テセウスの翼
煌々と燃え盛る炎。
周辺に立ち込める煙が空へとおとぎ話の巨大な蔓のように登っていく。
口の中に広がる血の味とザリザリとした砂利の感触、姿勢がうつ伏せになってることから自分が地面に倒れているのだと理解する。
全身を刺すような痛みに耐えて、なんとか首だけでも起こすと大地によって暗闇に閉ざされていた視界が幾分か光を取り戻した。
夜空に輝く星々が見えないのは、周辺の燃え盛る建物のせいだと分かるのに一瞬の間を要した。
赤々と照らす炎が夜とは思えないほど眩い光を放つ。
本来そこにあったはずの見慣れた建造物は姿を消し、代わりに無作為に積み上げた瓦礫が山を作っている。その隙間からは不自然なまでに折れ曲がった手や身体を挟まれて動けなくなった人の姿も見える。だらんと垂れ下がった腕から生気を感じることはできない。
変わり果てた光景に唖然として言葉が出なかった。まだどこかで夢を見続けているのではないかと一縷の望みをかけて起き上がろうとしたが全身を蝕む激痛が襲い、これが現実であることを突き付けられる。
連綿と続く日常は突如終わりを告げた。
まるでパチンとスイッチを落としたかのように、漫然と生き続けていた日々が一転した。
ふと、キイイイインという高周波のノイズが上空から聞こえることに気がつく。
その発信源はどうやら炎が照らす夜空からのようだ。
直感的に理解した。何かが来ると。
崩落した住宅街に鳴り響いていた高周波が徐々に弱まり、かろうじて見えていた星々の輝きが突如失われる。
よく見ると夜空が大きな影に塗り潰されていた。
影の正体は巨大な鳥、ではなく一機の戦闘機。
機体の両側には大きな三角形の翼、後部には推進力を生み出すジェットエンジンらしきものが見て取れる。映画やテレビでしか見たことはないが感覚的にそれが戦闘機だとわかった。
だが目の前のそれは自分の知っている戦闘機とはどこか異なる。
機体は全身が曇りひとつない鏡のような銀色で、その銀は揺らめく炎の輝きを反射して機体自体が発光していると錯覚する。鏡面のような機体には装甲の繋ぎ目はなく、ひとつの滑らかな曲線のみで構成されている。まるで生き物に繋ぎ目がないのと同じように全て流線型で構成されている。
そして銀の戦闘機は重力を無視するかのようにその場でぐるりと旋回すると、機体の鋭い先端を突きつけてその場に留まった。
ヘリコプターならまだしも、戦闘機はこんな風にその場でホバリングをすることができただろうか。自分が単に知らないだけなのか、それとも目の前の戦闘機が異質なのか、覚束ない意識の中でそんな思考が巡る。
――銀色のそれと目が合った、気がした。
見つめていると吸い込まれそうな流線型に目が離せない。戦闘機はこちらの様子を伺うかのように、じっと自分を見据えている。一辺の曲面に目があるわけでもないが何故か凝視されているという感覚が拭えない。
何も返せずに竦んでいると、戦闘機の胴体直下にぶら下がっている巨大なラグビーボールのような長球上の回転体が高速で回転し、キイイイインという甲高い音を立て始めた。
知識があるわけではなかったが、回転体がこの戦闘機の攻撃手段であるとこと、自分の命がここで終わることを悟る。
回転体の速度が徐々に増し、目を開けていられないのほど閃光に包まれたところで意識の糸はプツンと途切れた。
けたたましいサイレンの音と共に、照明が空軍基地の長い廊下を赤く染める。
「ファリスの出現を確認。出現箇所はマイアミから東に1,200キロ、バミューダ海域上空。現在高度65,000フィートと推定。数は9機です」
正面のコンソールを観ながら、オペレーターが緊張した面持ちで足早に報告する。
高高度に配備された無人型早期警戒管制機がファリスの数と居場所を捉え、その情報は管制室の巨大スクリーンに赤色の9つの丸で表示されている。
9の点はVの字を逆さまにした形状で列を成していた。
頂点となる位置に先頭の機体が先導し、その左右に4機ずつ広がっているのが確認できる。
ひとりの男がその編隊を訝しむようにスクリーンを睨みつける。若干のたれ目は柔らかな印象を受けるが、その金色の眼は鋭く、軍人としての厳しさを感じさせる。180センチの長身にがっしりとした体格の上にはグレーを基調とした迷彩色のジャケットを羽織り、癖のある金の頭髪は後ろの方で小さく束ねられていた。
「出現位置は目の前で助かったが、数は9機か。君、AF2の彼らに繋いでくれ」
手入れの行き届いたあご髭を撫でながら、オペレーターに話しかける。
「は、はい!」
オペレーターがすぐさまチャンネルを繋げると、男は左耳に挿入されたイヤーマイクをオンにする。
「こちら管制室。エリック・ロックナーだ。バミューダの海域で九機のファリスが出現した。……出撃の時間だ」
敵の襲来にも取り乱さず、落ち着いた口調でエリックが伝える。
即座にレスポンスが来て、エリックは頷く。通信を切ると、金の瞳は再びスクリーンを捉えた。赤丸で構成される逆三角形を睨む。
「エシュロンだと? 一体どういうつもりだ、ファリス」
エリックの眼差しがより一層鋭くなるのをオペレーターは見逃さなかった。
2125年3月9日。この日、世界は共通の敵を持つことになる。
突如、上空から飛来した正体の黒い飛翔体。
形状はかつてフランスで活躍した名機、ラファールに似ているとしばしば例えられる。
左右には三角のデルタ翼を携え、後方機体中心に推力源であるスラスターを有している。
しかし、戦闘機と決定的に異なるのは装甲などの凹凸面が一切なく、完全に1つの流線型で構成されている点である。
その飛翔体は高度70,000フィートに出現し飛行を続け、その後降下、45,000フィートから地面へ一直線に向かって墜落していった。地表に降る流星の如く大空に軌跡を描き、大地を穿つ。
大気圏スレスレの高度から物を落とすというのは極めて原始的な攻撃方法でありながら、その威力は絶大だ。
高高度からの位置エネルギーは速度へと変換され、地面へ到達する頃には途方もないインパクトを生み出す。
その威力は約ダイナマイト4,500キロに及ぶ。これは22階建鉄筋コンクリートビル20棟を一瞬で吹き飛ばすほどの威力である。
黒影の飛翔体は標的を定めると対象に向かって一切の迷いなしに突っ込んでいく。自身の損壊を気にすることはない。目標を破壊するため、ただ墜落するのだ。自らの命など顧みない。かつて第二次世界大戦で日本が最後の手段として採用した、特攻と同じだ。
飛翔体の自由落下による襲撃は世界のあちこちで発生。
その飛翔体は『Flight Altitude Rapid descent InvaderS』(飛翔型高度急降下侵略体)、略して “Faris” と呼ばれ、たちまち人類の脅威として猛威を振るった。
ファリスにより破壊された箇所は100以上に上る。
標的になった都市や街、島は大小さまざまであり、攻撃対象の法則性は無く、彼らの目的はどこまでも不明だ。
どこから来たのか、なぜ地球を侵略するのか、なぜこれほどの高高度で出現し極超音速で飛行できるのか、全てが謎に包まれていた。
分析しようにも墜落したファリスは数分で分解し、風化してしまう。死体を残さない黒の飛翔体は未知の有機生命体であること以外、何ひとつわからなかった。
人類を脅かすファリスに対抗するため、アメリカをはじめとする空軍があらゆる手を尽くしたが、その結果は悲惨なものだった。
地対空ミサイル、有人戦闘機、人工知能を搭載した無人戦闘機の投入も虚しくファリスに撃墜されるか、みすみすファリスの墜落を許すかのどちらかに終わった。
ファリスの恐ろしさ、脅威はその速さにある。
墜落ともいえる落下により音速を超えマッハ四のスピードに達したファリスは、自機と大気との境界に摩擦熱を発生させる。
この摩擦熱がファリスの表面にプラズマ化したガスを纏わせる。
プラズマ化したガスはステルス効果をもたらし、ファリスは幽霊のようにレーダーから忽然と姿を消す。迎撃ミサイルを発射しても落下姿勢に入ったファリスを見つけ出すことができず、大地への墜落を許してしまう。
そのためファリスが落下姿勢に入る前に迎撃しなければならなかった。
しかし70,000フィート、成層圏上空という超高高度での空中格闘は人類にとって生存不可能の領域である。飛行戦闘用の与圧服を着ていても人間の身体が受けられるGは九Gが限界とされている。マッハ五を超えるファリスとの戦闘には、身体が耐え切ることが出来ずパイロットの絶命は免れない。それはつまり、有人でのファリスの迎撃は不可能ということを意味していた。
ファリスの襲撃は無秩序な間隔であったが、それが止むことはなかった。遂に億を超える犠牲者が報道され、人々は絶望の淵に立たされた。
――だが人類は諦めなかった。
極限空間、極超音速でのドッグファイトを可能に技術が思わぬ形で日の目を見ることになる。
それは『精神離殻転移』と呼ばれる技術だった。
我々の精神はどこに宿るのか?
これは人間という生物を解き明かすうえで長らく謎とされてきた命題だ。
人の心というものは特定の臓器や脳に宿るわけではない。Aの脳を摘出し、Bの身体に移植しても人格が丸ごとBになるわけではなく、Aの身体に宿るわずかな精神がBの人格を変質させると言われている。
つまり、精神というのは脳や臓器、身体という複合的な殻によって形成されている。
精神離殻転移は人体という殻を剥き、精神を丸ごと取り出す技術である。
それはゆで卵の殻、白身を剥いて無傷の黄身を取り出すことと似ている。
対ファリス戦闘機を開発していた、ある科学者がこの技術に興味を持った。
精神離殻転移を対ファリス戦闘機に用いることでパイロットの精神を自機にアップロードさせることを思いつく。肉体の制約から解き放たれたパイロットは、人間的な限界を突破して操縦することができる。
人工知能による空中格闘技術ではファリスに太刀打ちできない、人間では超高速に耐えられない。その2つの問題を精神離殻転移はシンプルに解決した。
だが、この技術は致命的な欠陥を抱えていた。
精神を己の肉体から切り離す、つまり離殻すると自分の肉体にもかかわらず、どうしても精神を元に戻すことができなかった。
精神の抜けた殻はただの死骸に成り果てる。
出撃する度にパイロットが確実に犠牲になる技術など使い物にならず、実用が見送られそうになった時、ひとつの妙案が浮かぶ。
それは、離殻した身体に精神を戻すのではなく、精神を戻すと同時に身体を作り直せばいいというアイデアだった。
実はこの方法、突拍子もない発想であるが理に適っている。
今まで技術者たちは抜け殻となった身体を再利用することばかりに気を取られていたが、身体を再構築するとなればデリケートな精神に対して複雑なアプローチは必要ない。
密閉された箱に物を入れることはできないが、箱が作られる前であれば物を入れることができる。
人体の再構築については、利便性の乏しさから技術開発が凍結されていた空間転移、つまりワープに関する分野での研究技術が転用された。
これにより精神離殻転移はたちまち実用化に向けて加速する。
精神を身体から離し、自機へとアップロード。元の身体は分解され、人体という制約から解放されたパイロットはファリスとの極超音速での戦闘を可能とする。
戦闘が終われば身体を再構築すると同時に、自機にアップロードされていた精神を身体へと戻し、パイロットは帰還できる。
倫理観を無視した実験的な導入であったが、精神離殻転移による意識のアップロード、そして肉体の再構築による帰還は実現し、ファリス迎撃に導入された。
適合できるパイロットは希少で数は多くなかったものの、精神離殻転移を施したパイロットはファリス戦において圧倒的戦果を挙げた。
精神離殻転移がもたらす恩恵は重力からの解放だけではなかった。
まず1つ目は重量である。
精神離殻転移した戦闘機にはパイロットは乗っておらず、いわば無人の戦闘機となる。
重量が大きな影響を与える空中戦において、パイロットの重さをほぼ0にできるというのは大きなメリットだった。
そしてもう1つは反応速度だ。
戦闘機を操縦する際に行う、レバーを動かす、計器を読む、トリガーを引くといった動作には必ず神経伝達速度のロスが生じる。
指や目など末端に、脳が考えた信号が届き動くまでに0.1msほどのタイムラグがあるのだ。これは脳の指令である電気信号が神経回路を通る以上、避けては通れない。
精神を機体にアップロードして操縦するということは、その動作が必要ない。精神をダイレクトに機体に繋げるため、神経伝達のロスを極限まで0に近付けることができる。
人間の肉体では決して叶わなかった超反応を期せずして獲得することとなった。
こうして人類はファリスと闘える剣を得た。
ファリスの出現と共に精神離殻転移したパイロットたちが出撃。墜落姿勢に入る前に迎撃することでファリスの襲撃を食い止めることに成功した。
しかし、ファリスと闘う彼らを英雄視する人々は決して多いとは言えなかった。
――誰かが言った。
肉体が再構築されるということは、出撃の前と後で身体が書き換わっているのだと。
――誰かが言った。
帰還した彼らは本当に同一人物なのかと。
――誰が言った。
出撃の度に肉体が死ぬのだとしたら、彼らは何度でも蘇る亡霊なのだと。
そしていつしか、精神離殻転移による精神のアップロードは人々から『亡霊』と呼ばれるようになった。
アメリカ フロリダ州メアリー・エスター対ファリス空軍基地、通称ハルバート・フィールド基地、特殊戦闘機3番格納庫。
鉄骨に板を貼り合わせたプレハブ構造の格納庫はテニスコート90面分以上の広大な面積で、天井までの高さは25メートルにも及ぶ。
広々した空間の壁際には3機の戦闘機が並んでいる。
機種、形状は3機とも類似していて、2機は灰色の機体だが、最も出口側に近い戦闘機は雪原を思わせる純白のカラーリングをしている。
『Anti Faris Air Force』対ファリス航空隊。AF2の略称で呼ばれるハルバート空軍基地における対ファリス最高戦力は、このわずか3つの戦闘機のみである。
広々した格納庫の中を整備士たちが慌ただしく右に左にと行き交う。
「はやく、はやくー。急がないとファリスが落っこちてきちゃうよー」
横並び整列している3機の戦闘機の中央、2番目の機体の足元でひとりの少女、ブリジット・ドールが整備士たちを急かしている。
2番機のパイロットである彼女は紺色のフライトスーツに身を包み、待ちきれない様子でぴょこぴょことその場で2、3度ジャンプした。その度に肩の上で切り揃えられた金色のボブが彼女の跳躍と1拍遅れて揺れる。
丸みを帯びた髪型が印象を幼くさせるが、引き締められた身体と猛禽類を思わせる凛々しく尖った目は彼女が熟練のパイロットであることを裏付けている。
格納庫の奥からスタスタと3番機のパイロット、カイト・キノシタが歩みを進め、ブリジットの隣である自機の足元でスタンバイをする。
「あ、カイトやっと来た。ちょっと遅いんじゃない?」
1番乗りに待機していたブリジットは自慢げな表情をカイトに向ける。
カイトがブリジットを一瞥するが、その表情は実に興味なさげだ。
「所定の時間の範囲内だ。問題ない」
顔色ひとつ変えずブリジットに返答する。
「相変わらず機械みたいな男だねえ」
率直な感想のブリジットだったが、こんなやり取りはカイトにとって日常茶飯事だった。
「残るはウチのエース様だけか」
1番機のパイロットの不在を独りごちたブリジットは2番機越しに、1番機を覗き込んで様子を確認する。
純白の1番機の足元には、氷のように透き通った肌と背中まで伸びた白雪の如き長髪の女性が佇んでいた。
透明感のある彼女は触れれば壊れてしまいそうなほど繊細であるとともに、切れ長の目と青い瞳は見る者を寄せ付けない凍てついた美しさを持ち合わせている。
純色の白を纏う1番機のパイロットにして、AF2のエース。
アリス・ステラートもブリジットやカイト同様、紺色のパイロットスーツに身を包み、白銀の長髪を結っている。
「あれ、いつのまに……」
3人が愛機の元でスタンバイを終えると、丁度パイロットスーツに内蔵されたインナースピーカーからエリックの声が聞こえた。
「3人とも用意はいいか? さっき伝えた通り、出現したファリスは9機。いつも通りのお前たちなら何の問題はない、と言いたいところだがひとつ気になることがある」
エリックの声を3人は静かに聞き入る。
「無人型早期警戒管制機が捉えた様子からすると、出現したファリスたちはエシュロンのような陣形を形成している。つまり、隊列を組んで飛行している可能性がある」
「……へぇ」
エリックからの情報を聞いてブリジットは興味深そうに口角を上げる。隣のカイトは訝しげな顔をした。
「ファリスが知能を持つような行動は今まで確認されたことがない。ただの偶然かもしれんが、決して油断するな」
エリックが話し終えると3人は、その場から180度ターンして格納庫壁面に身体を向ける。
壁際には1番機から3番機、それぞれの戦闘機に太いケーブルが繋がった棺桶のような涙滴型のポッドが設置されている。
「出撃するのはいいんだけど、毎回これ苦手なんだよなあ」
がっくりと項垂れてブリジットが不満を漏らす。
ブリジットは思ったことを口にし過ぎだと思いながらもカイトもこの瞬間だけは何度経験しても慣れないと感じる。
カイトたちは黒く半透明なポッドカバーを開けると身体を滑らせるよう中へと入った。
ポッドの中には人1人がちょうど座れるフラットタイプの座席が備え付けられていて、カイトは寝そべるように座席に座り、仰向けになる。
まるで棺桶だと皮肉めいたことを思いながら、ポッド内の機械と接続されている無骨なヘッドセットを頭に装着する。形状はヘルメットのそれに近い。外れない様にあご紐で固定すると、手を伸ばしてハンドルを引き、内側からカバーを閉める。
ポッドは気密性が高く、カバーを閉めると先ほどまで騒がしかった格納庫の喧騒がぴたりと聞こえなくなった。出撃前のこの静寂が世界から切り離された様で気味が悪い。
自分の息遣いしか聞こえない空間の中、右手の壁面に設けられたコンソールを慣れた手つきで操作する。
起動音と共に眼前にホログラムが映し出され、カイトのパーソナルステータスが表示される。
「パーソナルナンバー、J017003カイト・キノシタの搭乗を確認。精神バイタル正常。精神離殻転移プロトコルに移行します」
ポッドの中のファンが高速で回る音が聞こえ、精神離殻転移が始まろうとしているのがわかる。
カイトはグッと奥歯を噛み締め、待ち構えた。
「――精神離殻転移開始」
無機質なアナウンスと同時に目の前が眩しいほどの光に包まれた。
「精神離殻転移完了。精神バイタルに異常なし。出撃シーケンスに入ります」
機械的なアナウンス淡々と読み上げていく。
眩い光に包まれ、カイトが次に目を開いた時には精神離殻転移によるファントム化が完了していた。
身体が羽毛のようにフッと軽くなり、解放感に包まれる。
気が付けば、自分の視野は今までのそれと全く異なっていた。
先ほどまでポッドに横たわっていたのが、今の視界は周りの整備士たちを遥かに見下ろすほどの高さまで上がっている。機体に装備されたアイカメラからの映像を見ているからだ。
精神離殻転移により戦闘機と一体化したことで、機体が自分自身の身体であると認識する。
AF2に支給されている対ファリス用特殊戦闘機の名は型式番号FA-X3。
ファリスの襲来により無期限延期となった第6世代ステルス戦闘機開発計画から引用した名称が与えられ、3型まで改良されたこの機種は世界の技術の粋を集めた人類の最新兵器だ。
エンジン・マスタースイッチをオンにしてエンジンの回転数が上がり始める。スロットルを入れて点火後、すぐアイドルに戻す。
ラダー、エルロン、エレベータ等の飛行姿勢を司る翼面を上下させ操作性を確認する。入念に整備された機体のどこにも不調を感じない。
「こちらエフ・スリー、カイト・キノシタ。ファントム化完了。問題ない」
自身に異常がなく出撃可能である旨を管制室に伝える。
「エフ・ワン、アリス・ステラート。出撃可能」
「エフ・ツー、ブリジット・ドール、早く行こうよ」
カイトの返答を皮切りにアリスとブリジットが問題なくファントム化したことを告げる。
「こちら、エリック。さっきも言った通り、敵は編隊を組んで飛行している可能性が高い。ブリジットとカイトはサイドから挟撃して奴らを散開させないようにしろ。アリスは上段から、2人の攻撃から漏れたファリスを仕留めてくれ」
「「「了解」」」
エリックの指示に3人は同時で答えた。
戦闘機を誘導するマーシャラーのハンドサインに従い、アリスを先頭に離陸姿勢に入る。
「ハルバート・フィールド、エフ・ワン、レディ・フォー・ディパーチャー」
透き通るようなアリスの声が無線越しに響き渡る。ブリジットとカイトもそれに続いた。
「ランウェイ3、エフ・ワン、クリアー・フォー・テイクオフ・レディ?」
「……お姉ちゃん、いくよ。クリアード・フォー・テイクオフ」
一直線へと長く続く滑走路に間隔を開けて純白の戦闘機が1機、灰色の戦闘機が2機と縦一列に並ぶ。
アリスがパーキングブレーキを離し、スロットルを全開放すると、まるで弾き出されたかのように一瞬にして速度を上げ、駆ける。
ノズルが全開になると、滑走路と接していた着陸脚が離れ、揚力を得た機体が離陸した。
後を追いかけるようにして残りの2機も離陸していく。
蒼天に一筋の線を描くようにして亡霊を載せた無人の戦闘機が空へと駆けて行くのを、管制塔からエリックは眺めていた。
エンジンが回転数を上げながら機体は速度を増していく。
滑走路を離陸し大空に向かって舞う瞬間、揚力により身体が見えない力に抱き上げられた感覚に陥る。
ファントム化により触覚や嗅覚といった不要な感覚受容器は遮断されるが、その分、視覚や聴覚といった感覚は研ぎ澄まされる。
初めからそうだったのではないかと思うほどに自分が戦闘機と一体化していることに違和感がない。戦闘機を操縦するのではなく、戦闘機という身体を使って空を駆けているという感覚は、カイトは悪い気がしなかった。
「エフ・ワン、加速シーケンスに入る」
アリスがファリスの飛行する70,000フィート、超高高度の成層圏へと上昇する準備に入る。
「エフ・ツー、同じく」
ブリジットも加速態勢に入っていた。カイトも機首を上げて、リニアエアロスパイクエンジンを起動させる。
「エフ。スリー、加速する」
線形に燃焼室が配置された液体燃料ロケットエンジンは海抜0メートルであろうが真空中であろうがその推力を100%効率的に発揮する。ジェットエンジンなどで見られるベル型のノズルとは形状が大きく異なり、突起とその周辺の空間がノズルの役割を果たす。
成層圏へ到達するためスパイクエンジンを全開しにすると 劈くような轟音が放たれ、一気に機体が加速する。
急加速、急上昇により人間では到底耐えることのできない強烈なGが加わるが、ファントム化した彼らにとってそれは障害とならない。
急上昇が終わり、機体が水平に傾けられる。
澄み渡った青は遥か眼下にあり、どこまでも深く暗い黒が上空を埋め尽くす。
通常の戦闘機が飛行する巡航高度10,000フィートよりも遥か上の超高高度では地球の丸みさえも視認できてしまう。空を飛ぶというより、宇宙空間を飛んでいるに近い。
所定の高度まで上昇させたら、スパイクエンジンは最後の仕事に移る。
スパイクエンジンの出力を全開にして加速する。
音速の壁の更なる壁、熱の壁をぶち破り、遂には極超音速といわれるマッハ5の速度にまでに達する。
耐熱性強化タイタニウムで作られた機体は極超音速の衝撃と熱に耐えうる設計がなされている。
「加速シーケンス完了。目標高度、及び速度に到達。リニアエアロスパイクエンジン分離。メインエンジンに切り替える」
カイトが合図すると機体後方に取り付けられていた2基のスパイクエンジンが分離し、落下する。地表から高度70,000フィート、速度マッハ5に届けるまでがスパイクエンジンの役目だ。切り離されたスパイクエンジンは次第に小さくなり黑い点となって消えた。
スパイクエンジンの分離と同時に、機体中心に設けられた2発のエンジンが稼働。
エンジンの前段に取り付けられた鋭い円錐状のショックコーンとインレットの隙間を超高速気流が通過し、圧縮されることで爆発的な衝撃波を発生、推力を維持する。FA-X3の搭載するラムジェットエンジンはマッハ5の極超音速で稼働してこそ、その真価を発揮していた。
極超高速に達したアリス、ブリジットと合流し、ブリジットとカイトが前衛として並走、後方にアリスが構える逆三角の編成を組む。
「カイト、私の足引っ張んないでよね」
「ブリジットこそ、タイミングをズラさないでくれ」
お互い軽口で答える。
「エフ・ツー、エフ・ワン、そろそろファリスに追いつくぞ。注意しろ」
管制室からエリックの声が届く。
編隊を組んでいるという情報からか、エリックの声はいつにも増して緊張している様に聞こえた。
アラート音が鳴る。レーダーがファリスを捉えた。
アイカメラをズーム、前方にデルタ翼を携えたつるんとした流線形の機影が9つ、正確に等間隔で逆三角のエシュロンを編成している。
「ファリス9機を見つけた! マジで隊列組んでんじゃん。 エフ・ツー、エンゲージ!」
標的を発見したブリジットがスロットルを開けて脱兎の如くファリスの元へと向かう。
「タイミングを合わせろと言っただろ」
「あんたが私に合わせればいいのよ」
カイトの忠告を聞くつもりはないようだ。自分勝手なブリジットに呆れながらカイトも加速する。
「エフ・スリー、エンゲージ」
スロットルを開き加速してブリジットに追いつく。
両側面からの挟み撃ち。
大回りしてファリスの進路と90度直交する方角に機体を傾ける。
機体の両翼先端に取り付けられたスラスターを点火、旋回円の内外で出力を制御し、併せてラムジェットエンジンの可変ノズルを操作することで高速旋回を可能とした。
カイト、ブリジットが全く同じタイミングでファリスの側面を捉える。
「エフ・ツー、フォックス・スリー」
「エフ・スリー、フォックス・スリー」
FA-X3に搭載されたミサイルをそれぞれ2発、放つ。
発射と同時にブリジットは上昇、カイトは下降しお互いの飛行軌道をズラす。
2人が放った矢は一直線にファリス目掛けて直進していく。
固形燃料をブースターとするラムジェット方式の弾道ミサイルは極超高速に一瞬で到達し敵を貫く。
その加速性、速さ故に標的を直線上に置かなければならないという難点があるが、ブリジットとカイトの放った軌道は完璧なものだった。
「なっ!?」
ブリジットが驚愕の声を漏らす。
射出軌道、タイミング何ひとつミスはなかった。だがそれは今までのファリスであったら、の話だった。
放たれたミサイルを回避する術がないと悟るや否や両端のファリス2機がそれぞれ進行方向を90度変更した。
物理法則を無視したかの様な超急旋回。
そして、あろうことかミサイル目掛けて直進し、自らの機体を体当たりさせる。
轟音と共に爆発し、ミサイルとファリスの破片が空に散る。
直撃すれば9機を一網打尽にできたであろう4発のミサイルはたった2機の犠牲により防がれた。
「自機を犠牲にしたのか」
想定外の出来事にカイトも唖然としていた。ファリスが自己犠牲により他の機体を守ることなど見たことも聞いたこともない。
「エフ・ツー、追いかける!」
ブリジットの叫ぶ様な無線にカイトはハッとする。
呆けている場合ではない。アフターバーナーを点火させファリスに迫る。
するとファリスたちは先頭の1機だけを残し、左右に分かれると急旋回を始める。
カイトとブリジットは3機のファリスと対峙することとなった。
「こいつら、先頭のファリスだけ逃がす気だ」
孤立したファリスはスピードを緩めることなく、一直線の進路を飛行する。
カイトもブリジットも3機のファリスに阻まれ追撃することができずにいた。
「くそっ! こいつら」
カイトが3機を後ろから追い回す。
20mm機銃で牽制しながら喰らいつくが急上昇、急旋回をするファリスの複雑な軌道に振り落とされそうになる。いつでも後ろを取られかねない極限のドッグファイトに全感覚が研ぎ澄まされた。
カイトの計器からアラート音が発せられる。いつの間にか1機のファリスがカイトの後ろに回り込み、照準を合わせていた。
ファリスがミサイルを放つがチャフをばら撒きやり過ごし、追撃を許させないようスラスターで急降下する。
すぐさま機体を水平に戻して、先ほどまでカイトが追いかけていた2機のファリスが今度は後ろから迫るのを確認。
エアブレーキとスラスターの逆噴射により飛行速度を瞬時に減速させる。
極超高速からの逆噴射は10Gを越える重力加速度を生むが、実体のないファントム化したカイトはその制約に縛られることはない。機体がバラバラにならなければ構わなかった。
急減速したカイトをファリスたちは追い抜かしてしまう。今度はカイトがファリスの真後ろに付くかたちになり、形勢が逆転する。
距離を詰めて、20mm機銃により金属の雨を降らせる。黒の装甲に風穴を次々と開けていき、さらにスラスターで機体を左右に振って掃射範囲を広げる。
弾丸を撃ち尽くした時には目の前の2機のファリスは無数に穿たれ、地面へと墜落していった。
「エフ・スリー、ツーキル」
あと1機、カイトがそう思った時、上空で爆発音が鳴った。
「エフ・ツー、フォーキル!」
カイトが2機を相手している間にブリジットは既に4機のファリスを沈めていた。
ブリジットのしたり顔が脳裏に浮かぶ、が悠長にそんなことを考えている暇はなかった。
計8機を犠牲にして今もなお飛び続けるファリスがいる。
ファリスの位置を確認しようとした時、カイトとブリジットの間を凄まじい速度で飛ぶ、白の翼。
「エフ・ワン、エンゲージ。お姉ちゃん、いくよ」
アリスがカイトたちの速度を凌駕するマッハ6で最後のファリスに接近していく。
あれほど開いていたファリスとの距離の差はみるみるうちに縮まっていく。アリスの速度がファリスより遥かに速いのだ。
後ろを取られたファリスは振り切ろうと速度を上げるが、アリスはその間隔を空けさせない。
急上昇、急降下、急旋回。重力を無視した縦横無尽の軌道をファリスが描く。デタラメな軌道だがあれをやられるとカイトといえど喰らいつくことができない。人類の兵器とファリスには機動性という点で大きな隔たりがあった。
だがしかし、AF2のエース、アリス・ステラートはその壁を越える唯一の到達者だ。
無作為な軌道に翻弄されることなく、まるでダンスを踊るかのようにファリスの動きに完全についていく。
「ほんと、相変わらずどんな反射神経してんのよ」
常識はずれの操作技術にブリジットは呆れる様に称賛を送る。
極超高速で繰り広げられる空中格闘戦にカイトとブリジットが加勢する余地はなかった。
純白のエースが黒き飛翔体を追い詰め、ついに標準を定める。
ラムジェットエンジンにより推力を得たミサイルがファリスの胴体を貫いた。
「エフ・ワン、キル」
アリスの声が凛と響く。
「(あれが二座式のファントムの力)」
カイトは白く舞う超速の翼に思わず見惚れてしまう。同じFA-X3でもカイトやブリジットはアリスに格闘戦で勝てる気がしなかった。
その理由はアリスの操る純白の機体にある。
アリスの愛機は雪原のような白き機体から”スノーホワイト”の異名も持つ。そしてスノーホワイトの中には今、2人の亡霊が搭乗している。
1人はパイロットのアリス・ステラート。
もう1人は、アリスの実の姉、レオナ・ステラート。
しかし、戦闘を終えても姉のレオナがファントム化から帰還することはない。レオナの精神はスノーホワイトの中に転移されたままだ。
スノーホワイトに搭乗したアリスが従来のFA-X3の速度を凌駕し、極超高速の中でも縦横無尽の軌道に合わせた超反応ができる理由がここにある。
ファントム化により機体の操縦動作が不要となり、高速反応を可能とするがアリスはその世界の先にいる。
スノーホワイトに搭乗し、ファントム化したアリスの神経発火速度は常人の約2倍。これはレオナがアリスの神経スパイク発火を後押ししているせいだ。
水面で反対側から波と波を発生させると、ぶつかる瞬間に波が相手の波の分だけ増幅する重ね合わせの原理がある。
アリスの神経スパイク発火はレオナの神経スパイク発火と同調。スパイクの波が重ね合わせられることでその振幅が増幅され、常人には不可能な超反応を実現させている。
これはブリジットやカイト、他のパイロットたちができるような芸当ではない。
恐らく姉妹としての適合性によるもの、もしくは何か強力な意思がこの相乗効果をもたらしていると考えられている。
「3人ともよくやった。帰投してくれ。基地に着いたら早速、ブリーフィングを始める」
どこか安堵したエリックの声が無線から聞こえる。ファリス9機を食い止めたことにほっと胸を撫で下ろしているのだろう。
アリスを含め3機は大きくターンすると基地の方角へ飛んだ。
「アリス、助かった。アリスが迎撃しなければファリスを逃していたかもしれない」
「別に、私は後方で待機する作戦だったから。指示に従ったまで。礼には及ばない」
カイトが投げかけた感謝をアリスは淡々と事実を述べて返した。
「ちょっと! 私はカイトの分もファリスやっつけたんですけど。私にありがとうはないの?」
確かにカイトの撃ち漏らした1機を含め4機撃墜したブリジットの功績は大きかった。
「ああ。感謝している」
礼を要求するブリジットにカイトは苦笑した。18歳という最前線で闘うパイロットにしてはあまりにも若い。そのせいか、ブリジットは子どもっぽいところがあった。
「AF2! AF2! 前方500キロ先にエネルギー反応を検知。高速で飛翔体が接近中!」
突如、管制塔のオペレーターからの切迫した声が割り込んできた。
「3人とも! ファリスが単身で1機そっちに向かっている」
エリックが叫んだ。10機目のファリスの出現にカイトたちは身構える。
「たった1機なら何の問題もないでしょ」
ブリジットの呟きにカイトも同じ見解だったが、隊列を組む集団での襲撃から単騎で突っ込んできたことに違和感を感じた。
「何か違う。気をつけて」
アリスも違和感を感じ取ったのか忠告する。
緊張が高まり、遂にレーダーが高速で近付く1機の影を捉える。速度はマッハ6強。疾い。
カイトのアイカメラに前方から迫るファリスが黒い点になって映し出される。
極超高速で接近するファリスは突如、高度を上げカイトたちに機体の腹を見せる格好となった。
太陽を背に黒のシルエットが浮かび上がる。左右のデルタ翼を携え、ボディは気味の悪いほど滑らかな流線で形作られている。
ファリスはくるりと上空で宙返りするとカイトたちを追い越す。まるでこちらの様子を伺うかのような飛行。
カイトたちとすれ違う瞬間、単騎のファリスが鮮明に映し出される。
「……なによ、こいつ」
アイカメラの映像には、鏡面の如く輝く銀のファリスが映し出されていた。
管制室ではカイトたちがアイカメラに収めた映像がオンラインでモニターに表示されていた。
太陽の光を反射して輝く、銀のファリス。
「まさか、本当に実在したのか」
苦虫を噛み潰したようにエリックは表情を崩し、拳を震わせる。
隣の就任して間もないオペレーターが怪訝な顔を浮かべる。
「エリック中佐、このファリスは一体」
「特異飛翔体。通常のファリスとは異なる機体のことだ」
オペレーターの質問にエリックはモニターに視線を預けたまま答える。
「特異飛翔体は過去にも数例発見され、撃墜したものもある。だが、銀のファリスは最初に発見が報告されて以降、一度も出現したことがなかった。実在すら疑われていた個体だ」
「その、最初の発見というのはいつだったのですか?」
エリックの目が鋭く、険しさを増した。
「15年前の日本で、いや――世界で初めてファリスの襲撃があった日だ」
オペレーターは視線をエリックから目の前のモニターに移す。
3人の無事を祈らずにはいられなかった。
「こいつ! 疾すぎない!?」
銀のファリスとブリジットがドッグファイトを繰り広げていた。ブリジットは銀の機体の俊敏さに苦戦を強いられている。
目の前にいるファリスが急旋回してアイカメラの画角から外れた。
ブリジットが機体を傾けるが視界には映らない。
ファリスの行方を探そうとした瞬間、センサーがアラートを発する。
「ブリジット! 上っ!」
咄嗟にシャフをばら撒いてその場を離脱する。
撹乱されたミサイルは明後日の方向に飛んでいった。
間一髪、アリスの言葉がなかったらブリジットは今頃撃墜されていただろう。
銀のファリスがただのファリスではないことを思い知らされた。
今度はアリスが仕掛ける。
「お姉ちゃん、行くよ」
アリスの操縦する機体、スノーホワイトの中でアリスはレオナと一体となって機体を操る。
スラスターと可変ノズルを高速で操作し、縦横無尽な軌道で追い詰めようとするが、銀のファリスは速度を上げ、それを許させない。
その様子を見ながら、カイトはラムジェットミサイルを構えていた。
カイトの軌道上に銀のファリスが来た瞬間、最後のミサイルを撃ち出すつもりだ。
息を潜めてゆっくりとタイミングを計る。
アリスが急降下し、銀のファリスがそれに続いた。
カイトの軌道上に入ったアリスは機体を水平に起こし直線上に並ぶ。アリスはカイトが狙撃する形で待機していたのを察知していた。
銀のファリスはアリスに続いて同じく機体を水平に起こす。
これでカイト、銀のファリス、アリスの順で同一直線上に並んだ。
タイミングは完璧だった。
カイトが一条の矢の如くミサイルを放つ。
吸い寄せられる様にミサイルは銀のファリスの後方目掛けて飛んでいく。
銀の滑らかなボディを貫いたと思ったその時、ミサイルが銀の身体をすり抜けていった。
正確には、銀のファリスが急速に横にロールしたのだった。
「気付かれた!?」
目標を失ったミサイルは速度そのままに次はアリス目掛けて駆け抜けていく。
瞬時に緊急回避を試みるが左翼先端が穿たれ、三日月型の穴を開ける。アリスの超反応を持ってしてもラムジェットエンジンを搭載した高速弾を避けることはできなかった。
爆発こそしなかったものの、スノーホワイトの左側から煙が上がる。
降下して銀のファリスの攻撃範囲から離脱。機体は左側に傾きながらも何とか姿勢維持するのが精一杯だった。この状態ではアリスはもう闘うことはできない。
ミサイルを躱した銀のファリスは大きくターンし、機首をカイトの方に向ける。
気が付けばカイトのアイカメラ正面には白銀のノーズが大きく映し出されていた。
絶対に避けられない至近距離での対峙。
カイトに残っている攻撃手段はもうない。20mm機銃もラムジェットミサイルも撃ち尽くした。
――やられる。そう思った時、カイトの脳裏にひとつの映像が浮かび上がる。
暗く深い水の底からボコボコと迫り上がっていく感覚。無意識のうちに閉ざした記憶。
崩れ、燃え盛る建物。暗闇の中、月明かりに照らされた白銀の戦闘機。回転数を上げていくファリスのタービン。そして閃光。
(そうか、あの時、俺は一度……)
突如、カイトの精神安定性を示す波形が激しく乱れだした。
「カイト少尉の精神バイタルが急激に乱れています! このままでは精神が離散しかねません」
管制室ではAF2のパイロットたちの精神バイタルがオンラインで送信され、状態を常に確認できる。
モニターに映し出された入り乱れた波形を見てエリックは息を呑んだ。明らかにカイトの心理状態は異常を示している。
「カイト、お前はまさか……」
肉体と分離しているファントム状態での急激な精神の乱れは再構築された肉体へ精神のアップロード、すなわちパイロットの帰還に大きく影響を与える。
ファントム状態での自失は下手をすれば精神が離散しかねない。2度とパイロットが帰投できないという恐ろしい事態を引き起こす。だからこそAF2のメンバーは徹底的に精神を安定化させる訓練を受けている。ファリスとの空中格闘という死と隣り合わせの環境でも冷静でいるために。
にもかかわらずカイトがここまで精神を乱すのは、あの銀の機体がカイトに何か関係があるとしか考えられない。
今すぐカイトを帰投させなければ命にかかわる。しかし、銀のファリスを前に敵前逃亡を図るわけにもいかない。
「一体どうすれば」
八方塞がりの状態にエリックは顔を曇らせる。
「エリック中佐! 特異飛翔体に動きが!」
ハッと顔を上げるとカイトのアイカメラからファリスの姿が消えていた。
モニターを切り替え、無人偵察機の映像にすると急上昇してその場を去る銀影が映る。
「ファリスが我々を見逃したのか……」
偵察機でも観測できないほどの高さにまで飛翔を続け、そのままロストした。
人類を脅かす未知の飛翔体が人類を前に消え去ったのはあまりにも奇妙なできごとだった。
「ブリジット、聞こえるか? 銀のファリスが消えた。周囲にも反応はない。すぐ帰投してくれ」
取り乱したカイトと自分たちをみすみす逃した銀のファリスに唖然としていたブリジットはエリックの声で我に帰る。
「帰投って……そんなこと言っても、カイトはどうするの? アリスだって被弾してるんでしょ!?」
「私とお姉ちゃんなら心配はいりません。ハルバート基地までなら何とかもちます」
それを聞いたエリックの安堵する声が無線越しに聞こえる。
「よし。バリケードネットを待機させておく。必ず2人とも帰ってこい」
「了解。オートジャイロ起動。エフ・ワン、これより帰投する。……お姉ちゃん、帰ろう」
成層圏から30,000フィートの対流圏まで高度を落とすため、スノーホワイトが降下していく。
「それでカイトはどうするの? あいつに一体何があったの?」
アリスが撤退するのを見届けながら問いかける。カイトは今、不安定で危険な状態だ。
「ブリジットって言ったな。カイトは今すぐ強制転移させる。それが一番リスクの少ない選択だ」
無線を割って入った、見知らぬ男の声にブリジットが声を荒げる。
「ちょっと、あんた誰よ! 強制転移って、正気!? そんなことしてカイトは大丈夫なの?」
強制転移とはAF2の緊急脱出帰還システムであり、ファントム化したパイロットが何かしらの理由で自力で帰投できなかった場合、管制塔からの信号により強制的にファントム化を解除する緊急手段だ。
機体にアップロードされていた精神を転移装置である基地のポッドに遠隔で送信し、肉体を再構築する。
しかし、ブリジットの質問は最もだった。この脱出方法には大きな危険が伴う。
ひとつは遠隔による精神の転移で記憶や人格に何かしらの影響が出る可能性があること。
もうひとつは肉体への定着が不安定になるため、一定期間、培養槽で安静にしなければならない。
だが帰投できずカイトの精神が霧散、消えてなくなってしまうよりはずっと良い。
「エフ・スリー、カイト、聞こえるか。これからエフ・スリーの強制転移を始める」
……。カイトからの応答はなく、スピーカーは無言を貫く。
管制室から強制送還をコマンドをエフ・スリーに送ったようだ。カイトの制御から離れオートパイロットに切り替わり、カイトの機体がブリジットに並走する。
「エフ・ツー、帰投する。エフ・ツー、これよりエフ・スリーを連れて帰投する」
完全に無人となったエフ・スリーを導くようにブリジットはその前を飛んで基地を目指した。
基地にたどり着くまでの間、ブリジットは一言も発することはなかった。
もうもうと立ち込める煙と赤く炎で照らされる瓦礫の山々。満月の光は周囲の炎にかき消され、身を焦がすほどの熱風が周囲を覆う。
目の前には白銀と鋭利な円錐が鎮座している。
空気抵抗を極限まで低減させるため凹凸のない流線型、曇りひとつない鏡面が輝く。
そして、機体の腹部に位置するタービンのような構造をした発光体が高速で回転し始めた。
その回転を眺めていると吸い込まれそうな錯覚に陥る。
高周波の機械音がキイイイインと鼓膜を刺激する。
次の瞬間、眩い光に包まれた。
目が覚め、ガバッと身体をベッドから起こす。
暗闇に閉ざされた部屋。明かりのひとつすらない。
自分の荒れた息遣いだけが反響している。
うなされていたのか呼吸が苦しく肩で息をする。
気が付けば全身にぐっしょりと汗をかいていた。へばりつく下着や髪がより不快にさせる。
着ている下着の裾で額を拭きながら、口を濯ぎたくなって洗面台へと向かった。
蛇口を捻り、とめどなく流れ出る水を両手で掬い、口へと運ぶ。
ゴクゴクと一心不乱に喉に水を流し込む。喉が渇いていたのかと初めて気が付いた。最後に、口に含んだ水を洗面台へ吐き出す。
流水を止め、顔を上げると、思わず声をあげそうになり仰け反った。
自分の正面に見知らぬ男が呆けた顔をして立っていたからだ。
頬は痩せ、目の下ある黒く沈んだクマのせいでより陰鬱な印象を感じさせる。
(誰だ、この男は)
黒色の瞳は男を憐れむように見据えて微動だにしない。
(何故だ、何故、俺を見続ける。そんな目で俺を見るな)
ファリスに敗走した自分を責めているような気がしてならなかった。とにかく目の前の男の目が、顔が、気に入らない。自分自身の全てを否定しているような視線が耐え難かった。
目を背けようと顔を覆うため手を伸ばすと目の前の男も同じように顔に手を当てようとする。
自分の動きと目の前の男の動きが一寸の狂いなく同期していた。
(こいつは……この男は俺なのか!?)
問うまでもなく、当然の答えだった。なぜなら、さっきから男は洗面台に設置されている鏡に写った自分をずっと見ていたのだから。
「うわあああああ!」
男は叫びながら鏡に拳を叩きつける。
鏡は拳を起点に大きなヒビが入った。写っていた男の顔が上下にズレて歪む。
「俺は……俺は、一体誰なんだ」
崩れ落ちながら吐き出した問いかけは暗闇に吸い込まれ、誰も答えてはくれなかった。
白い無機質な壁とリノリウムの床。その空間を天井の照明が眩しいくらいに白く照らしている。
目の前に横たわる円柱型のポッドには仰々しいほどのケーブルやパイプの類が接続されていて、この装置の複雑さを体現していた。
ピッ、ピッと規則正しい電子音が絶え間なく鳴っている。ポッドの脇に浮き上がっているホログラムディスプレイにはPからUまでの波を示したグラフが繰り返し表示される。
それはポッドの中で眠っている人間が正常に鼓動を刻んでいる何よりの証拠だった。
「いつまで寝てんのよ。まったく」
正面のガラスを覗き込んだブリジットが不満げに呟いた。
「強制転移のせいで暫く昏睡状態になっているだけだ。再構築された身体と馴染めばじきに目を覚ますさ」
背後にいたエリックの説明に納得しているものの、実際にカイトが意識を取り戻すまでは気が気でならなかった。
「AF2のナンバーツーは、そんなにこの男が心配か? いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
左右に開いた治療室ドアから不躾なトーンが聞こえてきた。
白衣に両手を突っ込んだ初老の男がツカツカと歩み寄る。
顔に刻まれたシワは深く、白髪だがその出で立ちや姿勢、そして金色の野心に満ちた鋭い眼光が老いを感じさせなかった。
「あんたね! 無線でカイトに強制転移を命じたのは!」
銀のファリスとの帰投の際、割り込んできた声の主にブリジットは怒りをぶつけた。
ブリジットの怒号に白衣の男は眉ひとつ動かさない。
「待つんだ、ブリジット」
今にも掴みかからんとする勢いに、エリックは2人の間に割って入る。
「カイトの強制転移という判断は正しい。あのままファントム化した状態で飛行を続けていたら確実に精神が離散、もしくは機体が墜落していた。お前さんだって見たはずだ。あのでたらめなカイトの精神バイタルを」
射貫くような目と男の言葉にブリジットはたじろぎ、画面いっぱいに乱れたカイトの波形が脳裏にフラッシュバックした。確かにあの精神状態では最悪の結果を招いていたかもしれない。
男の発言にブリジットは頭をガツンと殴られた気分だった。
「まあ強制転移だって無事に帰って来れる保証はないからな。それでも、やらないで死なせるよりはマシだ」
ブリジットがエリックの方に視線を移す。そもそも、いきなり治療室にやって来た白衣の男が誰なのか説明するよう目線で促す。
「っと、紹介がまだだった。こちらはノーマン・エッジワース博士だ」
エリックに説明されたものの、ブリジットは怪訝な表情を浮かべる。
「それで、一体そのノーマン博士が何のご用なのでしょうか?」
不躾な男の態度にブリジットの腹の虫は収まっていない。少しばかり嫌味な聞き方をする。
「こっちだってわざわざラボから来たくなかったよ。だが、特異飛翔体が出現してそうも言ってられなくなった。あの銀色と闘う方法を考えなくちゃならねえ」
この男が銀色のファリスに対抗するべくハルバート基地へやって来たのは理解したが、肝心のこの男に何ができるのか? それがブリジットの疑問だった。まさか医者、ではないだろう。
「言っておくけど俺は医者じゃねえぞ。俺はこのハルバート基地のAF2特殊戦闘機開発責任者であり、精神離殻転移の開発者だ。つまり、お前らの亡霊の生みの親ってことだ」
ノーマンは得意げに親指を自分の顔に向かってグッと立てた。
ブリジットたちはカイトが眠る治療室からブリーフィングルームに移動していた。
コの字状に並べられた長机と椅子、ホワイトボードが設置されているだけの簡素な部屋だ。
先ほどの3人に加え、アリスが行儀よく座っている。
白銀の髪やまつげが部屋の明かりで照らされ、その輝きが彼女の美しさをより際立たせていた。
「アリス、久しぶりだな。スノーホワイトが無事でよかった。レオナは元気か?」
「お久しぶりです博士。ええ、お姉ちゃんにケガは無かったので、元気ですよ」
どうやらノーマンはアリスと面識があるらしい。アリスはスッと立ち上がりノーマンにそう答えた。
「よし、全員いるな。実はノーマン博士からあの銀のファリスとカイトについて話がある」
エリックの言葉にブリジットとアリスは真剣な面持ちになった。
ノーマンが口を開く。
「先日のあの銀色についてだが、あれは15年前に一度、日本で目撃された特異飛翔体である可能性が高い」
「15年前!? それって、ファリスが現れ始めた頃じゃない」
あの銀のファリスがそれほど前に目撃されていたことも、ファリスに別種がいるという事実があったにもかかわらず、それが公になっていないこともブリジットには驚きだった。
「15年間ずっと再出現の情報がなかったからな。あの銀色を知っているのは対ファリス空軍でも、ごく一部の人間だけだ」
「しかし、今になって何故あの銀のファリスが?」
エリックの質問にノーマンは顔をシワを歪ませて、頭を掻く。
「……わからん。だが今まで単独行動や無作為な襲撃から、エシュロンの隊列を組んで戦闘のリーダー機を守ろうとしたりとファリスの中で何か変化が起き始めていることは確かだ。銀色の再来もそれに影響しているのかもしれん」
ノーマンの言う通り、銀のファリスを抜きにしても先日のファリス達の動きは明らかに今までと異なっていた。ファリスに知性と呼べるものが無い前提で考えていたが、もしそうではないのだとしたら人類侵略への戦略を変えてきても不思議ではない。
「ノーマン博士、銀のファリスが過去、地球に襲来していたことはわかりました。そしてあれは、私とお姉ちゃん、ブリジットでも倒せなかった。でも今、博士から聞きたいのはカイトのことについてです」
アリスがノーマンに詰め寄る。
そう、話の本題は銀のファリスが過去に襲来していたことではない。
「ああ。話が逸れたな」
ふう、と息をつきノーマンは足を組み換えた。
「さっき銀色が目撃されたのが日本と言っただろ。その時、あの銀色に接触した人間がいる。つまりファリスと人類史上最初にコンタクトした人間だ」
ブリジットはノーマンの言わんとしていることを察し、目を見開く。
「まさか……」
「そのまさかだ。カイトはファリス襲撃の最初の被害者であり、銀色と接触した唯一の人間だ」
張り詰めたように室内が静まる。アリスも蒼い瞳が揺れていた。
「そして恐らく、その接触で相当な死の恐怖を味わったはずだ。15年前、襲撃された町の監視カメラの記録映像からは、銀色が腹に抱えている武器でカイトを攻撃しようとしたようだが、急にやめて飛び去ったそうだ。倒れていたカイトは病院で目を覚ましたが、ショック状態のせいかファリスと遭遇した記憶が完全に抜け落ちていた。脳が自己防衛のために記憶を無意識に封じ込めることにしたんだろう」
「そのトラウマが、あの銀色のファリスに再会したことで蘇ったってこと」
ブリジットの言葉にノーマンが頷き、険しい表情を浮かべる。
「PTSDの発症だけなら今の時代、メンタルケアと投薬である程度どうにかなる。問題はファントム化だ。ブリジット、カイトが何でファントム化から帰還できるか知っているか?」
突然の質問にブリジットは虚を突かれた顔をする。思い返してみればカイトの過去を何も知らなかった。AF2のメンバーとして死線をくぐり抜けてきたが、そこまでカイトの内側に踏み込んだことはない。
「そういえば全然知らないわね。アリスは知ってる?」
「いや、私も知らない」
変わり者集団であるAF2ではファリスを迎撃するという、ただひとつの目的で成り立っているため、パイロット同士の身の内をあけすけに話す者はそういない。ブリジットはともかく、カイトは顕著に無口なタイプだった。
「カイトからは話さんわな。カイトが戻って来れる理由、それはカイトの自己認識が喪失しているからだ。つまり、自分を自分として認識していない。そのおかげでカイトは帰還できる」
ブリジットがぽかんと口を開け、アリスは息を呑む。
「……なによそれ。自分と他人の区別がつかないってこと?」
ノーマンはドカリと椅子の背もたれに身体を預ける。
「そもそも一度身体の中で定着した精神を無理やりひっぺ剥がして、新しい身体の中に戻すなんてのはどだい、無茶な話なんだ。……開発した俺が言うのもあれだが」
精神離殻転移、すなわちブリジットたちの呼称でいうファントム化自体はどんな人間であれ基本的に可能だ。肉体という殻を分解して中身である精神をFA-X3にアップロードするだけでよい。
しかし、アップロードした精神を再構築された新しい殻に戻すというのは、いくら再構築といえど、小瓶に詰めた砂を地面に撒いてもう一度小瓶に詰めるようなものだ。それほどまでに難易度が高く、リスクを伴う。
だからこそファントム化には適性があり、今の技術を以てしてもAF2のパイロットは希少なのだ。
そしてファントム化から帰還するのには確固たる意志が必要になる。
肉体を失っても自らを原点の座標として見失わず、再構築される肉体と自身の原点を一致させるほどの意思がなければ精神は二度と殻に戻らず離散してしまう。
ブリジットにも、そしてアリスにも帰還できるだけの強い意思と覚悟がある。
「お前ら2人は精神に常に原点座標を持っているから毎回、無事帰って来れる。だがカイトは違う。あいつは自分という概念がないんだ。自分が他人に見えている人間にとっては、自分の身体だろうが極超音速の戦闘機だろうが、再構築された肉体だろうが関係ない。肉体の境界が無いせいでどんな殻にも定着できちまう」
カイトにそんな性質があったなんて想像だにしなかった。原点を持たないが故に身体に精神を再帰できるとは目から鱗のような話だ。
「だが、それも15年前を思い出すまでの話だ。カイトの自己認識喪失はあの銀色に遭遇した時、記憶を無意識的に閉じ込めたことにより生じた症状だろう。過去のトラウマが蘇った今、カイトの自己認識は変質している」
ノーマンがアリスの方を仰ぎ見る。
「アリス、『テセウスの船』って聞いたことあるか?」
「詳しくは知りませんが確か、ある物体において、それを構成する要素が全て置き換えられた時、過去のそれと現在のそれは『同じそれ』だと言えるのか否か、という思考実験ですよね。……まさに肉体を再構築する私たちAF2のことを指したような話です」
アリスが辞書を読む様にすらすら答えたことに感心する。
「流石、よく知ってるな。つまりカイトの自己認識はテセウスのパラドックスに囚われた状態になっている。境界がないのではなく自己が限りなく懐疑的なんだ」
説明していたノーマンがひとつ声のトーンを落とした。
「おそらくカイトはもう、ファントム化できない」
ノーマンの予想は恐ろしいほどまでに的中していた。
「精神バイタル、スレショルドオーバー。精神離殻転移不可。搭乗できません。精神バイタル、スレショルドオーバー。精s……」
バッサリと切り捨てるような無感情のアラートが何度も繰り返される。
ポッドカバーを勢いよく開けてカイトは上体を起こした。
乱れた荒い呼吸と大量に全身から噴き出てくる汗。目の焦点はなかなか定まらず、頭の中にポッドが発する警告音が反響している。
カイトの精神バイタルはあの日を境に一変してしまっていた。
「大丈夫か! カイト!」
ポッドから這い出ようとしているカイトにエリックが肩を貸した。待機していた医療スタッフたちも心配そうにしている。
「エリック、どうやら俺はもうファントムにはなれないらしい」
ガックリと項垂れるカイトをエリックは支えながら医療スタッフが用意していた車椅子にカイトを座らせた。
「やっぱりこうなっちまったか」
医療スタッフを押しのけて白衣に両手を突っ込んだノーマンがカイトを見下ろす。
カイトの強引な申し出により精神離殻転移を試みた結果だった。転移システムには精神バイタルから離殻可能か判断する制御がプログラムされている。帰還できないにもかかわらず離殻転移されるという心配はなかったため、ノーマンやエリックも渋々承諾した。
「カイト、まずは休むんだ。君、彼を自室まで運んでくれ」
医療スタッフの一人にカイトを連れていくようエリックが指示する。
カイトの表情は悲壮感に覆われ、虚ろな目を彷徨わせていた。
ドアを抜け、次第に小さくなっていくカイトの後ろ姿をブリジットとアリスは黙って見ていることしかできなかった。
自室に運ばれたカイトは転がるようにしてベッドに横になる。
「カイト少尉、何かありましたら部屋の内線でいつでも呼んでください。では失礼します」
スタッフが車椅子を畳んで部屋の隅に立てかけてくれた。声を出す気にもなれず、片手を挙げて礼を述べる。
扉が閉まると、空調の音すら聞こえない無音が部屋を包んだ。
コンクリートで固められた天井をぼんやりと眺めていると、暗闇に吸い込まれて落ちそうな感覚になる。
突如、耳元でキイイイインという高周波の回転音が鳴り響いた。
視界は先ほどまで見ていた暗闇ではなく、銀色に覆われる。
ガバッっとシーツを顔に被せ、フラッシュバックする光景と音を掻き消そうとうずくまった。
暫く、じっとしていると再び静寂が戻った。
ベッドから這い出て、覚束ない足取りでゆっくりと立ち上がる。テーブルの上に置いてあった精神安定剤をボトルから取り出すと、錠数も数えないまま適当に口へと放り込む。
洗面台の蛇口を捻って流水に口をつけて、錠剤を流し込んだ。
顔を上げると割れた鏡の中に、男がいた。
やつれた黒髪の青年はカイト自身だった。だが、目の前の彼が自分であるという実感がカイトにはどうしても湧かない。鏡の中の男はただ自分を見つめている。
閉ざされていた記憶の蓋が強引にこじ開けられ、カイトは思い出していた。
15年前、当時10歳だった時にカイトは全てを失った。両親も故郷もそして、自分自身も。
突然、住宅地に飛来したファリス。45,000フィートからの自由落下による衝撃があらゆる物と人を破壊した。
瓦礫と炎に囲まれ、刀で全身を突き刺されたような痛みの中、あの銀色の機体が目の前に現れた。
機体の腹に取り付けられた回転体から閃光が走った時、自分は一度死んだんだ。
少なくともそれまでの自分とそれからの自分は全く別の人間として生きている。
病院で目を覚まして以降、自分と他人の違いがわからなかった。いや、正確には全てが他人に見えていた。まるで神の視点を持ったかのように。常に後頭部の斜め上から、カイト・キノシタという人間を俯瞰して眺めている感覚だった。
だが今は、鏡の中で突っ立ている自分なのか他人なのかよくわからない男と正面で対峙している。自身の後頭部が見えることはない。
他人としての視点が失われ、そして自分自身も失ってしまった。何者でもない空っぽの殻。それが今の自分だった。
亡霊になれない、ただ彷徨うだけの空虚な殻では本当にただの亡霊だ。
除隊してこの場を立ち去るという選択肢がふと脳裏をよぎった時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「カイト、いる?入るわよ」
部屋のロックをかけ忘れていたいたため、カイトの返事を待たずドアが横にスライドする。
廊下の照明に照らされ、金髪のボブがキラキラと光る。両手を腰に当てて仁王立ちするブリジットの姿があった。
カイトの自室にもかかわらずズカズカと足を踏み入れる。
「相変わらず辛気臭い部屋ね。何にもないじゃない」
悪びれる様子もなく思ったことをはっきりと口にして、部屋を見回す。
ひび割れた鏡を一瞥して、しゃがみ込むと俯いたカイトを覗き込む。
宝石のような琥珀色の瞳に捉えられ、見透かされているような気がしてドキリとする。
「別に寝てなきゃいけないってわけじゃないんでしょ? だったらちょっとだけ付き合ってよ」
「あっ……おい」
ブリジットはそう言って、またも返事を待たずカイトを車椅子に乗せて連れ出してしまった。
車椅子を押してブリジットがやって来たのはAF2の愛機であるFA-X3達が格納されている第3格納庫だった。
格納庫に人気はなく、メンテナンスを終えた3機が格納庫の壁面を背に一列に並んでいた。ファントム化して登場するFA-X3にはコックピットが必要ないため先端はすべて耐熱性強化タイタニウムで構成された装甲に覆われている。
起伏のない円錐のノーズを見上げながら、ブリジットが車椅子を押して2番機の着陸脚の傍までたどり着く。
「あんたの昔あったこと、ノーマンって偉そうな博士から聞いたよ。どうしてあの時、闘えなくなったかとか、どうしてファントム化ができなくなったのかとか」
カイトが振り返るとブリジットは申し訳なさそうな顔をして苦笑いを浮かべていた。
「別に隠すようなことじゃない。ただ、聞かれなかったから話さなかっただけだ」
「まあ、わざわざ自分から話はしないよね。私も話してないし、アリスは……ちょっと特別だから知ってるかもしれないけど」
ブリジットが機体後方のスパイクエンジンを愛でるように撫でながら話を続ける。
「私がAF2を志願したのは15歳の時でね。最年少だったよ。どうしてもAF2でファリスと闘いたかった」
ブリジットは各基地におけるAF2の中でも天才と言われたパイロットのひとりだった。最年少でファントム化に成功し、実戦投入された少女。3年前、カイトがこのハルバート基地に来て間もない頃、AF2の候補生でアリスに次ぐ才能と技量の持ち主がいると風の噂になっていたほどだ。
自己認識が喪失していたカイトにとってAF2で闘う理由があることなんて考えたこともなかった。だが今では何故、精神離殻転移というリスクを冒してまでファリスと闘うことを望んだのか、カイトは気になった。
そしてそれをブリジットは伝えようとしてくれている。
「私ね、弟がいたんだ。病気で小さい頃からずっと入院してばっかりだったけど」
スパイクエンジンを覆う装甲にコツンと頭を預ける。ブリジットの目は寂しそうにどこか遠くを見ていた。
「あー! またニンジン残してる。好き嫌いしてちゃ治らないよ」
白い皿の上には、ぽつんと2つの橙色が手つかずで放置されていた。
ベッドで上半身を起こしている皿の前の少年はばつの悪そうに注意した姉の視線から顔を背けている。
逃がすまいと弟の顔をブリジットが覗き込むと、後ろでひとつに束ねた金の長髪が揺れる。
「だって……マズいんだもん」
顔を上げて弟は反論を試みるが、姉の責める視線に耐えられず視線を下に落としてしまう。
呆れたブリジットはため息を吐くと、皿の上に置いてあったフォークを取り上げニンジンをひとつブスリと突き刺す。
そしてそのまま、ぽんと口に放り込むと咀嚼して飲み込んだ。ニンジンの甘味が口に広がる。
「はい。お姉ちゃんがひとつ食べてあげたんだから、あんたもひとつ頑張んなさい」
フォークの柄をニンジン嫌いの弟の前に差し出す。
弟はブリジットの行動に呆気に取られていたが、覚悟を決めて勢いよくフォークで突き刺すと目を瞑って口に入れる。
わなわなと震えながらゴクリとそのまま嚥下してニンジンを飲み込んだ。
おえーっとマズそうに舌を出す。
「なんだ、やればできるじゃない」
短い金色の癖毛をわしゃわしゃと撫でてブリジットが笑う。
「こんなに簡単にニンジン食べれちゃうなんてさ、やっぱりお姉ちゃんは強いね」
それにつられて弟、ニコル・ドールも白い歯を見せて大きく笑った。
「そうだよ。お姉ちゃんは強いんだから」
得意げにブリジットは胸を張って答える。
どんな時でもニコルの自慢の強い姉でいよう。それがブリジットにとっての原動力だった。
だがその一方でニコルの容態は日に日に悪くなるばかりだった。
先天的な疾患により、そう長くは生きられないと医者から宣告されていた。医者の診断は正確で、宣告の通り年月を重ねるほどニコルがベッドに横たわる時間は長くなった。
ニコルが10歳、ブリジットが13歳の誕生日を迎える頃にはニコルと言葉を交わせる日がほとんどなくなっていた。
ある時、ニコルが目を覚ましてブリジットに呼びかけたことがあった。
「……お姉ちゃん」
呼吸が安定しないせいか酸素マスクから苦しそうな息遣いが聞こえる。
「どうしたの? ニコル。気分でも悪い?」
ニコルはゆっくりと首を横に振る。
どうやらブリジットに伝えたいことがあるようだった。
「お姉ちゃんはさ、僕よりとっても強いからさ。僕はもう死んじゃうかもしれないから、お姉ちゃんがママとパパを守ってね。僕は天国でお姉ちゃんのことずっとずっと応援してるから」
ニコルの言葉に、ブリジットは咄嗟に返事ができなかった。
「……なに弱気なこと言ってるのよ。早く身体治して、行きたかった学校行って、夏休みは海で泳ぐんでしょ? 死ぬなんて縁起でもないこと言わないでよ」
動揺を見せないように大げさに振る舞い、ニコルを必死に励ます。
だが薄く透き通るような琥珀色のニコルの瞳はブリジットの心を見透かした。
ブリジットの両目から涙が溢れ、零れ落ちる。
10歳にしては小さく、か細い左手をブリジットは優しく両手で包み込む。
「当たり前じゃない。お姉ちゃんは強いから、ママもパパもニコルだって守るよ。それだけじゃない。ここのお医者さんも隣の患者さんも、みんなみんなお姉ちゃんが守ってあげる。だからニコル、ニコルも絶対生きるのを諦めないで」
ニコルはブリジットの言葉に満足するように微笑んだ。
たった一人の弟と誓った約束だった。
――そして数日後、ファリスがブリジットの住む街に墜落した。
街の唯一の病院は跡形もなく消し飛び、わずかに瓦礫が残っているだけだった。
墜落したファリスは自己融解するため、破片のひとつも残らず風化してしまう。
何もかも無くなった焼け跡の前でブリジットは余命すら全うできなかった弟のために、ありったけの声で叫んだ。
「ぜったい! ぜったい、お姉ちゃんがみんなを守るから! お姉ちゃんはもっと強くなって、必ずみんなを守るから!!」
果たせなかった誓いを胸に刻み、涙を拭く。弟が願った強い姉でいるため、ブリジットはもう泣かないことを決めた。
そして、15歳という最年少の若さでファリスに地球上唯一対抗できる航空隊AF2の一員にまで登り詰めた。
「だから、私はニコルにとって一番強い姉でいなくちゃいけないの。ファリスを倒してみんなを守る。ニコルとのその約束だけで私は何度だって戻って来れる」
胸の前で拳を握るブリジットの琥珀色の瞳は覚悟を決めた焔の目をしていた。
「……っと。なんだか自分語りで恥ずかしいな。でもカイト、あんたには私が闘う理由を知って欲しかった。連れ出しちゃって悪かったね」
カイトが何も言えずにいるとブリジットの方から口を開いた。
最年少でAF2に入隊し、歴の長いカイトを抜いてハルバート基地のナンバーツーにまで至る理由に納得ができた。
「ありがとう。ブリジットは今も強いパイロットだ」
カイトの言葉に照れたのかそっぽを向いてしまった。
「当たり前でしょ! ブリジット・ドールは最強のパイロットよ。……アリスの次にだけど」
最後の言葉にカイトは思わず笑った。
「そりゃそうよ! あんな二人で翔んでるのなんて反則でしょ!?」
不満を漏らしながらカイトを押して格納庫を後にした。
ブリジットなりの励ましにカイトは胸の奥底が熱くなるのを感じた。
ハルバート基地におけるAF2のメンバー三人の責任者であり指揮、監督を任されているエリック・ロックナー中佐は手に持っていたマグカップを落としそうになり、慌てて両手で掴みなおした。
8分目まで注がれたコーヒーが波打ち、エリックの胸元に50セントサイズのシミを作る。
「えっと……アリス、すまないがもう一度言ってくれないか?」
眼前にはAF2最高戦力にして地球上で唯一、二座式の改良型FA-X3通称スノーホワイトを操るパイロット、アリス・ステラートが凛と起立している。
「FA-XTにカイト・キノシタ少尉を同乗させて飛行訓練を行わさせて下さい。と言いました」
お手本のような明瞭な発音でもう一度アリスが繰り返し、胸に抱えていたタブレットをエリックに差し出す。承認欄へエリックのサインを要望した。
別にエリックはアリスの発言を聞き取れなかったわけではない。ただあまりにも突拍子もない要望に意味が理解できなかった。
アリスが冗談を言うタイプではないのはエリックもよくわかっている。深く澄んだ青色の目はいつになく真剣だ。
アリスの要望しているFA-XTはFA-X3の練習機であり、45,000フィートまでを基本飛行高度としている。
AF2ではない対ファントム部隊、つまりファントム化して搭乗しないパイロットたちは実戦用に武装したFA-XTを使用している。アリスたちが闘う超高高度からファリスが降りてきた場合、彼らの出番となる。
「確かにFA-XTは手動操縦が可能だからファントム化しなくとも乗れるが、ドクターの許可がなければ」
アリスの意図は理解したものの、精神バイタルが安定していないカイトを乗せていいものか考えあぐねいていた。
「いいじゃねえかよ。あいつなら大丈夫だ。それにアリスの操縦ならAIの自動操縦より負荷が少ねえ。精神的にも身体的にも心配する要素なんてねえよ」
エリックの横でやり取りを聞いていたノーマンが割って入る。
「ノーマン博士、しかし……」
エリックの眉毛がハの字になり、困った表情を浮かべた。
「戦闘機乗りには戦闘機の中でしか語り合えねえことだってあるはずだ。それにカイトは確実に前を進もうとしている。監督役のあんたやカイトをファントム化させた俺が信じてやれなくてどうするんだ」
ノーマンの発言にエリックはハッとする。カイトを失うリスクを恐れるあまり随分と思考が後ろ向きになっていたことに気付かされた。
アリスからタブレットを受け取り、承認欄にエリックのサインを入れる。
「わかった。FA- XTの使用およびカイト少尉の同乗を許可する。ただしカイトにはバイタルモニタリングのデバイスを着用させて飛ぶことが条件だ」
そう言ってタブレットをアリスに返した。
「イエス、サー」
アリスはエリックに敬礼してその場を去っていった。
「ふん。良い仲間を持ったじゃねえか」
淡蒼の髪が揺れる後ろ姿を目で追いながらノーマンは口角を上げた。
「ハルバート・フィールド、エフ・ティー・ワン、レディ・フォー・ディパーチャー」
FA-XTでの手動操縦訓練は経験してきたカイトだったが二座式の後席に搭乗したのは初めてだった。そしてその前席がアリス・ステラートなのだから不思議な感覚だった。
「ランウェイ3、エフ・ティー・ワン、クリアー・フォー・テイクオフ・レディ?」
前席からアリスが振り返る。飛ぶ準備はできたかと聞いているようだったので、カイトは親指をグッと立ててハンドサインで返す。
「クリアード・フォー・テイクオフ」
滑走路を駆け、FA-XTが空へと飛翔する。
ファントム化をしておらず、後席に座っているせいか出撃しようとした時のような精神の乱れは全くなかった。まるでプライベートジェットで旅先に向かうように落ち着いている。
そして、アリスの操縦技量の高さに感嘆していた。後席に座っているからこそ初めて気がついたのだが、上昇の際の振動や急加速によるG衝撃を全く感じさせない。精密機械のような正確さとミリ単位の微調整がそれを可能にしていた。
あっという間に高度30,000フィートに達する。
ファリスと闘う70,000では空を抜けたほぼ宇宙空間のような黒の世界だが、この高さでは蒼天が一面に広がり美しさに見惚れてしまった。
「乗り心地はどう?」
突然、Gスーツに内蔵されたインナーマイクからおずおずとしたアリスの声が聞こえる。
「最高だ。手動操縦でこんなに負荷の少ないフライトは初めてだ」
お世辞なしに率直な感想を送る。
「私はブリジットみたいに言葉で伝えられる自信がないから。こうして翔んでいれば少しは話しやすくなると思って」
マイクから聞こえてくるアリスの声は少しばかり緊張しているようだった。戦闘時の氷のように冷徹なアリスの一面しか知らなかったカイトは意外さに驚いていた。
「私の機体のことは知ってるよね」
AF2のエースパイロットは訥々と語り始めた。
離陸を見届けた二人は管制室でカイトの精神バイタルを確認していた。
「ほら、何も問題ねえ。俺たちロートルは安心して若者の帰りを待ってやればいいんだよ。俺は銀色について解析作業がまだ残ってるから戻るぞ」
ノーマンは安定した精神バイタルの表示に興味がなくなったのか、踵を返して管制室を出て行こうとした。
「博士、聞きたいことがあります」
しかめっ面でノーマンが振り返る。
「アリスの機体、スノーホワイトを開発したのもノーマン博士ですか?」
「ん? ああ、そうだ。二座式のファントム化を実戦投入できるようにしたのは俺だ」
ノーマンがめんどくさそうに首を掻きながら答える。
エリックはずっと気掛かりだったことを尋ねた。
「今でこそアリスはファリスの対抗手段として我々の切り札となっていますが、二座式のFA-X3は当時反対意見が多かったと聞いています。あらゆる反対を押し切ってアリスをいや、レオナ・ステラートをあの機体に載せたのには何か理由があったのではないですか?」
ノーマンは目を見開らいて、首を掻く手を止めた。
両手を大きく挙げバンザイの形を取る。
「わかった、わかった。そんな突っかかられちゃ仕方ねえ」
ズカズカと歩き、エリックの隣にあった椅子を引いて乱暴に座る。
「二座式のFA-X3なんざ最初、開発する気なんてなかった。それよりファントムの帰還率を上げる方がよっぽど大事だったからな。だが5年前、AF2の候補生8人がファリスに全滅させられる事件が起きた」
エリックもそれについては聞いたことがあった。一日で未来ある若きパイロットたちの命が奪われた。確か襲撃されたのはカートランド空軍基地だったはず、と心の中で呟く。
「ツイてなかった。練習機のFA-XTで飛行訓練を行なってる時にファリス数機と出くわした。当時はファリスの出現を検知する索敵レーダーの性能もよくなかったからな。気が付いた時には超高速のファリスに蹂躙されて、全滅してたそうだ」
エリックはノーマンの話を固唾を呑んで聞いている。音速の6倍もの速さで飛行できる異星の脅威から、練習機が対抗できるわけがない。一方的に破壊される候補生たちを想像すると胸が張り裂けそうだった。
「全員20とかそれぐらいの若いパイロットたちだったよ。そのファリスと遭遇した8人のパイロットのうちの1人がレオナ・ステラートだった」
ノーマンは苦い顔をして天井を仰ぎ見る。
「レオナだけが唯一自力で基地まで帰ってきた。だが着いた頃にはレオナはもう、手の施しようがない程の致命傷だった」
「では、レオナはどうして」
エリックの質問にノーマンは目を見開きギョロリと金色の目を向けた。
「死の直前にレオナが願ったんだ。俺に今すぐファントム化してくれってな。そうすればまだ翔べると。使命を果たせないまま死ぬわけにはいかない、って俺に縋りついてきた。あの時のレオナの目は心底ビビったよ。真に覚悟を決めた人間は躊躇がない」
「そんな、バカな……」
エリックが唖然とする。死ぬ前にファントム化するということは帰る肉体が無いということだ。ファントム化に成功したとしても精神が安定しなければ離散。そして、運良く機体に定着できたとしても永遠に機械の中に閉じ込められることになる。
それを自ら望むレオナの執念に恐ろしさを覚える。
「瀕死のレオナを運んで、俺はファントム化させた。ファントム後の精神バイタルは怖いくらい安定していたよ。だが、本当に驚いたのはそこからだ」
「アリス・ステラートですね」
ノーマンは頷いた。
「飛行訓練に出ていなかった候補生の中にアリス・ステラートがいたんだ。姉のレオナが死ぬ直前にファントム化したとどこかで聞きつけたらしい。レオナがファントムとして搭乗している機体に乗せろと言われたよ。だが一候補生の頼みを聞いてやるほど俺も暇じゃない。だから条件を出した。カートランド基地でAF2のトップになったら上と掛け合ってやると」
「それで、アリスはエースパイロットに?」
ノーマンが無言で3本の指をエリックに突き出す。エリックは意味がわからず頭をひねる。
「3ヶ月。たった3ヶ月でアリスはアメリカで2番目にでかいカートランド基地のエースになった」
ファリスを倒すという使命を帯びたレオナの執念にも驚嘆したが、アリスの執念もまた並外れたものだった。
「それから、急ピッチで二座式のFA-X3を開発して、実戦投入にまで漕ぎ着けた。重ね合わせによる反応速度のシナジーが偶発的であれ発見されたのも実践を早める後押しになった。アリスが死んだレオナと出会えるのはスノーホワイトに乗っている時だけだ。アリスはな、亡霊になった姉に会うために自ら亡霊になることを選んだパイロットだ」
アリスが帰還できる理由、命懸けでファントムと闘い続ける理由は妹として、とても純粋無垢なものだった。そして純粋が故に強い。
「アリスがファントムと闘うことに固執させちまったのは二座式を開発した俺にも原因がある。あいつはきっとファリスが出続ける限り、死ぬまで闘うことをやめないだろうよ」
エリックが手にしていたマグカップに視線を落とす。黒い液体が波打ち、波紋を作っていた。
「だから私はお姉ちゃんに会うために何度だって亡霊になって闘う。それだけがお姉ちゃんと繋がれる方法だから」
カイトはアリスの話を無言で聞いていた。視線を横にすればキャノピーから雲海の絨毯とどこまでも続く深い蒼が見える。
ファントム化により戦闘機と一体になって空を翔ける時、地球上のどこまでも翔んでいける気がしたことをカイトは思い出していた。
アリスも姉のレオナと翔ぶ時、そんなことを感じるのだろうか。
「後悔はしていないのか?」
アリスが右手で操縦桿を倒すと機体が傾き、ゆっくりと大きな弧を描く。
「してない。お姉ちゃんが死ぬ間際にファントム化を望んだこと、私が候補生として生き残っていたこと、ノーマン博士が二座式の戦闘機を作ってくれたこと。全部が重なって今がある。私はお姉ちゃんと翔ぶことを後悔したことはない」
自信に満ちた声だった。AF2創設以来最強と謳われた氷の女王は気高く、そして透き通っていた。
旋回を終え、機体は格納庫の方向目指して飛び始めた。
「私もブリジットもカイトがまた翔べるって信じてる。……帰ろうか」
アリスの言葉をカイトは反芻していた。
「アリス、ありがとう」
アリスが返事をすることはなかったが僅かに機体が乱れるのを感じた。
ブリジットもアリスも自分の翔ぶ理由をカイトに明かしてくれた。
決して曝け出したい過去ではない。2人にとってあまりにも辛い記憶だ。
哀れみや同情ではなく、もう一度共に翔ぶ仲間として2人は手を伸ばしてくれた。
込み上げる胸の奥の熱はまだ冷めることなく燻っている。
だが、カイトの正面には今もなお、見知らぬ男が立っている。
「どうして、どうして俺は俺でいられない」
割れた鏡に指を這わせ、力任せにもう一度拳で叩く。
男の顔が虚しくまた歪んだだけだった。
破片で切れた拳から血がしたたる。
痛みも血も、確かに自分のものであるはずなのにカイトにはそれがどうしても理解できなかった。
――突然、視界が赤に染まった。
身体の異常ではない、部屋全体が赤色のランプに照らされたことに気が付く。
警報が鳴り響く。
咄嗟にドアを開け部屋から出ると、廊下の奥から駆けてくるエリックに出くわした。
「カイト! ファリスが出現した。アリスとブリジットが既に出撃している。お前はシェルターの方に避難しろ」
エリックが息を切らせながら状況をカイトに教える。そのまま管制室の方に向かおうと足を向ける。
「待ってくれ、俺も管制室に行く」
エリックが一瞬躊躇するが、何も言わず走った。
それを肯定と受け取りカイトも走り出した。
管制室に入るとオペレーターたちがコンソールの前で慌ただしくしている。
モニターに表示された赤丸は全部で15。
一度に出現するファリスの数としてはかなり多い。
「状況は!?」
エリックが食い入るようにコンソールを覗き込む。
「出現箇所はバミューダ海域上空。現在高度61,000フィートです!」
「ファリスたちの進路は?」
「そ、それが、ワシントン方面に全てのファリスが一直線に飛行しています!このままでは直上に着くのは15分程かと」
オペレーターが慌てて答えるとエリックの目が見開く。
「なんだと!?」
15機ものファリスがワシントンに墜落すれば多くの死者を出すのは間違いない。何としてもファリスを食い止める必要があった。
だがカイトが出撃できない今、アリスとブリジット両名で15機のファリスを撃墜しなければならない。
カイトの額から冷汗が流れ落ちた。
「こちらエフ・ワン、ファリスの集団を確認。エンゲージ」
「こちらエフ・ツー、同じく。エンゲージ!」
無線から2人が交戦に入ったとわかった。
居ても立っても居らず、勢いのまま管制室まで着いてきたがカイトにできることは何ひとつなかった。
正面の巨大なスクリーンにはアリスとブリジットがファリスとドッグファイトしている様子が青の三角と赤の丸で示されている。
2つの青三角が左右に分かれる。アリスとブリジットはファリスを二分させて迎撃する作戦に出たようだった。
アリスの方に赤の丸が8つ、ブリジットの方には7つの塊が作られる。
2人は単騎で複数機のファリスを相手取る。赤丸が1つまた1つと減っていった。
「2人だけでこの数を相手に……すごい」
ハルバート基地のナンバーワン、ツーという双璧の強さにオペレーターが驚嘆する。
そして遂に、最後の赤い点が画面上から消失した。
「こちらエフ・ワン、最後のターゲット撃墜を確認。これより帰投します」
アリスの声が響き渡り、管制室は喝采に沸いた。
アリスとブリジットはAF2の中でもやはり最強だと思い知らされ、カイトは2人を労うように拍手を送った。
たが、束の間の喜びはひとつの警報により一瞬で破られる。
コンソールパネルにはEmergencyの赤字があちこちに表示されている。
「ファリスの出現を確認!場所はバミューダトライアングル直上。数は……30」
オペレーターの声が震えた。
先ほどまで勝利を喜び合っていたクルーたちは硬直しモニターに映る大量の赤色の円を見て愕然とする。
しかも、そのファリスの群れは帰投し始めているアリス、レオナの飛行経路上を進んでいた。
「アリス、ブリジット、よく聞いてくれ。今、ファリスの群れがそっちに向かっている」
絶望的な状況の中、エリックは意を決して2人に伝える。
「周辺基地に応援信号を送ったが、彼らが来るまでファリスを足止めしなければならない」
ハルバート基地にとって2人を失うわけにはいかなかった。それはもちろんエリックにとってもだ。
だが、このままファリスの進行を許せば地上に甚大な被害が及ぶ。
彼女たちは装備を使い果たした状態でファリスを食い止めなければならなかった。
スピーカーから2人の無言が続く。
「ブリジット、いけそう?」
「あんた、誰に言ってるのよ。当たり前じゃない。増援くる前に全滅させてやるわよ」
気丈なやり取りが聞こえてきた。
管制室の誰もが目を背ける。
カイトは拳を震わせていた。
ブリジットは弟に自分が最強だと証明するため、アリスは唯一の姉と一緒にいるため、ファリスと闘い続けることを選んだ。
だが、彼女たちは今、命を賭してファリスに立ち向かおうとしている。
目の前の人たちを守るために。
――こんなところで死なせはしない。
込み上げた熱がカイトの胸を叩いた。
振り返り、管制室のドアを開けて飛び出す。
エリックが叫んで呼び止めるが、カイトは聞こえないふりをした。
全速力で第3格納庫に辿り着く。
息も絶え絶えになりながら、カイトの愛機であるFA-X3の3番機までやってくる。
精神離殻転移用のポッドはロックがかかり、電力すら入っていない様子だった。ハッチを開こうとするがビクともしない。
周囲を見渡してみても、整備士たちがいる様子もなかった。
「くそっ! 誰かいないのか」
諦めかけた時、格納庫の照明が一斉に灯り、ポッドのファンが回転して起動を始める。
カイトが振り返るとそこには格納庫の電力を入れたエリックの姿があった。
「まったく、一人で突っ走ってどうする」
カイトを追いかけてきたのか大きく肩で息をしてる。少し垂れた目がやれやれという表情を作った。
エリックがカイトの元へと歩み寄る。
「俺はカイトに謝らなくちゃいけない。あの一件以降、カイトの自己認識に乖離が生じていたことを知っていた。空軍入隊後、AF2に来るよう引き抜いたのは俺なんだ。ファントム化に適応できると踏んで」
懺悔するようにエリックは頭を垂れる。
「やめてくれ、エリック。俺はエリックを恨んだことは一度もない。引き抜かれただろうが何だろうが、俺は俺の意思でここに立っている。むしろエリックにはAF2にいさせてくれたことを感謝してるんだ」
エリックが頭を上げるとカイトは決意を秘めた目で真っ直ぐ見つめていた。
「エリック、出撃させてくれ。ブリジットとアリスを助けに行く」
ポッドの蓋を開けてカイトが乗り込む。
「カイト、アリスとブリジットを連れて必ず帰って来い。こんなところで死ぬことは上官として許さん」
ポッドから見上げたカイトの目元がわずかに笑う。
「ああ。必ず帰投すると約束する」
ポッドが閉められガラス製のカバーに反射してカイトの顔が写っている。
その顔は紛れもなく自分の顔だった。
カイト・キノシタの顔がアーチした曲面に少しばかり歪んで写っている。
目を閉じると15年前の光景がフラッシュバックした。
神の創造物ともいえる、完全な曲面を有した銀のファリスの姿。
回転体が唸りをあげて高速回転を始める。
存在しないはずのキイイイインという高周波が耳にこだまする。
そして閃光。
が、ポッドに表示される精神バイタルは一切乱れることはなかった。
カイトはこれ以上ないほど落ち着き払っている。
あの時の死の恐怖も、手も足も出なかった絶望も、そして仲間を守りたいという思いも、全てが、カイトがカイトであるのこと証だった。
テセウスの呪縛は解け、自分はここにいると心で叫ぶ。
「俺は、俺であることを証明するために亡霊になる」
右側面のコンソールを操作して精神離殻転移を開始する。
「パーソナルナンバー、J017003カイト・キノシタの搭乗を確認。バイタル正常。精神離殻転移プロトコルに移行します」
この1ヶ月間で最もカイトが聞き望んでいた言葉が聞こえる。
思考がクリアになり、五感が鋭くなっていくのを感じた。
突然、身体がフッと軽くなりファントム化したのだと理解する。
超高速の機体と一体化したカイトはどこまでも翔んでいける気がした。
2機の戦闘機が並んでいる。
純白の機体と灰色の機体。灰色の方は飛行に支障ないものの幾つか被弾した後が見られる。
「ねえ、あと何発残ってる?」
「……500ぐらい」
「えっ!? まだそんな残ってるの!?」
「そっちは?」
「……458」
「そんなに変わらないじゃない」
「あははは。バレた?」
高度70,000フィートで場違いな二人の笑い声が聞こえる。
彼女らの遥か前方には純色の黒に覆われたファリスが数十機、塊となって飛行している。
「あー逃げ出したいなー」
「いいわよ逃げても。尻尾巻いてカッコ悪く」
「嫌よ。それじゃ敵前逃亡した負け犬としてAF2中の笑い者だわ」
「……じゃあ行こうか、ブリジット、お姉ちゃん」
「うん。行こう、アリス!」
速度を上げて、ファリス目掛けて飛翔する。二人の覚悟は最初から今まで決して揺るがない。
が、超音速の速さでひとつの機影が割って入った。
ブリジットと同色である灰色の装甲。
ただ一点違うところは左右に伸びるデルタ翼の右側に「03」と赤く主張する数字が刻印されている。
それはハルバート基地AF2所属3番機、すなわち、カイト・キノシタの愛機を指すたった一つの数字。
「すまない。遅くなった」
カイトの言葉がインナーマイクを通じて二人に伝わる。
「大遅刻ね」
「遅い! 遅すぎる!」
カイトの救援に対してやってきて当然、という態度だった。変わらない二人の反応が堪らなく愛しい。
二人分の不満を受け止め、カイトは機体を上昇させファリスを迎え撃つ。
「エフ・スリー、エンゲージ」
灰色の機体が閃光のように翔けていった。
ハルバート基地特殊戦闘機第1格納庫。
大きく開けた空間におおよそ150人ほどの人間が等間隔で整列し塊を形作っている。
迷彩柄の軍服に身を包み、ピンと背筋を伸ばす彼らの前を一人の男が横切る。後ろで束ねた金色の髪が、歩く度に揺れている。
男が正面を向くと全員が一糸乱れず同時に敬礼した。
「エリック・ロックナーだ。我々は明日、バミューダ海域上空に発生した空間トンネルを利用してファリスの拠点に乗り込む。かつてない大規模なファリス戦だ。おそらく、我々も無事では済まないだろう。生きて全員がこの場所に帰って来ることが最高のハッピーエンドだが、現実は映画のようにはいかない」
エリックの垂れ目が真剣な眼差しに変わる。
金の瞳はその鋭い眼光で150人ひとりひとりを見ていた。
全員が固唾を呑んで耳を傾けている。
「だがここいる諸君らは自らの意思でこの場に立っている。人種も国籍も性別も年齢も越えて、諸君ら全員はファリスを倒すという共通の思いを抱いて。その意思が、その執念が、その憎しみがファリスを倒す最大の武器だ。
我々はひとつの亡霊となって奴らを打倒する」
エリックの言葉にひとり、またひとりと熱が伝搬していく。
ある者は拳を震わせ、ある者は身を乗り出しそうになるのを堪え、ある者は奥歯を力の限り噛み締めていた。
エリックが続ける。
「ファリスたちの襲撃に怯えるだけの日々はこれで終わりだ。地球の侵略者に俺たちに喧嘩をふっかけたことを後悔させてやろうじゃないか!」
「サー、イエッサー!」
150の敬礼と返事が大合奏となって反響し、格納庫の壁を叩いた。
――高度70,000フィート上空。
エリックの演説を聞いている3つの機影があった。
「エリック大佐、いつになく気合い入ってるねー」
「AF2がこれだけ大規模な作戦に出るんだ。当然だろ」
「二人とも、来るよ」
レーダーには30を超える夥しい数の敵影が一斉に映し出される。
あと2分でこれらのファリスたちは眼前に現れるだろう。
「うっわー、今回も多いなー」
圧倒的な数の差にもあっけらかんとした感想を漏らす。3人のパイロットたちが焦る様子はなかった。
「こちらエフ・ワン」
「エフ・ツー」
「エフ・スリー」
「「「エンゲージ」」」
<了>
文字数:38601
内容に関するアピール
梗概の内容から全く違う物語を書きました。
超高高度から墜落してくる未知の飛翔体『ファリス』を迎撃する戦闘機乗りのお話です。
極超音速で飛行するファリスに対抗するには人類は肉体を捨て、精神を戦闘機にアップロードして闘うことで人体という制約から解放されます。
ただ、肉体を捨てるということは帰還後、全く新しい肉体に生まれ変わっているということ。
それは最早、元の自分と言えるのでしょうか?
テセウスのパラドクスに翻弄されながらも、主人公たちは自らの帰る理由を胸にファリスと闘い続けます。
ゲンロンSF創作講座で学んだこと、自分が好きだと思うSFの要素を限りなく詰め込みました。
この1年間、これを書くために講義を受け、梗概・実作を書いてきたのだと思います。
何も悔いはありません。1年間ありがとうございました。
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