梗 概
黒い薬罐
笠森正雄は窮地に陥る。
軽い気持ちで友人の借金の保証人になり、友人が失踪してしまい、笠森はヤミ金融からの強引な取り立てに苦しめられている。どうしたら現状から逃れらるか考えながら笠森は夜の街を歩く。すると背後から声をかけられる。振り向くと占い師だった。占いなんか信じない笠森だったけど何かの力に操られるように占い師の前に座る。
そして笠森は薬罐を買う。
占い師から教えられた駅前の商店街の店で買った。
ずいぶんと古ぼけた店だった。店の中は裸電球の黄色い光しかない。笠森はまるで時間を百年ほど遡ったような感覚に襲われる。
店番をしていた老婆に笠森は、薬罐はありますか?と訊くと、どんな薬罐だい?と聞き返されたので、お湯を沸かせる普通の薬罐です、と占い師から教えられた通りに答える。
するとその老婆は、ちょっと待ってな、という言葉を残して店の奥に消える。奥は住居になっているようだ。
まるで時間が止まってしまったかのような空間に笠森は置き去りにされる。外の音も聞こえてこない。
その日は日曜日で商店街は多くの人で賑わっているのに、その店の中は静寂に包まれている。
気がつくと老婆が戻ってきている。
ほら、これがいいよ、と見せられたのは、どう見ても今まで使っていました、というような使い古された黒い薬罐だった。老婆はその薬罐を包んで、ほれ、五百円だよ、と云って笠森に手渡す。
こんな薬罐が役に立つとは思えない。やっぱりあんな得体のしれない占い師ではなくちゃんとした弁護士に相談しよう、と笠森は思うけど断りきれずにその包みを抱えてアパートに帰る。
占い師に指示されたのは薬罐を買うところまでだった。
笠森はカップラーメンを食べることにする。その黒い薬罐に水を入れてコンロに置いて点火しようとすると携帯電話が鳴る。窮地に追い込まれている元凶の借金取りからだった。電話からの怒鳴り声を聞きながら、笠森は台所を出てリビングに行き、今日はどうやってやり過ごそうかと考えていると、台所からお湯が沸いているような音が聞こえてくる。まだ火は点けていなかったのに、と思いながら笠森は携帯電話を持って台所に入る。
コンロの火は点いていない。
でも、黒かった薬罐は真っ赤になって蒸気を吐き出している。
シューシューという音と蓋が持ち上がっては落ちるカタンカタンという音が台所に繰り返し響いている。
沸騰したお湯が出来上がっている。
笠森は携帯電話をテーブルに置いてお湯をカップラーメンに注ぐ。その時、携帯電話から悲鳴のような大きな声が聞こえてくる。慌てて携帯電話を耳にあててみたけれど切れている。
笠森は翌日の朝刊に『ヤミ金融の男不審死 全身大火傷』という見出しを見つける。
その後、その薬罐がお湯を作ったことはない。
コンロの火にかけても何故か水のままだった。
返品したかったけれどあの店は見つからない。
夜の街を歩いても占い師に出会うことはなかった。
文字数:1200
内容に関するアピール
果たして自分に得意なものなどあるのだろうか?という自分への問いかけから今回の課題は始めました。
自問自答した結果、自信を持って私はこれが得意です!と言えるものはありませんでした。
自虐的に、選出されない梗概を書き続けることが得意、と言えるかもしれません。そんなことを言うと終ってしまうので、
得意なものはまだ見つかっていない!得意なものを見つけるために梗概を書き続けている!と思い直して、更に自問自答を繰り返すと、
『ちょっと不思議な怖い雰囲気を醸しだす話』を得意なものに出来るのではないか、という心の声が聞こえてきました。
実作は、5,000~10,000文字くらいの不思議な怖い味わいのあるショートショートにしたいと思います。
文字数:310
黒い薬罐
友人の関が失踪してしまったんです。
僕にとっては数少ない友人の中の一人で学生時代に知り合ってからの付き合いだから、かれこれもう二十年近くになりますね。ええ、そうですね、卒業してからは会う機会も少なくなり数年の一度のペースでした。その数年に一度の日が一カ月ほど前にありましてね。居酒屋で飲み交わしながらお互いの近状を話していたんですけど、そしたら急に関から、借金をしなければならなくなって、保証人になってほしい、って頼まれたんですよ。いったいどうしたんだ?って訊いても、訳は聞かずに保証人になってくれ、の一点張りなんです。関は、ギャンブルはしないし、学生のころから真面目な性格の奴だから、よっぽどのことがあったんだと思って、何も聞かずに書類にサインをしました。
そうして、一週間ほど経ったころ、僕の勤め先の会社に借金取りの男がやってきました。坂田という名前で、始めは物腰柔らかな感じで話していたんですが、関の行方が分からなくなったから、保証人であるあなたから貸した金を返済してください、という言葉に僕が、それはできません、と答えた瞬間に坂田は突然豹変して、僕を脅し始めたんです。言われた返済額はどう見ても違法な高利でした。だから僕は、絶対に返さない、と言い張ったんです。それから毎日のように僕の家と会社に脅しや嫌がらせの電話がかかってきました。嫌がらせで会社にピザを五十枚も配達されたことがありました。
このままではまともな生活を送ることができない、どうしようと悩みながら夜の街を歩いているときです。笠森さん、笠森さん、と僕を呼ぶ声が聞こえてきました。立ち止まって振り向いて声がしたほうを見ると、歩道の片隅に小さなテーブルを出して座っている人がいます。あ、占い師か、と思いながら僕はその人に近づいていきました。占いなんて信じないので無視して通り過ぎてもよかったんですが、その人は確かに僕の名前を呼んだので、すごく気になって、どうしようかなぁーと迷っていたら、足が何かに操られるように勝手に動いたんです。気がついたら僕は占い師の前に座っていました。女性の占い師でした。年齢は僕よりも上だったような気がします。
今ではもうその人の顔も覚えていません。
そして僕は薬罐を買いました。
その占い師から教えてもらった駅前の商店街の店で買いました。ずいぶんと古ぼけた店で、何度も買い物に行っている商店街なんですが、骨董品やら雑貨品を売っているあんな昭和の雰囲気を醸しだしている店は知りませんでした。店の中は裸電球の黄色い光しかなくて、その光を浴びている売り物たちは、どれも令和の時代の物とは思えませんでした。僕はまるで時間を百年ほど遡ったような感覚に襲われました。はい、もちろん実際に遡ったことはないので、ただの錯覚だったんですけど。あの占い師に、この店で薬罐を買えば悩みは全て解決する、と言われて少しは期待して行ったんですけど、そのときは本当に解決するなんて信じられませんでした。
僕は店番をしていた老婆に、薬罐はありますか?と訊きました。どんな薬罐だい?と聞き返されたので、お湯が沸かせる普通の薬罐です、と僕は占い師に指示された通りに言いました。するとその老婆は、ちょっと待ってな、という言葉を残して店の奥に消えました。店の奥は住居になっているようでした。まるで時間が止まってしまったかのような空間に僕は置き去りにされました。
外の音も聞こえてこない。その日は日曜日で商店街は多くの人で賑わっていたんですが、その店の中は真空の宇宙空間のように静寂に包まれていました。あ、宇宙には行ったことないので、もちろん想像です。
気がつくと老婆が戻ってきていました。ほら、これがいいよ、と云って見せられたのは、どう見ても今まで使っていました、というような古い黒い薬罐でした。住居の台所から持ってきたのだろうか……。やっぱりあんな得体のしれない占い師ではなくちゃんとした弁護士に相談しよう、と僕は思ったんですが、老婆はその薬罐を包んで、ほれ、五百円だよ、と云って手渡されてしまいました。
断りきれずに僕は五百円玉を老婆に渡してその包みを抱えてアパートに帰りました。
はい、占い師に指示されたのは薬罐を買うところまででした。
さて、これからどうしようかと、その黒い薬罐を見つめながら僕は途方にくれました。
薬罐だからお湯を沸かしてみよう、ちょうど腹もすいてきたしカップラーメンを食べながら考えよう、と決めて僕はその薬罐に水を入れて、コンロに置いて点火しようとしたとき、携帯電話が鳴ったんです。
嫌な予感がしながら電話に出ると予想通り借金取りの坂田からでした。電話からのねちねちとした嫌がらせの言葉や、脅しの怒鳴り声を聞きながら、僕は台所を出てリビングのソファに座りました。相手のペースに飲み込まれると何も言えなくなってしまうので、いつもソファにゆったりと座って心を落ち着けながら、今日はどうやってやり過ごそうかと考えるんです。うるさい坂田をのらりくらりと交わしながら数分が経ったころ、音が聞こえてきました。台所からです。
お湯が沸いているような音です。まだコンロの火はつけていなかったはずなのに、と思いながら携帯電話を持って台所に行きました。
確かにコンロの火はついていません。でも、黒い薬罐は真っ赤になって蒸気を吐き出しています。
シューシューという音と蓋が持ち上がっては落ちるカタンカタンという音が台所に繰り返し響いていました。
お湯が出来上がっていました。
そのとき僕は坂田と電話で話していたことを完全に忘れていたんです。持っていた携帯電話をテーブルに置いて、熱くなっている黒い薬罐の熱湯をカップラーメンに注ぎました。携帯電話のストップウォッチで三分間計ろうとしたとき、携帯電話から悲鳴のような大きな声が聞こえてきました。あ、そうだ、坂田と電話していたんだ、と思い出して急いて耳にあてたんですが、電話はもう切れていました。
翌日の朝刊の社会面に『ヤミ金融の男不審死 全身大火傷』という見出しを見つけました。
そうですよね、刑事さん、電車の中で大声で電話で話している迷惑男が、突然熱湯をかぶったように湯気を出しながら、全身大火傷になって悲鳴を上げて死んだら、新聞に載りますよね。
そうですか、あの坂田は、やっぱり警察からも目をつけられてたんですね。悩まずに初めから警察に行けばよかった。
その黒い薬罐なんですけど、あれから一度もお湯は沸かないんです。コンロの火にかけても水のままです。
あ、そうそう、あの商店街の古ぼけた店、あれから何度も商店街を歩き回って捜してるんですけど、見つからないんですよ。
はい、あの占い師に会うこともありません。
あ、刑事さん、関の行方はわかりましたか?そうですか、関の実家の両親も行方不明なんですね。
その黒い薬罐、証拠品として鑑識で調べるんですよね。
もしよかったら、刑事さんが使ってみてください。あ、刑事さんは借金なんかしませんよね。
借金で困っている人がいたら、その人にその黒い薬罐あげてください。
文字数:2902