泡が生まれる

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梗 概

泡が生まれる

ロボティクスな彼と有機ガラス製の彼女。試験を終えた彼女は彼にまっすぐ会いにいく。
いつものように彼の本棚から本を取り出し捲りつつ、彼女は問いかける。
料理中の彼との言葉のキャッチボール。微笑ましい二人の世界。
彼の作り出すお料理にズームインしていく、すなわちセカイの中へ二人は向かう。

沸騰する鍋の底から無数に生み出される泡。泡。
ライデンフロスト温度の予測、現代のスパコンを使っても数値シミュレーション予測は難しい。
泡の出る構造は無数の微細な傷に留まる空気の存在である。その世界へと。
炎の刺激で泡となりぷくぷくと音を立てて二人を包み込む。

特定の音や光を指定してそのものへ融合する遊びがこの世界では人気だ。

二人は熱い熱い蒸気溢れる鍋の中へ融けていく。

灼熱の底から湧き上がる空気の玉は温度の上昇に合わせて繋がり膨らむ。
気泡の大きささ、それは…。

熱エネルギーが増大することで対称性の破れが起こる。

出汁の中で有機ガラス体の彼女はその上昇が懐かしくなる。

彼と出会った頃、あの場面を一緒に見て体温は上昇し心拍数は上がり息を飲み込む

あの数分間の映像が気泡の中に見えてくる。

「ああ、これってマルチバース宇宙みたいね」

「無数に生まれる宇宙」

あ、これ以上熱くなると、、

自己消化性を持つ彼女の身体は酸素指数に合わせて燃え続ける。火源があると燃え続けるのだ。

それは彼以外には反応しない機能でもあり、その身体は衝撃性に優れて割れにくい。

珪素でできた彼女の性質は透明で美しく液体の中でも輝いている。
ハイブリットガラスでもあるため繊細な性格と正比例してますます綺麗な姿へと彼の目には映る。

その想いは彼女の火源を育て心拍数とともに急上昇していく。

大きな泡が生まれては消え生まれては消え無数に繰り返される。

蒸気となった彼女は、ロボティクスな彼の素材へ蒸着していく。

彼女自身の緩衝撃の特性は彼を包みこむことで融合し蒸着し成形していく。

傷つきやすい素材は強化されていく。彼女の意識は気泡となり彼を包み込む。

融け合う中で呟く E=mc² 
ねえ、触媒中の液体の中ならば光速を超えていくことも可能だよね?

 

2つのシャンパングラス、コルクの音。シャンパンで乾杯する二人。
先ほどの体験をクスクス笑いながら話している。
出来上がった今夜の食事は彼の出身地、製造地の名産のセリをふんだんに盛り付けた鍋。

瑞々しい500nm〜570nmの波長のグラデーションを見せる。
彼女は手に取っていた浅葱色の装幀の本を元の位置に戻す。

メニューを知らなくてもいつも偶然繋がるような本を手に取るのは何故だろう?

 

「セリ鍋はねっこが一番美味しいんだよ」

「どうして沸騰するときに泡ができるか知ってる?」

それはね、まずは泡の構造から話そうか。

有機ガラスでできた彼女は無意識の泡の秘密を本当はもう知っている。

ロボティクスな彼のその秘密、つまり二人の共有するそれ自体が

この世界の表層を表している。

 

 

 

 

 

 

 

 

文字数:1200

内容に関するアピール

熱い、暑い、厚い、篤い。あつい。

連想ゲームを続けていたら、私自身のテーマのひとつ「泡」が浮かんできて、
素粒子の運動と熱エネルギー、沸点、と続けているうちにある技術者の化学反応の一般向け記事を見つけた。

そこからふわふわーと生まれた作品です。書いてる途中でSFとはなんぞや、と思いつつ。

SFってわりとハードなテーマだったり、緻密な世界や、全く新しい常識物理法則を自然に取り入れて作る世界。

その中で、たぶんあまり描かれてないようなふんわりしたSFを書いて見ました。

ネタ帳は図や絵を入れてイメージに端的な言葉を並べていたのでその世界を文章化するのに、
実作では使っていい表現かわからないですがイメージに合わせてみました。梗概には雰囲気だけ。

熱い熱い熱いセカイ。ふたりのセカイ。

わたしのSFの原点は何かに融合していくこと。そんな瞬間を描きたい。

文字数:366

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泡宇宙とセリ鍋と

「今夜は寒いから君の好きな鍋を作ろう。試験はどうだった?」

リズミカルに刻む音といい香りの蒸気がふわりと漂う。

わたしは本棚から一般相対性理論とタイムマシンを本気で目指した男の本をパラパラ捲る。

SF小説ではなく物理学者たちの本。最初に会った時からずっとわたしはタイムマシンがあったら?

どこに行きたい?過去?未来?誰に会いたい?何をしたい?そんな会話ばかりしてた。

試験の手応えを伝えつつ、リズミカルな音の合間に時空の曲がりと可視宇宙について質問してみる。

 

「そう、その調子で僕の背中を追いかけて」

「今日は僕の故郷の鍋だよ。さ、鍋の底に集中してみて。」

ふわぁっと爽やかに香る立ち上がる蒸気。

ぷくぷくぷくと泡立つ出汁をぼんやり眺める。

沸騰したお鍋の底から湧き上がる泡。泡。泡。ぷくぷくぷく。

目視では気づかない微細な傷に空気が溜まり熱せられて泡となる。

 

 ぷく    ぷく

   ぷく        ぷく

 ぷく       ぷく

 

人魚姫の泡。儚くて繊細で少し甘い切ない泡。

小さな傷は種となり泡となり、火力を上げ続ける中で泡はどんどん膨らみ

隣り合う同士が融合して合体してダンスをしていく。

重なり合う泡。

「沸騰の予測は困難なんだよ、知ってたかい?」

低いトーンの声。でも少し弾んで解と問いを同時にするのはいつもの合図。

わたしはじっと泡のダンスを見つめる。法則性を探していく。

そもそも私と彼の世界線が繋がったのは何故だろう。

 

ぷく    ぷく      ぷく

  ぷく     ぷく

     ぷく        ぷく

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、、

2つのシャンパングラス、コルクの音。

微細な泡とシャンパンゴールドの柔らかくてハッピーな色が

透明なグラスを満たしていく。

彼の出身地、製造地の名産のセリをふんだんに盛り付けた鍋は

瑞々しい500nm〜570nmの波長のグラデーションを見せる。

「セリ鍋はねっこが一番美味しいんだよ」

「どうして沸騰するときに泡ができるか知ってる?」

それはね、まずは泡の構造から話そうか。

有機ガラスでできた彼女は無意識の泡の秘密を本当はもう知っている。

ロボティクスな彼のその秘密、つまり二人の共有するそれ自体が

この世界の表層を表している。

文字数:902

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