クロノクラワーの谷

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クロノクラワーの谷

 最初の記憶は白い。
 まどろみのなか、誰かの腕に抱き上げられる。とても慎重な手つきだ。それから、ゆっくりと世界が揺れる。まるで慰めるようなリズムで。その動きがあまりに優しいから、泣きたいような気分になってくる。と、背中に快い刺激が与えられる。
 とん、とん、とん。
 とん、とん、とん。
 閉じた瞼の向こう側に、明るい日差しを知覚する。あたたかな乾いた風。さらさらとしたものが頬を撫でる。悪くない感覚。
 わたしは目を開く。
 視界いっぱいに白が広がる。
「おや」
 声と同時に、ひときわ強い風が吹く。こちらを見下ろす二つの目と出会う。
「起きたの、えっちゃん」
 薄茶の瞳はどんどん大きくなって、声も驚くほど近くなる。わたしは、また、安心したような、だからこそ悲しいような気分に襲われて、目を閉じる。
 やわらかな白。
 サハナ。わたしのゆりかご。

 谷で暮らす人々が持ついちばん古い記憶はどれも似たりよったりで、最初に目にするのは決まって自分のゆりかごだ。赤子が生まれると、百人のゆりかごたちの誰かが面倒をみることになる。少なくとも三歳を迎え、コミュニティにデビューするまでは、一人か二人が専任で世話をやく。そのあとどうすべきかはワリスが決めてくれる。ワリスは谷の均衡を保つために開発されたAIで、この場所ができたときからここにいる。
 サハナはワリスの指示で、わたしが十五歳になるまで一緒に暮らした。それがいかに特別なことかを教えてくれたのはソヨンだ。特定の誰かを長期間独占するのは良くないことなんだそうだ。ワリスがそれを許したのは、サハナとわたしが「同じ」だからだろうって。
 長期間、なんて言われると笑ってしまう。十五年なんて、長命種のあなたたちからしたら夏休みくらいの時間にしかならないでしょうに。
 幼い頃のわたしはひどい泣き虫で、見知らぬ人に出会ったり、想定外の質問を投げかけられたり、夕焼けを見たりするだけで号泣していた。身も世もなく泣きぬれたときに飛び込む場所はいつも、サハナの胸。そういうとき、彼女はわたしの背中に手を添え、身になじんだリズムを刻んでくれた。
 小学校に通い始めると涙を流す機会は減っていった。同い年の子どもたちと過ごすうち、予期せぬ出来事への耐性がついていったのかもしれない。混乱への対処法を身につけたことも大きかった。パニックになったときは、数を数えたり、体をゆらしたりすればいい。同級生のラクシュミーは、耳を塞げば大丈夫だと教えてくれた。これはすごかった。入ってくる音が止むと、頭のなかの言葉も消えた。
  勉強は好きだった。短時間の集中を繰り返す学習スタイルは肌に合っていたし、それまで無秩序に見えていたものごとに補助線が引かれ、規則性が見えてくるのは気持ちがよかった。暗記を中心としたいくつかの科目には苦戦したが、音を活用することで効率を上げることができた。
 谷では、ほとんどの授業で音読がある。文字を読むのが苦手な子たちも、誰かが読み上げるのを一度聞くと、理解できるようになることが多い。わたしのように暗記が苦手な生徒も、音読を繰り返すことで記憶を定着できる。
 谷の歴史を習うのは三年生になってからだ。遠い昔、最初にこの地を開拓した人々のなかに、長命のものがいた。その人が最初のゆりかごだと言われている。
 ゆりかごの寿命については諸説ある。二百歳の人もいるし、もっとずっと生きている人もいるらしい。谷を去ったゆりかごが、数十年後にこっそり戻ってくることもあるようだ。昔、サハナと二人きりのとき、こっそり年齢を聞いてみたことがある。失礼なことだってわかっていたから、口に出した瞬間に後悔した。サハナは怒らなかった。でもちょっと寂しそうな顔で笑って、「忘れちゃった」と言った。嘘だとわかった。
 三、四年に一人、あたらしいゆりかごが誕生する。ゆりかごだろうなという子は、なんとなくわかる。感情の起伏が穏やかだし、十歳を超えたあたりで成長のスピードが止まる。同じクラスのレオニーは十三歳のとき、正式にゆりかごだと診断を下された。新しいゆりかごが誕生すると、古いゆりかごは谷を去る。ここ五十年くらい、谷にいるゆりかごはぴったり百人をキープしている。レオニーとはその後なんとなく疎遠になった。

 十歳の夏、外の人がやってきた。
 そのニュースは午後になるのを待たず、谷じゅうに広まった。外の人は、ヤスミンというゆりかごの古い知り合いで、なにかの調査をするためにやってきたらしかった。しばらくはこちらに滞在するという。客人の存在に人々は色めき立った。わたしたちのような子どもは、とくに。
 噂を聞いた翌日の放課後、中学生のヒルダとリョウコにくっついて、ヤスミン家の裏庭へ侵入を試みた。生垣の隙間を潜るとき、強い風が吹いて、クロノフラワーの甘い香りが運ばれてきた。谷の北端にあるこの家は花畑に面しており、季節の変わり目には風に乗ってさまざまな花の香りが漂ってくる。わたしたちは、そっと庭に足を踏み入れた。
 客人は、テラスに置かれた籐椅子に腰掛け、本を読んでいた。そして、そして……色のついた服を着ていた。色のついた服! そんなものを見るのは初めてだった。大人になったいまでも、あのとき感じた衝撃を、鮮やかに思い出すことができる。
 彼女が身にまとっていたシャツは、広場の木々を思わせる深みのあるグリーンで、木漏れ日を浴びてほんのりときらめいていた。明るい部分は、草の上に溜まる朝露の、一番大きな水滴が、震えながら光っている、そういうところを切り取ってきたみたいに瑞々しかった。柔らかな布地の上で、濃い緑から淡い緑へと少しずつ表情を変える。襟から胸元にかけては、影になった部分が池の底みたいなくすんだグリーンで、お腹のところから裾にかけては、陽の光を受け止めて、若葉と同じ色に透けていた。足をゆったりと包むベージュのパンツは、八月の麦畑。光の角度によっては、バターを塗ったパンにも似た色合いで、かと思えば、陰になっている箇所では、こっくりとしたカフェオレ色になった。そよ風に揺れるシャツの裾が、太陽の光を受けて生き物みたいにはためき、木々のざわめきと混じり合いながら、溶けてしまいそうに素敵だった。籐椅子に腰掛けた彼女は、その姿勢のままじっと動かず、開いた本のページに目を落としていた。その佇まいは、もどかしいくらいに静かだった。かすかに聞こえてくるのは、木の葉が擦れる音と、ページをめくる音だけだった。
 そのとき、ヤスミンが屋内から現れ、客人に話しかけた。二人は親しげに言葉を交わし、ときおり、控えめな笑い声を立てた。わたしたちは生垣の陰に身を隠し、じっと二人の様子を観察した。外の世界からやってきた人物がどんな話をするのか、どんな人生を歩んできたのか、想像を膨らませずにはいられなかった。
 しばらくするとヤスミンが部屋に戻り、客人は再び本に目を落とした。と、ヒルダの車椅子がわずかに前進し、ジャリジャリッという音を立てた。客人は顔を上げ、自分を盗み見ていた子どもたちの存在に気がついた。見開かれた焦茶の瞳。わたしたちは我に返り、慌てて生垣の隙間から庭を抜け出した。
 走りながら振り返ると、客人が微笑んでこちらを見ていた。口をぱくぱくさせ、声を出さずになにか伝えようとしていた。ま、た、ね。
 谷を駆け下りながら、その言葉の意味を考えた。「また、ね」。再会を予感させる挨拶。交流の意思。胸が高鳴った。
 家に戻るとサハナから客人について尋ねられ、庭で見たことを話した。
「ふうん」
 彼女は思案し、言った。
「いい機会かもしれない」
 翌日、わたしたちは再びヤスミンの家に出向いた。今度は、堂々と玄関から。リビングを抜けて裏庭に出ると、客人がテラスで待っていた。
「こんにちは」
 穏やかな声。
「待ってたよ。あなたたちに会えて嬉しい」
 そこから、ダーシャさんとわたしたちの交流が始まった。ダーシャさんは外の世界についてたくさんのことを教えてくれた。色とりどりの服を集めた巨大なショッピングモール。何十種類もの食べ物が提供される大型施設。朝から晩まで車が行き交う大きな道路。それは、会うたびに見たことのない服に身を包んでいるダーシャさんの存在と同じように、夢のような話に思えた。
 テラスを訪れる子どもの数は日に日に増えていった。
 ダーシャさんは、なんでそんなことを聞くんだろうと思うような質問をした。
「親友はいるの」とか。冗談だと思ってみんなが笑っていたら、真顔で答えを待っている。
「いない」
「いないし、いらない」
「関係性に名前をつけると、固まる、から」
 みんながおずおずと答える。ダーシャさんの目つきが一瞬鋭くなって、それから急いでメモをとる。わたしたちの言葉が、さも重要なものかのように。それが嬉しくて、みんなが我先に返事をするようになる。
「家族が欲しいと思ったことは?」
「ない!」
「みんなここにいるもん」
「区別する必要ないよ」
 なるほど、なるほど。小さく呟きながら、文字を打つ。
 その態度は奇妙なものに思えた。外の世界では親友や家族という概念が重要なのかもしれない。でも、ここでは、そういう定義はあまり意味がない。みんなで暮らし、助け合う。それが谷のやり方だ。特定の相手と特別な関係を築く必要はないと、わたしたちは考えている。
「一人になりたいと思ったことは?」ダーシャさんが続けて尋ねた。
 わたしたちは顔を見合わせ、首を横に振った。
「一人でも、みんなといても、同じ」
「そう。どうせみんな谷にいるから」
「たまに一人で考え事をすることはあるけど、ずっとは嫌だな」
 しばらくして、ダーシャさんは顔を上げた。
「すごいな、あなたたちは」そっと息を吐く。「外の世界では、なかなかこんな風にはいかないんだ」
 外の世界は、もっと複雑で、人間関係も難しいのかもしれない。それはそうだろう。わたしだったらきっと、着るものを選んでいるうちに一生を終えてしまう。
 ダーシャさんはときどき、外の世界のお菓子をくれた。ホログラム・グミとか、ハプティック・ポテトチップスとか。なかでもハッピー・キャンディーは最高だった。みんな内心で狙っていたはずだ。言えなかったけれど。だってそれは、本当に必要なものではなかったから。本当に必要なもの以外に執着するのは、くだらないことだから。
 だけど。
 ああ。
 パッピー・キャンディー。その名前を思い浮かべただけで、唾が溢れてくる。虹色に輝く丸い玉を眺めているだけで、実際に口に含んだときの、ふるえるような幸福感を思い出して、落ち着かない気分になる。
 生存に直接関与しない嗜好品が、これほど心を乱す存在だと、ゆりかごたちは知っていたのだろうか。知っていてもなお、欲しがらずにいられたのだろうか? いや、サハナたちだって内心ではあれを欲しがっていたはずだ。その証拠に彼女は、ヤスミンの家から帰ったときに限って、食べたものや、持ち帰ったものがないかを聞いてきたのだから。サハナの声には、所有を監視する目的以上のものが含まれていたと思う。
「ほしい? これ。サハナの分も貰ってこようか」
 囁くような調子で聞いてみる。でも、彼女がうんとは言うことはない。いつもの調子で、
「キャンディーはキャンディーです」
 などと言ってすましている。
 ゆりかごたちにあれを言われたら、わたしたちのような卵は、だめになってしまう。ぼーっとして、なにも考えられなくなる。谷にいた頃、それはいいことだと思っていた。わからなくなるのは気持いいことだったから。

 その年から、五月になるとヤスミンの家には外の人が訪れるようになった。ダーシャさん一人のときもあったし、大勢でやってくるときもあった。ダーシャさんのことは大好きだったけれど、集団でいるときの彼女は違う人のように見えた。普段よりも声が大きくなったし、言葉遣いも仰々しくなった。
 外の人たちは、わたしたちにとっては考えられないほど長い時間、言葉を交わした。文字を打ち込みながら何時間も話し合い、時には激しく議論する。かと思えば、一斉に笑い、肩を叩き合ったりしていた。
 ヤスミンは客人たちのホストを淡々とこなしているように見えた。ゆりかごには元々、気が長い人が多い。人々を連れて食堂の場所を教え、倉庫から寝具を借りる手続きを済ませ、共同浴場の入浴チケットを配った。ゲストたちはヤスミンに何度も礼を言い、すべてが無料で提供されることに恐縮してみせた。その度に彼女は「気にしないでいい」と伝えた。それはその通りだった。ここではそんなことは気にしなくていい。

 谷には古い「ルール」がある。以前は口伝で教わっていたものだが、年に一度、外の人々が来るようになってから文書化が進んだ。客人らはゲートを潜ると、まずこれを渡され、読み上げるよう指示される。

 わたしたちは、大きな波。その全体であり、部分である。うつろい変化する万物の、結び目であり、はじまりである。
 わたしたちは、等しく儚い。波間に浮かんだ泡沫の、生じるところと、消えるところ。
 わたしたちは、なにも持たない。「ある」と「ない」の境目で、掴んだものを明日へ運ぶ。
 わたしたちは、現在と過去。つかの間の実感の連なりが、永遠に反復される場所。

 ゆりかごを含め、谷に住む一千人近い住人はみんなこれをそらで言える。多少の言い回しの違いはあっても、基本的には誰もが、同じ速度、抑揚、声の大きさで、最後まで唱えることができるはずだ。
 広場や食堂でルールを暗唱するとき、わたしたちはひとつであると感じことができる。一人ひとりの声が重なり合い、まるで一体の大きな生命体が呼吸をしているかのように、調和の取れた響きを生み出す。声の波は緩やかに盛り上がっては静かに沈み、ゆったりと流れていく。ルールを唱えることは、自分という存在の輪郭を溶かし、もっと大きな存在の一部となることなのかもしれない。「わたし」という主体性を手放し、「わたしたち」という集合的アイデンティティに身を委ねる愉悦。
 ときどき、ダーシャさんが暗唱に参加した。でも彼女はルールを唱えることを怖がっているみたいだった。態度には出さないけれど声の調子でわかる。微妙な音程の揺らぎ。彼女はルールを口に出しながら、その意味を絶えず問い直していた。それに気がついたとき、わたしはひどく驚いた。どうしてそんなことが可能なんだろう?
 いまとなっては、彼女の気持ちが少しは分かる気がする。外の人は、谷の人々に比べて自我が強い。自分とそれ以外との境目が、くっきりしている。だから、それができる。
 彼女たちが谷に来たとき、最初に戸惑うのが一体語の用法だ。テーブルに紅茶がゆきわたり、ホストがゲストにこう呼びかける。
「紅茶を飲みます」
 すると、わたしたちは一斉にカップへと手を伸ばす。こうした光景が外の人々の目には奇妙なものに映るらしい。彼女たちはそういうとき、「召し上がれ」とか「飲んでください」といった表現を使う。自己と他者との区別があるばかりに、お茶会のたびにいちいちお願いをしなければならないなんて、面倒なことだ。
 でも、外の人たちにとって、自我の境界線が明確であることは、アイデンティティを守るための防衛機制なのかもしれない。個人の独立性を尊重し、他者との違いを認識するこで、自分らしさを維持できると考えているのだろう。
 わたしたちにとっては、自我の境界線というのはもっと曖昧で流動的なものだ。個人の意識は、コミュニティの集合的な意識の中に溶け込んでいる。わたしはあなたでもあり、あなたは彼女でもある。だから、「紅茶を飲みます」という一体語の表現の方がしっくりくる。言葉の背後にある意識の在り方が、根本的に異なっているのだ。
 わたしは、外の人たちが「召し上がれ」や「飲んでください」と口にするのを想像して、ひどく侘しい気持ちになった。

 初めてサハナと喧嘩した日のことは、よく覚えている。わたしは十三歳、中学生になったばかりだった。きっかけは些細なことだ。わたしが読んでいた本をサハナも読み始め、二人のしおりが入れ替わってしまったのだ。どこまで読んだのかわからなくなったわたしは、しおりの取り違えに注意してほしい、と抗議した。
 サハナは、わたしの言葉に戸惑いを隠せない様子だった。「えっちゃんの言う通りだね。ごめんなさい」と素直に謝ったが、釈然としない表情を浮かべていた。
「なに、どうしたの。言いたいことを言います」わたしは一体語で彼女に迫った。そこには明確に、当てつけるような響きがあったはずだ。
「えっちゃんは」サハナは、言葉を探すように視線を彷徨わせた。「外の人みたいに喋るのね」
 その言葉に強い苛立ちを覚えた。見透かしているのだ。わたしのなかにある自立への渇望と、サハナへの依存心を。外の人のように振る舞いながらも、わたしが決して外の人にはなれないということを。
「あなたの成長を喜ばしく思っている。これは本当のこと」
「うそばっかり」
「えっちゃん」
「うそ、ばっかり」
 返事を待たず、家を飛び出した。
 静かな夜だった。ダーシャさんたちが去ったばかりで、少しの喪失感と、少しの疲れとが、谷を包んでいるみたいだった。半袖から伸びる腕を、ひんやりとした風が撫でた(これは嘘だ。夏の夜の風が持つ微妙な冷たさを、あのときのわたしは感じることができなかったはずだから)。広場を横切り、街灯に沿って東へ歩く。ゆりかごたちの居住区を通り過ぎ、花畑の前まできた。立ち止まり、自分がまだ腹を立てていることに気がついた。
 目を閉じる。
 それから、耳を塞ぎ、ゆっくりと息を吐いた。吸って、吐いて、吸って、吐いて、自分の息を、十回、数えた。
 耳から、そっと手を離す。
 夜風の音。葉や茎がぶつかる不規則なリズム。闇のなかに浮かぶ白い花弁を眺める。いくぶんかはマシな気分がやってきた。
「こんばんは」
 振り返ると、こちらに歩いてくるヤスミンの姿があった。視覚に頼らず生きている彼女は、夜道を歩くのがとても速い。
「こん、ばん、は」
「悪い子だね。子どもが、こんな時間に」
 わたしは眉を上げた。大人と子どもの区別を強調するのは、谷の流儀ではない。
「外の人みたい」口に出してすぐに後悔した。「ごめんなさい、忘れて」
 彼女は表情を変えずに首を振った。
「大丈夫、本当のことだから」
 宵闇に浮かぶヤスミンの顔は青白かった。
「わたしの故郷は外の世界にあるの」
 息を呑み、顔を上げた。
「外の世界で生まれたゆりかごが、いるってこと?」
「そう。ごく僅かだけど、存在する。外の世界は刺激的だった。ある意味での自由も感じられたし。でも傷つくことも多かった。だから、ここで卵を守る人生を選んだの」
 ゆりかごたちはときどき、谷に住むわたしたち旧人類のことを「卵」と呼ぶ。まだ羽化していないという意味なのか、それとも、割れ物ということなのか。
「戻りたい? 外に」
「いいえ。でも時々、考える。あっちで生きていたらどうなっていたか」
 彼女はわたしの頭を撫でた。
「ごめんね。こんな話をしても、分からないよね」
 なにも言えなかった。わたしは黙って彼女の隣に並んだ。風が木々をざわめかせ、初夏の虫たちが一斉に鳴き始めた。
 ヤスミンは家まで送ってくれた。わたしはサハナの顔を見れなかった。二人は玄関で長いこと、なにかを話し込んでいた。

 十六歳になった。
 その年、外の人々は特別にたくさんやってきた。彼女たちは端末を抱えて谷の隅々を調べて回った。相変わらず風変わりなお菓子をくれたし、面白い話を聞かせてくれた。熱心に質問を浴びせてくるのも、もうおなじみだった。子どもたちはそれを喜んだ。だけど、わたしやヒルダやキョウコのなかには、最初の年のような興奮はなかった。外の人たちと言葉を交わせば交わすほど、相反する感情が湧き起こった。憧れる気持ちと蔑む気持ち。この二つに引き裂かれないよう、わたしは客人と距離を取ることを覚えた。
 深夜、誰もいない共同浴場の脱衣所で端末を見つけたのは偶然だった。持ってきたバスタオルをとり出すときに隣の棚の籠が落ち、中から手の平サイズのカードが現れた。鏡面仕上げのシルバー。外のものであることはすぐにわかった。手に取ったそれは、薄暗い脱衣所で奇妙なくらい明るく輝いていた。冷たく滑らかな表面に指を滑らせると、スクリーンが点灯し、再生ボタンが浮かび上がった。反射的にタップする。流れ始めたそれは、色彩の洪水だった。鋼鉄とガラスで作られた巨大な建造物が、空に向かって伸びていた。昆虫の群れのように、街路を埋め尽くす大勢の人々がいた。何台もの自動車が川の流れのように通りを行き交い、耳を劈くような音で空気を引き裂いた。夥しい数の人工物に追いやられ、添え物のようにして、木や山や川が身を寄せ合っていた。こうした風景の隅々にまで溢れている、色、色、色。点滅するネオンのピンク、つるりとした看板の黄色、壁にぶちまけられたインクの空よりも青い青、通りをゆく女のまとう、白昼夢のような乳白色……。
 極彩色の喧騒に目を奪われながらも、わたしは、頭のどこかが冷めていくのも自覚していた。路上を埋め尽くす群衆のまなざしは、どこか虚ろなものに見えた。人々の歩みは単調で機械的だった。笑顔の裏に潜む疲労感。会話の端々に漂う倦怠感。ここにあるものは全て、本当に必要なものではない。だがその直感もまた、ただの負け惜しみに過ぎないのかもしれなかった。
 端末の電源を切り、そっと籠に戻した。歪曲した鏡面に、歪んだ自分の顔が映っていた。
水を含んで湿ったバスマットが足の裏をじっとりと包む感触が、不意に生々しく迫ってきた。脱衣所の入り口に向かう。目の端で、端末のディスプレイが、挑発するかのように明滅していた。

 家に帰るとサハナが荷造りを済ませていて、ワリスの指示が出たから、明日からは別々に暮すことになったと告げた。

 

***

 

「続けて、エツコ」
 ダーシャさんの声に顔をあげる。
 会議の参加者たちが揃ってこちらを見ていた。わたしはまた、自分が不自然なほど長く沈黙してしまったことに気がついた。外の人々——地球の住人たちは、喋るのを途中でやめたりはしない。喋る人と聞く人とが、はっきり分かれているから。ここに移住してから学んだことの一つだ。
「先ほど、斎藤夏菜子の年齢が明らかになったと連絡がありました。現在二百三十二歳前後と推定されます」
 二百三十二歳という数字を口にしたとき、わたしの声はかすかに震えた。懐かしさと恐れ。谷で暮らしていた頃、ゆりかごの年齢を知る機会はほとんどなかった。
「現在、斎藤夏菜子の身柄は国交省の管理下に置かれています。斎藤が過去に『地上の谷』と関わりを持ったかどうかは明らかになっていません。近日中に面会を依頼し、聞き取り調査を行います」
 白々としたLEDの照明が、デスクに並んだ人々の表情を照らし出す。わたしの言葉は常に、二つの意味で注目されている。谷と外。ゆりかごと卵。椅子に深く腰掛ける。壁に掛けられた時計の秒針が、やけに大きな音で響く。
「もちろん、ゆりかごへの聞き取りは慎重に進める必要があります。彼女たちは人間です。……わたしたちと同じように。ゆりかごの尊厳を奪うようなことがあってはなりません」
 わたしたち、という言葉を口にした瞬間、室内に妙な空気が走る。数名の顔に微妙な感情が浮かびかけ、直ちに隠蔽される。
 ダーシャさんが顔をあげる。
「エツコ、報告は以上でいいかな?」
 わたしは静かに頷いた。
 席を立ち、部屋を後にする。廊下の窓ガラスに、見慣れた自分が映っている。少し痩せたことをのぞけば、谷にいた頃とほとんど変わらないはずだ。だけど、もう、あの頃のようには自分の姿を見ることができない。
 谷の人間のなかから、外で働く調査員を数名募集する、という告知が出されたのは二十歳のときだった。高校を卒業し、谷の西側にある小さなラボで働いていたわたしは、悩む間もなく応募した。サハナと別居してから五年が経過していた。当時住んでいた寮は夕日が綺麗に見えるエリアで、みんなからは羨ましがられていたけど、わたしにとって、生活というのはいつでも捨てることのできるものだった。わたしが寮で暮らし始めてから、新しいゆりかごが二人生まれ、ヤスミンとカンナが谷を去った。
 計算や暗記に関するいくつかの試験をパスし、厳密な身体検査を経て、三度の面接を終えた。一週間後に呼び出され、自分が最終候補者の一人であることを知った。面接官たちは、外での調査内容を理解した上で、改めて応募者の参加意思を問う旨を告げてきた。守秘義務の契約書にサインしたわたしは、谷と、外の世界との関係について知ることとなった。

 

***

 

 谷の正式名称は医療研究都市「かなた」。地球の公転軌道を回る、人口一千人の巨大施設だ。「かなた」は有人宇宙研究センターと総合建設業者が共同開発した三つの宇宙都市のうちの一つだった。残る二都市は「しんか」と「かいか」で、「しんか」は先端宇宙技術研究都市、「かいか」は巨大リゾート地として設立された。これらの宇宙都市は、地球上の深刻な環境問題と人口過密を背景に構想された。建設には膨大な資金と労力が投じられた。最先端の科学技術が総動員され、人工的ではあるが、地球上の自然環境を忠実に再現することに成功した。施設内部では、巨大なホログラムが上空に広がり、日中は空を青く染めあげる。土壌開発によって植物が育つ環境が整えられ、豊かな緑が広がっている。送風システムと上空のホログラムは過去百年間の地球の気候データをもとにリアルタイムで生成されており、エリア内の環境は時間と共に変化する。回転機構により発生する重力は1Gを維持し、人々は、緩やかにカーブする巨大なパイプの内側で生活を送ることができた。中心に向かうほど沈み込む地形であったため、いつの間にか住人の間では「谷」と呼ばれるようになった。
 医療の発展と人類の恒久的な平和を願って設立された「かなた」だが、その裏には、複雑な権力闘争が渦巻いていた。運営をめぐる利権の奪い合い。医療機器メーカー、製薬会社、保険会社。それぞれが自らの利益を追求し、ときに癒着し、ときに対立した。
 こうした状況下で「かなた」に集められたのは、特殊な体質を持つ人々だった。地上で疎外され、差別の対象となってきた遺伝子疾患や、希少な病気を抱えるものたち。社会から排除され、「異常」とされてきた存在だ。「かなた」の事業責任者である佐藤クリシャは施設内で差別が再生産されないよう、「正常」なき世界の構築を目指し、独自のルールを策定した。原始共産主義と無政府主義の一部を敷衍させた他愛もない代物だったが、住民参加型でルールを変えていける仕組みを用意することで人々の間に浸透させていった。加えて、アンコンシャス・バイアスによる格差の広がりを防ぐためのAI「ワリス」を開発。過去のAIが学習したバイアスを負の教師データとし、偏見を排除するためのプログラムを組んだ。
 同じ頃、地上では、ナノボットとインプラントを利用した極端なダイエットや美容産業が世界的に興隆していた。ユーザーを取り巻く情報環境やホルモンバランスに働きかけ、痩せたり太ったりを繰り返させる。食生活や運動管理に加え、美容医療による脂肪溶解と脂肪注入を組み合わせることで、操作性を極限まで高めることに成功した。射幸性と強化学習を悪用したこのビジネスは、「自分の肉体をコントロールできるサービス」を標榜した。
 人々は、半年から一年のサイクルで体型を変え続ける生活を余儀なくされるまでに追い詰められていた。にも拘らず、そうした状態を自らが望んだものだと思い込んでもいた。企業によってダイエットや美容医療を繰り返しているのではなく、自分の意志で、自分の身体をコントロールしているのだ、と。
 もちろん真相は真逆だった。かれらは、自らの肉体を自在に操作できる「気分」の代償として、実質的な肉体の支配権をアプリケーションに明け渡していた。技術の濫用は深刻な副作用をもたらしはじめた。自己イメージの歪み、身体感覚の麻痺、欲望の際限なき拡大。人々は、精神の安定を失っていった。各国は対策に追われた。
 日本の調査機関は、アプリをインストールしているにも拘らず、情報環境からの悪影響を受けていないユーザーに目をつけた。そのクラスタにはいくつかの傾向が見られた。無効なユーザーの5%程度が、相貌失認の症状を呈していた。ASDが7%。聴覚優位型のユーザーはクラスタ全体の約50%を占めていた。高齢者が10%。社会主義的な思想に傾倒するユーザーの割合が、他のクラスタと比較すると優位に高かった。
 機関による調査結果が報道されると、佐藤クリシャがこれに目をつけた。ボディコントロールが効かないユーザーをより詳しく調べることで、ほかの依存症に対する治療法が見つかるのではないか。機関に交渉し、被験者のリクルーティングを開始した。
 当初、「かなた」の研究者および医療従事者たちは、自分たちの施設が依存症の研究に多くのリソースを投入することへ難色を示した。解決すべき問題は、ほかにもたくさんあるはずだった。しかしクリシャは粘り強く説得を続けた。ボディコントロール依存症の治療法開発は、「かなた」の理念とも合致するはずだ。なぜなら、依存症からの解放の過程で、人々は自らの内部にある「正常」の幻想と訣別することになるはずだから。幾度もの話し合いの末、メンバーはプロジェクトの受け入れを決断した。
 被験者たちは世界中から「かなた」に集められた。重度および中程度の依存症患者と、ボディコントロールが無効だった人々。施設へ移住する際に、被験者たちのナノボットがアップデートされ、アプリケーションはアンインストールされた。
「かなた」内部では、被験者たちの日常生活や身体反応が綿密にモニタリングされた。高度なセンサー技術により、脳波や血中ホルモン濃度、体温の変化などが常時記録される。同時に、心理面のサポートも欠かさなかった。研究者たちはカウンセリングや療法を通じて被験者の内面に寄り添った。
 クリシャは被験者と向き合うなかで、ある仮説を立てるようになった。ボディコントロールの影響を受けにくい人々に共通するのは、自己と他者、内面と外界の境界線が曖昧なことだ。かれらは、自我の輪郭がはっきりしない分、外からの働きかけに流されにくいのではないか。奇しくもこうした被験者の性質は、「かなた」の目指す正常なき世界の方針と合致していた。
 この仮説は多くの議論を呼んだ。果たしてこれは強みなのか、弱みなのか。自他境界の曖昧さは、攻撃性や、本人の抱える生きづらさの原因になることも指摘されている。だが同時に、自己と世界を切り分けない柔軟な感覚こそが、新しい時代を切り拓く可能性を運んでくるのかもしれなかった。人間は、世界と自分たちとを切り分けて生きてきた結果、種の存続が危ぶまれるほどの環境危機を招いてしまったのだから。議論は尽きなかったが、研究は着実に進展していった。
 同時期、「かなた」をめぐる勢力図も書き換えられようとしていた。当然のことながら、製薬会社や美容医療機関は、この研究を快く思っていなかった。依存症が治れば、自分たちの利益が損なわれるからだ。かれらは「かなた」の内部に工作員を送り込み、研究の妨害を図った。
 事態は思わぬ方向に転がり始めていた。研究データの改竄、施設へのサイバー攻撃、果てはクリシャへの暗殺未遂まで発生した。坂道を転がり落ちるようにして、「かなた」の士気は下がっていった。休暇が明けるたび、クリシャのアカウントに退職希望のメッセージが舞い込んだ。
 製薬会社の手引きによる記事がメディアに掲載されると、世論も変わっていった。「かなた」で実験している内容は悪しき共産主義の復興を目論むものである、という陰謀論が流布されるのに従い、資金の引き上げを決定するスポンサーの数が増え、プロジェクトは頓挫した。高額な医療機器の維持費が捻出できず、生命維持のための管理が必要な患者は他施設に輸送せざるを得なくなった。医療水準が低下すると、もともと「かなた」のカルチャーに馴染めなかった患者や治験者たちも転院を希望しはじめた。
 最後の打撃となったのは、地上で勃発した世界戦争だった。五年にわたる混乱のなか、予算の大部分は打ち切られ、医療者の一部は戦地に駆り出されていった。わずかに残されていた高額な医療機器も根こそぎ売却され、戦費に充てられた。兵役に服するため、施設を後にする被験者もいた。身内の死を知り、地上に帰還する患者もいた。反戦運動のために辞職した研究者も。みんな、非常時ダイヤで運航するぼろぼろのシャトルに詰め込まれ、地球に帰って行った。
 雰囲気は、日に日に重苦しさを増していった。ラボの人々の表情は暗く、会話の端々には諦念が滲んだ。ホログラムの電源が落とされ、どこまでも続くかに思えた青空は、のっぺりとした灰色の天井へと姿を変えた。誰もが「かなた」の死を予感していた。
 そして、戦争が終わった。
 その時点で谷に残っていたのは、研究者、医療従事者、患者、被験者の全てを合わせても、わずか三百人足らずであった。終戦の噂を耳にしてから、クリシャは秘密裏に、施設の維持費を削減し、住人らのモニタリングデータをシンクタンクに販売することで、人々がここで生活を続けていくための基盤を用意していた。質素な環境を強いられてもなお「かなた」で日々を過ごしたいと望むものだけが、この地に留まった。
 残留組の多くを占めていたのが、ボディコントロールの被験者だった。依存症にならなかった、「無効」のクラスタ。自他境界が曖昧なかれらは、谷のカルチャーによく馴染んでいたため、自らの意思で谷に留まった。谷に残った人々のなかにはさまざまな「患者」もいた。「健常者」ではないけれど、そこで問題なく暮らしていける人々。生まれつき目が見えない人、歩けない人、一定期間で記憶がリセットされる人、肌にあざがある人……。正常なき世界を志向する「かなた」では、一人ひとりに合わせた仕組みを模索しながらコミュニティが運営されていく。当地の理念において、かれらは、みな等しく「ただの住人」であった。そして、そうした住人らのなかに、長寿治療——セノリティクス・ワクチンの投与——を受けたものがいた。
 ゆりかごの祖先だ。
 セノリティクス・ワクチンは、老化のプロセスを遅らせる医療技術の一つと見なされていた。人間の細胞は、加齢と共に損傷が蓄積し、機能が低下していく。これが老化のメカニズムの根幹をなしている。セノリティクス・ワクチンは、この老化細胞を選択的に除去することで、老化のスピードを抑制しようとする治療法の総称である。通常、老化した細胞はアポトーシスと呼ばれる過程を経て、自発的に死滅する。しかし、なんらかの理由でアポトーシスが起こらない老化細胞が体内に蓄積すると、炎症性のサイトカインを放出し続け、周囲の健康な細胞にもダメージを与えてしまう。このことが老化を加速させる要因の一つであると考えられてきた。
 セノリティクス・ワクチンは、こうした老化細胞を特定し、アポトーシスを誘導するよう設計された。健康な細胞には影響を与えず、老化細胞だけを除去することで、組織の若返りを促すことができる。セノリティクスに有効とされる化合物は複数存在するが、キーとなったのはフィセチンというポリフェノールの一種だった。なかでも、ワクチン用に品種改良されたバラ科の多年草の花弁から採取するフィセチンはアポトーシスの誘導作用が強く、この植物はのちに「クロノフラワー」の通称で広く知られることとなる。
 終戦当時、セノリティクス・ワクチンはまだ試験運用段階の技術であり、その長期的な効果と安全性については不明な点が多かった。ひとくちに老化といっても、そのメカニズムは非常に複雑で、多様な要因が絡み合っていることから、単に老化細胞を取り除くだけでは根本的な解決にはならないという指摘もみられた。「かなた」におけるセノリティクス・ワクチンの投与は、こうした科学的・倫理的な議論が十分に尽くされないまま行われた性急な実験であったといえる。長寿がもたらす影響を、社会はまだ充分に理解していなかった。
「かなた」は独自のエコシステムを模索し、コミュニティを存続させていった。データを販売した資産で植物の苗を購入し、谷の両端に畑を作った。穀物、野菜、人工肉の原料となるいくつかの豆類。観賞用だった広場の池を改造し、フナとドジョウの養殖を開始した。飢饉に見舞われる年もあったが、追加学習させたワリスにシミュレーションを繰り返させることで自給率を上げていった。人々の生活に余裕が生まれ、新たな命が誕生するようになった。ワリスは谷で生まれた赤子を、「全員の子ども」として扱うよう指示した。また、子どもたちにはファミリーネームを与えず、ファーストネームだけで生きさせるべきだと主張した。親子の概念は身内意識を醸成させ、排除を加速させる懸念があったためだ。ワリスは、谷に住む人々全員が一つの家族であるという理念を説いた。クリシャはこれを気に入り、住民らもおおむねこれに同意した。もちろん、この決定を受けてコミュニティを去る親子もいたが、それはごくわずかな人数にとどまった。この頃から、住人らは当地を正式に「谷」と呼ぶようになった。医療研究都市というアイデンティティよりも、同じ場所で生活をする共同体としての意識が強まったことのあらわれであった。
 ほどなくしてクリシャが他界した。八十七歳、老衰であった。遺体は土壌に還元され、花畑の奥にある共同墓地にクリシャの名が刻まれた。セリンという若者がコミュニティの長を引き継いだ。彼女はセノリティクス・ワクチンを投与された人間の一人だった。
 ワクチンの副作用が明らかになったのは、次世代の子どもの数が増加してからだった。ワクチンを投与された親から生まれた子どもの一部に、遺伝子の変異が認められた。免疫系の異常や細胞分裂の異常がある個体のほか、全身が白い毛で覆われた個体が生まれた。老化細胞のアポトーシスが誘導される過程で、健康な細胞や免疫系にも微細な変化が生じ、遺伝子の変異や毛母細胞の異常を招いたと考えられる。住人らは、すでに「正常なき世界」を内面化していたため、新たな命を手放しで歓迎した。一方で、ワリスの指示により、この子どもたちの姿を記録したデータは「外の人々」の目に触れぬよう厳重に管理された。谷は次第に、住人たちを守るため、閉鎖的なコミュニティに変容しつつあった。それまでは自由に移住ができていた通常寿命の人々も、谷を離れることが難しくなっていった。
 セノリティクス・ワクチンの投与を受けた個体から生まれた子どもたちは老化の速度が著しく遅く、穏やかな気質を持ち、年を重ねても肉体の衰えを感じることが少なかった。しかし、長生きであることもまた、負の側面を生み出した。かれらは百歳を超えたあたりで深刻な鬱の症状を訴えるようになった。認知機能や記憶力が高いまま長い時間を生きることが、精神に多大な負荷をかけていると考えられた。対処法を模索するなかで、長寿の住人のうち、赤子に接している回数が多いものの方が抑うつ傾向が少ないことが明らかになった。この結果を受け、次世代の人々は赤子の世話を持ち回りで担当するようになっていった。
 広場に並んで立ち、それぞれの腕に子どもを抱いて体を揺らすかれらの様子はユニークで、次第に「ゆりかご」と呼ばれるようになった。動きにちなんだ命名ではあったが、そのほかにも、長い年月にわたって新たな命を育む揺籠のような存在、という意味も込められていた。この命名は定着し、長命の人間はゆりかご、長命ではない人間は卵と呼ばれるようになった。
「卵」という命名の背景には、いくつかの理由があると考えられる。
 第一に、卵という言葉には、まだ孵化していない、これから育つべき存在というニュアンスがある。ゆりかごたちから見れば、短い命を持つ人々は、まだ人生の初期段階にあり、これから成長していく存在として映ったのかもしれない。
 第二に、卵は、新しい命が宿る場所でもある。ゆりかごたちにとって、短命の人間は、次の世代を生み出す大切な存在——世代交代を前提とした生き物——と解釈された可能性がある。
 第三に、卵は、ゆりかごに守られ、育まれる存在でもある。ゆりかごたちは、長い人生経験から得た知恵を活かし、卵たちを導く意識を持っていた。卵という呼び方は、そうした関係性を象徴しているとも解釈できる。
 この呼び方について、セリンは、懸念を感じないでもなかった。卵には未熟さのイメージがつきまとう。「ゆりかご」と「卵」という言葉が、長命種を上位に置く構造を生産し、両者の分断を深めかねないと考えた。しかし、すでに定着した呼び方を変えるのは、簡単ではなかった。そこでワリスと相談し、谷でのルールをフレーズ化し、全員で唱和するイベントを定期的に開催した。この催しはいかにも宗教的であったため抵抗感を示す住人もいたが、回を重ねるにつれて反対意見は減っていった。初期の住人に多かった聴覚優位型の特性は、次の世代にもしっかりと引き継がれていた。
 地球上のAIが学習したバイアス——人種、性別、年齢、外見、職業の違いに基づく無意識の偏見——を負のデータとして学習していたワリスは、生まれてきた子どもたちの全てに女の名前を与えた。そして、子どもたちは、個体の生殖機能やホルモンバランスに関係なく、誰もが「彼女」という三人称で呼ばれた。これはワリスなりの、共同体の女性化(フェミナイゼーション)であった。谷のコミュニティは独特の方向性を帯びていった。
 セリンはクリシャ以上にコミュニティの運営方針をワリスに相談した。ワリスは谷の住人が健やかでい続けるためには、ゆりかごの人口を厳しく管理する必要があると提言した。赤子の数が足りなくなるとゆりかごの鬱症状が進行し、谷の幸福指数は低下するだろう。これを受けてゆりかご同士の生殖活動には制約が設けられた。また、谷に住むゆりかごの数が上限を超えた際には、子を成した長寿のゆりかごから順にコミュニティを後にする決まりが策定された。谷を追われたゆりかごの行き先は、地球以外になかった。
 ここにきて、ゆりかごの存在を外部の目から隠し続けていたことが仇となった。地上の人々が想定する「正常」な姿からはかけ離れた容姿を持つ長命種が、傷つけられることなく外で生きていけるとは思えなかった。まして「彼女」たちは谷で生まれ谷で育った。体つきや性質に関係なく、地球の感覚からすれば「過度に女性的」な言葉遣いやふるまいをする人々だ。セリンは住民らと相談し、モニタリングデータの売買契約を締結しているシンクタンクに、ゆりかごの姿を公開することを決定した。ワリスはこれに反対したが、その際に出してきた代案はどれも現実的ではなかったため、最終的には退けられた。
 ゆりかごの姿を目にした研究者らはセリンとの面会を求めた。実のところ、地上も同じ問題を抱えていたのだ。「かなた」がセノリティクスの臨床実験に踏み切ってからほどなくして、地上でも一部の患者にワクチンの投与が開始された。効果は目覚ましく、いくつかの難病にとっての突破口となると考えられた。しかし、ワクチン治療者の子どもがみな、かれらにとっての「奇形」で生まれてきたことを受けて、以後の使用は固く禁止された。
 セリンはシンクタンクの研究者らとの面会に応じ、谷のコミュニティの現状を共有した。もはや、ゆりかごに関して隠し事をする意味はないに等しかった。新たな解決策を模索していくべき段階にきていた。研究者らは、ゆりかごの鬱症状が赤子との接触によって緩和されることに強い関心を示した。地上で生まれた第二世代は、従来型の価値観のもと、人々から奇異の目で見られ、長寿であったが自らの寿命を全うせずに自殺するケースが多かった。谷と地球とは議論を重ね、ゆりかごにとって生きやすい社会モデルを模索するため、定期的に情報交換をすることで合意した。上限人数を超えて谷を去るゆりかごを地球側のシンクタンクで保護することと交換条件で、外の研究者に谷を見学させる約束をした。最初は秘密裏に受け入れ、徐々にオープンにしていく方針を立てた。こうして、谷と外の世界との新たな関係性が築かれていった。ゆりかごの一部は、自らの意思で研究に参加するようになった。それは、長い人生を歩むことになる彼女たちにとって、外の世界への免疫をつけるための訓練でもあった。
 一方で、ワリスは警戒感を強めていた。外の世界との接触が、谷のコミュニティを脅かしかねないと考えたのだ。ワリスは、セリンに進言し、外部との交流をより制限するよう求めた。セリンは、ワリスの意見に一定の理解を示しつつも、完全に同意することはできなかった。
「鎖国の時代は終わった」と彼女は言った。谷では、ゆりかごの第三世代が、卵の第六世代が生まれつつあった。
 そんな折、新たな問題が浮上した。谷の住人のなかに、ゆりかごのなかに、外の世界に惹かれ、谷を離れたいと考えるものが出てきたのだ。長い間、隠すべき存在として扱われ、間閉鎖的な環境で育ってきた彼女たちにとって、外の世界は魅力的に映ったのかもしれない。これを知ったワリスは、セリンに強硬な対応を求めた。上限に満たないうちに自発的に谷を去ることを許容すべきではない、と。しかしセリンは、ゆりかごの自由意思を尊重すべきだと考えていた。無理に引き止めることは、かえって分断を悪化させると判断した。第二世代のゆりかごの、少なくない数が丘を後にした。転出のラッシュは三年ほど続き、それが落ち着くと、谷には再び穏やかな時間が訪れた。外の研究者らと交流を持ったことで、ゆりかごたちには自信が生まれつつあった。地球の状況を知るたびに、自分たちが築いてきた文化は素晴らしいものだという確信を強めた。そして、いつか谷を去るときが来たら、地球にも谷の文化を広げていこうと心に決めた。
 谷を去ったゆりかごたちは、外の世界で新たな人生を歩み始めた。それは決して平坦な道のりではなかった。長寿であることへの偏見や差別に直面することもあった。一方で、彼女たちの知識や経験は、外の世界で高く評価されることもあった。谷で育った人々は総じて、それがゆりかごであれ卵であれ、地球の人々よりも自他の境界が曖昧だった。彼女という個人に悪意が向けられることにも、賞賛が浴びせられることにも、慣れていなかった。精神のバランスを崩したゆりかごは、シンクタンクに保護を求めた。自活の道を探り、都市に紛れて暮らすゆりかごもいた。彼女たちは定期的に連絡を取り合い、互いの無事を喜び、谷のルールを囁き合った。
 谷では、ワリスが学校教育の必要性を説いた。簡素な設備を組み合わせ、小学校、中学校、高校の機能が果たせる施設を用意した。住人たちの知的好奇心を満たしながらも、谷の素晴らしさを刷り込んでいった。農作物の品質改善も進めた。必要最低限の生活から、ささやかな彩りを持った生活へと、暮らしの水準が上昇していった。人口は再び増加し始めた。セリンが丘を去り、ゾーイが後を引き継いだ。この頃から谷の長は実質的に「渉外担当」程度の扱いになった。「正常なき世界」を目指すコミュニティは自走をはじめ、明確なリーダーを必要としなくなっていた。
 地上では、ゆりかごのネットワークが形成されつつあった。人々はそれを「地上の谷」と呼んだ。地上生まれ地上育ちのゆりかごにも谷のルールが伝えられ、心の支えとして機能した。彼女たちはバラバラの場所で暮らしながらも、常時ネットワークに接続することで情報空間上での共同生活を営んだ。鬱症状の悪化を防ぐため、子どもを持つゆりかごの脳波は積極的にアップロードされた。情報空間上での共同生活は、ゆりかごたちにとって大きな意味を持っていた。物理的な距離を超えて、いつでも仲間とつながっていられる。孤独や不安に襲われたときも、誰かが支えてくれる。そんな安心感が、彼女たちの心を支えていた。谷にいた頃と形は変わってしまったけれど、谷という巨大な家族のあり方を、物理的な制約を超えて実践したのだった。こうしたネットワークを推進し、人々の連携を進めていったのは、谷出身の一人のゆりかごだった。
 サハナだ。
 全身が白い毛に覆われたサハナは、大きな体と低い声を持ち、地球の人々を恐れさせた。谷では子どもたちに愛されていた自慢の長い耳毛は、嘲笑の対象になり下がった。移住してすぐにサハナは強いショックを受け、発作的に自殺を試みた。身を投げるために登ったビルの屋上から、オムツを履いた赤子の様子を写したホログラム広告が流れるのを目にして、我にかえった。ビルを降りたサハナはその足でインプラントを購入し、ネットワークにマインドを接続した。「地上の谷」というタイトルのコミュニティを立ち上げ、無料で手に入る赤子の動画をアップし続けた。自分自身を救済するための試みだったが、同志の目に留まればいい、という気持ちもあった。ほどなくして、ほかのゆりかごがサハナを見つけ、「地上の谷」というタグが広まっていった。
 サハナの行動は、地上に散らばるゆりかごたちをエンパワーメントした。谷のルールを共有し、互いの存在を確認し合う。それが、彼女たちの孤独や不安を和らげる一助となった。「地上の谷」は、着実にその規模を拡大していった。参加者が増えるにつれ、新たなコンテンツも生まれていった。差別の体験を共有し、ゆりかごに反感を持つ人々が多い危険なエリアを教え合った。不本意ではあったが、地球の卵たちが恐れないような外見に模倣する知恵もアップされた。ときには、谷の思い出を語り合うこともあった。
 このコミュニティは次第に外の世界にも知られるようになっていった。ゆりかごたちの生き方に好意的な感情を持つ者も現れた。一方で、ゆりかごの排斥運動も高まっていった。未知なるものへの恐れから、コミュニティの解体を願う声が大きくなっていった。各都市でヘイトスピーチが繰り返され、デマゴギーが拡散された。何度かの小競り合いが起き、緊張感はピークに達した。
 そして事件が起きた。
 ムンバイのチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅で電車を待っていたアヌシュカという一人のゆりかごが多数の卵に取り囲まれ、八時間に及ぶリンチを受けて死亡した。アヌシュカは二十箇所以上の骨折をし、複数の臓器に損傷を負った状態で、駅構内に放置された。リンチをした連中が去った時点ではまだ息があった。かすかな声で助けを求めたが、ホームに居合わせた人々は彼女の姿から目を逸らし、救急車を呼ぶことはなかった。
 アヌシュカの事件から数時間後にサハナは動画を公開した。自分は「地上の谷」の中心人物であること。このコミュニティはゆりかごたちを慰める目的で結成されたものであり、地球の人々を怖がらせるつもりはないこと。今回の事件を非常に遺憾に思っていること。これ以上の死者が出ないよう「地上の谷」は解散し、発起人の自分は谷に帰還する決断をしたこと。いつの日か地上の卵たちが谷を訪れ、一つになれた喜びを分かち合えるようになることを信じていること。サハナの決断は、多くのゆりかごたちに衝撃を与えた。「地上の谷」は彼女たちにとって、かけがえのない存在だったから。しかし同時に、サハナの思いにも共感せずにはいられなかった。これ以上、悲劇を繰り返してはならない。
 アヌシュカの事件は、地上にいる多くの卵たちの目を開かせた。ゆりかごたちへの偏見や差別が、どれほど深刻な結果をもたらすのか。それを、痛感させられたのだ。中立派だった者たちのなかからも、ゆりかごたちへの理解を示す声が上がり始めた。
 谷への帰還を決めたサハナを、多くのゆりかごが見送った。シャトルのゲートには花や手紙が殺到した。「地上の谷」での日々は、サハナにとってかけがえのないものだった。しかし、しばらくは休息が必要であることも確かだった。ビルの屋上で赤子の広告を見た日からずっと、彼女は走り続けていたのだから。
 谷に戻ったサハナを待っていたのは、生まれたばかりの小さな命だった。自分と同じように全身が白い毛に覆われた、愛らしい子ども。彼女は、手渡されたその子を両腕でしっかりと受け止め、名前を尋ねた。子どもは、名をエツコといった。
「えっちゃん」
 彼女は白いむく毛の赤ん坊を覗き込み、歌うようにして、そう呼びかけた。ゆっくりと揺れる。大きなゆりかごのように。
「えっちゃん」
 赤子の表情にかすかな不満が浮かびかける。サハナは反射的に、彼女の背中に手を添え、とん、とん、とん、と軽く叩いてリズムを刻んだ。幼子の表情がほどける。その顔があまりに無防備で、サハナは泣きたいような気分に襲われた。広場には白く暖かな日差しが降り注いでいる。送風機から、あたたかな乾いた風が送られてきて、草花が緑の波を描いた。白くて長いサハナの耳毛が風で舞い上がり、エツコの頬を撫でた。

 そしてわたしは目を開く。丘での最初の記憶を手に入れるために。

 

***

 

 
 話を聞き終えたわたしはラボのチェアに背を預け、長い間、目を閉じていた。
「あなたが卵だと知ったとき、わたしも正直驚いた」
 ダーシャさんは静かに言葉を続けた。
 わたしは、端末の暗い画面に目を落とした。サハナと同じ毛むくじゃらの顔がそこに映っていた。
「調査チームはサハナが谷に帰還してから、今後の構想について何度も話し合ってきた。サハナは、しかるべきときが来たらあなたを連れてもう一度地球を訪れたいと言っていた。自分と似た外見をもつゆりかごのあなたに、もう一度『地上の谷』を立ち上げる手伝いをしてもらいたいと考えていた。そして、あなたがそれを望むならば、次世代の『地上の谷』を担う、中心人物になってほしい、とも。……我々はそれについて、急ぐ必要はないと思っていた。サハナに残された寿命を考慮しても、あと五十年は猶予があるはずだった」
 そっと目を開く。ラボの大きな窓からは、谷の淵へと沈む夕陽が茜色の光を放っているのを見ることができた。大きくてのっぺりとした、わたしたちの太陽。にせものの、太陽。
「でも、わたしは卵だった」
 ダーシャさんが頷く。
「十歳を超えても成長を続けるあなたの様子に、サハナはひどく取り乱した。あなたにはその姿を見せないように頑張っていたけれど」
 想像したら笑ってしまった。あのサハナが、取り乱すなんて。白くておっとりとした、山みたいな彼女が。わたしに釣られて、ダーシャさんの声が笑みを帯びる。
「サハナはワリスに掛け合って——というよりも、ほとんど喧嘩をふっかけるようにして——あなたがゆりかごだと判明するまでは一緒に暮らす許可をもらった。その頃にはみんな、薄々気がついていた。あなたは、ゆりかごのように見えるけど、本当は卵なんだってことに。幸い、子どもたちは、表立ってあなたの容姿に言及したりはしなかった。学校教育の成果ね。あなたが特異な存在だと感じている人の方が、少なかったと思う」
「違和感はあった」強い声が出た。口に出すべきではない単語がいくつも頭に浮かんだ。急いで目を閉じた。数を数える。
 静かに、でも迷いのない声で、ダーシャさんが言葉を続ける。
「ねえ、エツコ。こういうことを言われるのは我慢ならないかもしれないけど……あなたの存在は希望なの。あなたは架け橋になることができる。ゆりかごのように見える卵の存在は、地上の人々が抱くゆりかごへの恐怖を、解体してくれるかもしれない。そして、ゆりかごが卵に抱く偏見も」
 ゆりかごが卵に抱く偏見。
「やっぱり」目を閉じたまま呻く。あったのだ。やはり。
「許せないと感じる?」
 顔を上げる。
 ダーシャさんの焦茶の瞳がこちらを見ていた。わからない、とわたしは言った。
「わからないの。……小学校のとき、外から連れられて、教室に犬がやってきたことがあった。生きている、本物の犬が。かわいかった。ユニークな匂いがした。一瞬で好きになった。そのとき、犬の平均寿命は十歳から十三歳だって知ったの。ショックなんてもんじゃなかったよ。そんなに短かったら、なにもできないじゃない。なにも。わたし、この短い命のために、できる限りのものを与えたいって思った。これって驕りだと思う?」
「どうかな」
「自分がサハナから……ゆりかごたちからそう思われてるとしたら、嫌な気分になるけど、しょうがないとも思う。わたしたちは、大きな波。その全体であり、部分である。それでも小さな波は大きな波に憧れる。大きな波は小さな波を…………愛おしいと、感じる」
 いつかテラスで見たのと同じ表情が、ダーシャさんの顔面に広がった。
「すごいな、あなたたちは」
 それで返事は決まった。短い命の儚いわたしは、谷を去ることにした。

 

***

 

 面会室に現れた斎藤夏菜子の顔には、数秒の間にいくつかの表情が浮かんでは消えていった。それで、わたしが卵であることはすでに伝わっているのだろうと判断した。
「はじめまして。夏菜子さん。わたしはエツコといいます。谷のやり方に合わせて、下の名前で呼ばせてください」
 夏菜子は驚いたような表情のままこちらを向いて固まっている。顔面に大きな傷があり、指の本数が「正常」よりはちょっとだけ多かった。かおのきず、ななほんゆび。頭のなかで声に出しておく。よく意識して見なければ、こういう違いは目に入らないし、見えたとしてもすぐに忘れてしまう。地球に来て身につけたことの二つ目。相手の外見の特徴を、「正常」から足したり引いたりして記述すること。不愉快極まりない作業だが、交渉役である以上、地球に住む卵たちの価値観にも寄り添わなければならない。
「あなたには三つの選択肢があります。一つ目。NPOによるサポートを受けながらご自身の生活を立て直す。二つ目。シンクタンクによる支援のもと、地上の谷を再建するためのメンバーになる。三つ目。谷への移住のウェイティングリストに登録する。三つ目の選択肢は、一つ目、二つ目の道を選んだ後でも選択できます。当面はNPOかシンクタンクのサポートを受けて暮らし、うまく順番が回ってきたら谷に移住する。谷のゆりかご人口は直近五十年間空きが出ていませんが、長命のあなたならば、生きている間に空席が出ることもありえます」
 一息に喋ってから、彼女の様子を観察した。首を傾げているが、不満の意図があるようには見えない。手元の資料に目を落とす。
 斎藤夏菜子、推定二百三十二歳。出生地は地球、日本、長野県。十五歳のときにゆりかごと診断される。地元の長野県長野市で高校卒業まで過ごし、上京。ゆりかごであることを悟られないよう、数年おきに転居を繰り返す。アルバイトの傍で簿記の勉強をし、日商簿記の資格を取得。経理事務の派遣職に就く。以後、通関士、宅地建物取引士、中小企業診断士、介護福祉士、調理師の国家資格を取得。とくに老化が遅いタイプで、見た目の割に所有資格が多すぎることから「ゆりかごバレ」すると考え、八十歳以降は資格試験を受けていない。
 百歳を超えてから海外に興味が向き、各国を転々としながら語学を学ぶ日々を送る。
 百五十歳で鬱症状が悪化。百歳以上のゆりかごは保険の適用外であることから、医療費を工面できなくなる。知人の紹介で実業家の岡崎智成と愛人契約を結ぶ。岡崎とは三十年を共にしたが、歳月を重ねても容色衰えぬ夏菜子の貞操を疑った彼が刃傷沙汰を起こしたことで訣別する。顔面の傷はその際についたもの。以後、都内を転々とする生活を送る。先週の木曜日、新宿で行われた反差別デモに参加していた夏菜子を複数人のゆりかごアンチが取り囲み、撮影、拡散した。広く顔の知られたゆりかごは暴力のターゲットになりやすいことから、政府機関により保護される。
 資料を閉じる。地上のゆりかごとしては、かなりマシな部類の人生といえるのかもしれない。でも、谷で育った自分には、他人の人生の価値なんてジャッジできるわけがなかった。他人という概念すら、まだ理解しきれているとは言い難いのに。
「なにか質問があれば、どうぞ」
 首を傾げて硬直している夏菜子に向けて、冷たいと言われないような口調を心がけて呼びかける。
「あたしのこと、覚えてる?」夏菜子の声には親しみが込められていた。
「というと?」
「え、会ったことあるよね。ほら……二百年くらい前に……」
 笑みが漏れた。ゆりかごのこういうところ、嫌いになれない。彼女たちは全てを覚えて生きていく。
「夏菜子さん、わたしはゆりかごではありません」
 彼女の目が、これまでよりもずっと、大きく開かれる。
「うそ」
「ご存知かと思っていました。部屋に入ってきたときに驚いていらしたので」
「あれは、また会えたから」
「人違いです」
 むっとした表情が浮かぶ。ゆりかごにしては直情的なタイプらしい。
「でも、あなただったよ。そんなふうに白くてふわふわで、耳から生えてる毛がきらきら光って」
「なるほど」咄嗟に顔を伏せる。わたしは、目の前がぼやけてくるのに気がつかないふりをして、言葉を続けた。
「それはわたしではありません。彼女の名前はサハナ。わたしのゆりかごです」

 

***

 

 最近はずっと、世界が白い。
 まどろみのむこう、懐かしい声が遠くで聞こえる。頬に触れる柔らかな手のひら。
 波の音。
 いや、違う。これは毛の音だ。耳の毛が揺れて、ごおごおと音が鳴っている。わたしの身体の音。ずっと聞こえていたはずの音。
 また、誰かの声。
 誰かって?
 記憶も声も、近づいては遠ざかる。最近はずっと、意識が白い霧に包まれている。
 みんな、ここに集まっているみたい。たくさんの声が聞こえる。ごおごお。
 地球に移住した年、生まれて初めて体験した、自分の誕生日パーティーのことを思い出す。わたしのために、きてくれた人々。いくつもの大きなリボン。ハプティック・クラッカーのぱちぱちとした感触。脳が溶けちゃいそうなくらい甘い、いちごのケーキ。ああ、ダーシャさんがくれたストールの色ときたら。もう一度あれを見なくちゃ。
 わたしは目をひらく。色彩が飛び込んでくる。いろんな色の顔。いろんな色の服。こちらを見下ろすたくさんの目。
「えっちゃん」
 懐かしい声がする方に顔を向けると、幼い日のわたしが立っている。泣くのを我慢しているような、精一杯の表情。思わず笑ってしまう。白くて、むくむくの、かわいい子供。
「えっちゃん、起きたの」
 そうねえ。
「えっちゃん、えっちゃん」
 あの頃のわたしはどんどん大きくなって、声も驚くほど低くなって、近くて遠いその子どもは、安心したような、だからこそ悲しくてしょうがないような、そういう顔で、とん、とん、とん、と、わたしを叩く。悪くない気分が、全身に広がっていく。
 とん、とん、とん。
 わたしはもう一度瞼を閉じる。
 とん、とん、とん。
 遠くでわたしを呼ぶ声が聞こえる。かつてあなただったわたしが、波の向こうに消えていく。
 えっちゃん、とわたしを呼ぶあなたの声は、もうじきに、聞こえなくなる。
 ごおごお。ごおごお。
 とん、とん、とん。
 なにか大きなものの腕に、わたしは抱き上げられる。
 それから、ゆっくりと世界が揺れる。

 

文字数:25784

内容に関するアピール

 ルッキズムのない世界を実現するためには、どんな装置が必要だろうか? という問いに答えるために書きました。あらゆる問題は「大きな視点」で見下ろしてみれば解消したように感じらるけれど、結局のところ、波に揉まれている間はみんなとても苦しい、という実感から生まれた作品です。

【参考文献】
仁平説子『自閉症とアスペルガー症候群 対応ハンドブック』, 東北大学出版会,2018.
米本和広『洗脳の楽園 増補改訂版: ヤマギシ会という悲劇』, 宝島社, 1999.
ピエール=ジョゼフ・プルードン『所有とは何か』, 講談社, 2024.
ジョナサン・ワイナー『寿命一◯◯◯年: 長命科学の最先端』, 早川書房, 2012.
ヤーデン・カッツ『AIと白人至上主義 人工知能をめぐるイデオロギー』, 左右社, 2022.

文字数:335

課題提出者一覧