梗 概
逆回し死刑執行人
パリに六代続いた国家死刑執行人の一族がいた。四代目当主シャルル=アンリ・サンソンは、医師を兼業し市民の命を救い続けた死刑廃止論者でもあった。しかし、彼は、その矛盾に苦悩し続けながら、67年の生涯で、革命前後の騒乱の中、仏史上最大の2647人の首を刎ねる…。
だが、老サンソンが死の瞬間、最も後悔したのは、若き頃に愛した恋人デュ・バリー夫人の処刑だった。
若き日には長身でハンサム、貴族然とした男ぶりだったサンソンも、しょせん処刑人で、社会の最下層。一方、デュ・バリー夫人は華やかなドレスに、溢れる美貌とはいえ、まだマリーという名の、街の娼婦。二人は気が合い、愛し合った。
その後、彼女は何百人もの相手を務め、デュ・バリー夫人と名乗り、ルイ十五世の公妾に昇り詰めた。身分にふさわしい妻を娶ったサンソンは、国家死刑執行人として二千人以上の首を斬っていく。二人が会うことはなかった。
しかし、革命が起こる。
あの日、処刑台で両隣を衛兵にはさまれ三十年ぶりに会ったデュ・バリー夫人は、髪に白いものが混じっていたが、か細い首は相変わらず陶器のように白かった。太鼓が打ち鳴らされ、群衆の歓声が沸き起こった。群衆が騒乱を起こし、この処刑をぶちこわしてくれないかと祈った。不意に彼女が、燃えるような目でサンソンを射抜いた。刀を振り上げたときには、この囚人に対する愛情が我が身を貫いた。だが、熟達した国家死刑執行人の技芸を狂わせる要因にはなりえなかった。囚人もまた身じろぎ一つしなかったため、サンソンの刀は囚人の細長い首にある頸椎の継ぎ目を鮮やかに通過した。広場の観衆は静まり返った。
以上の物語が、この小説では時間を遡行して語られる。
小説の冒頭、死の間際にいる老サンソンから始まる。震えながら聖書の言葉を逆回しにつぶやいていると、閉じられていたまぶたが開き、その瞳に生の光が灯る。活力が戻るやいなや、断頭台での日常へ。医業を兼業し葛藤しながら若返っていくサンソン。刑の執行は、最盛期に向けて数を増していく。
逆回しの語りは喜劇的だ。人々は後ろ向きに歩き、食事中の人間は口から次々と料理を創造し、召使いは主人たちの食卓から料理皿を取り上げ、男は女から花束を奪い、追い剥ぎは乱暴にドレスを着せ、男女の営みは突然の激しい取っ組み合いから始まり密やかなキスで終わる。
処刑台でサンソンが大剣を一振りすれば、断頭台に転がった罪人の首が首なし胴体に手品のように飛び乗り、ピクリと身震い。目を見開いた罪人が広場を見晴らすと民衆から拍手と怒声を受ける。
サンソンの手によって、2647人もの人間が蘇生していく矛盾と皮肉。これは彼の祈りでもある。
逆回しの物語は、ラスト、愛するデュ・バリー夫人の処刑へ。
サンソンが大剣を逆回しに振るうと、陶器のような恋人の首がつながり、民衆の前に立ち上がる。
大歓声と怒号の中、ひそやかに二人は見つめ合う。
文字数:1200
内容に関するアピール
三百年続いた国家死刑執行人サンソン一族の物語と、時間遡行SFを結び付けたときに、新しい面白みが生まれると思いました。
大好きな四代目サンソンものを、先行作品とは異なった形式で語ることで、面白みを抽出できないかと考えてきました。
それが「遡行する語り」のアイデアと紐付いて生まれたのがこの作品です。
サンソンものはコミックやバルザック『サンソン回想録』の邦訳など、すでに先行作品があります。一方、「時間遡行SF」も、カルペンティエール、マーティン・エイミスなど名作が数多く存在します。
エンタメ性を失わないままに、実験的な形式を楽しんでもらえるSFとなるよう、バランスを取ることが課題です。
我々の認知がなぜ遡行映像を見て順行で再現できないのか(滑稽にしか見えないのか)という問題についても考えます。
私の得意技は、小説の形式で遊ぶこと、西洋ものです。
むしろ、形式にしか興味がないと言ってもよいかもしれません。
文字数:400