救難シックスティーン

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梗 概

救難シックスティーン

7月、関東北西部を襲った熱波は異常であった。8月に入って最高気温が39度に達すると、その高温域の直下にある「関東北西部断層帯」では、微小地震の観測数が一日あたり20回を超えた。

ヒミ・リョウスケは16になったが高校には通わない。自宅マンションからほとんど毎日、利根川を越え、市の給食センターと8階建ての団地の間でドローンを飛ばす。2020年代にドローンによる宅配サービスが解禁された。中学でいじめにあい不登校になったヒミは、父がくれた360度カメラ付きドローンに冷凍介護食をぶらさげて、団地に住む独居老人や介護家庭に運ぶ。部屋から出ることなく、誰からもいじめられない仕事に文句はなかった。8月2日金曜日午前8時17分、仕事の準備を始めたヒミは、その小さな揺れに気が付く。

緊急地震速報と同時に、ヒミのマンションはそれ自体が宙に浮き、ねじれるように振動した。停電した部屋からは入道雲の下で土煙を上げる市街地と変形した団地の影が見える。ドローンのセットを担いで家族とともに避難したヒミは、広域避難所の市民体育館で、団地の住民が助けを求めて職員に詰め寄るのを目にする。テレビではヒミの街で震度7を観測したと伝えている。大勢の市民とともにドローンを抱えたまま呆然とテレビを見ていたヒミは、先ほど職員に詰め寄っていた女子高生に腕を引っ張られる。市の消防隊が来ないのでドローンで団地の中を捜索してほしいと頼まれたヒミはグラウンドからドローンを飛ばす。ガスタンクが爆発し、関越道や上越新幹線が寸断され、そして4階が完全に崩壊した団地をVRゴーグル越しに目にしたヒミは息を飲む。

1970年代に建てられた8階建ての団地は上から見るとY字をした複雑な構造だったが、ヒミはほぼ完ぺきにその内部を覚えていた。ドローンで彼女の祖父母を見つけ、外にいる消防団にスピーカーでそれを知らせたヒミは、潰れた4階で何人もの住民を「救助」していく。ゴーグルの充電がなくなると自家発電のある体育館に戻り、モニターにコントローラーを接続して捜索を続ける。かつてのいじめっ子達が偶然ヒミの近くを通りがかるが、その様子に言葉を失う。余震が襲う蒸し暑い体育館で、肌に塩を吹き、唇の皮がめくれてもヒミは操縦を止めない。やがて発見されるのは遺体だけになる。ドローンはついに動かなくなる。最後の瞬間、赤ん坊の泣き声とともにベビーベッドから乳児の腕が伸びるのがモニターに映る。ヒミの周りでそれを見ていた彼の両親や市民たちが声を上げる。そしてヒミは赤ん坊のことを消防団に知らせるため、泣きながら団地に向かって飛び出して行く。

一年後、17になったヒミは、慰霊式典の帰り、両親が運転する車の中で市の感謝状を脇に抱えながら、防災関係の大学に行こうと決心する。車窓からは取り壊されて半分になった団地と、利根川河川敷で遊ぶ子供たちが夕日に照らされているのが見える。

文字数:1196

内容に関するアピール

「あついと感じる話」と聞いて、気象環境的な「暑さ」と、ほんのわずかな科学の進歩によって力の弱い者が自立し、そして他人を助けることができるという、近未来SF的な「アツさ」の両方を書きたいと思いました。あと少しで手が届きそうな未来と現実的な閉塞感をリアルに書くために、現実では大規模活断層のひとつ「綾瀬川断層帯」が走る北関東と、高齢化と老朽化が進む高層団地を舞台としました。旧耐震基準法で設計された高層建築物の中間層破壊は阪神大震災でも実際に頻発しています。実作では、キラーパルスと呼ばれる地震動が団地や地方都市を破壊する様子とともに、主人公の変化をできるだけ細かく描写して震災にリアリティを出すことで、後半の乳児の救出劇をエモーショナルに仕上げます。

文字数:324

課題提出者一覧