明水(アケミ)

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梗 概

明水(アケミ)

1.

明水(アケミ)はここまで聞いた話をまとめてみて、自分の名前がいかに不自然であるのか、その由来のせいで自身の人生の終わりを迎えつつあるかもしれないことを受け入れられないでいた。
「明水っていうのは『明の明星』が由来なんだよね。ぼくとママの初めての子どもが生まれるってその日の明け方、ぼくは空を見ていたんだ。手術室に運び込まれたママのことや無事に生まれてきてほしい赤ちゃんのことを考えていたら、ぼんやりと光る金星を見たのさ」父はその話をするとき、いつもにこやかに明水に語った。だけれど父が見ていたのは、金星じゃなくて非周期型の彗星だった。
「ぼくとママの赤ちゃんが生まれてくることによって、今まで送ってきたぼんやりとした生活がね、ゆるやかに大きく変わっていくだろう。そういうことをあの夜が明けるときに思ったんだ。そして手術室前の廊下に戻ってくると赤ちゃんが生まれていた。ぼくは駆けつけてぐったりしているママに明の明星を見たことを話したら、生まれてきた赤ちゃんがちょうど女の子だったのもあって明水(アケミ)にしたんだ」父は本当にうれしそうに語っていたのだ。
この話を素直に信じられた、きょうまでは良かった。写真で見るかぎりは美しい惑星だった。地球と姉妹にもたとえられる金星。地球のようになれなかった惑星とも言われている。わたしはその話に、はかなさを覚えて思春期ならではの甘くゆったりとした想像さえ重ねていた。好きなフルーツは、と聞かれたらその色や形が似ている梨とこたえていた時期さえあった。

でも、本当は。あの日父が見ていた星は金星などではなかった。彗星の供給源とされるオールトの雲からやってきた、非周期型の彗星。父にはほうき星とも呼ばれる、その星の尾っぽが見えなかったのだろうか。夜明けに見たせいもあったのか、金星と勘違いされてしまった。
別に見ていた星が金星じゃなくて、彗星であったとしても何も問題ないと思うのがふつうだろう。
しかし、それに気がついたその日から、わたしの体温は下がりつつある。

現在のわたしの体温は35.4℃で一年前の平均体温から約1℃も下がってしまった。この低体温はわたしの症状を単なる思い込みからくる症状でしかないと話す医者もいる。ある種の偽薬効果であって思い込みを取りのぞくことによって治るだろう、と。でもわたしはどうもうまく肯定できなかった。
(みんなみんなわかってない……! わたしはこの星の、地球の子どもじゃないんだ……。地球からどんどん小さく、見えなくなっていく彗星が気まぐれに地球に落としていった子どもなんだ……!)
ばかげた話だなんて心のうちでは思ってる。でも現実に下がっていく体温やちょっとした薄着の外出でさえ悪くなってしまう体調のことを思うと、そして地球や太陽から遠ざかっていく彗星の様子を連想してしまうとわたしは寒くて寂しくて悲しくなっていった。

わたしは学校にも行かなくなった。最初は汗をかいてバランスを崩しやすくなる運動をする体育の授業を休むだけだったのだけど、わたしが思い込んでいるとされる理由では学校の先生方にも理解されない。ただ低体温で、運動後の体調バランスが崩れやすいことを理由に体育の授業を休むようになった。
協調性を育むこととされる、中学校の体育の授業においてわたしのとる行動はあまり歓迎されない。ほかに授業を休む女の子がいなかったせいか、わたしは少しずつクラスから孤立していき、学校を休む日が多くなっていった。学校に行かなくなり生活習慣がかわった。夕方から夜、そして明け方に起きている生活を送っていくようになった。まるで昼間に生活をしている人と会わないために夜中に起きているニートのようだと思った。けど、学校にもいかず、働いてもいなくて、親に養ってもらっているだけのわたしは、まさにニートなのであってその現実だけはちゃんと見ようと思った。でもまだ中学生のわたしが働ける場所なんてどこにもないし、ただでさえ崩しやすい体調に気をつかってくれる人間はこの、わたし、しかいないのだ。

こんな体調になったとしても、明けの明星は好きだった。太陽が昇るまえ、白くはっきりと輝いている、太陽に比べれば小さな小さな惑星。いつ見てもきれいだった。金星と地球は姉妹ともいわれるけれど、その実態は大きく違うのだという。それと同じようにわたしの父が見た彗星と金星じゃ、そもそも作りが違うのだろう。でもわたしは、わたしの父が人生のなかで一回しか見ることのなかった非周期型の彗星の輝きを求めて、明け方の金星を見ていた。金星と彗星じゃ成り立ちも違うし、輝いている理屈だって違うのだから姉妹にはなりえないけれど、その輝いた強さだけは同じなのだと信じて、金星の様子を見ていたのだった。

2.

体温が下がり始めてから、3年が経った。わたしの体温はいまだ下がり続けていた。34.8℃前後だ。体温が下がっていくのは間違いないけれど、その周期はわからなかった。
わたし自身は地球から遠ざかっていく彗星のことを想像して、なんとか心の平穏だけは保っていられたけれど、体調だけはどうにもならなかった。ふだんから厚着をしたり、冷たい食べものを避けたりなんて生活をしながら、この先のことを考えていた。
そのうち低体温症となって意識が混濁としていき、周囲の人々が病院に担ぎ込まれたりする……。そんな夢をよく見るようになった。それから寝ることがこわくなって、できるかぎり起きていることに取り組んだりしていた。でも眠気で意識がぼんやりしていること自体がまさに意識が混濁していくことそのものなんじゃないかってことに気がついたとき、きちんと睡眠をとるようにした。

夜型の生活に変わってしまってから、悪いことばかりが日々を満たすのかと思いきやそんなことはなかった。もちろん学校や公共施設、病院なんかは閉まっているし、道に面したお店のほとんども閉まっている。夜中でも開いているのはコンビニやファストフード、実はそんなに安くない量販店だったりする。あとはわたしには縁のないお酒の飲めるお店とか。
基本的には困らない。今ではネット通販で日常生活に使うものはほとんど買えるからだ。家族には頼みづらいものも気にせず買える。でもわたしは明水だなんてあんまり同世代にいない名前のせいか、どこか気後れするところもあった。名前は人と被っていたほうが個人の特定を避けられるのだ。そして名前の由来を思い出し、気分がどんよりとする。
でもネットには良いことも見つけられる。わたしと同じ名前の人がいると知ることができたからだ。ちなみにその人たちはこの低体温症の呪いにはかかっていない。なぜだろう。これだけが不思議なことだ。名前の由来が違うとなると、やはり人生も違うのだろうか。
そもそも人は名前によって人生が変わったりするものなのか。由来によって左右されるものなのか。わたしは名づけにまつわる事象を調べ始めた。姓名占いというものがある。画数判断もある。
わたしは世の中の「明水」を探し、連絡を取りはじめた。

3.

宮代 明水(ミヤシロ アケミ)。わたしの名前。

このまま体温が下がり続け、低体温症にかかり、意識が混濁していく。生きていることが夢のなかでしかわからなくなる前に、何とかして解決策を見出したかった。変わった名前ではあるけれど、みながみな、わたしのような低体温症に苦しんでいる人だけじゃない。そういう事実を発見したかった。
もしかするとわたしは3年前に医者に言われた、体温が下がり続けていることは単なる思い込みにすぎない、それを自分なりに意味を見出して、体温が下がり続けていくことに決着を付けたかったかもしれない。そう思うようになっていった。
最初はノートだけに書き連ねていた「明水」の由来も、もしかするとわたしと同じ症状に苦しんでいるかもしれない人々へ向けて教えたくなった。同じ名前で同じ低体温症に苦しんでいる人がいるとは、さすがに思わなかったのだけど。

明水という名前を字面で検索していたわたし。いつしか、「アケミ」という音の意味も探すようになった。明海、明美、朱美といたってふつうの「アケミ」もあるわけだし、それは暇つぶしにも最適だった。
そしていつの日か、「アケミ」と名づけられた男性にも出会った。もちろん「明水」と名づけられた男性もいた。読みは必ずしも「アケミ」とは限らなかったけれど。

「アケミ」と名づけられた男性と出会う夢を見るようになった。同じ読みを与えられていても違う人生を歩んでしまうことについて考えるようになった。人それぞれに人生について。由来が同じなのに、違う当て字になることもあった。
それは個性にもつながるのだと思う。

4.

明水は深い夢を見るようになっていた(続く……)。

文字数:3558

内容に関するアピール

テーマは「いま、このときに生まれた命が必ずしも良い結果を残すとは限らない。次のチャンスに託すことこそもまた、解決を招くのだ」ということを書いていたつもりだったのですが……。

文字数:86

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アケミ

※「アケミ」は期間中に完成させることができなかったため、代わりにリライトした梗概とPRを投稿する。

アケミはデザイナ・ベイビーとして生まれてきた子どもで、その寿命は約21年に設定されている。
彼らが作られる時代は2045年から2070年に訪れるとされる「超理想」の時代である。ここでは、子どもたちは明確な将来設計を持たされて生まれてくる。
そして、設計されたポテンシャルを超えるために、彼らには「時間」が設定されている。約21年の間に、彼らは社会に貢献するとみなされる成績を収めなくてはならない。でなければそれ以上の生存は許されない。この21年の時間制限は『ヒューマン・タイマ』と称されている。人間活動の時間制限。これにより、彼らの持たされた人生設計への執着はより強固に、生まれてきた人間たちを束縛する。束縛から逃れるために、彼らは本来持たされたはずのポテンシャルとは別の大きな飛躍を求められることになるのだ。

彼らは7歳、14歳、21歳のころに薬を飲まなければならない。そして薬を飲むためには、この度に何らかの成績を出さなければならない。認められなければ体温が強制的に下がり、最終的には体温は零度近くに下がっていく。薬を飲まなければ最後、仮死状態におかれ、そして老化による衰弱死への運命が紐づけられているのだ。
そもそもの始まりは少子化対策のために政府が行った遺伝子操作による、より社会に適合、そして貢献しやすくするための政策だった。
しかしその中に「失敗した子ども」たちが生まれてくることとなる。彼らは遺伝子操作されたにもかかわらず、大した成績を収めることができなかった。そして成長のために多額の経費を使っていたにもかかわらず、貢献がない彼らは社会からは冷たく扱われるようになっていた。
そんな中、とある遺伝子操作を行うことで生まれてくる子どもたちの寿命を設定できると、ある科学者が発表した。それは「生まれる子どもの体温を下げていく」という設計だった。7,14,21歳の誕生日の前日に体温の降下を止めるための薬を飲まなければ、生きられない。薬を飲まずに21歳を迎えたその日になったとしても、その身体は慎重に保存すればその生命は失われることなく再生可能な仮死状態になるのだと説明があった。合法的な死刑でもあった。生まれてくるだろう彼らが、社会に受け入れられない状態を、社会に冷たくされると読み替えることによって発想された。言い換えれば、人間を恒温動物から”変性”変温動物に変化させる遺伝子操作だったのだ。

アケミに託された設計図は、宇宙飛行士だった。高知能、優れた体幹性を持って生まれてくる人間の予定だった。しかし、彼女は「失敗」した。両親の描いた設計図には適合しない子どもだったのだ。
アケミは生まれてきた目的とは、別の目的を探すようになった。
「わたしは子どもに託したい。その子はデザイナ・ベイビーじゃない。わたしと同じ名前を持った男性との子ども。アケミの二乗。願いの二乗。決められた配列の遺伝子の設計図を読み込むことで生まれてくる子どもじゃなくて、偶然の設計図に任せた子ども。古い言葉でいうなら、神の作る設計図に頼った子どもに」

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改めて梗概を書いてみた。SF設定をはっきりさせ、アケミの成り立ちにロジックを持たせた。こうしてSF設定をみると、ぼくの構想する長編小説『オーヴァ・ドライヴ』のスピンオフであることがわかる。ODに登場する主人公のひとりであるトオルもまた、デザイナ・ベイビーだったからだ。

ぼくは思う。人生の設計図を描いてみたけれど、なかなかうまくいかない、それでも社会を構成する、ちいさなちいさな歯車たちの人生を思う。
この短編小説は、時代からの跳躍に頼ることを提案する。緻密に設計してもほかの競争相手がいるために選ばれない人生からの飛躍。目標値に足りていないため、設計図の維持の資格を失う人生からの逃走。自分だけを主人公にしたちっぽけな人生を軽くあきらめ、次のステップに身を託してみることを。
アケミは子どもを作ることで、自分の人生から逃げたのではない。
人生の設計図という他者の理想だけにがんじがらめにされた細い細い一本の道を滑走路として飛びたったのだ。

文字数:1727

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