梗 概
いつか止む雨について
幼い日の『私』は両親の離婚を機にストレスから聴覚過敏を発症し、ほぼ全ての音が耳に突き刺さるように感じ始めた。防音のイヤーマフをして暮らすが東京という環境での生活にも引き取られた母との会話のない生活にも限界を感じ、田舎に住む祖父の家に預けられる。
山中の静かな場所だが、ペンが紙を擦る音も苦痛に感じ『私』は塞ぎ込む。ある雨の日、耳を塞いでも音が離れない感覚に襲われ逃げ場を求めた『私』は、裏手にある古い木造りの小屋の中で、古びた屋根に響く雨粒の音に聞き惚れる。それは聴覚が正常だったときには聴いたことがないほど美しく、素晴らしい音の連なりであった。
雨が降るたび小屋に入り浸るうち、『私』はやがておずおずとその音に話しかける。すると、声が返ってくる。雨は『私』が話す胸の内の大切なことやくだらないことに相槌を打つ。雨音でしか知りえない様々なことを話してくれるのが聞こえる。少なくとも聞こえたと記憶している。雨は美しい女の声をしていた。
そうして過ごすうちに症状はやや緩和し、『私』は東京の母の元へと戻り学校も再開した。未だに耳を覆う道具は外せない。小屋で聞いた雨音と声が脳裏で蘇る。通う精神科の主治医には、状態は落ち着いているが、聴覚の症状がすぐに消えるか、長く残るかは分からないと言われる。翌年の正月、祖父のもとを再び訪れると小屋は跡だけになっていた。古い小屋は嵐の日に崩れ、そのまま取り壊したのだという。
東京へ戻った『私』はあの音と雨の声を求め様々な軒下や建物を訪ねて回りそこでおずおずとイヤーマフを外すが、どれもあの鮮烈な時間と空間を与えてはくれない。足で探すことに飽き足らず、様々な雨音や水音の音源をかき集めるようになる。新しい音源からレコードに封じられた音までを求め、中学高校を経て『私』の部屋には様々の音響機器が集まっていく。
専門学校を経て映像会社の音響部門に就いた『私』は、2か月に一度の精神科への通院を続けている。聴覚過敏はほぼ治っていると言われているが、『私』自身の希望で通院を続け、近頃は出来事を書き留めたノートを主治医に提出している。
ある日、仕事で扱うデータに含まれていた雨音に『私』の手が止まる。湧き上がる感覚に震えながら出所を辿ると、録られたのは古い酒蔵の敷地内にあるボロ小屋であった。映像は、近く酒蔵が大規模な改築を行うことを告げていた。
電車を乗り継ぎ件の酒造へ向かう。小屋に入れてもらえるよう頼み込む。夜になり、雨が降り始めると、『私』の予感は現実となった。まさしくあのときの音がする。そしてやはり、美しい声は全く、聞こえない。『私』の聴覚はあの頃と全く違う、正常な状態になっていた。
『私』は音響機器を売り払うと、祖父が住んでいた敷地にその土地の材で新しく一つの小屋を建てた。そして数十年後に朽ちた木の囲いの中で、自分でない誰かでもよい、誰かの耳があの世界で最も美しい雨の声を聞くときがいつか、再び訪れることを願う。
耳を晒したまま主治医の元を訪れ、これらのことを記したノートを主治医に渡したのを最後に、『私』が通院をすることはなくなった。
文字数:1290
内容に関するアピール
鮮烈な「音」との出会いと、その感覚を追い求める人物の話です。小屋のシーンは主人公の幼さもあいまって幻想的なものになるかと思います。聞いたことのない音をはじめて聞いたという感触が話全体を駆動させます。
ファーストコンタクトというのは出会う相手もそうですが、ファーストであることそのものによって特別さを孕むのだとしたら、それに再び出会おうとすることは不毛な取り組みとなるかもしれません。一口目が一番美味しい。
すべて『私』による一人称の文章で、『私』自身がノートに書き記した形をとって書かれます。ペン先の音についての記述など、細かな部分のフィードバックを効かせて立体感を出していきたいです。
文字数:294