さらば愛しき巨人よ

梗 概

さらば愛しき巨人よ

 月に落ちた一円玉まで見えそうな夜だった。
 新宿。かつて特撮で栄えたこの都市も、今では職にあぶれた出稼ぎ宇宙人がその日のウランを求めてさまよい、マンホールからは毒ガスの煙が立ち上るスラム街といった有様だった。空には逆さ吊りの戦闘機がパーティー会場に忘れた毛皮のコートのようにぶら下がり、高さ数十メートルに達する張りぼてのビルは雨でどろどろに溶け、大穴が開いたままだ。特撮の全盛期にはここで等身大の巨大宇宙人たちが、派手な大立ち回りをやったものだ。やったものだ、と言ったところで、私は実際にその光景をこの目で見てはいない。私の父は特撮ブームだった頃のこの都市で人類の母と結婚した。父の写真は今でも怪獣図鑑に載っている。私に生き写し。特殊能力、なし。ありがたいことだ。母は私を産み、育て、死んだ。私はつまらない探偵だ。スクランブルド・エグスと石油のようなコーヒーを空のエネルギーぶくろに流し込む。
 車いすの少女と出会ったのが始まりだった。夜の歓楽街で酔っぱらいに絡まれていた少女は、この間親が死んじゃった、嘘みたい。と笑う。一万メートル先に落ちた針の音のような、寂しい笑い声だった。
 彼女を引き取った宇宙人は私の顔馴染みの女だった。警察に聞けば事件は未解決だと言う。円盤状の鋭利な刃物でずたずたに切り裂かれた少女の両親、被害者の写真。警察は宇宙人を疑ってるようだが、馬鹿な、こんな殺し方、宇宙人がやったら正体を自ら明かしているようなものだ。犯人は人類に違いない。
 私は少女の両親を含む百三十人以上の乗客を乗せた飛行機が墜落し、空中で爆発、なのに全員が生存していたという十五年前の奇妙な事件を知る。そして関係者が既に十人以上殺されていることを。犯人はこの中にいるに違いない。
 果たして、犯人はその乗客の一人の人類の男だった。男は少女を連れ去り、高速道路で逃走する。追跡する私の目の前でバンの後部が開き、車椅子に縛り付けられた少女が捨てられる。
 だが吹き飛ばされた少女はそのまま立ち上がる。少女が一歩足を踏み出す。消える。一瞬にして高さ400mまでジャンプした少女はそのまま時速200キロで落下しバンをぐしゃぐしゃに踏み潰す。彼女は確かに歩けなかった。力をコントロール出来ないのだ。
 「ナレーションがいるかな? 車いす少女は改造人間である、って」
 その時バンが光に包まれ爆発し、空から巨大な右腕が降ってくる。百三十人の乗客の命を奪ったのはたった一人の巨大宇宙人だった。彼は責任を感じ全員に命を分け与えた。男の目的は自分がたった一人の生存者になり、もう一度宇宙人を完全な形で復活させることだった、という訳だ。腕がのたくりデパートを這い回り、人を指で弾き飛ばす。コミックの原稿がそのまま現実になったような悪夢。だが私はついていた。男は私のことを知っていたのだ。私の一族に特殊能力が何もないことを。
 私は母親譲りのサイコキネシスで巨大な指を、心やさしい怪獣を宇宙に還すように、丁寧に一本一本、ねじ切る。
 男は死んだ。
 巨大宇宙人? あれは今では私の中にいる。腕だけの存在で饒舌に言葉を操り、今も頭の中で私に囁く。俺を復活させろ。正義を執行しろ。
 そんなわけで、私は利き腕で銃も、ペンも、何も使えなくなってしまった。汚い字だが許して欲しい。今度君に会いに行く。
 新しい家族を連れて。

文字数:1383

内容に関するアピール

 特撮、特にウルトラマンに対するオマージュを捧げた素晴らしいSF作品は数多くありますが、私が念頭に置いたのは、アラン・ムーアが手がけた『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』や『トップ10』のような、ある程度ファンタジーに軸足を置きながらリアリスティックな感性をフィクションの登場人物に与えて物語を展開する作品です。私は今回さらに、「怪獣や宇宙人が実際にいる世界」と「特撮が行われていた世界」をあえて重ね合わせ、怪獣図鑑の想像力をハードボイルドの文体で生かすことを意図しました。
 私自身は特別に特撮に造詣が深いわけではありません。恐らく平均以上、オタク未満といったところです。子供の頃テレビで再放送のウルトラマンを見て、怪獣図鑑をねだって買ってもらいました。それは今でも手元に置いてあります。私が望んでいるのはこの、たった一冊の本が少年時代に与えた想像力を最大限に生かすということです。ですから狙いとしてはあくまで特撮作品そのものへのオマージュというより、怪獣図鑑の記述を異なる文体の中で生かすことにあります。結果としてはかなり荒唐無稽な設定になりましたが、地球人と宇宙人が子供を作る方法、巨大宇宙人が人類を生かすための手段、こういった部分にSF的にどう処理するかという部分で期待に応えられればと思います。

文字数:562

課題提出者一覧