これは、さよならを知るための物語

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梗 概

これは、さよならを知るための物語

【設定】
人類がほとんど滅びた後の世界。
戦争だか、ウイルスのパンデミックだかで滅んだと言われる世界で、わずかに生き残った人々は旧文明の残骸を利用して生きていた。
壊れた機械を直して生活に必要な機材を作り、壊れかけた農園設備をなんとかだましだまし使い食料を得る。
そんな世界で、住んでいる人々は名前を持たなかった。
持ってはならないという掟があったのだ。
「名を名乗ったら、天使に連れて行かれる」
迷信じみた掟。それを、わずかに残った人々は懸命に守り、家に掲げる『物体』の名前を代わりに使うことによってコミュニケーションを取っていた。

【物語】

そんなある日、ひとりの少年と少女がその掟を破ってしまう。名前というものに、彼らはあこがれていたのだ。
懐中時計を掲げる家に住んでいた少年はカイと。オルゴールを掲げる家に住んでいた少女はルルと名乗る。その瞬間、『天使』――旧文明の名残であるアンドロイドに襲われる二人。
二人は懸命に逃げるが、少女のほうはアンドロイドにつかまって殺されてしまう。


――そして、五年後。
十五歳となった少年は、旧文明に挑むことにする。
なぜ、名前を得てはならないのか。
なぜ、彼女は殺されたのか。
なぜ、自分は彼女が死んでから何度も彼女の死ぬ夢を見るのか。

少年は、少女が死んでから、彼女が「あらゆる方法で」殺される夢を見ていた。
『天使』に殴られて死ぬ夢。
『天使』に切られて死ぬ夢。
『天使』に貫かれて死ぬ夢。
それらは次第に記憶を侵食し、なにが真実だったのか分からなくなっていく少年。だから彼は、旧文明の名残が色濃く残る第一タワーを登ることを決める。
たった一人で、タワーを登っていく少年。その途中で、ルルによく似た少女に出会う。少女も、幼いころ幼馴染を失い真実を求めてこのタワーを登っていたらしい。
二人は、手を合わせてタワーを登る。タワーは、ほとんど朽ちていた。これでは、なんの手がかりも残っていないかもしれない。
焦るなか登っていた二人は、電力の残っているエレベーターを一台だけ発見する。
そのエレベーターに乗って、二人は頂上までやってきた。

塔のてっぺん。そこには、男型のアンドロイドがたった一人でたくさんの機械を操っていた。
回りに転がっているのは、数えきれないほどの球体。
少年は、そのアンドロイドにここで何をしているのかを問う。
アンドロイドは、「この世界に流れてくる余剰な情報を除去しているのだ」と答える。
そこで明かされる、人類の滅んだわけ。

人類が滅んだのは、戦争のせいでも、ウイルスのせいでもなかった。
すべては、並行世界のせい。旧世代の人々が、「もしもの世界」に憧れ、並行世界を覗き見しすぎたせいなのだ。
並行世界にアクセスする方法を知った人々は、次々とその行為をエスカレートさせていった。
並行世界部分置換装置を発明し、映画を見るように娯楽として並行世界を見続けた。その結果装置は暴走し、この世界には数多の並行世界の情報が流れ込むようになってしまった。
暴走は、もはや止められなかった。
並行世界の情報が流れこむことにより、世界から秩序が消え、崩壊が進んでいく。
人々が取れた方法は、ひとつだけ。「個を限りなく薄めていく」という方法だった。

こうして人々は戸籍を消し、名前を消し、なるべく個が出来ないように生きる道を取ることとなった。けれど、それでももはや遅かった。
人口は激減し、生き延びられたのはほんの一握りの人間だけだった。
それでも、人が生きていれば分岐宇宙が増えていくことは止められない。
残った人々は、流入してくる分岐宇宙を入れる球体を開発した。すべてを入れることは叶わない。
それでも、この自分たちの地球が崩壊するのを少しでも遅らせるために、別の入れ物を用意したのだ。それが、ここに転がっている球体の正体だった。
アンドロイドは、その流入してくる分岐宇宙を管理しているという。


そして、この塔で出会った少女は、その流れこんできた分岐宇宙の破片。『ルルが生きていた世界』からやってきた、ルルだった。
カイとルルが名前を持ったことにより生まれる分岐宇宙は増大し、この世界が侵食されかけているのだという。
カイが見ていた『ルルの死ぬ夢』もあまたの分岐宇宙が流入してきた結果見ていたものだった。
ルルはもう死んでいるから、死んだことによって生まれた最後の分岐宇宙『ルルの生きている世界』を球体に閉じ込めればこれを最後に宇宙の分岐は起きなくなり、すべては解決する。そしてカイは、ここにある装置で名前の記憶を吸い出せば戻せるという。
本当であればルルも名前を吸い出すことができれば生きていられたのだが、長時間稼働による劣化により『天使』が『殺害』しか任務を遂行できなくなったために殺されたという。
しかしカイは名前を失えば生きていられるが、秩序を保つために球体に分岐宇宙を閉じ込めれば、ここにいるルルは消えてしまう。
世界よりも少女のほうが大切だったカイはアンドロイドを破壊しようとするが、ルルはこ世界の秩序を保つために消えることを選択する。


「私は、本当はいないの。五年前に消えてたんだよ」「あなたは、さよならを覚えなくちゃ」
そう言って、分岐宇宙を球体に閉じ込めるための装置のスイッチを押すルル。
一人残ったカイは、名前を捨てる。
人であることを捨て、ただの『懐中時計』に戻るために。

文字数:2173

内容に関するアピール

私が一番好きなエンタメは「ボーイ・ミーツ・ガール」だったので、少年と少女を軸にしたお話にしました。

文字数:49

課題提出者一覧