燋熱徒然記しょうねつとぜんのき

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梗 概

燋熱徒然記しょうねつとぜんのき

私たちの生きる現世から深く六万一千由旬ゆじゅんを越えた地に、かの八大地獄の六層目、燋熱しょうねつ地獄がある。そこで罪人はあらゆる方法で身を焼き尽くされ、力尽きても掛け声一つで生き返らせられては再び身を焼かれる。燋熱地獄の火はひとひらで現世を燃やし尽くす冥府の業火だが、ここでは定められた5京4千兆年の間その火に焼かれ続けるのだ。

今、その地で一人の男が一人の獄卒から刑を受けている。炎に巻かれ、鬼の形相(事実鬼である)の獄卒の凶行に断末魔を上げる。だが彼は今日、5京4千兆年の刑期を終えようとしているのだ。5京年以上の仲と言えど罪人と獄卒が親しむ訳はないのだが、なんと彼らは一方が一方の手で絶えず焼き殺されるのと並行して会話をしている。尤も罪人が苦しみに慣れたり、燋熱の火に親しんだ訳ではない。地獄で罪人は、幾度繰り返しても業火の苦痛に慣れず、また長い時の中にあっても気が狂うことがない。男は苦痛と死で度々途切れつつも喋っているのだ。
 熱鉄に寝かされて叩き潰され肉塊にされる、串刺しにされて火の上に晒されるというのは燋熱の刑の通常だが同じことばかりでは獄卒の方に飽きが来る。彼は焦げ付きながらもよく喋る罪人を熱鉄の上に置き、かの酒呑童子縁の酒を振りかけて炎を上げさせてみたり、串に刺してから遠火で回し焼きつつ薄く削ぎ落としてみたりしている。獄卒が「生き返れ」と声にするとたちまち男は元通りとなり、さっきのはなんだまた俺を珍妙に調理したなと言う側から再び焼かれることを繰り返す。
 ふと獄卒は地獄の焼網の下に炎を均等に這わせながら、間もなくの生まれ変わりが楽しみかと男に問う。男は、当然楽しみで仕方がないと喜びを語る(が途中から網の上に放られ人のものとは思えぬ悲鳴を上げ始める)。焼尽した後元に返った男は逆に獄卒に、お前はどうだと問うた。役目に区切りがつくのは嬉しいかと。獄卒は沈黙したまま、男を乱雑に炎の中に放る。

斯くして男の刑期も残り寸刻となるが、男は自らの生前の罪を忘却していた。獄卒は、地獄の刑罰はよくできているので安心しろという。最後に課せられる罰は、生前の最愛の人が地獄の火に焼かれる光景を目前に見せられるというものであった。男はそこで、自分が寺の調理場から盗み出した薪で江戸の町に火を放ち、それが自分の妻と娘までも焼き殺す光景を目にする。幕府に命じられ、歴史に残る大火事「明暦の大火」を起こした無名の御家人が男の正体であった。男は己の罪を受け入れ、苦役を終える。
 男はもはや熱のない炎に包まれて、礼を言う。獄卒は黙っている。男は、いつかまた自分が地獄に堕ちたときは、お前に罰して欲しいと頼んだ。その時は無駄口を叩く暇など与えないから覚悟しろと、獄卒が言い返すかどうかのうちに男の姿は消える。

一人立ち尽くす獄卒が小さく「生き返れ」と呟く声が燋熱の火を越え、男の魂を現世へと送り届けた。

文字数:1200

内容に関するアピール

『往生要集』の中には、八つの熱地獄に関して「この地獄の熱に比べれば一つ手前の地獄など雪のように涼しい」といった記述が八層に渡って繰り返されておりもはや言ったもの勝ちのような無茶苦茶さがありますが、死後の罰への想像を促す為に出たその荒唐無稽な言こそ地獄の正体なのかもしれません。それが千年後の今に残っているのは、その荒唐無稽の熱さを人々が面白がったからなのでしょう。

一見、人知を超えた力で人間が為す術なく蹂躙される地獄ですが、実の所そこは人間の為に用意された場所です。この話も鬼が全てを握るかに見えて始まりますが、刑期の終わりが近づくにつれ生まれ変わりに向かう男に対し、地獄に留まり続ける獄卒の姿は小さく見えてきます。
 定命故に巡り続ける人間と、その循環を持たない獄卒とが長い時間の中で言葉を交わした末、別れ際に元来望まぬはずの再会を誓う静かな熱情も「荒唐無稽の熱さ」になればと思います。

文字数:393

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