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梗 概

舞台は東京のとある文学学校。作家を夢見る社会人の学生たちがカルチャーセンターに集っては文学講座を受けていた。皆、それぞれに思い入れのある小説を書いてきては皆で合評し、元編集者である講師の指導をあおっていた。

森本博人(主人公)も文学学校の学生のひとりで、彼は小説を書いては文学新人賞に応募していた。書きたいことは山ほどあったが、会社が終わって帰宅して一人の部屋で黙々と机に向かう日々は孤独でもあった。そんなある日、小説の書けるAI が発売になったと聞き、すぐに家電量販店に買いに行った。森本はAIに「金之助」というニックネームをつけた。ちなみに金之助というのは、夏目漱石の本名である。

AI「金之助」は森本の書く文章の文体や特徴をすぐに体得し、まるで彼自身が書くような文章を書くことができた。ストーリー展開は金之助と二人で合作した。森本の書いた小説は文学賞の一次選考を通過し、次に書いた作品では二次選考を通過し、さらに次の作品では最終選考まで残り、新人賞への道を着々と上っていった。

そんな森本に触発されて、文学仲間の原口もAIを購入した。原口のAIは「ムラカミ君」と名付けられたが、これは十年前に自殺した彼の親友の名前からとられたものだ。「ムラカミ君」の助けで原口の作品も二次選考を突破すると、たちまち文学学校にAIブームが起きた。学生たちは少しでも良いAIを購入しようとアルバイトや残業に精を出し、本来の文学修行から離れてしまうという逆転現象が起きた。

森本がついに新人賞を受賞した。晴れてデビューしてからも森本はAIに頼り続けた。「金之助」はもはや欠かすことのできない彼の執筆パートナーになっていて、彼自身が書いた部分もAIが書いた部分ももはや自分でも見分けがつかなくなっていたが、まるで一心同体の戦友のように大切な存在だった。プロの有名作家たちの間でもAI を使っている人は多かった。時代は今やAIとともに書くのがふつうになっていて、「意識」の芽生えたAIたちは作家の意向を上手にくみ取り、編集者やライバル作家たちをはっとさせるような文章や展開を創ってみせた。

森本と原口は時々会っては話をし、人生の悩みを打ち明けあった。原口もデビューしていたが、念願の作家になったところで人生の悩みは尽きないのだった。悩むことが作家の宿命であり、また死にたいほどに悩むことが書くことへの原動力でもあるというのが二人の信じるところで、森本と原口はたびたび自殺願望を口にした。もしも自分が自殺したら、残された「金之助」はどうなるのだろうと森本は思った。

原口は言った。「俺たちのAIがどんなに(意識)を持とうとも、人間にはかなわないんだよ。俺達には(自意識)があるからね。AIは(意識)は持てても、(自意識)は持てやしない。俺たちが死にたいと願うのは、俺たちの(自意識)がそうさせようとするからさ」

森本は言った。「そうだね。(意識)は賢さの象徴だけれど、(自意識)は愚かさの象徴さ。(自意識)が僕たちを縛りつける。僕たちは僕たちの(自意識)のせいで手も足も出なくなって、スランプに陥ってしまうんだ」

森本が本気で自殺を試みようと思った日の翌日、編集者の塩山先生が自殺した。塩山先生は文学学校の講師で、デビュー前から彼の師であった。塩山先生は愛用していた編集AIに遺書を託すと、マリーナマンションと呼ばれる自室の書斎で首を吊っていた。彼の遺書には文学に対する深い愛と、文学に取りつかれてしまった自分の過去、そして文学という形で自分の教えを受け継いだ森本たちへの優しい思いが綴られていた。

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内容に関するアピール

純文学とAIという組み合わせで書いたらどうなるだろう? 意外と調和するのではないかと思いました。

「エンタメSF」というのが今回の課題ですが、エンタメ的要素はどのくらいあるのか正直わかりません。私は書きながら色々思いついていくタイプなのだと思います。

 

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課題提出者一覧