それは君の感受性の問題だろ?どう感じるのかは君の勝手だよ。まずは事実と反することを言ったことを岡田に謝ろうか?」
南雲は一瞬考えながらもあきらめたかのように
「はいはい、ゴメンなさい。私が悪かったです。」
と言った。すると笑顔で奥田は
「自分の非をすぐに認める君のいいところだよ。」
と奥田が言った。
「私は先生のそういうとこ嫌いです。」
と言うと、奥田は笑いながら
「よく彼女からも言われるよ。」
「なにそれ!」
と言って南雲も笑い、皆も笑った。岡田も少し笑った。
奏はそんなクラスの光景を見ながら、奥田の人間のあしらい方に一種の上手さを感じると共に恐さを感じていた。
🎸
放課後、音楽室のドアの近づくと、軽音部の人間が弾いている色々な楽器の音が聞こえてきた。軽音部の在籍人数は自分も含め12人と他のクラブに比べれば多かったが、先輩・後輩という上下関係はあまり関係なく、楽器はベース・ギター・ドラム・ピアノと限られていたものの、その楽器の中から選択し、音楽に興味があるというものからプロを目指したいという者まで入部していた。しかし、プロを目指す者は軽音部の部長・音楽の先生・音楽レベル診断AIが演奏を見て、適当な教室やその人にあったレベルのバンドを見つけて教えるだけで、入部はしているが、たまにしか来ず、後輩へのアドバイスや話をして帰るだけという形になっていた。タチが悪いのはパーティー部員という部員で、軽音部で定期的に行われる演奏会で演奏を見てもらう際に会費をケチって飲み食いしようという人間で、演奏会の時だけ来て、無料で飲み食いするという人間もいた。なぜこんな連中を部長は許しておくのかと疑問に思い、部長に聞いたところ、部長は苦笑しながら
「部員が多くいた方が学校から部に入ってくる額が変わってくるんだよ。だから、多ければ多いほどいいんだ。それに3か月に一回、演奏会をやることによって、目標が出来て、部員の意欲向上にもつながるからな」
なので部に所属し、常にくるのはせいぜい7,8人の初級者~中級者で、そのメンバーを上級者の部長と副部長が指揮・サポートしながら、演奏を行う形となっていた。
入って間もない一年生で音楽に興味があるが、全く弾けないという者もいて、そういう人間には最初ギターを勧められる。理由はギターが安く手軽に弾けるし、コードを何種類か覚えれば簡単に弾き語りもできるようになるからである。それにベースをやる人間はギターを入口にし、バンドを組む際にベースをやるようになった。という人間も多いので、ギター初心者にギターを教えることもできるからである。先輩から話を聞くと、先輩の親の時代はギターをやるにしても金がかかり、軽音部の人間は何かしらバイトをしていたという話なのだが、今はギターとスマホさえあれば、大抵の音楽は引けるので便利な時代になったと言っていたそうだ。
音楽室のドアを開けると爆音が熱風のように全身を包み込んできたので、音が漏れないようにすぐドアを閉めた。みんなドアの音を気にせず、夢中になって、音楽を弾いている。季節は冬であったが皆の熱さが伝わってきた。奏でも音楽に集中するべく、ヘッドフォンとスマートグラスを付けて、ギターを持って演奏を行い始めた。
今日は最近流行っているアニメの主題歌「我喜欢你ですねん」という歌詞が関西弁と中国語で構成されている歌を聴きながら、Code mapというサイトからスマートグラスをかけ歌詞とコード進行を見ながら、歌を歌っていた。ギターを弾くとコードのミスや正しいコードが弾かれた場合、GoodやJustという表示がでて、歌を歌うと、キーが高めや低めなどの注意をされ、最終的に点数まで付けられ、一言コメントが表示される。そして、何曲か弾いていると、苦手なコードやコード進行を練習するべくチュートリアルモードが自動的に開始される。正直、最初余計なお世話と思っていたが、軽音部の先輩にこの話をすると、その過程を踏まないと自分の身勝手な演奏になってしまい、このサイトが最終的に目指す皆で音楽を楽しむという所から遠のいてしまうと話をされた。まだ入部して半年の奏はCode mapで軽音部が共有している。みんなが満たす点数まで到達していないという話をされたので、その話を聞いてから、チュートリアルモードをスキップせずに行うようになった。
「我喜欢你ですねん」の3回目を弾いている途中にそれまで音楽室で鳴っていた音が突然消えた。三人の先輩が突如消えた。なぜ消えたのか不思議に思っていたが、最初はすぐに戻ってくるだろうと思い、ギターを弾いていたが30分ほど経っても戻ってこない。不審に思い、スマートグラスの通話機能を使い、幼馴染で同級生の庭琴希美に連絡を取った。
「もしもし、希美?」
「うん、どうしたの?」
「崎谷先輩、中山先輩、丸谷先輩が突然消えたんだけど、何か知らないか?」
「誰それ?」
「軽音部の先輩だよ」
「そんな人いないよ」
何かの冗談かと思った。
「いやいや、マジでいないんだよ。」
「いきなり変な電話かけてこないでよ。こっちは今部屋を片付けている途中なんだから。」
と言われ、電話を切られた。一昨日、希美とクラスで話をしている時に今度の先輩たちの演奏会が楽しみだなと話をしていたし、もちろん希美も何度も先輩達と話をしているので、「いない」なんて答えがでてくるはずがない。もう一度、希美にスマートグラスで連絡を取ってみようとした所、スマートグラスの着信音が突然鳴った。「軽音部崎谷先輩」という名前が表示されていたので、慌てて通話をオンにした。
「崎谷先輩どうしたんですか?演奏中に三人ともいきなり消えて・・・」
と話している途中、先輩は慌てながら
「急いでいるので簡潔に言う。我々は同志を求めている。早く自殺しろ・・・」
「どういう意味ですか?」
と言うと突然通話が切れた。そこから崎谷先輩・中山先輩・丸谷先輩に連絡をしようとしても、電話が使われていないというメッセージ音が流れるのみだった。
🎸
次の日、崎谷先輩が言っている意味がわからなかったので崎谷先輩に直接聞こうと思い、崎谷先輩のクラスに直接行った。先輩のクラスのドアの前で話している上級生がいたので、崎谷先輩がいるかどうか聞いたところ
「崎谷?ウチのクラスにはそんな奴いねえよ?」
と言われ、クラスの番号を確認したが、間違いなかった。
その後、丸谷先輩と中山先輩のクラスに行ったが同様の回答だった。
🎸
放課後、音楽室に行ったが、やはり先輩達はいない。奏は寂しさを感じながらギターを弾いていた。すると突然、音楽室の扉が開き、急いで来た為か全身で息を整える希美
「どうした?」
と奏が聞くと
「大胡打先輩が自殺した」
と言われた。奏は何かの冗談だと思い
「悪い冗談だな。」
と奏が一笑すると、希美が急に手を掴み、奏の手をひきながら廊下にでた。いきなり、手を引かれたので
「ちょっと、待ってくれよ」
と言って手を無理矢理離すと
「いいから来て!」
と大声で言われたので、奏は希美のその勢いに負け、仕方なく付いていった
🎸
校庭へ出て行くと既に人だかりができており、警察が非常線を張られており、メガホンで
「みなさん。これ以上入ってこないでください」
と制止していた。校庭にはどす黒い血の跡が残っており、白い布で全身を覆われていたが、ガタイや髪などから軽音部部長の大胡打卓先輩であることは予想がついた。
「あれが先輩か?」
と白い布に覆われた物体を指差し聞くと、希美は頷いた。
「本当に自殺なのか?」
首を振る希美
「わからない。だけど、最近、自殺が続いているじゃない?今回もそれと似たような血文字が残されているから、自殺じゃないないのかという話はでているの」
「血文字?」
と言って、奏は再度、校庭の血の跡をよく見ると、たしかに小さく血文字で「Gula」と書かれていた。
「先輩が自殺するなんて考えらない。」
奏は先輩の遺体と言っているものがただの物体にしか見えず、実はバラエティー番組のドッキリではないかと期待していたが、そんなことは当たり前ながらなく、ただ先輩が死んだという血の跡を見ていて、一時間も過ぎると皆何事もなかったかのように何処かに行ったが奏はずっとその場を動けなかった。
🎸
翌朝、学校に来て、先輩がなんで死んだのだろうかと自分の机で考えていると、入口から自分を呼ぶ声が聞こえた。声の方向を向くと担任の奥田だった。奥田の元に行くと
「刑事さんが大胡打のことについて聞きたいそうだ。ウチのクラスの対象者は六幻と庭琴と岡田だから3時限目から4時限目になると六幻・庭事・岡田の順番に話を聞くことになると思うから、またその時に来るよ。すまないが庭琴・岡田にそのことを伝えてくれないか?」
正直、面倒くさいと思った。それを察したのか
「後からジュースおごるよ」と奥田が小さな声で言った。不謹慎とは思ったが、心の中で「ラッキー」と思ってしまった。
「わかりました」と言うと
奥田は、じゃあよろしく、と言ってその場を去った。面倒事は早く済ませたいというのが正直な気持ちだったので、まず岡田に伝えることにした。岡田はたしかに美人ではあるが、岡田に関わると変な空気になるので岡田とはあまり話したくなかった。案の定、岡田に近づきはじめるとやはり周囲がざわつき始めた。
「岡田さん」
と声をかけるとざわめきがなくなり、沈黙がクラスを支配し、皆が次の言葉を待っている状態となった。岡田は正面を見ているが、俺を見ているわけではない。
「さっき奥田から言われたんだけど、3、4時限目に刑事さんから事情聴取があるらしくて、俺・庭琴・岡田さんの順になってるんだ・・・」
正直、クラスの連中に注目されていて、上手く話すことができない。クラスの連中は何か獲物を見るような目でこちらを見ている。一瞬唾を飲み。
「まあ、奥田がまた来ると思うからその時はよろしく。」
そう言うと岡田は頷き、奏は自席に戻った。奏は希美にも話そうと思ったが、自席に戻る際に希美の目を見ると、希美の名前を出しただけでも怒っているような表情をしていたので、希美の席には行かなかった。まわりの人間達は色々と噂話をしていた。
🎸
3時限目になると授業中であったが奥田から呼び出され、奥田と一緒に1階の応接室にいった。応接室に行くと、二人の刑事が座っていたが、奏と奥田が部屋に入るとすぐに立ち上がり、警察手帳を見せ、杉下です。寺門です。と名乗り、奥田と奏も名を名乗り、二人が席に座ると、刑事二人も席に座った。杉下という40位の刑事が質問しながら、寺門という20代後半の刑事がパソコンで記録をとるという形が取られた。「刑事」と聞くと恐ろしいイメージしかなかったが、主に聞かれたのは軽音部の部長としてどのようなことをやっていたかという質問と部長の人柄だけで、10分か15分ぐらいで質問は終わった。応接室を離れ、2階に上る途中、トイレに行きたくなったので奥田に一階のトイレに行くことを告げると、奥田は「わかった」と言って4階にある自分の担当クラスに戻っていった。一階にあるトイレは応接室の近くにあるのでそこで用を足していると応接室から小さいながらも先程の刑事達の声がした。
「うーん、みんないい人って言ってるな?」
先程の杉下という刑事の声だ
「そうですね。自殺ってことでしょうか?」
相棒の寺門という男の声も聞こえた
「遺書も残さず、クラスメイトと来週BBQでもしようと言ってる人間が?」
「他殺でみんな口裏合わせしているということですか?」
「無きにしも非ずだが、先生・クラスメイト・軽音部の人間達の話を聞くと考えにくいし、他殺ならそれらしい痕跡があってもいいのだがそれも一切残っていない。」
「わからないですね。」
「まあ、学校は未だに聖域だからな。我々の考えられない論理で動いているのかもしれないな」
奏は用を足すと、聞いてはいけない会話を聞いてしまったようで足音が聞こえないようにそっとトイレから出て行った。
🎸
放課後、音楽室の窓の近くで椅子に座り、ギターのチューニングを行っていた。軽音部に入りたての頃を思い出していた。一人でギターを弾いていると、いつもコンビニで骨付き肉を買って食べている大胡打先輩がそばに来て、肉を食べながら
「もっと音楽聞いて、テンポを一定にしないと弾き語りにならないよ」
「えっ、でも音楽に合わせて弾いてるんですけど」
と言うと、骨付き肉を食べ終え、ゴミ箱に骨を捨て、ウェットティッシュで手を洗い、音楽室に置いてある自分のギターを手に取った。
「今、君が弾いているのをマネすると、コード進行はだいたいこんな感じで・・・」
音はあっているがストロークが急に早くなったり、遅くなったりしていたので変な音楽になっていた。
「で、これをだいたい100bpmくらいのテンポで一定のストロークで弾くと・・・」
リズムが一定になって、一つの音楽になっていた。
「こんな感じかな」
と言って大胡打先輩はニカっと笑った。奏は今まで音楽好きというだけで自分の居場所のなさを感じていたが大胡打の笑顔に少し救われた。
「後、ギターをPLAYするというのは一つの遊びだから、どんな時も遊ぶことを忘れていけないよ。ギターの弾き方が分からなかったら周りに先輩がいるんだから、もっと聞いてみるといいよ。」
周囲を見回すと全員が奏を笑顔で見ていた。まだ一年前の話だが、もう遠い昔の話を思いだしているように思えてきた。すると、音楽室の扉がゆっくりと開き、希美が音楽室に入ってきた。二人だけしかいなかったためか、右肩に顔を乗せてきた。
「先輩死んじゃったね。」
チューニングをするのを止め、頷いた。
「これから私達どうなっちゃうんだろう?」
その答えを持っていなかったので、奏は黙ってしまった。
「夕陽綺麗だね」
「ああ・・・」
外を見ると夕陽が段々と沈んでいった。夕陽が沈み闇がくるまで二人で外を見ていた。
🎸
一週間後、また死者がでた。先輩の彼女と噂されていた並川祥子だった。並川は高層ビルから落ちて死んだらしい。高層ビルから落ちて即死のはずなのにまた血文字で「invidia」という文字が残されていたらしい、岡田は今日の午前中欠席していた。噂話だと今回は岡田だけが刑事から事情聴取を受けているらしい。岡田と大胡打先輩が関係を持っていたことを大胡打先輩の死後、並川が知ったのが死の原因らしい。奏の中に岡田が一連の事件の犯人なのかという疑問が生まれた。しかし、犯人ならば動機がわからない。それに刑事達も他殺の線は薄いと言っていた。そんなことを考えていると、ドアを開ける音がした。通常なら昼休み中なのでクラスの人間の出入りが多いので気にしないのだが、なぜかその音が気になってしまい、ドアを開ける人を見た。岡田だ。岡田は皆の目線が自分に向いていることを気にもしてない様子で自分の席に座った。その時、南雲が岡田の席に近づいた。
「岡田あんたさ、色んな噂話があるけど、あんたどこまで関係しているの?」
珍しく岡田は南雲の顔をジッと見た。南雲はいつも明後日の方向を向いている岡田としか話していないので岡田に顔をジッと見られて、少し焦っているように思えた。しかし、岡田は南雲の顔をジッと見るだけで言葉を発さない
「なんとか言いなさいよ!」
と言って、岡田の机を叩いた。岡田はジッと見るだけで何も反応しない。すると、南雲のグループの人間が、ナミ止めな、と言って南雲を制止した。南雲はその声を聞き、岡田に何かまだ言い足りないことがあるようであったが渋々、南雲のグループの人間が話している
所に戻ろうとしていた。その時
「南雲さん。あなたは死ぬ必要がないの」
と岡田が笑顔で言った。岡田が言葉を発したことにクラス全員が驚いていた。南雲は恐る恐る岡田の席に近づき
「どういう意味・・・?」、
と言ったが、最初の威勢はなかった。
「そのままの意味よ」
岡田は笑顔のままだった。南雲が何か言葉を発しようとした瞬間、ナミもういいから戻ってきな、と南雲のグループの人間に再度、制止され、南雲はグループの輪に戻り、先程の言葉の意味を小声で話し合っていた。
🎸
並川の死から一週間が経った。皆何もなかったかのように生活していた。自分も一週間という短い間ではあったが全てを忘れたいというのが正直な気持ちだった。帰ろうと思ったとき、理科の教科書を理科室に忘れていることに気づき、急いで、理科室に取りに行くと、既にオカルト研究部の部員がいた。なにやら怪しげな魔法陣を書きながら呪文を唱えていたので、ため息を付いた。この空気の中に入るのは嫌だなと思い、明日また取りに行こうと思って、帰ろうと元来た道の方向を向くと後ろから
「待って」
という声が聞こえた。振り返ると岡田雪見がいた。闇の中で表情はあまり見えないが口元は笑っていた。
「自殺曲については知っている?」
「噂程度には・・・。」
雨が降り出した
「大胡打君なんで死んだと思う?」
遠くから小さな雷の音がする。
「自殺だろう?」
クラスでは一言も喋らない日があるような岡田がここにきて、雄弁に話ながらゆっくりと近づいてくる
「本当に自殺かな?他殺じゃないのかな?」
半笑いで
「まさか自殺曲を聞いたから死んだとかいうんじゃないよな?」
と言った。あまりにもくだらなかったから笑った。
「そのまさかだったら?」
「オカルトの話は他所でしてくれ」
そう言って帰ろうとした時
「でもいいのかな?希美ちゃんも聞いたんだよその曲」
足を止めたというより止まった。
「いつ?」
「一昨日」
「なんで希美が?」
「多分・・・、希美ちゃんは頭がいいからこの世界の構造に気付いちゃったんだよ。だから、選択できる死を選んだ方がいいと思ったんだろうね。」
「どういう意味だよ?」
「血文字を見て、ピンと来たみたいよ。次は私だなって」
「血文字の意味を知ってるのか?岡田?」
「深くは知らないわ。だけど予想はできる。知りたい?」
「勿体ぶるなよ」
「次の文字はluxuria色欲を意味する文字よ。」
「なんで希美が色欲で死ぬんだ?」
「彼女ニンフォマニアで売春もやっているという話よ。」
言葉が出なかった。信じられなかったというより信じたくなかった
「ふふ、随分驚いているわね。女子の間じゃ有名よ。彼女の余命は後2週間というところね。彼女はそのことも理解しているわ。聡明ね。死を受け入れる準備ができているって誇らしく美しいことだと思わない?」
正直嫌悪感と怒りしか抱かなかった。なんであらかじめ準備されたものを選択したかのように思わせ受け入れなくてはいけないんだ!奏の中で強い怒りが心を支配した。
「希美を助けることはできないのか!」
岡田の持って回った言い方に苛立ちを感じていた。
「あるわよ。一つだけ」
「なんだ!」
「ちょっと痛い」
と言って手を放すように言われた。意識せず岡田の両肩を握りしめていた。慌てて手をどけ、頭を下げた。
「で、どうしたら自殺を回避できるんだ?」
岡田は嗤いながら
「自分も自殺曲を聞いて、「新曲」を作ればいいのよ。」
🎸
次の日、朝から理科室に行くと岡田が理科室のテーブルに座り、外を見ていた。岡田、と声をかけるとこちらを振り向き、手招きされ、手を広げて、と言って小さなMP3プレーヤーを渡され、この曲の中に自殺曲があるから聞いたら捨てろと言われた。なぜ自殺していない岡田がこの曲の存在について知っているのだろうと不思議に思い、聞いてみた。
「なんで、これが自殺曲だってお前には分かるんだ?」
岡田は窓の外を見ながら
「私も以前半分ぐらい聞いて止めたから、私が聞いても意味ないし、私がいなくても私の代わりはいくらでもいるわけだから・・・私は私の役割をこなさないといけないのかなって思って・・・。」
何を言っているのか意味が分からなかった。岡田は電波ってやつだろうか?
「まあ、六幻くんには関係のないことだったね。」
と言って理科室を去っていった。
🎸
クラスに戻るとMP3プレーヤーで自殺曲を聞いたが、正直かなり暗い曲というだけで、人を殺すほどの力があるとは思えなかった。視界に希美の姿が映った。希美に正直に話して、真実を聞きたいという気持ちと聞きたくないという気持ちがあったので、保留にしておいた。そんな気持ちを隠しながら、曲を2,3曲作り、放課後、理科室で岡田に聞かせた。すると岡田は全然ダメと言って、何処をどう指摘するわけでもなく、作り直させられた。そんなやり取りを十日ほど続けて、20曲目になった所、やっとOKをもらった。OKをもらうと放課後教室に残るように希美にスマホでメッセージを送り、了解という返信が着たので、放課後、自分が作った「新曲」を聞くと希美は涙をながした。希美は頬を赤く染め
「ありがとう。本当にありがとう。・・・ごめんなさい」
と言って、ずっと涙を流していた。ありがとう、はわかったが、ごめんなさいというのはどういうことだろうと思った。意味は分からなかったが、とりあえずはこれで希美は死なないだろうと安堵した。
🎸
次の日、学校に来ると奥田がHRで希美が昨日、亡くなったという話をされた。今日がお通夜で明日がお葬式なので、皆どちらかに参加するようにと言われた。HRが終わった後、皆混乱しているようだった皆「なぜ?」という声ばかりだった。自分の頭の中も真っ白だった。奥田が小声「六幻」と自分の方に来るようにジェスチャーしていたので行くと、「岡田が理科室で待っている」ことを教えてくれた。真っ白だった頭の中が熱を帯び、理科室へと速足で向かった。理科室に行くと岡田は花を見ていた。ドアを開け
「岡田!約束と違うじゃないか!」
と言うと、岡田は席に座るように促した。席に座ると体が動けなくなった
「私は約束は守るわよ。あなたたちを死なせはしない」
と言うと「あおぞら」を見て
「あなたが最後よ」と言うと
自分の意思とは別に窓を開け飛び降りた。意識がまだ残っている途中に自分の指で「ira」と残すと岡田が大声で
「「新曲」が完成したわ。ありがとう」
と言って、意識は消え、世界は真っ黒になった。
♬
目覚めると奏は色々な管を付けられ、液体のカプセルの中にいた。奏の目の前には死んだはずの大胡打先輩と希美が立って、二人は看護士が着る白衣のようなものを着て、笑顔でパチパチ拍手をしていた。奏は驚き、声を出そうとするが、声もでない。大胡打先輩が声をだそうとしている自分に気づいたのか、カプセルのボタンを押し、徐々に液体が抜けて行き、全身につけてあった管も外れた。液体が抜けて行くと同時に自分で立っていることもできず、液体が抜けるとともにゆっくりと膝から崩れ落ちた、大胡打先輩はゆっくり倒れる奏を支え、希美は裸であった奏にバスローブを着せた。
「ここは?」
と声をだすと、二人は驚いた。
「普通、息をするのもままならないんだが、余程の執念というべきか・・・。」
と二人とも驚いていた。質問の回答になっていないのでもう一度問いをなげかけようと思ったが自発呼吸するのがやっとで無理に声をだそうとするとせきがでてしまう。それを見た大胡打先輩は
「すまなかった。今は呼吸することだけを考えるんだ。無理に声をだそうとするとせきがでて苦しいだけだ。」
それを聞き、奏は頷いた。すると突然自動ドアが開く音がしたのでそちらの方を見ると、白髪で眼鏡をかけ、白衣を着た男性が奏の元に近づいてきた。
「よお、元気か?六幻」
誰かわからないが、見覚えがある。奏が誰かわかっていなことを察したのか大胡打先輩が
「倫理の奥田先生だ。」
と説明してくれた。たしかに倫理の奥田が歳をとらせたら、このような感じになるのかもしれないと思った。奥田が奏の顔を見て
「納得いかないと表情だな?オンラインでは若い時の自分のデータを使っているからな。現実とはギャップがあるだろう。」
大胡打先輩が奥田を見て
「先生、今の世界の状況を説明するのは自分達では説明不足になってしまうかもしれないので、奥田先生に直に説明してもらった方がわかりやすいかと思うのですが・・・」
奥田も頷き
「カプセルのボタンが開かれたアラームがなったのでね。説明する人間が必要と考えて、今ここに来たんだ。」
そして奥田は奏を見て、ゆっくりとしゃがみ込み、白衣のポケットからスマホを取り出して、自分の方に向け、パッシャという音を鳴らし、写真を撮っていた。写真を撮った後、スクロールして何かを見ているようだった。
「身体能力の数値は一時的に低下しているようだが、リハビリを行えば、2週間もすれば歩けるようになるだろう。」
奥田はスマホをポケットの中に戻して、手を組み話を続けた。
「現在は2050年、ここはホワイトルームと言って、外からのウイルスをシャットダウンする施設なんだ。」
周りの建造物を見るとすべて白に埋め尽くされ、自分だけがカプセルからでた。緑の液体に覆われていた、
「2020年に発生したコロナは年を増すごとに変異、強毒化し、年齢での感染率は全く関係なく、コロナにかかった人間は90%の確率で死亡するという状況になった。当初WHOが予想していた人口増加のグラフも大きく修正され、2025年には全世界の総人口は30憶人と減少していた。」
奥田はゆっくりと立ち上がり、ドリンクバーのコップを置く箇所に紙コップを置き、ボタンを押した。ボタンを押すと黒い液体とズーズーという音共にコーヒーの香りが漂ってきた。
「日本政府は2025年の時点で人口減少に歯止めをかけるべく、ネットワークを使い、人間を家から一歩もださないような政策が取っていた。もしどうしても外出する場合、国や自治体に許可を得なくてはいけず、許可なく外出すると罰金刑に処されるようになっていたんだ。」
ドリンクバーのズーズーと音が止まり、ピーーという完成を告げる音が鳴った。
「おっと、失礼」
と言って奥田はコーヒーを取り、一口飲んだ。
「2025年までの政策はある程度の効果はあったが、それでもあまり減少傾向の改善にはらなかった。そこで2040年、野党の議員が新生児管理法という法律案が出してきた。その法案は生まれた時から子供をネット空間に繋ぎ、ホワイトルームで本人が自己決定をできる年齢になったらAIが判断し、意識を現実に戻し、自分でどうするかを決めてもらうという法律案ができた。最初はバカな法案と言って、最初は皆相手にしなかったが、2050年になると日本の人口がついに1000万人を切ってきたので、委員会で40時間議論された結果、この法案は2051年に通り、2052年から運用されようになった。最初は反対派も多く、新生児が生まれても政府に届けないという現象も起きたが、徐々にそれも減ってきた。なぜなら、政府に届け出ない新生児の死が多数起きたからだ。そして、現在2090年の時点では多くの人間がこの法案に基づき、新生児を政府に預ける形になっている・・・という歴史の授業はこのくらいにして君には選択してもらわないといけないことがあるんだ。そのために君の意思を知りたいのだが・・・今のままでは適切な判断ができる状況でもないと思うので、また話そうか」
と言って奥田はその場を去っていった。
奥田が部屋を去ると、Care Supporterという看護ロボットが2体来て、担架に乗せられ、Care houseのNo213という個室の部屋に移され、ベットに寝せられた。呼吸も落ち着くまで看病された。呼吸は1日経つと落ち着き、2日目になると固形物を食べることができるまでになり、3日目には日常会話までできるまで回復した。Care Supporterに現状について質問を何度か質問したが応答は全くなく、Care Supporterはあくまで患者の病状についての話ばかりを一方的にするのみで他の話は全く聞いてもらえなかった。そんな時、自動ドアが開いたので看護ロボットかと思ったが奥田だった。
「よう元気か?」
奏で寝ていたが少し起き上がり
「まあ、話せる程度には」
と答えた。ふ~ん、というとまたスマホのようなものを取り出しパシャっと写真をとった。勝手に写真を撮られているようで不快に感じた。
「それなんなの?気になっていたんだが」
スマホを見ていた奥田は目線を奏の方に戻し
「ああ、すまない。これはSRIという物なんだ。まあ、スマホサイズのMRIと思ってもらえればいいよ。」
と言うと、またスマホを見ながら、ブツブツ言いながら椅子に座った。
「まあ、数値を見る限り、正常に推移しているようだが、どうだ気分は?」
「体のだるさはないよ。ただ幾つか聞きたいことがあるよ。」
「なんだ?」
奥田はメモを取りながら聞いていた。
「岡崎雪子って結局何者?」
「あれはコンピュータウイルスだ。通常、女性なら早くて16歳以上、男性なら18歳以上で覚醒し、現実に戻ってくるのだが、「岡崎雪子」は無理矢理、自殺という行為によって覚醒を早め、現実に戻してしまうウイルスなんだ。一番早く覚醒した人間の中には9歳で覚醒したものもいる。」
「ふ~ん」
自殺させられているとはいえ、どこか他人事を聞いている気持ちになってしまった。
「そういえば、崎谷先輩、中山先輩、丸谷先輩はどうなったんだ?」
「崎谷・中山・丸谷・・・誰だろう」
というスマホを取り出しスクロールさせていると
「ああ、面倒くさい連中と出会っているんだな。ロックロールってやつか・・・。」
何を言っているのか意味がわからなかった。
「彼らは2050年の法律制定時に法律の制定に反対していた老人達で彼らは法律が施行された後も社会が劣化しているとかなんとか言って、一時はホワイトルームも襲撃にあったんだ。まあ、彼らはその生き方をロックとか言っていたようだが、私から言わせると無計画に人心を誘導しただけに思えるんだが、まあそれはあくまでも私の私見だ。」
「なんか安保闘争の時代の話みたいだな」
奥田はスマホをスクロールさせながら
「まあ、時代は繰り返すというやつじゃないか?」
現実感を感じなかった。生きてはいるがこれでは死んでいるのも同然だなと思い、奏は下を向いた。
「じゃあ、今度は私が質問してもいいかな?」
と奥田が言い、奥田の方を向いた
「これから君には決めてもらわないといけないことがある。選択肢は三つ。1つ目はこのまま一生ホワイトルームで暮らす。二つ目はいまの記憶を全て消して、元のネット空間の世界に戻る。三つ目はホワイトルームを出て、外で暮らす。しかし、三つ目はあまりお勧めしないね。外に出た時の死亡率は90%だから。」
「先輩達は今後どうするんだ?」
奥田は言葉を遮るように言った。
「みんなの人生は関係ない。君がどう選択するかだ。」
奏ではため息をついた。
「家畜のように生きるか、忘れるか、死ねということか?」
奥田は苦笑し
「そこまで言わないが、結果的にはそうかもしれないな」
「外にでるよ」
そう言うと、奥田は少し驚いた様子で
「自殺行為と言ってもいいと思うが、君の性格を考えると意外な決断だな。」
「たしかに死ぬ前ならここで暮らしていくか記憶を消すかどちらか選択したかもしれないしかし、今は価値観が変わってしまったんだ。」
「価値観の変化ね。どんなことで変化が起きたのかい?」
「あんたにそこまでいう義理はないよ」
奥田は、そうだな、と言って笑いながら立ちあがると、思い出したかのように
「そうそう、君、まだ17歳だったよね。最短で2カ月後の誕生日で外にでることができるから、君にはまだ猶予は残されているということだ。2カ月じっくり考えることだな。」
と言って、その場を去った。
♬
誕生日が来るまで、しばらくホワイトルームで暮らす日々が続いた。先輩達ともようやく会えるようになったので、話を聞くと全員ホワイトルームで生きていくことを決めたらしい。ほとんどの人はホワイトルームで生きるか元のネット空間に戻るらしい。今からでも奥田先生に頼みこんだらと全員助言されるが、奏は気持ちを変えることはなかった。
一週間が経った。身体機能もネット環境ほどではないが回復したので、ホワイトルームをでることになった。見送りは大胡打先輩と希美と奥田。奏も含め、第一の部屋にいた。全員防護服を着ていた。第一の部屋に入る前に奥田から
「外に出る前に部屋が三つあり、出迎えをできるのは第一の部屋までで第二の部屋は滅菌室になっていて、第二の扉を開くと数秒後、滅菌作業を行い、第三の部屋の扉を開くと外にでることができる。」
と説明があった。大胡打先輩は
「お前の決めた道だ頑張れよ」
と言って、胸をグーパンチで叩き、お互い笑った。奥田に
「色々と手伝ってくれてありがとう」と礼を言うと
「礼なんていらないよ。俺は俺の仕事をしただけだ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
と言って、奥田はメモを取り出し
「ここの住所にまだ生きている人間も存在するかもしれないから行ってみるといい」
と言ってメモを渡してくれた。ありがとう、と言って、希美を見ると、今にも泣きそうな顔をしている。
「なんで行くの?自殺行為だってわかってるよね?」
声が震えていた。
「なんでだろうな・・・」
「私がホワイトルームにいる理由わかる?」
「ああ、わかってる。俺も気持ちは同じだ。」
「だったら、なんで・・・?」
「価値観が変わってしまったとしかいえないな。正直にネット環境にいる時は、自殺する人間を馬鹿にしていたんだ。だが強制的に自殺された時に思ったんだ。自殺というのは自分の意思表示の一つの現れなんじゃないかと、だから与えられた安全な領域で生きるより、自殺行為と分かっているが死に近い生を選んだ。」
希美は何か言いたげだが言葉がでずただただ涙を流していた。
「すまない」
抱きしめてあげたいが、抱きしめる資格もない奏はただ拳を強く握るだけだった。奥田が、もう別れの挨拶はいいかな?と言ったので、奥田の方向を向いて奏は頷き、奥田は扉のボタンを押し、1mぐらいの厚さの扉が徐々に開かれた。扉が完全に開かれると第二の部屋に向かい、第二の部屋に入ると徐々に第一の扉が閉まってきた。
「Happy Birthday!」
と希美の大きな声が聞こえたので、奏は片手を上げ左右に振り、決して振り返りはしなかった。今の自分の顔を誰にも見られたくなかったからだ。
♬
第二の部屋に行くと、何もなく、第三の部屋に行くボタンだけがあったのでボタンを押し、第三の部屋に入った。第三の部屋に入って、扉が閉まると第二の部屋からシャワーのような水音がしたので、奥田が言っていたように滅菌作業をやっていることがわかった。外に出る扉を開くボタンがあった。奏はボタンを押すことに緊張していた。このボタンを押すと同時に死ぬのではないか、死を頭で理解していてもやはりボタンを押すことは怖い。しかし、ボタンを押さなければ何も進まない。奏は勇気か愚鈍かわからなかったが、ボタンを押した。ボタンを押すと扉が開いた。扉の外は土・岩・草木といった森林が広がり、少し歩くと太陽と思しき光が空から舞い降りてきた。ホワイトルームと違って森は色彩豊かだ。川のせせらぎ、小鳥のさえずり、風、森は色々な音が聞こえてくる。ふと立ち止まり岡田が言っていた「新曲」を思い出した。岡田の「新曲」を作れという意味はわからなかったが、岡田はこの場所に行くように誘導していたのかもしれない・・・。風が吹き、木々は揺れ、森はざわめき、小鳥はさえずる。自然の音に一つとして同じ音はない。
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