オーバー・インクルージョン

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梗 概

オーバー・インクルージョン

真弓は一日中うつらうつらしていた。
 「気晴らししてきなよ。2人はぼくが見てるから」丈裕は言う。

 

「この計画が成功しなければ我々は絶滅だ。どうか成功してくれ。」
 「敵が迫ってる!急いでうちあげろ!」
 ズッゾ星人の攻撃に晒されたマポック星人の絶滅は目前まで迫っており、地球めがけて打上げた1隻のステルスシップが種存続の最期の希望であった。

——計画は成功していた。この15年間、地球人の子宮から出生していたのはほぼすべてマポック星人だった。
 しかし——

 

宇宙探偵ケンは船内から肉眼で空間のゆがみを発見する。宇宙空間のなんでもない虚空の一点であった。ケンがバズーカを放つとゆがみは消えた。

 

「え?」真弓は目を疑う。
 公園で遊ぶ子供たち。その姿が突然まるで違ったものに見えた。その姿は——。
 「ぎゃー!」悲鳴が四方八方から響いた。

「丈裕!ねえ公園で!」真弓は家に飛び込みながら叫んだ。「ひいっ!いやああ!」。3歳の律斗は笑っていた。顔半分を覆う大口で笑顔をつくっていた。触角のような突起が紅色の顔から3本生えておりそれが前後左右を見る目の役割をするように細かく動いている。「丈裕!丈裕!」。丈裕は1歳の梓(だったもの)が寝ている隣室で気絶していた。

 

「本日はこのような機会をいただき有難うございます」マポック星人は言った。
 ——我々の先祖は、ステルスシップから地球上に微粒胚子を大量に撒きました。胚子は2匹ずつ地球人女性の子宮に忍び込みました。子宮内に射精が確認されるとその1匹が精子1匹の性質を解析し傾向を受継ぐかたちで育つようプログラムされておりました。それが我々です。
 我々の力は弱く、皆さんに違和感なく育てて頂かねば種が絶えてしまうと考えました。そのため宇宙船から催眠信号を無断で送り続けました。マポック星人の子供が地球人ヒトの子供に見えるように——。
 その装置が先日壊れたのです。

 

私が育てたんだよ?
 でも僕らと彼らは違いすぎる
 追い出すってこと?
 そういうことじゃない。真弓がいままでどおりの真弓でいられるようにはおもえないんだ…
 そんなことない!丈裕が嫌なだけでしょう?おしつけないでよ
 よくみろよ!目も鼻もないし、あんなに不気味な口
 不気味なんていわないで!
 「ねえ。私からも一言いい?」丈裕の母だ。「丈裕もまゆちゃんもお互いのことは嫌いじゃないわけよね?」2人はうなずく。「それなら律斗と梓はこの実家に預けてちょうだい。私は夫と離婚してひとりだから、ちょっとこわいけど何かが居てくれると気が紛れるわ。まゆちゃんは行き来したらいいし。それで。もう1人子どもを授かろうとしてみたらどうかしら。3人目からは地球人ヒトが産まれるのよね?それから考えてみたらどう?」

そして彼らはヒトの子を授かる。
 名を橋也という。

「ずりーよ!姉ちゃんドリフトつかいすぎ!」と橋也。もう6歳。2人はレースゲームをしていた。
 「練習が足りんな。練習が!」と梓が言う。
 「本読んでるから静かにして!」律斗が隣の部屋から顔を出して言った。

 

一方、ヒトに追い出されたマポックの子たちは日本政府が開放した所有者不明の土地や公有地を目指した。彼らは家を出るとき玄関の前で深くおじぎをした。それぞれの国でそれぞれの家庭に合わせた作法で礼をしたのである。

そしてマポック人どうし顔を合わせると、複数人で触角を束ね合わせるように絡ませた。

文字数:1399

内容に関するアピール

日常のなかにあるものが実は思っていたのと違っていた、という話を書こうと思いました。
 目の前のものに出会いなおすようなファーストコンタクトです。

そうして現れた異物を、それぞれの人物や団体/国などがどのように考えどのように扱うのか、人の感情の動きにフォーカスして描きたいと思っています。地球は人間のものなのか、というようなことも含めて。

エイリアンというと、何か能力を持っていたり、力は弱くてもどこか人間にない部分があったりする場合が多いように思うのですが、純粋に弱いエイリアンがいてもいいのかなと今のところは思っていて、能力がない分、マポック星人どうしの特殊な仕草やコミュニケーションのとりかたを後半で描くつもりでいます。

文字数:309

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コンビニエンス・スタア

Prologue 首

地球暦2020年10月5日 ヨーシイ スタアマートCEO室

「入れ」
 声が聞こえるとヨーシイは躰をびくりとさせた。長年夢見てきたCEOというポストにすわるものと今から対面するからだ。ヨーシイの顔は暗い。呼び出された理由はわかっていた。
 「失礼します」
 ヨーシイは躰のすみずみまで注意をはらった挙動で重い扉をひらきなかに足をふみいれた。
 「スタアマートHP058スタアチーフ。ヨーシイであります」
 そう言ってヨーシイは、さまざまな生物がそこここに置き捨てられた部屋の中央へとむかう。ノワティスラフ銀河帝国スタコンチェーン協会スタアマートCEO——レポルドヴナ=ムクファス——は剣山のように尖っていた。ひじょうにこわいとヨーシイは噂にきいていた。首切りムクファスとよばれるほど、役に立たないと判断した社員の首をかんたんに切るのだとか。
 仕事上の大きな責任を問われる恐怖からガタガタとふるえる足でようやくヨーシイは社長室の中央にたどりつく。

——それは1秒の何万分の1以下のみじかいやりとりであった。

——きみのしごとはなんだ 
 レポルドヴナ=ムクファスはヨーシイに尋ねた。ヨーシイはうろたえる。
 「わ、わたしのしごとは商品の保全と確実な出荷であります」
 「担当は?」
 レポルドヴナのじゃみた声がとどろく。
 「ちきゅ。う。あ、いえ、HP058であります」
 アシスタントから「社長は星をナンバー以外でよぶことを嫌うらしい」とヨーシイはきいたばかりだった。失敗した、これで首は決定的だ、とヨーシイはおもった。
 「HP058はどうなった」
 「猫、いえ、四足生物324になりました」
 「…」
 レポルドヴナは微動だにしない。ヨーシイを見つめて動かない。その目線はヨーシイにとって、責めを受けていると感じさせるに十分なものだった。ヨーシイは焦って弁解しようと口をひらく。
 「し、しかし、、地球のしは」
 そこでヨーシイの声はとぎれた。液体とともに首が宙を舞った。

 

1章 星を売るもの

-顧客

「ぐへへへ.」 
 「おおアース人か.」
 「そおよ. アース人よ. 」
 「おまえやっぱうまいよなコーディネート.」
 「いえでいろいろひっぱりだして試したもんよ. ミュール人だろ、サルィリ人だろ、エイヤ人だろ. そうやってくみあわせんのよ. それで首にアース人を巻くのが最高だったわけ. いいだろこれ. イザイも真似していいぞ.」
 「おれがやってもボントみたいに整わないんだよ. おれはスタンダードに羊毛の腹巻きでいいんだ.」
 「そおかそおか. ま、おれのは上級だわな. でもアース人はべらぼうに高いってわけじゃないからとりいれるハードルは高くないぞ. 吸っても美味いし、躰にぬるのもありだしな. もっと買うべ」
 ボンドはそう言いながら食卓にならんでいるアース人のジェルをこそげとりそれを舌に塗った。

A 流れ星

地球暦2016年5月22日 ヨーシイ 惑星モヴィス軌道上

「ダイダナめんどくせえよ。一生需要はなくなんないだろうからそれはいいけどよ。薄利多売すぎんだろ薄利多売。転送がめんどくさいっつの。出荷数合ってるか数えるだけで1日おわってるかんじだぞこれ。」
 ヨーシイは担当する星から顧客へ生物やら石やらを転送販売するビジネスの一端を担っている。客は星から企業、一般市民から貴族までさまざまだ。
 「だよねえ。うーん、でも売れないよりいいってことで、いいほうにかんがえよ?」
 「うーん。」
 「だって、ヤンヤンの担当星なんか、全然うれないのに消費期限はやいものばっかしで、育てては廃棄して育てては廃棄してってかんじらしいよ?そのぶんこのRR7483星はこのプチプチ植物ダイダナがあるうちは安泰でしょ?なんでこのプチプチつぶれる植物がこんなに人気なんだろ?水やってたってすぐ弾力がなくなって買い足さなくちゃいけないのにさ。よくわかんないや。ヨーシイさ。そろそろ寝たら?寝てないからイラついてるんでしょ。今日はどうして夜更かし?」
 「気づいた?そう…。実はな…。」
 「え?なになに?!こわい、なに言うつもりなの?やめてやめて。なんか嫌なニュースなの?」
 「いや、うーん、まあうれしいことではないか。…さっき、流れ星をみたんだよ。」
 「げ」
 「流れ星。流れ星をみてしまったんだ。」
 「なんでみるの!やめてよ。あーあ。絶対変なこと起こるよ。不吉なことにしかならないじゃん。いつも」

船内スピーカから呼び出し音がなる。

「げええ!なに!」
 「なになに!!!」
 ヨーシイとそのアシスタントロボット——ハペニ・D——は同時に奇声をあげた。本社からのコールである。
 「はいっ!もしもし。」
 「ヨーシイさんですね?」
 「はい、ヨーシイです。」
 ヨーシイは身振りでハペニ・Dに相手がエリアマネージャであることを伝える。
 「な、なんでしょうか。」
 「きみはいまRR7483担当ですよね?首尾はどうですか?」
 「とくに問題なくいつもどおりにやらせていだたいております」
 「そうですか。いつもどおりでは困るんですけれどねえ。いつもおしえさせていただいてますでしょう。だから十分もう分かってらっしゃると思うのですがあえて言わせていただきますわね。つねに数字の改善/ルールの確認/点検の徹底。生物生産バースラインネットワークにイエローはひとつもないかしら?」
 「な、ないです。」
 「あら。どうして嘘をつくのかしら。わたし悲しいわ。わかるんですよ。わたしには。」
 「は、はい。しかしですね。」
 「しかしぃ?」
 「い、いえ、あの。イエローをつぶしつづけておりますと、それだけで1日がおわってしま」
 「あなたほんとうにそれでもチーフなの?エリアマネージャのわたしに口ごたえ?一回でも成果をあげたのかしら?イエローが急変して、生物生産がもし止まったら、責任とれるのかしら?あなたに。」
 「いえ、すみませんでした。」
 「そうよね。こういうときは素直に謝る。でもね。言葉で謝るだけじゃダメなのよ。」
 「…はい。」
 「返事がちいさいわね…。もう一回!」
 「はい!」
 「わがスタアマートの社是は!?」
 「〈いちばんの満足をあなたに!〉であります!」
 「ま、いいわ。ヨーシイさん。あなた来週からHP058に異動よ。来週までに光速航行の申請と、いまのRR7483のひきつぎレポートを提出して。それじゃ。くれぐれもイエローをのこさないでくださいね。」
 「はい。かしこまりました。」
 ヨーシイは怒りではち切れそうだった。
 “水の入ったコップをつくえの上に置いたらつくえから落ちてコップが割れてしまうから危ないので予防のためにコップをつくえのうえに置くのはやめましょう。”
 バースラインネットワークに表示されるイエローシグナルをすべてつぶすなんて、そのような節度のない危険判定とその予防にすぎない。
 「ヨーシイ。大丈夫?」ハペニ・Dが声をかける。
 「ああ。いや、大丈夫ではないかもしれない。おれは、ここにいるか?」
 「いる!いるよ!…それにしてもすごいね!感心しちゃう。流れ星の直後にきっちり不吉なことが…」
 「なに感心してんだよ。というかミミチアンまじやばいよあのおばさん。どういう思考回路なの。すぐヒステリーになるし、出荷数10回数えなさい!10回チェックよ!ってなんどもメッセージ送ってくるし。狂ってる。」
 「なんであんな人がエリアマネージャなんだろかねえ。」
 「担当異動か。まあこの星RR7483担当チーフもけっこう長くなってたし、ちょうど頃合いか。でもぜんぜん時期じゃないからまったく予期してなかったな。不意打ちすぎる。」
 「ほんとほんと~。」
 「さっそく引継と光速移動の準備はじめるかあ。イエローは無視無視。あ~あ、もう一生流れ星みたくない。」

ヨーシイはスタアマート社員である。スタアマートは複数の銀河を統べるノワティスラフ星にその本店をもつ星間小売販売企業だ。商品は水や滝、岩や微生物まで多岐にわたるがなんといっても売れる商品は生物であった。星で育ったその惑星だけの生物が良い値でよく売れたのである。

B HP058

地球暦2016年5月30日 ヨーシイ シヨジエ号 

「おお~、みえてきたみえてきた!HP058。HP058の支配生物はアース人。アース人たちは自分たちのことを<人間>とよぶんだってね。ヨーシイもインストールしたから知ってるだろうけどっ。」 
 「青いな。水が多いのか。滞在先としてはまあまあかもな。どっちにしろ飽きるけどさあ。」
 「え?なにそのカタチ」ハペニ・Dはヨーシイを見て言う。
 「なんかこういう見た目らしいよ?人間ってやつは。人間のこどもだよこれ」
 「そのカタチは人間の女ってほうのこどもですね。ふーんそのカタチで行くわけ?」
 「まあね。今回はこのカタチで星入しようと思いますよ。」
 「いつものことながら、変形すんの好きだよね。」
 「すがたが変わると性格も変わる感じすんだよ」

彼女かれじょらが到着したのは地球HP058である。この日からヨーシイの担当星は地球となった。地球はスタアマートが掌握している収穫銀河群にかるくおさまっていた。人間は根強い人気があり、注文があれば即転送できるよう、スタアチーフ星店長が常駐することに決まっている。スタアチーフは転送だけでなく、人気生物の保全や増殖促進まで仕事とされておりその仕事量は膨大だ。

「うわ。メッセージきてるよ~」
 ”ヨーシイさんへ 人間を売って売って売ってくださいね。ゆっくり仕事をしたり、チェックしなければならない場所から目をそらしたり、そういうことはヨーシイさんにはないと思いますが、十分注意して勤務してください。では、数字が伸びる日をを待っています。くれぐれも躰に気をつけて。 エリアマネージャ ミミチアン”
 「くそめんどくせえ。なんなんだこいつは。わかってるっつうの。」
 「さっそく注文リストきてるわ。だすね」
 「サンキュー。地球表面と生物も見ておきたいからちょうどいい。降りよう。」

C 転送

「開いてくれ」
 地球は春。おだやかな夜だった。細い街路をあるくひとりの人間にヨーシイは近づいて、ハペニ・Dに許可を申請した。
 「おっけー。——トランスファーゲートパミッション——いつでも開いていいよ。」
 「ほい。」
 「うわ!はやすぎるって。先に合図してよ!もう!」ハペニ・Dのまえに人間があらわれていた。人間は地球に建つビルとビルのすきまから、地球の外を旋回中の宇宙船”シヨジエ号”へ瞬間転送された。人間は目をまるくして船内をきょろきょろ見ている。
 「もうしわけないが運がわるかった。きみが最初の出荷だ。」ヨーシイがひとりごとのように言う。
 「っていってもさぁー、もう何百地球年も前から出荷はされてるからねぇ人間。ヨーシイが転送した最初ってだけで。地球の外のひろい世界にようこそ~ってね。」
 「ちょっと一気に何人かとばすぞ。そっちにプールして注文に合うやつをそっちで選別しよう。」
 「わかった。」
 「レポートでも見たけどまあまあの知性があるみたいだねえ。」とハペニ・D。
 「そうだな。金属加工や半導体、簡単な宇宙航行技術はもっているらしい。異動のたびにおもうけど、やっぱり見ないとよくわからんな。レポートじゃ。」
 「だよねー。それにしても人間が独占してる星だね。他の生物はなんも言わないのかなあ?」
 「言語あるのが人間だけなんだろ?」

ヨーシィはもずく酢を勢いよくたべている。地球の食を楽しみながら、転送した人間たちを映像で確認していた。ヨーシイは転送精度が高いほうなので、人間たちは配送中に破損/紛失することなく、ハペニ・Dが指定した部屋にひとりずつきっちりおさまっていた。青白ボーダーのTシャツを着ている人間はうろうろと部屋をうろついており、頭がツルツルの人間は隅にかがんでうごかない。どの人間もダボダボの服を着ていた。体から布がずいぶん離れている。

「成人以上の人間をざっと集めたけどどうだ?ニーズに合いそうか?ハペニ」 
 「わるくないよお。注文リストと照合中だけど、色とサイズが合致するものがほとんどだから、あとは若くてサイズの小さい個体をピックアップできれば最初の注文はクリアだよ。」
 「りょうかい」そう言ってヨーシイはもずく酢のプラスチック容器を投げ捨て船をでた。

D 子どもたち

さきほどまでより小さい個体がハペニ・Dの前に転送されてくる。彼女は目を疑った。
 「なにこれ!え!」
 「どしたんだよ。声でかいよ。…いつもどおりとくに大きな事件でもないんだろ?反応がよすぎんだよハペニは。」
 「ち、ちがうっ!」
 「え?」
 「これもしかして。これって!」
 「ん?なに。」
 「…これデータ」
 「あ…。え?…まじかよ。ちょっと待て。べつのも見せて。」
 「ちょっと待って」
 「はやく!」ヨーシイは船内に転送移動してきておりハペニ・Dを急かしている。
 「どならないでよ。ほら。」
 「——おいおい。」
 「…」
 「ヴァクーン?」
 「うん…。ヴァクーンが侵入してる。危険度Aだって…。」
 「なんでこんなことになんだよ。くっそ。前任のやつサボってやがったな。だれだ?こんなの放置してやがったのは。」
 「前任者は、ジリ=ムクファス。あっちゃ~。」
 「あいつか。CEOの子息じゃん。あのCEO、息子が家に帰ってくるたびそいつの顔舐め回すらしいよ。それ8歳くらいまでだろ。もう30歳くらいじゃね?それくらい溺愛してるらしい。きもちわりーよな。」
 「ジリ=ムクファスは星から星を旅行してるだけってスタアチーフ内で噂になってるよね。会社全体で黙認してるわけだ。」ハペニ・Dは宙をジグザグに動いている。
 「おわってんなあこの状況。おれの責任になるやつだろ。あの放蕩息子にハメられてないか?お坊っちゃまの遊びに使われたんじゃね?どうする。このままだと人間出荷できなくなるよな。」ヨーシイの声は張り詰めたものになっていた。
 「ミミチアンに報告する?」
 「いや、あいつはダメだ。ジリの機嫌をとるためにこのネタつかおうとすんぞ。権力闘争モンスターだから。」
 「じゃあ…」
 「なんとか切り抜けるしかない。」
 「人間の何歳までがヴァクーンになってるかわかるか?」
 「うーんと、0歳からだいたい15歳までだよ。」
 「うわ、もうあと15年で出産適齢の個体いなくなるってことじゃん…。」

 

2章 星に降るもの

A 道具

ノワティスラフの子は必ず封じられる。
 ノワティスラフ銀河帝国に純ノワティスラフ人として生まれたこどもたちは星間/銀河間通商にかかわる仕事に就く運命であった。ノワティスラフ人は生まれつき多くの力を持っていた。人間からすると超能力とおもわれるような力である。物質転送、テレパシー、超光速航行、感覚トレース、身体変形などなど。
 人間の力が個々に異なるように、ノワティスラフ人の力もそれぞれ異なっていた。強度という意味でも種類という意味でも。大人たちは自分たちより強大な子どもが現れる可能性を消したがった。そうして子どもたちの能力は封じられることとなる。仕事に必要な能力だけを残して。

B ヴァクーン

地球暦2016年5月31日 ヨーシイ 宇宙船シヨジエ号 

かつてP小学校に通うヨーシイとその他生徒たちは小部屋に押し込められていた。そこでひとりずつ転写されてくる映像を見続けなければならなかった。それが授業だったのだ。目を閉じるなんてことはできない。その映像は目の内側にむかって——講師の能力によって——飛ばされてくるからだ。
 ヨーシイは子どものころその小部屋で強制的にみさせられた危険生物についての教育映像をメモリーからひっぱりだし、それをハペニ・Dと一緒に見直していた。
 「うわ。やっぱそうかよ。忘れてたよこんな生物がいたこと。」
 「あーあ。運が悪いねえヨーシイは。流れ星なんて見るから…。」ハペニ・Dはいまヨーシイの肩に載っている。
 「見たくてみたんじゃねえっつの。一生、目閉じとけばいいのか?」
 「うーん、それか宇宙船の窓、シャッター閉じっぱにしとけば?」
 「息苦しいだろ。…でも、マジでそうするか。」
 「ほんとにそうしたほうがいいかもねえ。」
 「お!やっとメインレクチャーきたきた。このおっさんモームっていうんだけど話なげえんだ。」

〈 我が社の未来をになうきみたちへえ!ヴァクーンの特徴を説明しよう!ヴァクーンのことはまだまだ不明なことだらけだ。しかし高学年の君たちだからこそわたしはこの危険生物について伝えることにしたあ! 〉 
 映像のなかのモーム教員はガタイのよいその体で大層な身振りとともにそう言った。
 「声でけえな。いつ聞いても!」
 〈 我々の星ノワティスラフが生まれたその遥かむかーしむかし、既にヴァクーンは生まれている。彼女かれじょらが生まれたのは超ハイパーハビタブル惑星群であったあ。そう、ヴァクーンが誕生した星はたっぷりの生物で溢れていたのだあ!そのような星が少なくとも数十は近接していたと考えられているう。そんなことがありえるのか!?そうおもうだろお?しかしこれが研究結果から導かれた結果なのだあ! 〉
 「あつくるしいねこの人」ハペニ・Dは宙を上下に動いている。
 〈 ヴァクーンは特定の形をもたない粘土のような生物だ!そしてそしてえ!〉
 「はやおくりするよ。」モームがあやつりにんぎょうのように極端な動作でうごく。
 〈——というわけでえ!ヴァクーンの入星には3つの段階があるう。フェーズⅠタンポポ/フェーズⅡ念波/フェーズⅢ粘土!遭遇したときにわが社の商品を迅速に守れるよう覚えておくようにっ! 〉 
 「あ~なんとなく思い出してきた。」ヨーシイは目をふさぐようにしてうつむいている。

C ヴァクーンから生まれない

〈 フェーズ1からいくぞ。さっそくキーワードお!ヴァクーンはヴァクーンから生まれないい!おぼえるようにい! 〉 
 「この人よくこのテンションつづけられるね。」ハペニ・Dは呆れたように円を描いて飛んでいる。
 「そうなんだよ。ぜんぶ勢いでどうにかしようとしてんだよ。この講義が全校統一授業になってたんだけど、なんでこれが採用されちゃったのか意味不明。」
 「ある意味飽きないっちゃ飽きないけど…。」
 〈 さっきも言ったが、ヴァクーンが生まれた星にはそれはそれは多様な生物が共存していたあ!ヴァクーンはこう思った。『こんなに出産臓器が存在するのだからオレが産む必要なんてないじゃないか』とね。粘土様生物ヴァクーンは他生物がもつ出産臓器へと——タンポポが種を飛ばすようにして——胚子アンブリウォを潜り込ませるように進化をとげてゆくう! 〉
 「うーん、托卵みたいなこと?べつの生物に子どもを育てさせるのね。」
 〈 そしてえ!ヴァクーンはタンポポの綿毛——胚子アンブリウォ——をいつからか隣の星にまで飛ばすようになるう!隣の星へ、隣の銀河へタネをとばすう!アンブリウォを重力圏外へうちだし無重力下で加速させるう! 〉
 「え、そんなことしてんの?どうやって?」
 〈 しかしだな。ノワティスラフの観測技術でも、アンブリウォがどのように無重力下で加速するのかわかっていない。観測結果からそれ以外ありえないと考えられているだけだ。 〉
 「帝国にも分かってないことあんだな。」ヨーシイは紫蘇ジュースを飲んでいる。
 〈 まだまだ宇宙には謎が多いい!不愉快!じつにふゆかいい!そのような疑問を解き明かしたい者は科学者をめざすがいいだろう。——光速で飛ぶアンブリウォたちはあ、星を発見するとお、無差別にパラパラと降り立つう。おびただしい数の微粒胚子が星に降るのだあ! 〉

——いつのことだったか。窓から日が射していた。塵がそれを反射して、病室に光のラインをつくった。塵の中にモケ——四足動物ORQ55——の体毛が漂っているのをヨーシイは妹のティリーと一緒に眺めていた。 
 「モケの毛ってこんなに舞ってるんだねえ。部屋じゅう。」
 「知らなかった。」ヨーシイは言う。
 「ごめんねヨーちゃん。ぼくのせいで仕事ばかりになってるんでしょう。」
 「そんなことないよ。きょうだって休んでるし。」
 「でもこのあと仕事でしょう?」
 「そんなことないよ」
 「ほんとに?」
 「うーん、仕事だけど。でも大丈夫だって。」
 「ぼくがヨーちゃんを縛ってるんだよね」
 「そんなことないって。好きでやってんの。」
 「ずっと治癒能力者ヒーラー派遣してくれてるじゃん」
 「そうしたいんだよ。ティリーに良くなってほしいんだ。」
 「ヒーラーって超高いんでしょ?」
 「そうでもないよ」ORQ55が部屋を無造作に動き回っている。
 「そのために寝ずに働いてるじゃんヨーちゃん。」
 「したくてしてるんだよおれは…」
 「ぼくいつか病室から出られるのかな」

D 自分に見える

〈 ヴァクーンは、降り立った星にサイズの合う生物を発見するとフェーズⅡ念波にうつるう。これがヴァクーンの真の怖しさを形成している… 〉 
 「え、テンション下がっちゃってんじゃん。そんなにこわいことなの…」
 「長大な時間をかけて進化した怖しい生物ってか」
 〈 ヴァクーンに侵入された生物は!どういうことかわからんだろう。それをこれから説明する。胚子アンブリウォは約6ヶ月のあいだ侵入した出産臓器のなかに潜伏する。 〉
 「地球暦だと3年。3年間子宮に隠れてるわけだ。」
 〈 潜伏期間中ヴァクーンはあ、念波を用いて対象生物のアイデンティティを奪う。念波はアンブリウォ自身から母体にむかって放たれる。——そしてさらに!これをみてほしい。土が盛られたような形跡があるだろう。これをわれわれは『ヴァクーン塚』と呼んでいる。アンブリウォは出産臓器に侵入すると、栄養をとりこみ増殖、そして臓器からでて合体する。それが各地で『ヴァクーン塚』となる。念波はこの『ヴァクーン塚』からも放たれるう! 〉
 「ん?どういうこと。念波ってなに?——子宮のなかに3年潜伏しててそのあいだに母体のアイデンティティを奪いながら、ヴァクーン塚が近くに住む人のアイデンティティも奪ってしまうってこと?」
 「そういうことだろ」

〈 念波とは何かあ!!いまから説明しよう!ノワティスラフ研究グループによれば、念波はシニフィアン/シニフィエ関係を切断&誤接続する。——かんたんに言おう!〉
 「おねがいします。」ハペニ・Dは映像に見入っていた。
 〈 ノワティスラフ人という『記号』にはノワティスラフ人という「イメージ」がひっついているな。
 まず念波は、『記号』と「イメージ」のつながりを切断する。
 「イメージ」から切り離されたノワティスラフという『記号』はその後ヴァクーンという〔イメージ〕と接続してしまうのだあ!

⑴ノワティスラフ人『記号』−ノワティスラフ人「イメージ」
 ⑵ノワティスラフ人『記号』×ノワティスラフ人「イメージ」
 ⑶ノワティスラフ人『記号』−ヴァクーン〔イメージ〕

れがなにを意味するかあ!?侵入された生物——ノワティスラフ人——は自分たちのイメージの上にヴァクーンというイメージを上書きされてしまうう! それは自分をノワティスラフ人と呼びながらヴァクーンだと思ってしまうことなのだ! 〉
 「そんなこと可能なの?こわいんだけど」
 「ノワティスラフ人の強力な大人でもできないんじゃないか?」
 「うん…。こわ。ヨーシイもヴァクーンだったりして?」

〈 フェーズⅢはすぐだ。自分たちが育つ環境を念波によって準備しおえたアンブリウォたちは、ここでついに成長するう!そして対象生物のかたちを粘土で大まかに模倣するようにしてできあがった個体が出産される。〉
 「ヴァクーン無敵じゃね?」
 「だよね。こんなの飛来してきたら、防ぎようないじゃん。どうすんの」
 〈 対象生物はヴァクーンを自分の子どもだとおもいこんで愛でることになるのだあ! 〉

 

3章 星に告ぐもの

– 注文リスト達成度

“ヨーシイさん!!注文みてらっしゃいますか?!”
 ヴァクーンについての解説動画をまさに見ている最中だったヨーシイとハペニ・Dはコール音にとびあがった。エリアマネージャが留守電にふきこみ中の声が船内にひびく。
 ”ヨーシイさん。人間の生産促進に邁進中でわたしからの連絡を確認する時間もないのでしょうね。でもみてくださるとうれしいわ。リスト達成度35パーセントォォ?!どういうことなの?“
 「もう産まれてないんだっつの人間。ぜんぶ若いのヴァクーンだから。」ヨーシイは留守電を通して聞こえてくる声につっこみを入れるが、ミミチアンにはきこえていない。
 ”そのなかにはボイドさんからの注文も入っているんですよ。ヨーシイさんは売り上げアップのためにいまあらたな施策を考えられている最中でおいそがしいとはおもうんですよ。おもうんですがね?注文リスト達成度35パーセントオ?ありえないわ!ボイドさんは上顧客なの。わかってるわよね?“
 新たなリストが届いていた。
 「うわー。リスト。注文こんなに…。若い人間の注文もたくさんきてるよ。」
 「くそ!どうしたらいい?若者うまれてないのに!出荷できるわけねえよ。うわっ。ミミチアンからずっとコールきつづけてるわ。うわあ…。どうしよう。頭痛え。」
 「だいじょうぶ?」
 「ちょっと横になるわ」

A 親が見る夢 

地球暦2016年6月4日 橋口康花 埼玉県北浦和

「こわい夢をみたわ」 
 橋口康花は朝、ぼんやりとした光の中でそうつぶやきながら橋口紗哉のほうに体をむけた。
 「どんな夢?」
 「ぼんやりとしか覚えてないけど、夜中に目が覚めちゃって、そしたら横に律斗がいないの。それで廊下に出たら変な音がするのね。キッチンのほうにわたし走ったわ。そしたら律斗が床にうずくまってるの。どうしたの?って声をかけたわ。それで振り向いた顔が——。よく見えなかったけど、豆腐をパックごと齧ってたのだけ覚えてるわ。」
 「ええ!実はぼくも律斗がおそろしい姿になっている夢をみることがあるよ。」
 「そうなの?」康花は目を丸くしている。
 「うん。うなされて起きることが何度かあった。」

B 対話

地球暦2016年6月17日 ヨーシイ 四国某所

タッパーから梅干しがつぎつぎに消えていく。ヨーシイが口に投げ込みつづけているのだ。ハペニ・Dはなんとかヨーシイを励まして、日本列島の四国とよばれる島につれてきていた。公共交通機関を利用してリストに合いそうな人間を転送しながらである。
 「やっとリスト達成度40%だな。どうする。」ヨーシイはどんよりとした空気を纏っている。
 「どうするって言われても…。あと15地球年で人間の20代がいなくなるんだよ。出荷なんかしてる場合なのかなあ。」ハペニ・Dはヨーシイの肩から頭のうえへと一時的に飛び立ち、くるくると楕円軌道をえがいている。
 「やんないとミミチアンにうるさく言われるもんなあ。もうムリかも…。首かなあ。なんでこんな星にオレが?」ヨーシイは小学校低学年のあきらかに少女を模したとおもわれる躰に赤いワンピース姿だ。路地を曲がり砂利道を歩いているところだった。この先にヴァクーンを束ねる本部があるらしい。
 「人間たちは見えてないわけ?こんなに目の前に異星人がいるのに。」
 「バカみたいな話だけど念波を浴びてるからだろ?あそこにあるのもヴァクーン塚じゃん。ん、行列できてるけど。なんだ?」
 「ほんとだ、なんでだろ」 
 「ヴァクーン塚が神聖なものに見えるようにイメージ操作されてるのかも。」
 「それってなんでもありだよね。ヴァクーンにつごうのいい夢のなかで生きてるみたいなこと?」
 「無敵すぎるよな。」

その建物のまえには、警備員の服を身にまとったヴァクーンが立っていた。
 「すみません。」ヨーシイは警備員ヴァクーンに話かける。
 「fdiejktaorni」警備員はノイズを体内から発した。日本語の音に近い気がしたが意味がわからなかった。ヨーシイはハペニ・Dを一瞥する。
 「えっとですね。わたしはノワティスラフ人です。証書をお見せします。」右手が変形してある暗号形を象る。
 「sldkfjoeijlkあ、sfj、わかfslました。いまかくにdんfgします。」警備員は建物のほうへ駆けていった。警備室で上司とやりとりしているようだ。

アジア長のヴァクーンは首のない躰に合わせてつくられたタキシードを着ている。石を積み上げた堅牢そうな建物の広めの一室で彼女はソファに座っていた。
 「ノワティスラフ銀河帝国純ノワティスラフ_ヨーシイ様。ご足労いただき申し訳ありません。本来ならわたしたちのほうから出向かねばならないところです。」そういってアジア長はこうべを垂れた。人間の作法だがまあいいだろう。場所に合わせる他ない。
 「こんなものしかなくお口に合えばいいのですが。申し遅れました。わたくし〈ぽとのじ〉と申します。いちおう地球のアジア圏で暮らすわれわれをまとめるような役をしています。ちょっとしたルールをときたま発信するだけですが。」
 「ご紹介いただきありがとうございます。時間があまりないので、不躾な質問からさせていただくことになってしまい申し訳ありません。その…、あなたがたは、この星を支配するつもりなのでしょうか?」大きな窓のむこうにアジサイの花が咲いている。
 「そんなことはありません。わたしたちは生物として非常に弱い力しかもっていません。地球人のような腕力や脚力もありませんし、テクノロジーを自分からつくりだすような知力も持ち合わせていない吹けば飛ぶような存在です。——ですから、わたしたちは他の生物をだますようなことをして育ててもらうほかない恥ずかしい生物だとおもっています。」

「はあ、そのようにお考えなのですね。地球人が産まれるようにしていただくことはできませんか?」
 「できないのです。一度入星するとわたしたちにも制御できないことがほとんどな次第でして…。」
 「そうですか。もしそうしていただけると非常にありがたいのですが。ノワティスラフ直下スタアマートとしましては、人気商品の生産が不安定になることが最も懸念される事項なのです。上層部が動きはじめる可能性があります。」
 「そうなのですね。」とヴァクーンは一見深刻そうな顔で言った。
 「しかし、このまま地球人が生まれなくなるというような結果にはなりません。地球人がいなくなるとわたしたちはもう殖えることができないからです。それは困るんです。最適なヴァクーン/人間比は胚が知っており、その比率に近づくと人間が再生産されるようになるはずです。」
 「そうですか。産まれてくる子供がすべてヴァクーンというのでなく、その10%でも20%でもいいのでいますぐ人間が産まれてくれるとノワティスラフとしては助かるのですが。」
 「わかります。わかるのですが、消化を完全に思い通りにコントロールできないように、出産に関して我々がコントロールすることはできないのです。そのようにセットされており、コントローラは備わっておりません。人間からこの星をうばうようなおもいがわれわれにはないことを信じていただきたい。うばってしまえば、われわれは存在できなくなるのですから。」

「わかりました。あと15年すると20代の人間——出産適齢と言われる年齢の人間——がいなくなります。それより早い時点で人間が産まれるようになるということですね?」
 「そうなるはずです。」
 「わかりました。お時間いただきありがとうございました。早いですが、今日のところはこれくらいにしたいとおもいます。飲み物もいただいておらず申し訳ありません。多忙なもので。」
 「こちらこそご足労いただきありがとうございます。」

「どうおもった?ハペニ」
 「ん?どうって?」
 「なんか印象。」
 「とくに警戒することもなくない?」
 「そうか。」
 「なに?」ハペニ・Dはヨーシイの目の前でホバリングしている。
 「ヴァクーンってさ。ノワティスラフの光速移動ゲートでも何十日もかかる——はてしなく遠い星から種を殖やすためにこの地球までやってきたんだよな?」
 「そうだよ。」
 「それって相当つよい領土拡大主義じゃないか?ノワティスラフ銀河帝国より広い範囲を準支配してる可能性だってある。」
 「どういうこと?」
 「『比率が最適になったので個体数を殖やすのやめます』ってあるか?そんな節度をもった生物かなあ」
 「え、そう?」
 「たしかなことはわかんないよ?でもさ、過去のデータを見ると、ヴァクーンが入星した星は、最適数で止まって共生している星もあれば、ヴァクーンがつぎつぎに支配生物をのりかえて小型生物しかいなくなってしまった星もある。」
 「それさっきわたしも検索して見た」
 「とにかく〈ぽとのじ〉の言ったことはほんとうかどうかおれたちには判断できない。だからどちらにせよ人間が産まれるようにする必要がある。人間にも協力を要請しよう。」
 「うんうん。」
 「いま一番まずいのはこのまま人間が産まれない状態が続くこと。それをどんな方法をつかってでも止めないと」
 「どうやって?」
 「人間は比較的技術力がある。彼女かれじょらにも方法を探させるんだ。」
 「どこ行くの?」ヨーシイはハペニ・Dに転送許可を申請していた。
 「ここだよ。許可出るだろ?」
 「おっけー。」

ヨーシイのまえには崖が2つあった。
 ひとつは近い位置にあり。もうひとつは遠い位置にある。今かかえている注文——若い人間を出荷する——に応えられなければ近い崖に落ちる。人間の滅亡——出産できる年齢の人間がすべてヴァクーンになってしまう——を止められなければ遠い崖に落ちる。最低でも15年以内にヨーシイは崖に橋をかけなければならない。

C 少女

地球暦2016年6月17日 ホーマン サンパウロ

アメリカ合衆国大統領ホーマン・プルエットはガッシリとした椅子に背をあずけていた。そこは〈G20-2016〉の開催地である。
 「失礼します。」という声が聞こえた。ホーマンの前に少女が立っている。ドアを通ってきてはいない。ホーマンはそちらを見ていたのだから。少女は突然現れた。
 「おまえはだれだ。名乗らなければすぐ警備の者をよぶぞ。」ホーマンが尋ねた相手はニコッとした。
 「わたしはヨーシイと申します。ノワティスラフ銀河帝国から参りました純ノワティスラフ人であります。」そう言った声はハスキィで少女の躰に似つかわしくない。ホーマンのポーカーフェイスに狼狽の色が滲む。
 「なにを言っている?おまえはサーカス団かなにかの一員か?これは余興か?だとしたら失礼だぞ。」発せられた言葉に力はない。強い剣幕で語ることを躊躇しているのだ。
 「大統領閣下。わたしは地球人の言葉でいえば宇宙人エイリアンです。いまだに宇宙に存在する知的生物は自分たちだけだと。そうお思いですか?」全く予期せぬことばにホーマンは口をぽかんと開く。
 「なにを言っている?」
 ——ホーマン大統領のデスクの上に少女が立っていた。床に立っていたはずだ。いまホーマンは少女を見上げている。
 「閣下。まだ疑ってらっしゃる?では——」
 大統領控え室のなかにたくさんの異星生物が落下した。宇宙船にあった在庫を解凍/転送したのだ。本当は勝手な商品解凍はゆるされていないが今回だけということでハペニ・Dはそれを許可していた。
 丸い吸盤を躰表で無造作に動かす生物がいる。ゲルのような軟体生物がどのように躰を支えているのかわからないがまっすぐたちあがり捻れて天井にその躰をとどかせようとしている。白黒の縞模様のでっぷりとした壺に無数の目が開きすべて真っ赤に染まった。
 さまざまな生物の博覧会場となった大統領控え室は急にむわっとした。ダイダナという植生物が大統領の背後から彼の肩にふれ、その果肉躰をパチンと弾けさせる直前に、もとのがらんとした室内にもどった。ホーマン大統領はダイダナがいた一点をみつめたまま固まっていた。肩のところに微かに透明の液体が付いている。

「どうでしょう?まだ証明がご必要で?」ヨーシイと名乗る少女姿のエイリアンはホーマンに問うた。
 「…」ホーマンは首を横にふる。
 「おわかりいただけたようですね。それでは、本題にはいります。」
 「ほ、本題…?」
 「ホーマン様はわれわれが地球を支配するというようなことをご想像かもしれませんが、我々はそんなめんどうくさいことしませんのでご安心を。支配しようとしているのは我々ではありません。ヴァクーンです。あなたたち人間は支配される寸前のところにいます。」
 「ヴァクーンとはなんだ」ホーマンは眉間にシワをよせて訊く。
 「見ていただくのがはやいかと。」
 ニューヨークだった。ホーマンは古びたビルとビルの隙間に立っていた。路地ともいえないほどの細い隙間である。昼間なのに薄暗い。そこに子どもが5人いた。地面にうずくまって土のようなものを手で押し固めている。その後色々な国にホーマンは転送されたが、どの国にも同様の光景があった。子どもが暗がりに集まって土を盛っているのだ。
 「それでは子どもの1人をちょっとだけ拝借しましょう。ホーマンさんひとりを抱きかかえてください。」
 「できるわけないだろう!」
 「そうですか。では。」
 「ちょっと待て!やる!やるやるやる!」
 「じゃあはやくしてください。」
 そうしてホーマン大統領は子どもを後ろから羽交い締めにした。瞬間ホーマンは流線型の部屋にいた。
 「あああ!」
 「どうしました?」ホーマンは人間の子どもを抱えていた。その子どもの姿にノイズが走り始めた。ホーマンの手には固いゴワゴワとした感触があった。
 「どういうことだ?体にモザイクのようなものが!」子どもは腕の中で暴れている。どんどんモザイクが広がっていき人間の子どもの顔はパーツのないのっぺりとした肉塊になった。
 「なんだこれは!!うおおおお!」そう言ってホーマンは手を放してしまう。

「これがヴァクーンです。人間に擬態しています。いま閣下は地球の上空にあるわたしの宇宙船に来ているので、念波の影響下から離れているためヴァクーンが見えるのです。」
 「どういうことだ?まさかもうわれわれ人間のなかにそのヴァクーンとやらがまぎれこんでいると?」
 「おおまかにはそのような理解で遠くありません。」少女はいつのまにかストローで紫色の飲み物を飲んでいる。

「な、なんだと?」フェーズⅠからフェーズⅢまでの情報をきかされたホーマンは驚愕していた。
 「し、しかし、それをどうして君がつたえにくるんだ?」
 「ほう。」ホーマンはヨーシイが右の口角をもちあげたのを見た。
 「良い質問です。それにわたしが答えねばならぬ義務はありませんが、まあいいでしょう。人間という商品が生産されつづけてくれないと困るからです。生産ラインに汚物がまじり、生産が滞ることがあってはわれわれスタアマートの信用にかかわります。商品ラインの汚染をくいとめる必要があります。そのために協力していただきたい。」
 「ど、どういうことだ?」ホーマンは強くヨーシイを見る。
 「人間はファッションとしても、美容としても、食料としても、自律機械部品としても、労働力としても。多岐にわたって長く愛用されてきました。そのようなロングセラー商品を失うわけにはいかないのです。」
 「なんだと?」ホーマン大統領の額を汗が伝っていた。
 「とにかくわれわれは人間に生き残っていただきたい。われわれはあなたがた人間が消えては困るのです。上顧客からの注文を失い大きなダメージをうけることになりかねません。ですからホーマン大統領。再び人間が産まれるための方法を発見するためのチームを結成していただきたい。どんなマッドサイエンティストでも。結果が必要です。」
 「ちょ、ちょっと待ってくれ…。」
 そう言ってホーマンは窓辺に立つ。
 ——そのまま数分が経った。大統領は口をひらく。
 「G8の首脳陣のまえでその話をしてくれないか?もちろん瞬間移動とさっきのモンスターたち込みでだ。」
 「わかりました。」

D 全地球規模

地球暦2016年6月17日 プリマコフ G8会議室

アメリカ合州国大統領に内々で呼び出されたロシア連邦プリマコフ大統領はゆったりとした仕草で開かれたドアから入室した。部屋の中央に怯えた顔の子どもが5名うずくまっているのが見える。
 席につくとヨーシイと名乗る少女がG8が一堂に会する前で語り始めた。
 ——ノワスティラフ、ヴァクーン、フェーズ…。突飛な話が続いた。プリマコフにはその滑稽なほどの突飛さが反対にリアリティを感じさせるもののように思われた。そしてヨーシイと名乗る者は人間の子どもたちを指してこう言った。
 「まさに今みなさんがみているのがヴァクーンなのです。」
 「人間の子供じゃないか。子供だろう。バカにしているのか?」プリマコフは、落ち着いた顔で言葉を発する中華人民共和国国家主席を見ている。
 「それでは5秒ほどおまちください」ヨーシイは周囲のヴァクーン塚を(あとで戻せるように)船に転送した。G20会場近辺の念波が消える。
 「あ…あ、、」一斉に声が漏れる。
 G8円卓中央に座っていた人間の子どもたちが、人間のかたちに似たブヨブヨとした肉に変化したのだ。プリマコフは頭をはたらかせていた。ということはさっきヨーシイとやらが言ったことは本当なのか?さっきの奇怪な生物たちも作り物ではない?
 「うお。服がダボダボだぞ!」誰かが叫ぶ。
 ヴァクーンサイズなのだ。ヴァクーンが誕生してからというもの、人間たちは彼女らに合う形の服を着ていた。それは首のくびれがなくぶかぶかであった。肌から布が離れている。G8はお互いの姿をみて、ヴァクーンのことなんかより自分のいまの姿が恥ずかしいというように、顔を赤くしている。その体感が現実感をG8に覚えさせていた。
 「…」部屋は静まり返っていた。
 「とにかくもっとも重要なのは、人間の体から人間が産まれるようにすることです。どうしたらまた人間が産まれるようになるのか、それを研究するチームをつくっていただきたい。このさい大衆はこのままでもいいでしょう。混乱が起こるかもしれませんから」
 G8は黙っている。

ヨーシイはつぶやくように話し始める。 
 「さいごにもう1つ伝えておくことがございます。——決してヴァクーンを殺してはなりません。」
 「人間がヴァクーンを殺すとでも?」プリマコフは閉じていた口を開いた。
 「そのような選択もあるでしょう。」
 「ないとは言い切れんな。」アメリカ合衆国大統領ホーマンが毅然とした顔で言った。
 「ヴァクーンを殺した生物で、生き残っている生物はありません。ヴァクーンは仲間が傷つくと肌を真っ赤にするそうです。そうなれば人間が産まれるようになる可能性はなくなる。彼女らはそれでもいいのです。次の生物やつぎの星を目指せばいいのですから。」
 プリマコフは重い腰をあげる。そして口火を切る。
 「われわれはこの問題をもちかえりたいが、もちかえったとしても、全地球的にこの問題——人間が産まれなくなっているという問題——に対処しなければならないことは変わらないだろう。わたしはこの問題に対する研究内容をすべての国に公表することを約束する。はやく進めよう。わたしはG20も欠席させていただく。それでは。」 

 

4章 星に根ざすもの

– 理由

地球暦2016年7月10日 ヨーシイ シヨジエ号

「ねえ!ヨーシイさん!どうなってるんですか?なぜ人間商品を転送しない?生産されてないのですか?そんなわけないですよね?人間の生産はある程度一定のはずですよ。支配生物なのでかなりのパンデミックでもないかぎり絶えることもないでしょう。ど・う・し・て注文どおりに転送されないのでしょうか?」
 「はい。申し訳ありません。」
 「ん?なにをあやまっているの?あやまる時間があったらできるわよね?注文リスト達成度55%よ!どういうことなの?こんな簡単な案件もできないのかしら。」
 「人間どうしの抗争が巻き起こっておりまして、そちらの収束をしなければ、人間自体の絶滅にもなりかねないところでして。そちらに手がかかっております。なにぶんこの中規模星の全域をひとりで担当ということで、わたしの至らぬ力量では、全地球的な抗争の収束と注文への迅速な対応をどうじにすることはできかねます。しかし、だからといって遅れてはならないこともわかっているつもりです。ここで謝らせていただきます。申し訳ありません。もうしばらくお待ちください。」
 「あやまれば済むと思ってるわけ?!なにが抗争よ!そんなもんほっとけばいいのよ!地球では一定期間ごとに大きな同種間殺戮が起こるときいているわ。そんなに大きな問題ではないでしょう。それとも大きな問題なのかしら?そうだとしたら報告があがってきてないわ。どちらにしろ言い訳にすぎないわね。はやく転送してちょうだい。」
 「はい。できるかぎ」
 「できるかぎりとかじゃないの。すぐ送って、すぐ!」
 「…」 
 「確実に降格ねこれは。」
 「え…」
 「ヨーシイさん。あなたの家族たしか要ヒーラー患者だったわね。このままだと」
 コールは切れた。

「…困る。それは…。」
 「…」ハペニ・Dはデスクの上で停止している。
 「…」ヨーシイは頭を抱えていた。
 「ヴァクーンがいるなんて聞いてなかったじゃん。どうしようもないよ。」
 「…」
 「どうしてこんなところに異動になっちゃったんだろう。」
 「——ひとつだけやれることはある。」 
 「へ?」
 「可能性は低いけど、ないわけじゃない。」
 「え?」
 「新商品開発だ。それしかない。地球は放っておこう。片手間にできることじゃない。合成室にこもるぞ。」

A 目覚め

地球暦2016年7月21日 橋口康花 埼玉県北浦和

橋口康花やすかは悲鳴をあげた。
 律斗が怪物に様変わりしたのだ。腕のなかであやしていた律斗は、湯葉のような皮膚をした粘土でつくりかけの人型肉塊になっていた。首はなく、人間の首の位置に縦方向に長い穴が開いている。
 「きゃーー!なによこれ!夢なの?!夢?!」
 こちらを見てかすかに笑っていたはずの顔は、ただのつるりとした所々に皺のよった肉で、そこにはあるはずのパーツが存在しなかった。
 「げ!なに!なになになに!」隣室で声をあげたのは橋口紗哉さやだ。橋口紗哉はベッドによこたわる1歳の子どもの頬をつついていた。その顔が突如として異形のものになった。指にのこった頬の感触はまるでくしゃくしゃの紙をさわっているようだった。橋口紗哉は背中からフローリングに体をつけバタバタとうしろの壁まで必死で離れた。
 「紗哉!どこ?ちょっときて!」
 「…」
 「ねえ!…返事してよ!」
 「…」
 康花は抱いていた律斗をバウンサーシートに捨て置いて隣室に向かう。紗哉が泡をふいていた。

それから一週間ほどが経って、世界中の報道機関で首脳によるヴァクーンについての説明が報道されていた。とくに深く波紋をよんだのは、ヴァクーンがもともとは人間どうしの性行為によって受精した卵をもとに成長したという情報である。
 康花と紗哉はテーブルで向かい合って座っていた。康花は判断ができなかった。あれはわたしの子どもなのではないか?と。あれを「怪物だ」としてたとえば捨ててしまうとしたら、それは正しいことなのか?と。妊娠したときに考えたことがあった。もし生まれてきた子どもの顔がつぶれていたら、わたしはその子を完全に受け入れることが可能だろうか?と。康花は可能だとおもっていた。実際にそのような状況になってもわたしは必ず肯定する、と彼女は決意していた。
 それが今ゆらいでいた。この状況はわたしが想定していたものとおなじなのだろうか?それとも全く別の状況なのか?同じ決意で肯定すべきなのか?生まれてきた子どもが、じつは人間ではなかった。その子どもはわたしたち夫婦がつないだ受精卵を変形するようにしてうまれた異星人だった。それをわたしは肯定できるのか?いや、すべきなのか?
 橋口紗哉は政府の発表をみて「まじ?」とつぶやいた。「エイリアンってこと?」。
 康花はそのことばに微かな不快感をおぼえた。その言葉はいまききたいものではなかったのだ、とそのときわかった。あの2人をエイリアンと呼んでほしくない自分がいることを彼女は知った。
 「おお、よかった。持っていっていい場所ができるんだ。」
 「え?」
 「や、ほらこれ見て」
 “ヴァクーンシティ”という文字がスマホのディスプレイにうかんでいた。政府がヴァクーンのための街をつくるとのことだ。よく読むと、それは大規模な隔離のための土地だということがわかった。そう明言してはいないが、手に負えないヴァクーンをそのシティという名の隔離地におしこんで目にふれないようにするための措置だと康花は頭の片隅で思った。
 「持っていけばいいね。来月にはすこしずつオープンするみたいだし。いますぐ新都心の区役所行って整理番号チケットとってくるよ。押し寄せるだろうなあ」
 「うん…」康花はそのことばをうわのそらできいていた。なにか受け入れられないことが起こっていた。どうやってあつかっていいのかわからない。
 「ん?どうした?大丈夫?」
 「うん。大丈夫だよ。ごめん。」
 「どうかした?」
 「いや、動揺してる。わたしたちの律斗と梓が…。」
 「そうだよね。おれも動揺してる」
 「…」
 康花は考えていた。この人は律斗と梓の敵なのか?と。そのような印象がつよく残っていた。そりゃとつぜんあなたの子どもは人間ではありませんと言われたら、ほうりだしたくなる。その気持ちはわかる。でも、あっさりそういうふうに判断して、それをすぐに口に出してしまう人だとは知らなかった。康花はわからなかった。自分がどうしたいのかわからなかった。

B 命令

地球暦2016年7月19日 五百蔵泰司いよろいたいし 東京都西新宿

五百蔵泰司は強硬派と化していた。政治の仕方が細やかでどの派閥にも組することがなくどんな会談でも中立の視点から細かい調整をしながらまとめあげていく手腕のあった彼はもういない。彼は首相の椅子にすわるとやりかたを少しずつ変えていったのだ。強硬派の面を色濃くしていき周囲に耳をかさなくなった。
 彼にとって都合のいい状況が整ってきたころ、五百蔵政権はヴァクーンというエイリアンに直面することとなった。
 自分だけだったならよかったのかもしれない。彼には娘がいた。そして母がいた。
 家に帰ると母が2歳の娘にご飯を食べさせ口元をぬぐっている。
 パートナーは2年前の出産時に死んでいた。医師は原因不明の発作だと五百蔵いよろいに語った。
 母が世話をしている娘は人間の子どもではない。ヴァクーンというエイリアンである。ブヨブヨした肉の塊が人間のフリをしているに過ぎない。しかしそれを知っているのは彼だけだった。五百蔵は吐きそうになりトイレでさっき料亭で食べた刺身や味噌汁をもどした。
 母が愛でているのは五百蔵から見ればモンスターでしかない。母はなにもしらず、幸せそうに自分の孫を見つめていた。最初はそのことに五百蔵も耐えていた。しかし、すぐにパートナーが2年前に死んだのはヴァクーンのせいだと思い当たる。体内に潜伏していたヴァクーンが悪影響を及ぼしたのだ。そうに違いない。五百蔵はそう思うようになっていた。産まれてきた娘にも憎悪を感じる毎日だった。
 これが引き金となり、五百蔵はもは自分だけが知っているという状況にも耐えられなくなった。彼は命じる。各国のだれもが日本がそのようなことをするとは信じられなかった。あの太鼓持ち国家が?まさか。しかしそれは行われた。日本政府は各地に建設されたヴァクーン塚をつぎつぎに破壊した。そして…。

C 開発

地球暦2016年10月20日 ヨーシイ シヨジエ号

「ああああ。わっかんねーなにと組み合わせたらいいのさ!」
 「わたしだってわかんないよ!もう何ヶ月缶詰状態なのさ?」
 「しらねーよ。できるまで出れるわけないだろ!ミミチアンは本当に降格させてくんぞ!この開発にかかってんだよこの新商品に!」
 「わかってるけどお!」
 「ほんとにわかってんのかあ?これ失敗したらティリーにヒーラー贈れなくなるんだぞ!」
 「うん…」
 「これで人間の若者を超える商品を生み出さないと!」
 「もう、一回休憩!」ハペニ・Dは開発部屋部屋の隅にあるデスクの方へ行ってしまう。彼女らは地球暦で3ヶ月間1日も休んでいなかった。
 ふたりはあらゆるものと人間を組み合わせることを試した。滝と人間を組み合わせて体表から天然水が縦横無尽に流れ続ける生物を製作した。ガンボイと人間を組み合わせてブラッシ星の艶やかな香りのする生物を製作した。ボーモノドンと人間を組み合わせて全身をパズルのように組み替えても生き続ける生物を製作した。体がめくれ続ける生物も作ったし体がゴムのように伸びる生物も作っていた。頭打ちだった。ハペニ・Dがデスクの上で転がっている。目の前にモームが現れた。ハペニが何かを押して動画が再生されたようだ。モームは登場してすぐにこう言った。
 〈 諦めるな!壁にぶつかったときが勝負だぞう!つねに初心を忘れるなよお! 〉
 「え?」ハペニは驚いている。
 「この人ほんと頭おかしいよね。動画の最初にそんなこと言うわけ?これなんの動画?」
 「おかしいよな。これおっさんの決め台詞みたいなもんなんだよ。いつもそれ言うんだ。」
 「なんなのこの動画。なんか食生活について話し始めてるよこの人!」
 「…ハペニ・D」
 「ん?」
 「ダイダナ試してみるか。まだ試してないよな?」
 「うん。あれは安っぽい商品だからダメかなっておもってた。」
 「やってみよう。」

D エイリアン

地球暦2017年1月10日 橋口康花 埼玉県北浦和

手袋をしないといられないほど凍える日だった。
 康花が出勤すると今日もそこにはヴァクーンの幼児がずらっとならんでいた。彼女らは人間の子宮から生み出されたはいいが、病院から母親の家に帰ることはなかった。産みの親たちは自分から出産されベッドに横たわる生物が、人間の赤ちゃんでなかったことに困惑し、病院に来なくなった。
 わたしたちはその人間のかたちを不完全に模した塊の世話をすることになった。いまのところここにずらっと寝ているこれらは、産みの親に親権のある生物ということになっているため病院としては彼女らへの対応を変えることはできなかった。しかし看護師の数も減っていた。ショックをうけた看護師もおり、欠勤する職員が多くなっていたのだ。
 連絡をとろうとしても電話に出ない親も多くなり、産婦人科はヴァクーン児の生命維持施設と化した。
 康花はどうしたらいいのかわからなかった。このままでいいとも思えなかった。ヴァクーンも生きているのだ。犬や猫の赤ちゃんと同じではないか。彼女はほかの看護師が欠勤した日にも出勤して、いつのまにか積極的にヴァクーン児たちのめんどうをみるようになった。そのことをブログに書き始めると、もちろん批判も多くあったが、賛同してくれる女性が何人かコメントを残してくれた。

「岐阜県のヴァクーンシティに当選したんだ。」
 「え?」
 「だから、当選したんだよ!これでまたおれたちふたりで暮らせるよ」橋口紗哉はよくやったろ?と言わんばかりの顔をしていた。
 「え、え。何いってるの?」
 「エイリアンの世話をするなんて変じゃん。したくないしさ。康花もそうだろ?だからこんど役所に持ってくから。」
 「ちょっと待って。わたしそれいいって言ってないよ?」
 「いいとかじゃないだろ。エイリアンと一緒に暮らすわけないじゃん。田崎の家もヴァクーンシティに送って楽になったってさ。すこし悪い気はしたらしいけどして良かったって言ってたぞ。第1こわくないか?大きくなったらどうするんだよ。無理でしょ。ムリだよ」
 「そんなことない!律斗と梓は子どもなの。わたしの子どもじゃん。病院でもたくさん見てるけどなにかしてくる子なんていないよ。勝手にこわいとか決めつけて勝手にどっかに押しつけようとしてるのは紗哉でしょ。」
 「おれだけじゃないよ。みんなそう言ってる!おまえ正気か?毎日産科に出勤して!もしかしておまえもエイリアン?いみわかんねえよ。同じ家にエイリアンが住んでるなんて普通こわいじゃんか。なにされるかわからない。今日までは大丈夫だったかもしれない。いや、今日までだって、なにかされてるかもしれないんだぞ。前までだってそうだったじゃないか。人間みたいに見せられてたんだろ?いまこの瞬間もなにかされてるかもしれない!そのことがわかってから今日までおれだって我慢してきたんだよ!どっかに捨ててやろうかと何度もおもったけど、そこまではおれにもできなかった。だから国にあずけるんだよ」
 「なにを言ってもわたしはあの子たちをわたさない。みんなそう言ってるって言ったけど、みんながそんなに大事?紗哉はいつもそうだよね。自分で考えようとしない。」
 「そういうふうに思ってたんだね。エイリアンとなんておれは一緒に暮らせないよ。暮らせるわけがない。きもちわるいよ」
 「わかった。すこし考えさせて。」
 「すこしってどれくらいだよ?!ヴァクーンシティの申請書提出来週までだし。それにもう1日もいたくないんだよおれは!」
 「そう…。じゃあ3日だけ待って。それまでに決めるから…。どうするか」

「そっちじゃないよお~。光輝くん!」
 「lkjoinljn」
 「なに言ってるかわかんないよね。まあだいたい見てればわかるけど」
 「うん。そこはおいおい考えよう。」
 康花はブログに自分たち夫婦におきたことを書いた。その記事はアクセス数が爆発的に増え、わたしも同じですという声が集まった。そして彼女はある施設をたちあげることをブログで提案する。突然のことであったのに、十数人の人が集まれることになった。資金もそれぞれで出し合い、彼女たちはヴァクーン児をそだて/情報共有する施設をたちあげた。
 集まったものたちの子どもだけではなくそこには各地から一緒に暮らすのは苦しいが、ヴァクーンシティに預けるのはためらわれるという夫婦から子どもが次々に送られた。2ヶ月ほどで康花たちの施設への入園はキャンセル待ちとなった。

 

5章 星を断つもの

A 職

地球暦2017年1月29日 富岡陵 奈良県明日香村

「この生き物はよく燃える。」
 富岡陵は今日もそう思った。引っ越しの荷物が部屋に運び込まれるように今日もヴァクーンは運ばれてきている。毎日おなじ繰り返しでうんざりするというような感覚ももはや通り越し、その一連の大きなダンスの一部に富岡陵は自分をはめ込んでいた。
 「18号室完了です。」やわらかなアナウンスが響いた。富岡陵は18号室へと足を進め、焼却室のなかを確認する。なにもおかしなところはない。油が燃えたあとの匂いがしたいつもどおりの部屋。この部屋ですでに1500万人のヴァクーン児が焼かれていた。ヴァクーンシティから定期的に搬入されてくるヴァクーンたちを手際よく部屋に誘導しスイッチを押す。それだけの仕事だ。
 時給がよかった。富岡陵は去年末まで貧困でネカフェや公園で寝起きする生活をしていた。ある日スーツを着た男が現れ「日給3万円の仕事があるんだがやらないか。その後のこともわれわれがめんどうをみる。わたしはこういう者だ」と名刺をわたしてきた。そしてこの仕事を紹介されたのである。
 富岡陵は以前amazon倉庫の主任をしていた。そのことを彼女かれじょらも調べていたのだ。最初の1ヶ月こそ不備がいろいろなところにあらわれはしたが、富岡陵によってすべてが人間をふくめたシステムとして組み上げられスムーズに搬入焼却掃除がおこなわれるようになっていた。
 富岡陵は自宅に帰ってカップラーメンにお湯をそそいで3分間まつあいだだけ目を瞑るようにしていた。そのときだけ命を炎によって消されたヴァクーンたちのことを想うのだ。それをする前は毎晩悪夢を見ていた。目をそらそうとするほど、無意識に自分がしたことが自分を襲ってきた。悲鳴をおもいだす。ヴァクーンは最後のちからをふりしぼるのか、人間に信号をおくるのだ。ヴァクーンを人間だとおもいこませようとする。そして「たすけて」「きゃー」とまるっきり人間のこどもの声で叫ぶのだ。その声を富岡陵は思い出していた。
 チン。
 カップラーメンができあがる。彼は週6日働き、90万円ほど稼ぐようになっていたがワンルームのアパートに住んでいた。冷蔵庫はのみものしか入らないような小型なもので、いつもコンビニでかった弁当を電子レンジであたためるか、カップラーメンをたべていた。
 富岡陵はもう住むところのない生活にもどりたくなかった。amazon倉庫の仕事がうまくいっていた頃、風俗の女性マキと仲良くなって連絡先を交換した。自然な形で交換したつもりだった。マキは裏で風俗経営の男性とつながっており、風俗店が禁止している連絡先交換をむりやりされたという規約違反で電話番号から実名と住所をしらべられ店やインターネットでながされてしまう。そのことで彼は会社を解雇された。その後かれは職を得られなくなった。
 ヴァクーンを燃やすのはつらいことだが、その感情に蓋をして、富岡陵はまいにちスイッチを押していた。そこはもともと奈良県を担当していたのだがどんどん広がって、関西中国地方一帯を担う殺処分焼却場となっていた。

B 壁のむこう

地球暦2017年5月8日 ヨーシイ シヨジエ号

「売れてるぞおおお!!!ハペニ・Dくん!!」
 「いやっは~!」
 「うおお!もっといけ!!シーチン星からも、グーセン星からも、ストルグ星からも注文が!!!」
 ミミチアンの大きな声が部屋の外にひびいているのが漏れ聞こえてくる。
 「もしもしっ!もしもしっ!きこえてるの?!お客様たちからちがうものがとどいたってつぎつぎにコールがきてるんだけど!どういうことなの!!!」ヨーシイとハペニ・Dは籠っていた開発部屋から地球暦10ヶ月ぶりに出た。
 「申し遅れておりました。たいへん申し訳ありません。そちら地球産の新商品であります。名前は〈ドンパッジン〉。人間は商品ニーズが年々下がっております。とくに一昨年から昨年にかけて売り上げは20%減です。これはまずい。我が社としてなんとかもちなおすべきだ。そう考えました。モーム先生も言っています。末端から提案をしてほしい。そうしないと組織は終わる。と。」
 「たしかに。先生はそうおっしゃっています。しかし」ヨーシイはくいぎみに切り込んだ。
 「そこで人間と在庫生物のかけあわせによって生まれた新商品を顧客のみなさまに転送させていただきました。人間よりすこし高いだけです。」
 「どんな商品なのですか?」
 「——いろいろと複雑な掛け合わせを施行したのですが、最終的にシンプルなところにおちつきました。ダイダナと人間にスパイスとしてテッチアをかけました。つぎつぎに苗床から発生する人間植物をぬきとることができ、それをつまむと心地よくそれが弾けます。そこからヘドロのような粘液が飛び出しますが、30秒ほどでそれは消えます。この粘液はテッチアによるものなので完全に消え去ります。わたし自身でもなんどもこのしょうひんを試しました。どれくらいの弾け方がいいのか?どれくらい苗床から生えるべきなのか?苗床の耐久度は?ほかの生物の苗床になってしまうのではないか?保存はかんたんか?調整に調整をかさね、ファッションとしてアクセントに使いやすく且つストレス発散になり、しかも美味しくコンパクト!な商品を開発することに成功しました。」
 「わかりました。しかし勝手に転送するのは規則違反ですよ」
 「そのことは謝罪させていただきます。ですが、お尋ねしますが、いまのところクレームはないのでは?わたしはかなりの自信をもって人間以上の商品としてこれを転送しましたので、あらたな星系娯楽のひとつになると自負しております。」
 「そのとおりです。いまのところちがうものが送られてきたという連絡はあっても、それはまったくクレームにはなってないわ。」
 「よしっ」
 「今回は大目に見ましょう。次やったらあとはないわよ。〈ドンパッ人〉大量生産ラインの構築をすすめてちょうだい。」
 「はいマネージャ、かしこまりました。」
 「おっと、そういえばヨーシイさん。どうしてラインを2つ作らなかったのですか?人間の若者を転送しながら、新商品開発をすべきだったのではないでしょうか。」
 「もちろんそれも考えたのですが、」
 「まあいいでしょう。聞かないことにしておきます。」

ノワティスラフ人の体感では微々たる時間経過でしかなかったが地球では10ヶ月ほどの月日が経っていた。
 「はじめてミミチアンにほめられたよ。ほめことばは結局なかったけどな。貶してなかったからほめてたと認識しよう」
 「そうだね。」
 「ん…。なんだ?」船のディスプレイに赤いランプが点灯している。
 「え…。」
 「なにこれ?」
 “ヴァクーン死亡数”という表示がでている。カウンターがどんどん数を増やしている。
 「3万3000胚?!」
 「え?これ、虐殺だよ!どうして…。」
 ふたりはいそいで船を出る。

「ブラジルのアラゴアス州アラピラカのマカコスという地域に穴が掘られそこにつぎつぎにブラジル全土のヴァクーンが落とされてる。」
 「人間はどういう生物なんだ?無抵抗な生物にここまでするのか?」
 「マカコスじゃない場所でも2箇所。ヴァクーンの生体反応が消え続けてる場所がある。中華人民共和国河南省安阳市殷都区文峰大道西段でも処理施設がつくられている。そして日本の奈良県明日香村だ。焼却施設で生きたままヴァクーンを焼いてる。」
 「たった1年弱でここまでいくのかよ?」
 「死胚数…3万5000、5001、5002、5003、増え続けてる…」

C 人間

地球暦2017年3月21日 橋口康花 スーパーマーケットうさみや

康花がたちあげたヴァクーン養護施設は全国の施設の本部のような場所になった。そこに情報が集まるし、熱意のあるスタッフも集まってきていた。おなじ思いを抱える人々の拠り所となっていた。
 橋口康花とその2人の子は施設に最寄りのスーパーマーケットにいた。康花が肉のコーナーをみていると律斗は康花をひっぱる。
 「お菓子を買いたいのね。でも今日はダメ。食べすぎだから。甘いものばっかり食べてると体によくないの。我慢して。」
 律斗は拗ねてしまう。梓は黙って康花にひっついている。
 ふと康花がふりむくと、律斗の姿がなかった。どうせお菓子コーナーだろうとおもいながら、ふいに心配になった。康花は「大丈夫大丈夫。ほかのお母さんたちもすぐどっかいっちゃうって言ってたし、そういう時期なのね」と言い聞かせながら、スーパーの棚と棚のあいだをカートを押しながらすすむ。
 律斗はみあたらない。康花はレジに急いでアナウンスをしてもらう。こんなことははじめてだった。大丈夫だとおもいながらも、心臓は大きくうごいていた。
 康花は店内におおきな音でながれるアナウンスを聴きながら、もういちど壁のようにおもえる商品棚のあいだを進みながら我が子の姿をさがした。
 さっきまでつないでいた梓の手がなかった。
 康花はふりむく。なにかに見られていたような気がした。なにかが起きている。康花は煎餅がずらっと並ぶ商品棚の前で座り込んで顔を抑える。

律斗と梓は奈良県明日香村のヴァクーン焼却施設へと搬入されていた。トラックいっぱいに詰められたヴァクーン児たちが、一斉に施設の広場にほうりだされる。一様に背が低い。そして全員、肌が真っ赤になっていた。チューリップのような赤。広場の周りは花畑だ。色とりどりの花が開いていた。ふとったチャーミングな鳥の着ぐるみが広場中央に立っている。それを富岡陵はモニターで監視していた。「なんか肌赤いけどいつも通りでいいんだよな?」
 着ぐるみは子どもにむかって言う。
 「みんな~。びっくりしたよね?でも安心して!お母さんとわたしたちが話し合って用意したお泊まり会です。ぜひみんなにたのしんでほしいと思います!じゃあそこに一列にならんでね!」

D 地球

地球暦2017年5月8日 ヨーシイ シヨジエ号

ヨーシイは船内ディスプレイでカウントアップされていく数字をながめながら絶望していた。もう悩むこともない。悩んだってもう手の打ちようはなかった。
 ヴァクーンはもう全身を真っ赤に染めている。それはもう決して人間が産まれないことを示している。
 ヨーシイは自分のキャリアのこととはまったく別に、人間は滅びてしまえばいい、と思った。ヴァクーンがつぎつぎにころされていく。ヴァクーンの命が時間が進むごとに減っていく。ヨーシイはヴァクーンになんのおもいいれもなかった。彼女らが生き残ってもなんの利益もない。しかし彼女らは生きているとおもった。人間はそれを、説明をきいておきながら、破壊しつづけている。
 短い達成感だった。
 「あ~あ、せっかく…」
 「…」ハペニ・Dはヨーシイの肩のうえにとまっている。
 「がんばったのになあ」
 「うん…、がんばったのにね…。」
 「首かあ。こりゃ首だろ。まちがいねえよ。人間の生産はとまるし、新商品の発注にもそのうち答えられなくなる。」
 コールがなっている。メッセージもとどいていた。ミミチアンからだ。どんどん〈ドンパッ人〉を出荷しろという連絡だ。
 「はは。」
 「ギリギリまで出荷する?」ハペニ・Dが言う。
 「そうだな。せっかくだし。RR7483星の後任のやつにダイダナを大量発注して転送してもらってくれるか。」
 「わかったよ。やっておくね。」
 「おう。」 

 

Epilogue

地球暦2017年8月14日 ぽとのじ 四国某所

「わたしはヴァクーンのまとめやくをしている〈ぽとのじ〉という者です. 人間のみなさまに伝えたいことがあってこうして動画を撮っています.」インターネット上で拡散している動画だ。
 〈ぽとのじ〉はうつむいて、そして顔をあげる。
 「人間のみなさん、私たちの命を奪うのはもうやめてください. 私たちの色はもう赤くなってしまいました. いくら私たちを傷つけても、もう人間が産まれてくることはありません. そのように私たちはセットされています. それは私たちにも制御することはできないのです. できることなら私たちだってそうしたい!われわれヴァクーンは、いま生きているあなたたち人間を傷つけたいとはまったく思っていません. お互いに制御できないこの状況をわたしたちは穏便におわらせたい. われわれはあなたたち人間がこの世を去っても、あなたたちを弔い続けることを約束する.」
 〈ぽとのじ〉はそこで間を置いた。
 「これが図々しい言い分だということはわたしたちも理解している. しかし、どうか殺戮をやめてください. おねがいします. 」

 

地球暦2020年10月5日 ヨーシイ スタアマートCEO室

——それは1秒の何万分の1以下のみじかいやりとりであった。

それでどうなった。
 レポルドヴナ=ムクファス——ノワティスラフ銀河帝国スタコンチェーン協会スタアマート社長——は無表情である。ヨーシイは一息で言う。
 「ヴァクーンの子どもを政府に奪われた母父たちが世界中で団結してヴァクーンをとりかえしました。そして彼女らの権利を訴えているところです。いまもヴァクーン児が連れさられ惨殺される事件はあるそうですが大規模殺戮はなくなったようです。」
 ヨーシイはCEOがどこに焦点を当てて見ているのかまったく分からなかった。ヨーシイ自身なのかその背後を含めた全体なのか。
 「きみのしごとはなんだ」
 「わたしのしごとは、商品の保全と確実な出荷であります!」ヨーシイの胃は硬く縮こまっていた。
 「担当は?」
 「ちきゅ、う。あ、いえ、HP058であります!」
 失敗した、これでおれも首か、とヨーシイはおもった。
 「HP058はどうなった」
 「猫、いえ、四足生物324になりました」
 「…」
 レポルドヴナCEOは微動だにしない。ヨーシイは焦って弁解しようと口をひらく。
 「し、しかし地球のしは」
 そこでヨーシイの声はとぎれた。液体とともに首が宙を舞った。ゴトンと重たい音がして床に首が落ちた。ゴロリと転がってうえをむいたその顔はジリ=ムクファスのものだった。HP058の前任スタアチーフ_ジリ=ムクファスだ。ヨーシイのうしろで壁にもたれて面談をうけるヨーシイをみくだすようにみていた彼女かれじょの首がそこに転げていた。
 「経営に害をなす者はいらん。息子といえどもな。いや、息子だからこそだ。わたしも上から、監視されているのだから。」CEOはそう言って首に近づく。
 「HP058にもどって指示を待て。」
 「かしこまりました。」去り際にヨーシイは一瞬ふりむいた。その視界の端に、拾いあげた息子の顔を涙をこぼしながら舐めるレポルドヴナCEOの姿が見えた。

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