沈黙するので羊たちから饒舌だね

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梗 概

沈黙するので羊たちから饒舌だね

「倉田理沙とネズミが駆け回る。はい、皿に乗ってるのは全身のザリガニだ。だから深澤で盗撮されて公開してます。それは乱暴に。船は来る、必ず来る。もう止まらないんですよ? なにがってコルシカ島!」

彼女の主な症状は「連想置換」だ。この言葉の意味はたぶん次のようなことだ。

「倉田理沙と言います。普段の仕事はモデルをやっています。ここへは警察の紹介で来ました。出身は米国です。家族はいないので、今は所属事務所の近くのマンションで暮らしています」

ここは言語障害に関する専門医院で、私は意味復元療法科に勤務する常勤医だ。院には脳障害科や発話障害科など様々な科があるが、なかでも私の科は器質因によらない言語の意味観念への症状を専門としている。私は日々患者と入院病室でセッションを行い意味を復元させている。この病室には理沙の他にも様々な症状の患者が入院している。二日前には「人称機能障害」の男性が入院したが重症化し院長が担当することになった。他に「時制が壊れ」たり「カタカナ語が分裂する」など様々な患者がいる。例をあげれば後者だとこんな症状だ。

ってわかますかター? 

理沙は現在都内で起きている連続女性猟奇殺人の被害者で、殺害現場を逃げ出し警察に保護されてこの病院にやってきた。理沙は逃げるときに犯人の顔を見ている可能性が高くその証言が事件解決の鍵になると警察はみていた。

ある日、私が入院患者達の病室に訪れると閉まっていたはずのベッドのカーテンが開いており男が眠っている理沙を一人見つめている。男は事件の担当刑事で黒戸といい、面会謝絶にも関わらず理沙が眠っている間に様子を見に来たらしい。

私は黒戸とベッドで眠る彼女を見つめる。

ああ、理沙は早く目覚めないだろうか。彼女の言葉が聴きたい。人間は性快楽にありながら生命の危機に晒されると言葉が壊れ、その言葉には官能的な音楽性がある。これまでの彼女達の断末魔は最高の作品だ。理沙も今度こそ。

黒戸は彼女のベッドの傍で私と事件に関して意見交換をする。黒戸は犯人は病院の近辺に潜んでいてまだ理沙を狙っていると言った。

話終えて黒戸は辞去しようとする。すると物音で目覚めた理沙が叫ぶ。

いやだあ、いやだあ、捻らないでえ、船来ないでえ。タッチダウン! フレミングは月夜の父乳だった。ペン珪素いれてぐちゃぐちゃ……、

事件から落ち着きを取り戻しつつあったのに明らかに怯えている。私は叫びを聴き復元を行う。最終的に私は「子供達は饒舌な笑ったね」という言葉で理沙を襲った犯人は黒戸と結論づける。私の通報によって彼は逮捕された。

後日、院長がある入院患者の診察を行う。この患者は「私」という語句を「あなた」という意味で使ってしまう人称の障害だが、悪化して常勤医師と主体意識の同化まで起こしかけていたのでベテランの院長自ら担当をかってでたのだ。院長は溜息をつく。症状は全く回復していなかった。

文字数:1200

内容に関するアピール

復元とは普通の人間には理解困難な言葉、例えば、

「そして間に合うと思った。それとも歩いてでもまたはダメですね。降りると走るんだからやっぱり間に合わなかった」

これを社会的に判る「言葉の羅列」に直す治療です。これだと接続語と時制を直せば復元できます。復元するとこうなります。

「それで間に合うと思ったからゆっくり歩いたんだけど、やっぱりダメでしたね。でも降りてから走ったんですけど、それでもやっぱり間に合わなかった」

実作では「あらゆる動詞と形容詞の順番がランダムになる」「意味がすべて魚になる」「全てが省略できず話し続けてしまい三年目」など一つの読みどころとして様々な症状言語を出します。

オチは本文の語り自体が「人称」の使い方がおかしい一人の患者による観察で「私」が知るはずのない事件の詳細まで語っているそいつが真犯人だったという話です。最後の「❋」より後は一人称から三人称に変わります。

文字数:390

課題提出者一覧