梗 概
サフィール踊り子殺人事件
登場人物は三人のおっさん。撮り鉄の会社員・黒鉄。乗り鉄の記者・益子。鉄道に興味のない技術者・峰岸。全員、三~四〇歳前後の働き盛り。
海辺にある景色のいい喫茶店、海と山と鉄道が見えるカウンター席で、三人のおっさんが並んでコーヒーをすすっている。
いいおっさんが平日の真昼間、のんびりと喫茶店で。やや違和感のある状況に、三人はどこか居心地の悪い表情。そのことについては、あまり触れようとしない。
たまたま休みだから、なんとなく、景色を眺めに。彼らがその喫茶店に集まったのは、どうやら偶然らしい。
技術者の峰岸は実家への帰省がてら。入院した妹の見舞いだが、まっすぐ向かう気にならず、たまたま途中下車した。
都内に住む食品会社勤務の黒鉄は、伊豆への出張がてら。
伊豆でリモートワークをしている記者・益子は、都内である大きな会議がてら。
住居も向かう先も別々の彼らが、その時間その場所に集まった偶然は、最後に必然に変わる。
テレビからは、東京駅を出発した記念列車「踊り子」のニュースが報じられている。同時に、雲集する撮り鉄と呼ばれる人々の蛮行などについて、ワイドショーがおもしろおかしく、一応の問題意識もにじませて伝えている。
あまりにも自己中心的な理由で公共交通機関を止めるマニアに、乗り鉄は批判的である。一方、撮り鉄は彼らを擁護はしないまでも、なんとなく気持ちはわかる。そのやり取りを聞く一般人は、とくに関心がない。
漠然と、数十分後に目の前を通過するはずの踊り子が、彼らをつないでいる気がする。
つづいて番組は、報道そのものの問題について掘り下げている。報道はしばしば人を傷つける。恣意的な偏向も多い。スポンサーへの配慮や、芸能事務所との力関係。いじめの問題、心の病気に対する表現。
また、急速すぎる技術の進歩についての問題意識も語られる。AIの深層強化学習は、もはやどういうロジックで考え、答えているのか、よくわからない。
つれづれなるままに流れる会話のなかで、三人の背後にある事情と思想が語られ、結末へ向けた予定調和が図られていく。
付近で飛び込みがあり、緊急停車する「踊り子」。駆けつける三人。
撮り鉄は、こんないい場所で記念列車を撮れる僥倖。記者は、本社への手土産にちょうどいい事故のスクープ。技術者は、飛び込んだ妹の速やかな身元確認。
いい大人である彼らは、とある「占い」アプリに従ってそこにいた。その開発者のひとりである技術者は、理屈のわからない深層強化学習が指し示した「運命」に恐怖と怒りを覚え、それを破壊すべく行動しようと決意して、幕。
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内容に関するアピール
私の得意ジャンルはホラーで、SFとミステリがそれに準じます。よって、その3要素をすべて入れました。
室内劇のミステリ体裁に、SFのガジェットと、心理ホラー要素を加えています。
鉄道ミステリのようなタイトルですが、トリックなどはなく、これといった謎解きもありません。
ほぼ全編おっさんによる会話劇で、オチですこしだけ動きます。
得意というほど鉄オタではありませんが、幼少期の注意が鉄道に向かっていたら危なかったな、という自覚はあります。
祖父が横軽の機関士だったり、鉄道模型に数千万をかける親戚がいるなど、やや鉄分は多めです。
推理小説の棚に「殺人事件」があってもすぐ忘れると思いますが、SF講座の棚にあったら……と考えてタイトルをつけました。
とくに殺人事件は起こりませんが、自殺(人身事故)を自分自身に対する殺人ととらえれば、まちがいではないかと思います。
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