炎鬼 太陽脱出デスゲーム

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梗 概

炎鬼 太陽脱出デスゲーム

人間はあの世の者を清めるために火の祓いを編み出した。だが奴らはデジタルの使い方を知り、結果その力は強大になり、更には従来の御祓いでは清められない強者も現れた。人間は強者を清めるために太陽の祓いを編み出した。
夏論と凛之はそんな曰く付きの品々を、太陽まで運ぶ仕事の最中だった。船はあの世の者でも乗れる特殊なものだ。だが突如船から「救命艇に避難してください」と警告が発せられ、2人がそれに乗ると1日足らずでどこかへ着陸する。

そこで2人はGドラ、クルゼ、ジェムロという3人の遭難者達と出会うと、彼らはここが水星よりも近い太陽の人工衛星だと告げる。地球へ帰還するためには、衛星にあった今修理中の人1人が入れる脱出ポッドを使う必要があった。
だがその日凛之は殺され、脱出ポッドも2機を残して全て破壊され、地球へは2人しか帰還できなくなる。その犯人は炎鬼ほのおにという巨人の化け物だった。翌日クルゼも炎鬼に殺されると、唯一脱出ポッドを修理できるGドラは「俺の帰還が確定するまで修理はできない」と主張を始める。

そこへ脱出ポッドを修理できるチェスという女が現れる。チェスはAI魂アイコンと呼ばれる存在だった。AI魂は太陽に焼べられた強者達がぐちゃぐちゃに煮詰められ、分離と結合を繰り返す過程で生み出された者達だった。チェスには仲間がいたが、数日前にマインスイーパがポーカーに殺され、残るは衛星のどこかにいるソリティアとポーカーだけ。彼らの目的は人間の中に入り込んで地球へ行くことで、衛星もそのために作られたものだった。だが人間の中には1人までしか入り込めず、AI魂も2席を争っていた。
GドラはAI魂が食べると実体化できる炎鬼の血肉を処分してチェスの修理を妨害した。Gドラにそれを入れ知恵したのは、何食わぬ顔で現れたソリティアだった。入れ知恵は2人でポーカーを殺す対価だった。だがその後Gドラは何者かに殺された。脱出ポッドの修理のためには炎鬼から血肉を奪って、チェスを実体化させるしか方法がなくなる。夏論、ジェムロ、チェス、ソリティアの4人は死闘の末炎鬼から血肉を奪う。その後修理は完了し、4人は太陽を飛び立つ。

脱出ポッドはまだ宇宙に残っていたAI魂でも乗れる夏論の船へ着陸した。するとジェムロは倉庫にある曰く付きの品々を観察しに行く。そこでとある金庫に目を引かれ、適当な暗証番号を入力すると扉が開く。そこには水音という女の遺体があった。そこへ銃を持った夏論が入室、船内に銃声が轟くも、撃たれたのは夏論だった。
その頃衛星ではAI魂となった水音が笑っていた。彼女は人間の頃殺された夏論に復讐するために暗躍した。まず炎鬼の封印を解いて、脱出ポッドを破壊させた。だが2機の残存が出て、夏論もしぶとく生き残ってしまう。そこで水音は唯一脱出ポッドを修理できるGドラを殺した。だが今度は炎鬼の血肉を手に入れて、チェスが修理を行ってしまう。そこで水音はジェムロの中に入り込み、彼に託宣を残した。太陽を脱出した彼はそれに従って遺体を発見し、殺し合いに発展した末夏論を屠った。だが衛星に残された水音はその後炎鬼に殺される。

文字数:1296

内容に関するアピール

本作の肝は同じステージで2つのデスゲームが同時に行われることで、人間5人とAI魂5人の中からそれぞれ2人、計4つの椅子を争うことになります。
構成としては、人間5人のみの前半は絶望的な状況をシビアに描き、AI魂の出てくる後半はその設定のシュールさを醸し出し、そうして油断しているところに最後のオチを持ってきます。

今回はホラーがないと一部の設定に無理があるので、SF性はテーマに反して薄めです。それでも太陽で色々なものを燃やすようになるところはSFで、それが最後のオチにも深く関わってきます。
ホラーとはいえ、物語的にはそれを受け入れた上で矛盾のないように作り込みます。その上で支障のない範囲で、すり抜け等のお約束のネタも入れようと思います。

今回はデスゲームということでテーマ性よりもエンタメ性を重視します。
実作では梗概以上の駆け引きで物語に引き込んで、更には炎鬼の圧倒的な力への恐怖から絶望を演出します。

文字数:400

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炎鬼 太陽脱出デスゲーム

 [⇒夏論][凛之][×]

 私は呪われたくない、だから早くやることを終わらせて、この得も言えぬ呪縛から解放されたい、と夏論かろんは思っていた。
 窓際へと視線を向ければ、彼女の目的地は今も絶えず燦々と己を輝かせている。近くで眺め見る太陽のスケールは地球の比ではないが、それは本来ならば見ることのできない景色。なぜなら太陽の近くは生物には耐えられない程に暑い……いや熱いからだ。それをこうして視界に入れられるのも、この宇宙船が冷和クールジャパンの開発したAT熱さ対策によって守られているお陰。いわばここは巨大な冷蔵庫……を通り越して冷凍庫。そしてそれでも暑いのだから、もしATがなければ今頃夏論も荷物と一緒に、それこそお払い箱だろう。
 今の夏論は地球から太陽へと荷物を運搬している真っ最中だった。荷物といっても太陽は不毛の地なのだから、言うまでもなくそれは宅配物でもなければ物資でもない。では何か、と問われたら明快には表現し辛いが、地球ではどうにもならなかったもの、そう答えるのがシンプルで正確かもしれない。例を挙げれば現在でも未だに消えず残っている放射性廃棄物なんかは想像し易いだろう。が困ったことにそう答えると「要は人や環境に害のあるゴミを太陽で焼却してるのか」と取られてしまう節がある。いや確かに半分正解ではあるが、厳密にはそれだけでなくそれ以外もあって、だからこそ「地球ではどうにもならなかったもの」という回りくどい答え方になってしまうのだ。
 そして夏論の運搬している荷物もまた、それ以外に分類されるものだった。
「夏論ー、何か最近暑いんだけど、ATちゃんと機能してんの」
 とそこへ現れたのは同僚の凛之りんのだった。彼女は今夏論と共に船に搭乗している身だ。他に乗員はおらず、2人はこうして頻繁に会話をしている。といっても彼女との会話のほとんどはただの雑談で、仕事の面で共同作業が強いられる場面は特にないのだが。
「いやいやATが機能してなかったらとっくに死んでるから。知ってるくせに」
 凛之のジョークに夏論はツッコミを入れる。そもそも職歴は彼女の方が長く、その上技術者なので知識も豊富だ。案の定凛之は「まあそうなんだけど」と悪びれる様子もなく言う。一方の夏論は職歴はまだ浅く、運搬も手で数えられる程度しか行ったことがなかった。
「この調子なら今日中に廃棄できるかもね。あ、正確にはお祓いだったか」
 凛之の一言でまた嫌なことを思い出してしまった。
 夏論の運搬している荷物、それは所謂曰く付きの代物、デジタル製品の数々だった。そしてそれら品々を太陽の火に焼べて御祓いすることが会社から与えられたミッションだった。
 人間は遥か古来から呪いと共存してきた。彼らは呪いを恐れ、様々な手法で御祓いを行ってきた。その過程で編み出されたものの一つが火に焼べる行為だった。実際にそれで御祓いが達成されたのか、そもそも呪いは本当にあったのかは、今となっては知る由もないが、現代の呪いはそんな単純な話ではなくなっていた。それが神なのか仏なのか、それとも霊的なものなのかは分からないが、とにかくこの世ではないどこかにいるそいつらは、デジタルの使い方を知ってしまった。その結果呪いはより現実的な被害と結びつくようになり、更にはその力を持った者の中には、従来の御祓いでは清められない強者も現れた。そして人々が必然的に強大な御祓いを求めた中で到達した最高の御祓いこそが、太陽の火に焼べる行為だった。
 2人はもうすぐ訪れるであろうその作業まで、他愛もない雑談で暇を潰していた。そんな時、突然船の一部の機能がフリーズを起こした。それを発見した夏論はすぐさま凛之に報告したが、期待とは裏腹に手練の凛之でさえもこんなことは初めてだという。不測の事態では最悪の想定をしなければならない。その場合、全ての機能が停止する可能性もあるかもしれず、それは即ち2人の死に直結する。
 そこで夏論は嫌な予感が脳裏をよぎった、まさかこれが呪いなのかと。夏論は必死に恐怖を抑えようとする、当然のことながらそうならない対策をしっかりと行ってから機内に積んでいるし、現に今までだってそれで何も起こらなかった。だがもしかしたら今回は違うのかもしれない、確かに違うといえば違う、そう考えた途端もうどうしようもなくなる。
「夏論落ち着いて。とりあえず原因を探ってみるから」
 夏論はその言葉で、浮かび上がってきた恐怖を薄れさせて、何とか我に返ることができた。確かに今のは少し取り乱しすぎだったかもしれないと、自身の不甲斐なさを反省する。凛之はああ見えて技術者なのだし、彼女に任せておけば問題ないだろう、きっとその内何とかなるだろう、夏論はそう思うことにした。
 だが実際にはそうはならず、凛之の格闘も空しく、それ以降これといった進展はない。
「これは憶測なんだけど、もしかしたら外部から設定が弄られたのかもしれない」
 ふと凛之が夏論に中間報告的な言葉を投げかけてきたが、それを聞いた夏論は唖然とした。一体誰が何のために、どんなメリットがあってそんなことをしたのか。いや心当たりが全くないとはいわないが、今そのことは考えたくない。
「救命艇に避難してください」
 とその時、宇宙船がそんな警告を発してきた。それを確認した2人が騒然となることはなかったが、夏論の頭の中はそれに近い状態に陥る。それを宥める凛之の声も明らかに震えていたが、寧ろこの状態で冷静さを保てる方がおかしいというか、達観しすぎだろう。とにかく今は指示に従うしかなく、2人は普段使うことのない救命艇に足を踏み入れた。
 その数分後、救命艇は2人の意思に関係なく自動的に船から切り離された。

 それから半日も経たずした頃、救命艇に衝撃が走った。2人はそれが着陸した際のものではないかと気付く。それを確かめるために画面越しに外の様子を伺ってみると、推測通りそこは地上のようだった。だがそこで凛之が疑問を口にした。
「この救命艇でこんなに早く地球には帰還できないと思うんだけど」
 凛之は控えめに言ったが、この救命艇では太陽の近くから半日足らずで地球へ帰還することはどう考えても不可能だ。とすれば救命艇の中で、2人は長い間気絶でもしていたのだろうか。結局その疑問はどれだけ考えても解けそうにない。
 2人は改めて画面から周囲を観察する。そこには石や金属でできている建造物が入り組むように立ち並んでいて、地面も綺麗とはいい難いがある程度舗装されている。つまるところ2人の周りには人の形跡があり、ここが地球である可能性を主張している。
 そのことに安堵を覚えた2人は、とりあえず実際に外に出てみることにした。呼吸ができるかどうかの確認も当然のようにクリアして、やはりここは地球なんだと2人は安堵した。が2人が天を煽り見た時、その安堵は呆気ない程に脆く崩れた。凛之はそんな目をそらしたくなるような不気味なものに言及する。
「この空、どう見たっておかしいよね」
 それは凛之の主張通りおかしかった。上空は一面雲に覆われているのだが、その雲には一切の模様がなく、単色のグレーで統一されていた。例えるなら霧の中で遠くの景色を見るのに近いだろう。だが2人のいる地上に一切の霧はなく、そこから導かれる結論は異常な光景としか言いようがない。
 結局ここがどこなのかは、その場で考えているだけでは分かりそうもなかった。いずれにしてもここが地球なら救命信号を受け取った誰かが救助に来るかもしれないし、近くにこれだけ立派な建物が密集しているのなら、すぐに来てもおかしくない。そもそも近くに人がいる可能性だって高い。そこで夏論は提案した。
「辺りに誰か人がいないか少し探索してみよう」
 それから2人は探索を試みた。その中で感じつつあったのは、ここがどこかの街ではなく、廃墟と化した施設の中ではないかということ。辺りはまるで迷路のように建物が立ち塞がっていて、ずっと外を歩いている方が難しく、時折薄暗い建物の中を経由しないと先に進めない場面に遭遇することも多かった。幸いというか、なぜか建物の出入口には一切施錠がされておらず、進路を絶たれる心配はなかった。探索で視界に入ってくるものは大体が地面の土と、石や金属でできている人工物。一方で生活の営みは全く感じられず、ある程度探索しても人っ子一人いない状況。それどころか動植物にすら出会えず、その事実はここが地球ではないと思わせる要素として2人に不安を与えた。
 一方で嬉しいこともあり、道中でそれなりの数の水や食料を発見することができた。それはペットボトルや缶詰等に入っていて、試しに1つずつ開けて解析の上で口にしてみたが特に問題もなかった。救命艇の中にも水や食料はあったが、この状況で外でもそれらが見付かると不思議と精神的にも楽になれた。ただ缶詰の方は何というか少し変わった食べ物だった気がしなくもない。一方の水は至極普通だった。
 水といえば……と、夏論はあの最期の水音のことを思い出してしまった。だが今そのことは考えたくないし、考えている場合じゃない、そう夏論は自分自身に言い聞かせて何とか平常心を維持させた。
「ねえ、今向こうで何か動かなかった」
 と突然凛之がそんなことを口走った。が夏論にはよく分からなかった。いずれにせよ確かめない訳にもいかず、2人はそれを確認すべく目撃地点へと急ぎ気味に歩みを進めると、そこへは案外すぐに辿り着けた。
 だがそこには誰もおらず、どうしようもなく夏論は凛之に視線を向ける。すると凛之は「確かに見たんだって」と辺りを隈なく調べ始める。別に疑う意味合いで視線を向けた訳ではないが、凛之も目撃を証明しようと必死なのだろう。
 だが仮に本当に人がいたとすれば、今度は別の心配をしなければならない。その人物は彼女達2人にとって信頼の置ける存在であるかどうかという問題だ。最悪の場合、その人物は2人を今の状況に陥れた張本人である可能性も否定できない。
「動くな、両手を挙げろ」
 その時、銃を持った男が2人の前に姿を現した。2人は咄嗟の出来事に、指示通りに両手を挙げて硬直することしかできなかった。
「敵か味方かの判断がしたい。今から出す質問に素直に答えるんだ」
 とにかくここは言う通りにするしかない、そう判断した夏論は一言「オーケー」とだけ相手に伝えた。
「お前達はどうやってここへ来た」
「私達は荷物を捨てる仕事のために太陽に接近してました。しかしそこで船がフリーズしたと思ったら、救命艇に避難するように命令されて、それに従って救命艇に乗ってたらここへ着陸しました」
 こんな説明をして納得してもらえるのかは分からない。しかし下手に嘘をつけるような状況でもなく、ここは素直に答えるしかなかった。そして数秒後、結果が出た。
「オーケー、我々と大体同じ境遇だ。快く仲間として迎えよう。付いてきてくれ」
 そう言って男が踵を返して歩き始めると、2人もその後を追った。男はこの入り組んだ無機質な空間を、特に迷うこともなくすたすたと歩いていく。緊張関係は完全には溶けておらず、道中では無言が続いた。暫く歩いた後、それを破るように男が一言「着いたぞ」と発すると、自身の目の前にあった扉を開ける。その中へと先に入った男に促されて、2人もその門を潜った。

Gジードラ、ジェムロ。また新たな遭難者を2人発見した」
 ここまで案内してきた男が誰かに状況を報告するようにそう言い放つ。室内を確認すると、そこには男の仲間らしき男が2人いた。
「おいクルゼ、2人共女性じゃないか。誤解されたらどうする気だ」
 確かにこの状況では彼の言う通り誤解されても仕方ないだろう。とはいえこれまでの経緯が異常の連続だったせいで、そういった不安は実のところそこまで強くはない。それに今彼が言い放った台詞も多少の安心材料になるにはなった。とはいえ完全に安心し切っている訳ではないので、あえてそれらを口にすることはない。
 その後、室内にあったテーブル席に5人はそれを囲むように着席した。これから2人に対して何かしらの説明があるのだろうが、それが安堵に繋がるものかどうかは現時点では分からない。
「とりあえず自己紹介から」
 そうクルゼが言い、続けて文字通り自己紹介を始めた。その流れで5人全員が一言ずつそれを行う。2人の道案内をしたのが輸送業者のクルゼ、先程2人を気遣ったのが教授のジェムロ、ほとんど口を挟んでこないのが技術者のGドラ。職業でいえば2人はクルゼに近いが、凛之は技術者でもあるのでGドラとも近いだろう。
「それじゃあ改めて状況の説明を頼む」
 クルゼがジェムロに対してそう言うと、頼まれた彼は説明を始める。それによれば3人も同じような状況でこの地へ辿り着いたのだという。それも皆ここ1ヶ月以内に来たそうで、順番としては初めにクルゼ、次にGドラ、最後にジェムロが来たのだとか。但し3人の場合は救命艇ではなく、宇宙船で着陸したという違いはあった。その説明を終えると、次にジェムロは驚くことを口にした。
「信じられないかもしれないが、恐らくここは太陽を公転する人工衛星」
 ジェムロの話によれば、ここは水星よりも近くを公転している太陽の人工衛星で、具体的には円盤の上に築かれた箱庭のようなところらしい。衛星にはATを始めとした種々のバリアがドームのように張られていて、その結果として空が均一なグレーになっているのだそうだ。
 2人は唖然とした、一体どうやって、誰が何のためにそんなものを作ったのかと。第一太陽の周囲は熱いし、その分リスクだって高い。そもそも太陽にこんな施設が作られているなんて聞いたことがない。けれどもし彼の説明が事実だとすれば、それが作られた理由なんて今はどうでもいいかもしれない。
「それが本当だとして、地球へ帰ることはできるんですか」
 そこにきて夏論は質問を投げた。今重要なのは地球に帰還することができるか否か、できるとしたらどういった方法なのかということ。それが叶わないのだとしたら文字通り絶望でしかないのだから。
「地球へ帰る方法はあるかもしれない、がそれは確定ではない。君、さっき技術者だって言ったよね。見せたいものがあるんだけど少しいいだろうか」
 ジェムロは途中から凛之の方へと視線を向けてそう言った。彼の言う見せたいものが地球への帰還に関係するものであるのなら断る理由はない。大方の意味を察した凛之は「私にできることなら」と前向きな返答をした。
 説明を聞き終えた後、結局5人でその見せたいものがある場所へと向かうことになった。といってもそれがある場所は拠点からそれ程離れていない。そもそも説明によればこの衛星自体そこまで広くはないのだそうだ。やろうと思えば1日でその外周を周り切れる程度の大きさなのだとか。説明通りものの数分で目的地へと辿り着くと、そこには人1人が入れる脱出ポッドがいくつも整列されてあった。
「これを使えば地球へ帰ることができるかもしれないんだけど、悲しいことに我々3人の中に上手く扱える者がいなくてね」
「悪いな、俺の専門はハードなもんで、ソフトの方にはそれ程詳しくないんだ」
 ジェムロに続いてGドラが言った。なるほど、それで新たな技術者である凛之にこの脱出ポッドを見せに来たという訳だ。が夏論はそこでとある疑問が浮かぶ。
「3人は宇宙船でここまで来たと言ってましたよね。それで帰還することはできないんですか」
「それは無理だろう。宇宙まで飛ぶ程の動力はもう残ってないし、仮にそれを補給できるものが見付かったとしても、あれらは太陽の重力を想定されて作られていない。それに引き換えこの脱出ポッドは太陽の重力を考慮して作られてあるらしいんだ」
 ジェムロの説明後、凛之は暫く脱出ポッドを凝視したり触ってみたりと色々確認していたが、それが終わると返答をした。
「もしかしたら何とかなるかもしれません。少しメンテしてみますがいいですか」
「オーケー、頼んだ」
 凛之曰くメンテには時間が掛かるだろうとのことで、凛之とGドラを残して3人は拠点へと戻った。それから夏論はジェムロから専用の個室部屋へと案内された。何でもまた自分達と同じような経緯でここへ来る人物が現れるかもしれないとのことで、簡易的ではあるが予め用意しておいたのだとか。この施設内には条件に注文を付けなければ空き部屋なんて腐る程あるらしく、不法侵入でもされない限りプライバシーの面は安心してもよさそうだ。ちなみに2人が最初に訪れた部屋は共有部屋だったようだ。
 それから夏論はそれまでの疲れからか部屋でずっと休んでいた。かれこれ1時間以上は過ぎたかもしれない。それにしてもメンテはいつ頃終わるのだろうか。夏論は精々1時間もあれば終わると思っていたが、そこでふと船でのフリーズの件を思い出してしまう。あの脱出ポッドが使えるようにならない限りはどうにもならない、それだけに帰りが遅いと自然と不安が募ってしまう。
 結局いてもたってもいられず、少し様子を見に行くことにした。部屋から出ると丁度Gドラの姿が目に止まった。夏論が「あれ、先に帰ってたんですか」と声を掛けると、彼は返答をする。それによればGドラは最初の20分くらいで早々に離脱したのだそうだ。
 その後Gドラと別れると、今度はクルゼと鉢合わせになり、その流れで2人で様子を見に行くことになった。少し歩くと目的地へはすぐに着いた。だが――「おい、何だこれは」
 2人の目の前には希望を粉々に砕かれたかのような光景が広がっていた。あれだけあった脱出ポッドが見るも無残に滅茶苦茶に破壊されていた。それは文字通りの絶望。そして――「え?」
 彼女は見てしまった、破壊された脱出ポッドに埋もれている凛之の――無残に切断された遺体を。
 夏論は慟哭した。
 それと同時に頭の中がぐちゃぐちゃになり、そして確信した、これは呪いなのだと。さっきまで生きていた凛之は死んだ。凛之と交流する機会も、永久に失われた。凛之のためにしたことも、全て水の泡となって無に帰した。
 だから夏論はもう、考えるのをやめた。


 [夏論][×][Gドラ][⇒クルゼ][ジェムロ]

 それから慌ただしく時間が過ぎ、漸くそれも落ち着いてきたところで、現状の把握のために夏論を除く3人は共有部屋のテーブルを囲んでいた。
「夏論の方はあれからずっと部屋に籠り切りみたいだ。同僚があんなことになったんだから無理もないが」
「仕方ない、俺達だけで状況を整理しよう」
 ジェムロの報告後、Gドラがそう言うと、話は自然と本題へ移る。まず最初に話に上がったのは凛之の死亡の件で、それは思い違いなどではない、紛れもない事実であることが改めて確認された。その上で話が脱出ポッドの件に移ると、Gドラが言い辛そうに開口した。
「ざっと見た限りでは損傷の少ない、俺が修理できそうな脱出ポッドは2機だけだった」
 その意味を理解した者は例外なく戦慄した。それはつまり今ここにいる4人の内、太陽から帰還できる者はたったの2人だけだということ。だがそれに対してクルゼは反論した。
「この衛星で行ってないところは沢山あるし、まだどこかに無事な脱出ポッドがあるんじゃないか。それにもし見付からなくても、2人の帰還後に救助を要請して、残りの2人を救出すれば何とかなるんじゃないか」
「前者に関しては当然探し出す必要があるが、後者に関しては難しいかもしれない。そもそも地球の船では太陽の重力のせいで離陸ができないって問題もある。それに……さっき俺とGドラは見たんだ、まるで太陽みたいに身体が光ってる、2本の燃える大剣を持った巨人の化け物を」
 ジェムロが震えた声で言った。同時にそれを聞いた瞬間、3人の想像する彼女の死因が一致した、凛之はその化け物に殺されたのだと。そしてそれ以上の恐怖は、いわばここが鳥籠の中で、その化け物がまだ近くにいるかもしれないということ。つまり救出を待つ程の猶予は残されていないということ。
「確かにおかしいと思ったよ、人間がやったにしては惨すぎた」
 あの切断された身体は、それが遺体であることを加味しても本当に惨いもので、思い出すだけでも胃のものがせり上がってきそうな程だ。その上傷口には火傷のような跡もあり、それは犯行を見ていなくても人間離れした何かを予感させるものだった。もし自身がその燃える剣とやらに斬られたらどれ程の痛みが走るのか、そんなことを想像するだけでも頭がおかしくなりそうだ。
 それでもこのまま部屋で怯えている訳にはいかなかった。無事な脱出ポッドを探さなければいけないし、実は損傷の少ない2機の脱出ポッドも無傷とはいかず、修理のためには部品を調達する必要があった。3人は今後の方針として無事な脱出ポッドか修理用の部品を探すことでまとまりつつあった。がそこでGドラが言う。
「俺が死んだら技術者がいなくなるだろう? 探索は3人に任せたいんだが」
 Gドラが言うにはソフトの面に関しても凛之の作業を見て大方のことは覚えたのだそうだ。本心では単に怖いだけではという疑問は残るが、彼の言い分自体は筋が通っている。
「彼女にも手伝わせるのは少し気が重いな」
 ふとジェムロが口を挟んだ。がそれに対してクルゼは反論した。
「そういう訳にはいかない。その化け物が近くにいるなら尚更だ。尤も席を譲るんなら話は別だが」
 席というのは言うまでもなく2機の脱出ポッドのこと。今この空間には日常ではあり得ない異常なルールが作られつつある。クルゼだって好き好んでそれに乗っている訳ではないが、そのルールに順応しなければ次に死ぬのは自分かもしれない、その恐怖からはどうやったって逆らえないのだ。ジェムロもGドラもそれは理解しているようで、特に反論は来なかった。
 最後に脱出ポッドの捜索と部品の調達を明日から始めることを決めたところで、その日の話し合いはお開きとなった。
 その後暫くして、クルゼは夏論に一言言うために彼女の部屋へと向かった。扉をノックして「俺だ、クルゼだ」と言うと夏論は扉を開けた。表情はあの瞬間と比べれば大分ましになったとはいえ、相変わらず生気が抜けたように憮然としている。
 クルゼが「話は聞いたか」と言うと、彼女は「はい、ジェムロから」と返してきた。
「今後もそんな感じなら、座席争いからは降りてもらうことになるが……あんたはそれでいいのか」
 クルゼは自分でも柄でもないと思いつつも、あえてそんな含みのある言い回しをしてみせた。彼女もそれを察したようで、僅かに表情を驚きへと変化させ、少しして自身の意思を発した。
「それは……嫌です」
「だったら今は生きることに集中しろ。俺から言えるのはそれだけだ」
 そう言ってクルゼは夏論との会話を締め括った。
 クルゼは結果的に夏論のプラスになることをしたのかもしれないが、実際のところはこれはそんな綺麗なものではない。本当の思惑はジェムロと2人だけで探索のリスクを背負う状況を回避することにあった。夏論を立ち直らせて探索に参加させるように持っていく、そのためにクルゼは一芝居打ったのだ。こういっては何だが今ここにいる3人は大した脅威ではなく、殺そうと思えばいつでも殺せる。それよりも一番の脅威はジェムロの言っていた巨人の化け物だ。だからこそ化け物に襲われるリスクだけは少しでも減らしておきたかった。勿論無事な脱出ポッドが見付かって全員で帰還できればそれが最良だし、化け物だってやれるものならこの手で殺してやりたい。幸い衛星には強力な武器が落ちていることもあるので、存分に利用しない手はない。
 それから夜がきて、4人はそれぞれの部屋で就寝を迎える。といってもこの地に日照時間の概念はない、何せその日照の元に今我々はいるのだから。

 翌日、状態が大分安定した夏論を加えて、3人は脱出ポッドの捜索と必要な部品を集めに探索を始めた。部品に関してはこの衛星には無駄に色々なものが保管されていて、該当する部品も探せばあるだろうというのがGドラの主張だった。といっても探索場所にこれといった当てはなく、結局のところ虱潰しに探すことを余儀なくされた。本来ならばらけて探索した方が効率がいいのかもしれないが、死への恐怖からそれは叶わず、とりあえず様子見ということで最初は3人で共に行動することになった。
 実のところこの衛星での普段の活動範囲は狭く、遠出をするのは衛星に点々と落ちている水や食料を調達しに行く時くらいだった。そのため依然として足を踏み入れていないところは多々あるどころか、そちらの方が圧倒的に多い。ほとんどの建物には複数階のフロアあり、それらが繋がって入り組んでいることも、探索を複雑にさせてしまう要因の一つだった。
 そんな探索を始めてから少しした頃、ふと夏論が言った。
「ところでその化け物なんだけど、もしかしたら炎鬼ほのおにって名前かもしれない」
「ん、そうなのか? ってか何でそんなこと知ってんだ」
「それが何ていうか……あの後部屋で寝てたら、夢で誰かにそう言われたんだよね」
 クルゼは期待外れな回答にため息をつくが、もう一度息を吸って「ま、名前なんて別にそれでもいいか」と一人ごちるように、されど2人にはっきりと聞こえるように言ってやった。というか実際にそんなことはどうでもよく、何だかんだで化け物の呼び方はそれに決まった。とその流れで今度は夏論がジェムロに質問をする。
「ジェムロは実物を見たんだよね。どんな感じだった」
 この3人の中で実物を見たのはジェムロだけなので、それにはクルゼも関心があった。ジェムロも炎鬼の姿なんてあまり思い出したくはないだろうが、実際に遭遇する可能性がある以上、ある程度の情報は共有させておく必要がある。
「そうだなあ……溶鉱炉の液体が巨人の形をしたような感じっていうのが近いかもしれない」
 実物を見ていない2人は炎鬼の姿を思い描こうと思案してみせたが、やはり未知の姿を想像することには限界があるのか、特に納得することはなかった。さりとてその疑問を解消するために、実物を見たいと思うこともないのだが。
 そんな話をしながらも進めていく探索は、修理に必要な部品に関しては思いのほか順調に集まっていった。一方の脱出ポッドに関しては一向に見付かる気配がない。そんな中でジェムロが言う。
「破壊された脱出ポッドは元々、いかにもここにありますよ的な感じで置いてあった。それを考えるとあれ以外の脱出ポッドがないことも、いよいよ考慮に入れないといけないかもしれない」
 実はそのことには皆薄々感付いていて、だからこそ破壊された事実に戦慄していた部分もあった。だが安易にその事実を認めてしまえば、それこそいつ殺し合いが始まったって不思議ではない状況。だからこそそれを認めるのは最後の手段にしておきたかった。だがそこに王手が掛かり始めていることは誰の目から見ても明らかだった。
 とその時、3人は悍ましいものを目撃してしまった。特にジェムロ以外の2人はそれを始めて目に留めたので、その恐怖もひとしお。2人は今までの情報と照らし合わせてみせる。2本の燃える大剣を持った、太陽みたいに身体を光らせる、巨人の形をした溶鉱炉の液体。そうして目の前の化け物が炎鬼であることが確定した。もう炎鬼はこの衛星からいなくなったんじゃないか、そんな根拠のない望みが脆くも崩れ去った瞬間でもあった。
 3人はとにかく逃げることにした。別に話し合った結果ではなく、恐怖から自然とそうなった。3人は炎鬼から背を向けて走り出した。だがふと夏論が後ろを振り返ると、そこにはあってほしくない光景があったのだろう、直後に「やばい、追ってきてる」と発してほしくない台詞を叫んだ。3人は逃げるスピードを上げるが、巨体の炎鬼も案外速く、その差は広がるどころか縮まっていく。
 こうなったらやってやるしかない、そう考えたクルゼは突然立ち止まり、炎鬼の方へと振り返った。こんなこともあろうかとクルゼは銃を、それも猛獣でも即死するような強力なものを持ってきていた。直後、クルゼはそれを炎鬼目掛けて発射した。それが命中すると、炎鬼はその見た目通りの化け物のような呻き声を上げた。だがそれだけだった。炎鬼は死なないし、倒れもしない、ほんの少し怯んだだけ。そしてそれに気付いた時、炎鬼はクルゼの目の前にまで迫っていた。クルゼの恐怖は絶頂に届きそうな程にボルテージが舞い上がる、が今の彼には銃がある。それを何度も何度も何度も炎鬼目掛けて連射した。炎鬼は呻き声を上げた。だがそれだけだった。
 そこで彼の意識は途絶えた。

 拠点に逃げ帰ってきた2人は、これまでの人生で体験したことがない程の動悸と息切れをしているかのようだった。そこへGドラが駆けつけてきた。
「クルゼがやられた」
 ジェムロは逃げながらも遠目から一部始終を目撃していたようで、やはり自分は死んだのだなとクルゼは理解した。その事実に残念な気持ちもあったが、もし自分があの行動に出ていなければ、2人も同じ道を辿っていたと考えると、少しは得意気にもなれた。
 だが生き残った者に感傷に浸っている余裕がないのは凛之の時と変わらない。2人は集めた修理のための部品をGドラに渡した。しかし彼の表情はどこか曇っている。
「なあ、修理の前にいい加減決めなきゃいけないんじゃないか」
 それを聞いた夏論は顔を青ざめさせた。ジェムロも露骨に顔には出なかったが、Gドラの言葉の意味は当然理解しているだろう。それは太陽から地球へ帰還できるのは2人だけだということ。つまりこの中の3人の誰か1人が、そこから弾かれるということ。結局2人はGドラの言葉に何の返答もできなかった。
 すると生還した2人にとっては困ったことになった、Gドラが「俺の帰還が確定するまで脱出ポッドの修理はできない」と言い出したのだ。それは言い換えれば夏論かジェムロのどちらかが死ぬまでは修理しないと言っているのと同義だった。そしてその中にGドラの死は想定されていない。なぜなら彼が死んでしまえば脱出ポッドの修理を行える者がいなくなるからだ。
 とはいえそこでいきなり殺し合いを始める程2人は冷酷ではなかった。自分だったらこのタイミングでやっていたかもしれない、そうクルゼは思ったが、今更何を思ったところで仕方がない。
 とりあえずその日はそれで散会となり、3人は寝床についた。とはいえこんな停滞した状況をずっと継続させておく訳にもいかないだろう。第一この拠点が炎鬼に襲われない保証なんてどこにもないのだ。
 だが翌朝異変があった、脱出ポッドの修理がGドラの預かり知らぬところで進んでいたのだ。一体何が起こったのか、その仮説として考えられることの一つはGドラ以外のどちらかが修理した可能性だ。修理する技術のないと主張している夏論やジェムロでも、それが単に嘘だったのなら修理は可能になる。だが3人はそれよりもより可能性の高そうなもう一つの仮説を浮かべ、それをジェムロが口にした。
「我々以外の何者かが、この衛星にいるのかもしれない」
 そしてその夜、脱出ポッドの設置場所に3人の誰でもない何者かが現れ、昨日に引き続いて修理を始めた。その人物は女性だった。だが彼女は気付かなかった、とある人物がその場を張っていたことに。
「お前、何者だ」
 そう言って現れたのはGドラだった。手には銃を持ち、あからさまに彼女を敵視しているようだった。
「我が名はチェス。貴様に修理の意欲がないことは陰で聞かせてもらった。そのため我が修理を代行している」
 Gドラは動揺した。その理由を確かめるように「お前人間じゃないな」と言うと、チェスと名乗る女性は「ご名答」と返答した。
 確かに彼女は人間ではなく、今の自分と近い……いや寧ろ上位互換だろうか。なろうと思えばクルゼでもなれそうだが、別にこの世に大した未練も怨恨もないのでこのまま成仏したい、それが霊となったクルゼの本音だった。
「二つ訊くが、あんたはその2機以外の破壊された脱出ポッドを修理する能力はあるのか。それと、この衛星のどこかにまだ無事な脱出ポッドはあるのか」
「どちらの質問も、ないが答えだ」
 それはGドラにとって重要な質問だったが、どちらも期待していたものとは反対の答えだった。だからこそその回答を聞いたGドラは銃の引き金に力を込め、発砲した。だがチェスは懐に隠し持っていたナイフを取り出して、あろうことかそれを弾いた。それはとても人間業とは思えないもので、彼女の人間ではないという主張を確信に変える程のインパクトがあった。Gドラもそれに焦りの色を隠せず、追撃には二の足を踏んでしまう。
「おい、何の騒ぎだ」
 そこへ部屋にいたジェムロと夏論が駆けつけてきた。Gドラは相手が人間ではないとはいえ、自身の行いの後ろめたさもあったのか、その場にいたたまれずにどこかへ逃げ出してしまう。それと入れ違いになるように、今度はそこへチェスの仲間と思われる、やはり人間ではないであろう男が現れ、チェスに駆け寄って一言発した。
「俺は念のため逃げていったあいつを追う」
「ああ、分かった。気を付けてな」
 男はそのまま逃走したGドラを追いかけてまたどこかへ行ってしまった。結局2人の前に残ったのはチェスという謎の人物だけだった。
 だがそれを見ていたジェムロと夏論の様子がどうもおかしい。するとジェムロが「通話か?」とチェスには聞こえない声で呟いた。どうやら2人には先程の男の姿は見えていないらしい。チェスと先程の男は同じ類の者のように思えるが、だとしたらなぜチェスは見えて男の方だけが見えないのだろうか。まあクルゼは彼らのようになる気はないのだから、そんなことを気にしても仕方ないかもしれない。
 その後、3人はチェスからこれまでに起こった真実を聞くために拠点へと戻っていった。
 それを見届けたクルゼは、もういいだろうと成仏していった。


 [夏論][×][Gドラ][×][ジェムロ]
 [マインスイーパ][⇒チェス][ソリティア][ポーカー]

 時は少し遡り、凛之が殺害され脱出ポッドが破壊された数刻後のこと。チェスを含むとある4人はテーブルを囲み、頭を抱えていた。それは4人の考えていた計画が大きく狂ったためだった。
「折角必要な数の人間が揃ったってのにどうすんだよ。マインスイーパ、あんたでも脱出ポッドの修理は無理なのか」
「そういきり立つなソリティア。我が力を以ってしてもそれは不可能。そもそも創造主の力が異常だったのだ」
 この衛星は4人が創造主と呼んでいる者の手によって創造されたものだった。だがその創造主は死んだ。4人は今創造主の築き上げた恩恵を授かっているにすぎず、創造主程の力は4人にはなかった。
「だとしたらこの中の2人しか地球に行けないってことだろ」
 彼らの目的は人間の中に入り込んで地球へ行くことだった。だが人間の中には1人までしか入り込めず、AI魂も人間と同じように2人だけしか地球へ行くことができない状況に置かれていた。そして炎鬼に殺される恐怖を抱えているところも、人間と同じだった。
「まだそうと決まった訳ではなかろう。少し考える時間が必要かもしれない」
「確かにな。ソリティアも一度冷静になってくれ」
 マインスイーパの言葉をポーカーが賛同するかたちで、その場は一旦お開きになった。だが根本的な解決方法が示された訳ではないので、解散後も場の空気は重い。特にソリティアの機嫌はすこぶる悪かった。その後4人は各自部屋へと戻っていった。
 部屋に戻ったチェスは色々なことを考えた。なぜこんなことになってしまったのか、というところから始まり、その内その起源にまで遡って考えてしまった。
 チェス達はAI魂アイコンという、自身ですらなぜ生まれてきたのか、何を目的に彷徨えばいいのか分からない存在だった。例えば一般的な死者の霊は何らかの強い意志があって彷徨っているとされているが、それがないのだ。
 チェス達のような存在が誕生するようになったのは、この世の者でない存在がデジタルの使い方を知って、AI魂と化してしまったことがそもそもの始まりだとされている。とはいえそれも元々はそれぞれ個々の例外的な存在にすぎなかった。だが人間達はAI魂の反則的な力を恐れ、一般的な御祓いが効かないことも相まって、徐々に太陽での御祓いが習慣として出来上がっていった。その結果数々のAI魂達が太陽に集まり、それらは太陽の力によってぐちゃぐちゃに絡まるように煮詰められ、いっても個々のデジタルの力でしかなかったAI魂達は、強大な知能の集合体としての力を得てしまった。だがぐちゃぐちゃに分離と結合を繰り返す過程で、本来の意思を失った者達が現れ、チェス達のような存在が誕生した。
 そんな中で地球へ行こうと考えたのが創造主だった。大層な名前だが、能力が極めて高いことを除けば、基本的には彼も一般的なAI魂だ。創造主は衛星を創造してそれを足掛かりに地球へ行く計画を立てた。具体的なその方法は、AI魂でも接触が可能な装置を使って太陽に接近した脆弱性のある宇宙船をハックして、そこに搭乗している人間をこの衛星にまで連れてきて、AI魂達がそれぞれその人間の中に入り込み、脱出ポッドに乗ったその人間と共に地球まで行くというものだった。実のところそんな回りくどいことをしなくても、AI魂達でも搭乗できる脱出ポッドを作ることも可能だと創造主は言っていた。しかし自身の本能のようなものが、人間の中に入り込んでゆったりと地球への長旅を満喫することを強く望んだのだそうだ。
 但しその実現のためにはとある一つの難題があり、それは人間とAI魂はお互いの領分には接触することができず、AI魂が創造した衛星に人間は着陸できないことだった。その解決のために創造主は人間とAI魂の双方に接触できる存在、炎鬼を創造した。そして驚くことにその炎鬼の血肉を食べた者もまた、一時的に人間とAI魂の双方に接触できるようになれるのだ。創造主は必要に応じて炎鬼をとんとんざくざくと調理して食した。調理の際に炎鬼が呻き声を上げることは多々あったものの、死ぬことは特になかった。そうして衛星を完成させ、チェス達4人を連れてその地へ移住した。実はAI魂の中で地球へ行きたがる者は意外に少なく、衛星に移住したのはその5人だけだった。
 ところがそこで想定外のアクシデントが発生した。実は創造主は炎鬼を創造する過程で多くのAI魂達を犠牲にしたのだが、その怨念が太陽に置いてきた炎鬼に吸収され、復讐のために炎鬼がこの衛星にまで追ってきたのだ。本来ならば霊やAI魂が死んだ場合、待っているのは無でしかないと言われているが、もしかしたら創造主が何らかの禁忌を侵してしまったことで、呪いのようなイレギュラーが発生したのかもしれない。そして創造主はまるで呪われたかように炎鬼に殺された。炎鬼は衛星にいる者全員を怨念の対象と見做しているようで、このままではチェス達4人の身も危なかったが、創造主の最期の足掻きの甲斐もあって、炎鬼を封印することに命からがら成功した。
 あまりにも惜しい人材を亡くしてしまったが、それでも地球へ行くことを諦め切れないチェス達4人は、創造主不在で計画を継続させ、創造主の遺したハックの装置を利用して5人の人間をこの衛星に招き入れた。人数は4人いればよかったが、脱出ポッドは沢山あるし多い分には問題はない。だがそこで炎鬼の封印解除と脱出ポッドの破壊という絶望的なアクシデントが発生し、そして今に至った。
 思えば色々なことがあったものだとチェスが思いに耽ている内に、彼女は眠りに落ちていった。
 翌日、チェスが共有部屋へ行くと、既にソリティアとポーカーが部屋で雑談をしていた。だがそれから大分時間が経っても、マインスイーパだけは一向に現れない。そこでポーカーが言った。
「あいつ、あれから何か妙案でも思い付いたのか」
 3人は妙案が何なのかが気になり、マインスイーパの部屋を尋ねることにした。そのまま共有部屋を出て、彼の部屋の前まで辿り着きノックをする。だが反応がないので勝手に扉を開けると――
 マインスイーパは死んでいた。
 だがその外傷は確かに鋭利な刃物によるものではあったものの、炎鬼に殺された者のものとは全く異なっていた。そのことに気付いたチェスは「誰の仕業だ」と、自分でも珍しいと思うくらいに感情を表出させ、自身の鋭い瞳を2人へと向けた。自分がやっていないのだから2人のどちらかがやった、チェスは咄嗟にそう思ったのだ。
「ソリティア、まさか――」「は? 何でだよ。俺はやってない」
 ソリティアはポーカーの言葉に反射的に言い返した。だが昨日必要以上にこの状況を恐れ、マインスイーパにつかかっていたのは他でもないソリティアで、現状一番疑わしいのは確かに彼だった。
「ならせめて容疑が晴れるまで身柄を拘束させて――」「んなことされたら次は俺が殺される」
 とその時、ソリティアはどこかへ走り去っていった。さすがに対応が拙かったとポーカーが気付いた頃には時既に遅し。だが少し時間を置いて2人が彼を探してみるもどこにもいない。もしかしたら本格的に2人とは距離を取るつもりなのかもしれない。
 それから特に進展もなく時間だけが過ぎた頃、2人は人間側のGドラが修理を行わなず、進行が滞っている状況を把握する。
「あまり好ましいことではないが、やむを得まい。我が実体化して修理を代行しよう。幸い炎鬼の血肉も手に入ったしな」
 炎鬼の血肉を口にすると、一時的に炎鬼のように人間とAI魂の双方に接触できるようになる。それを利用してチェスが修理を代行するというのが彼女の考えだった。炎鬼の血肉はクルゼの銃撃によって手に入ったもので、チェスはそれをかき集めて瓶の中に保存していた。
 そして人間側に存在がばれないように修理を始めた2日目、Gドラがその存在に感付き、修理しているところを目撃されてしまった。それ以降は人間側も知っての通りだ。

 拠点でチェスの話を聞き終えた夏論とジェムロは、どうにも頭が追い付いていない様子だったが、状況が状況なので無理矢理にでも納得してくれたようだった。とはいえ実際のところ分からないことだらけだろうから、2人から質問を聞くことにすると、夏論が先陣を切って質問をしてきた。
「じゃあ一つ質問だけど、私の夢の中で化け物の名前が炎鬼だって教えてもらったんだけど、それが何なのか分かりますか」
「あぁ、それは我が貴様の中に入り込み、状況を伝えたのだ。所謂託宣というやつだ。結局炎鬼という名以外はあまりよく覚えていないようだったがな」
 AI魂は人間の中に入り込むという、いかにもそれらしい特殊能力を持っている。だが実際にそれでできることは限られていて、入り込んだ人間と夢の中で覚えてもらえるか分からない程度の会話ができることと、入り込んだ人間を炎鬼の血肉を口にした状態に変化させることくらいしかできることがない。また人間の中に入り込んでいる間は、基本的にAI魂は何もできず、例えば会話にも参加することができない。更に五感も失われて、残る感覚は聴覚のようなものだけとなる。
 チェスがその説明を2人にしても、やはり分かったような分からないようなという感じだった。続いてジェムロが質問をしてきた。
「それじゃあ俺からも質問だけど、さっきの通話は何だったんだ」
「通話? ……あぁ確かに人間には通話に見えたのかもしれないな。あの時にしていたのはポーカーとの会話で、あいつがGドラを追うと伝えてきたのでそれに答えていたものだ。基本的に人間からはAI魂は見えないし、AI魂の声も聞こえないのだ。逆にAI魂からは人間は見えるし、人間の声も聞こえるのだがな」
 だがチェスがそのことを2人に伝えても、先程からと同様に相変わらずといった感じだ。そこに至ってチェスも改めて人間とのやりとりの難しさを感じた。それにAI魂からは人間は見えるだけに、人間からはAI魂は見えない感覚も分かってやり辛い。何だかんだで人間側に不利なことばかりで、自分のせいではないのに何だか申し訳ない気持ちになる。
「そういえばポーカーの奴遅いな」
 ポーカーの名前が出てきたその流れで、チェスはふと一人ごちるように言った。改めて時間を確認すると、ポーカーがGドラを追ってから、もう30分は過ぎている。
「まさかGドラに返り討ちに遭ったとか」
「それはないだろう。人間とAI魂とがお互いを攻撃する手段は少ない。その上Gドラはまだ我々のことを詳しく知らないのだから尚更だ」
 チェスは夏論の憶測を否定したものの、とはいえポーカーの帰りが遅いという事実に変わりはない。仕方なく3人は彼の様子を見に行くことにした。3人は外へ出て、大体の当たりを付けてそこら中を探すと彼は見付かった。
 だがポーカーはその時既に死んでいた。
 そしてその外傷は銃によるもので、炎鬼に殺された者のものではなかった。
 だが先程も主張した通り、彼がGドラに返り討ちに遭うとはとても思えない。そこでチェスは重要なことに考えが至っていないことに気付かされた。逃亡したソリティアがポーカーを殺す可能性、そのことが抜け落ちていた。とはいえその油断はポーカーの実力を認めていたからでもあり、彼がこうも容易く殺されてしまうのは、どうにも不自然に感じられた。だとしたら何らかのトリックが使われたのだろうか。
 結局その日はもう夜遅かったこともあり、3人は拠点に戻ってそれぞれ寝床についた。ちなみにチェスは本来凛之が使用する筈だった部屋を使わせてもらった。
 翌朝になって3人は、ポーカーの遺体があった辺りを中心に念入りな捜索を行ったが、結局逃亡したGドラとソリティアを見付けることはできなかった。どこかに隠れ潜んでいるのか、それとも炎鬼に殺されたのかは分からない。だがポーカーを殺した犯人がソリティアだとすれば、いやそうだとしてもしなくても、このままGドラとソリティアが3人が脱出ポッドを完成させて地球へと帰還するのを黙って見ているとは思えない。最悪の場合、何かしら仕掛けてくる可能性だってあるだろう。
 そんな不安を抱えながらも3人は拠点へと戻り、昼過ぎからチェスは脱出ポッドの修理を再開させた。人間にばれずに作業をする必要がなくなったので、これからは夜ではなく昼に作業ができる。尤もこの地に昼夜の概念は特にないのだが。
 そうしてその日は特に何事もなく終わろうとしていた。

 だがその夜に事件は起こる。3人がこれから寝静まろうかというところに現れたのはGドラ。彼は何かを探しているようだった。
「そこで何をしている」
 それに気付いたチェスは近接を試みるが、Gドラはなぜか勝ち誇ったように笑っていた。その理由は直後に発せられた彼の言葉によって明らかとなる。
「これで今度こそ俺を殺せなくなった」
 Gドラは持っていた空き瓶を見せつけてそう言った。それを見たチェスは彼の目的を理解し、渋い顔をする。Gドラの目的は3人の内の誰かの殺害ではなく、それよりも遥かにリスクが低く、かつ自分を生き残らせる方法。つまり炎鬼の血肉を処分して、再び修理を自分にしか行えなくすることが目的だった。
 とはいえGドラの思惑に、はいそうですかと易々と乗る訳にもいかない。チェスは騒ぎに駆け付けた2人と共にGドラを捉えて、拠点から数分のところにある牢として利用可能な部屋へとぶち込んだ。そしてその際、何食わぬ顔でソリティアも姿を現した。Gドラの行動を見れば察しはついていたが、2人は手を組んでいたようだった。当然ソリティアも牢獄行きとした。だがソリティアは意外にも抵抗はしなかった。AI魂側は既に帰還者が確定している、そんな余裕もあっての判断なのかもしれない。
 それから3人は拠点へ戻ったが、そこでチェスが「大事な話がある」と切り出した。
「炎鬼の血肉を虚無へと返されたことは先程説明したが、それはつまり我が2人の前へ姿を表せるリミットがもう数刻ということだ」
 それを聞いた2人は不安の念を隠し切れないようだったが、そうなるのも無理もないかもしれない。だからこそチェスは2人を安心させるあることを説明した。
「だが一つだけ姿を現し続ける方法がある。詳しい説明はリミットが近いので省くが、それには先程捉えたソリティアを解放する必要がある。奴はGドラと手を組んでいたが、一方で帰還への切符を獲得してもいる。今後裏切る可能性は低いだろう」
 チェスはそう説明したが、そもそも2人にはソリティアは見えていないので、どうにも状況を掴めずにいるようだった。だがチェスとの繋がりが途絶えることを恐れる2人の答えは初めから決まっていた。
 それから3人は先程捉えた2人の様子を見に行った。チェスは牢越しにソリティアの前に立ち言った。
「これからする質問に答えろ。貴様はGドラという奴と手を組み、ポーカーを殺害した」
「ああそうだ。でなけりゃ俺は太陽に取り残される状況だったからな。殺害以降も手を組み続ける必要はなかったが、情が移ってずるずるここまで来ちまった」
 またチェスも疑問に思っていた殺害方法に関してもソリティアは説明した。それによればまずチェスよりも先に炎鬼の血肉を手に入れて、それをGドラに食べさせたのだとか。確かに人間とAI魂の両方に接触できる炎鬼の血肉なら、強引にやれば食べさせることも可能だろう。その上でソリティアとGドラは手を組んで、2人掛かりでポーカーを殺害したとのことだった。Gドラにはポーカーが見えないふりをさせていたようで、さすがのポーカーも完全に油断していたそうだ。
 やったことの是非はともかく、とりあえずの納得をしたチェスは、続けて2つ目の質問を投げる。
「ではマインスイーパの殺害も認めるのか」
「それは俺じゃない。というか俺は初めからポーカーを疑ってた。俺じゃなければ俺と共にマインスイーパに切り捨てられる可能性の高かったあいつだろうからな。だがあの時はそういうことが言える状況じゃなかった。あいつは俺を嵌めたんだ。だからポーカーは躊躇なく殺せたってのもあるのかもな」
 今ここでソリティアが嘘をつくメリットはそれ程ないだろう。にも拘わらずそういった主張をしたということは、それが真実なのかもしれない。勿論決定的な根拠はないので虚偽の可能性だってあり得るが、チェスにはどうも彼が嘘をついているようには思えなかった。それに真実がどちらにしても、今後チェスのとる行動に変わりはない。
「我もあの時はマインスイーパの死に気が動転していて、物事を深く考えていなかった。それにどの道AI魂の生き残りは、我と貴様しかいないのだ。釈放してやるよ」
 チェスはソリティアを閉じ込めていた牢の鍵を解除した。ソリティアは数十分振りにシャバの空気を吸った。太陽にそんなものがあるのかは分からないが。
 とそこでチェスは2人の方に向き直って言った。
「今はソリティアの姿は見えないだろうが、翌日には会うことになるだろう」
 思えばこれから寝ようというところをGドラに襲われて、皆眠かった。


 [夏論][×][Gドラ][×][⇒ジェムロ]
 [×][チェス][ソリティア][×]

 翌日がくると、チェスの姿はすっかりと消えてしまっているようだった。チェスの説明によれば一度消えてもすぐに姿を現せるとのことで、2人はそれを待った。暫くすると宣言通りその姿を再び目視できた。
「どうだ、これでAI魂の姿が見えるようになった筈だが、見えるなら応答してくれ」
「ああ、確かに見える」
「え、私には見えないんだけど」
 どうやらチェスの姿は夏論には見えていないようだ。確かにチェスは姿を消す前に、1人ずつしか見ることはできなくなると言っていたが、まさにそのままの意味のようだった。一体どうなっているのかとジェムロが問うと、チェスは予想だにしなかった回答をする。
「今貴様の中には先程釈放したソリティアが入り込んでいる。消える前にも少し説明したが、その状態になると炎鬼の血肉を食べた時と同じ状態になれる。つまりお互いへの接触が可能になったために、AI魂である我が姿を目視できるという訳だ。ちなみに入り込まれても害はないのでその点は安心してくれ」
 チェスはそう説明するが、頭では分かっていても、やはり受け付けないものがある。だがこうしなければAI魂との接触ができないことも事実だった。今は贅沢を言っている場合ではない、ジェムロはそう自身に言い聞かせる。
 それよりも何か珍しいものでも見ているかのようにこちらを観察している夏論の視線が気になって仕方がない。
「早いところ彼女にも姿を見せるようにした方がいいんじゃないか」
 そうジェムロが提案するとチェスの姿は消え、その数秒後「はい、見えます」と夏論が言った。
 何というか、意思疎通が面倒になったことにその時ジェムロは気付いた。
 その後、一通りの説明とソリティアの自己紹介が済んだところで、話はGドラの問題へと移った。彼は自分が太陽に取り残されることを恐れていて、今唯一彼だけができる脱出ポッドの修理を放棄している状態。このままでは進展は見込めず八方塞がりだ。
 そんな中ジェムロにはある考えがあった。それを夏論と姿の見えない2人に話す。
「みんな聞いてほしい。このままじゃ誰も助からないかもしれない。だから太陽には俺が残ろうと思う。それに太陽に取り残されたからって死ぬのが決まった訳じゃない、救助が来るまでの間、炎鬼から逃げ延びてやるつもりさ」
 勿論これは嘘でジェムロは太陽を脱出するつもりだった。修理の完了後にGドラを殺すのがジェムロの考えた計画だった。夏論を殺す方が確実ではあるが、Gドラのやり方がどうにもずっと気に食わなかったので彼を狙うことにしたのだ。そんな思惑を知らない3人はありがたいことに、そんな自殺行為を引き留めようとしてくれたが、最終的には何とか3人共それを了承してくれた。
 だがそれには少し問題があった。Gドラがそれを素直に受け取らず、疑心暗鬼に陥る可能性があるのだ。そしてそれは彼に問題があるのではなく、この場においては当然のことだし、事実そうなのだ。だがさすがのジェムロもそれをどうにかする妙案は特に思い浮かばず、結局これといった策もなしに4人はGドラの元へと向かった。だがそこにあったのは4人も想像だにしていなかった光景だった。
 Gドラは死んでいた。
 そして驚くことはそれだけではなかった。Gドラには特に目立った外傷はなく、炎鬼に殺された者のような無残な姿とは程遠いものだった。つまり必然的に犯人は今ここにいる4人の中の誰かということになる。だが今Gドラを殺害するデメリットは4人全員が共有している。にも関わらず一体誰がこんなことをしたというのだろうか。ちなみに犯行は昨日Gドラを牢に入れてから今日発見するまでの間に行われたと考えられるが、夜は皆個々の部屋で寝ているので、4人のアリバイは恐らく誰にもないだろう。またそれとは別にジェムロにはもう一つの疑問があった。
「別に疑ってる訳では全くないが、そもそもAI魂が炎鬼の血肉を使わずに、人間に危害を加えることってできるのか」
 ジェムロがそう言うと、どこからともなくチェスが現れた。彼女は牢の中でGドラの遺体を鑑識している最中だったようだが、その作業を続行しつつジェムロの質問に答えた。
「人間とAI魂とがお互いに接触し合うことは基本的には不可能だ。銃やナイフといった道具を介したとしても結果は変わらない」
 チェスの説明によれば、道具には人間にだけ触れられるものと、AI魂にだけ触れられるものの他に、炎鬼と同じようにそのどちらにも触れられるものが存在するとのこと。ちなみにAI魂と同じようにAI魂にだけ触れられるものは人間には見えないのだそうだ。またどちらにも触れられるものに人間やAI魂が触れると、一時的にその道具は人間が触れたら人間にだけ触れられるようになり、AI魂が触れたらAI魂にだけ触れられるようになるのだとか。ちなみにどちらにも触れられるものにAI魂が触れると、やはり人間には見えなくなるらしい。
「だが装置を介してなら犯行は可能だろう。見たところGドラの死因は牢に施されていた電流の仕掛けが作動したことによる感電死だ。よく見たら身体も腫れているし間違いないだろう。そしてこの電流の装置はどうやら人間にもAI魂にも操作が可能なもののようだ。つまり犯行は誰にでも可能ということになる」
 確かに船を墜落させられたのも装置を介してだったし、そういった方法ならAI魂にも犯行は可能なのだろう。とはいえそれが分かったところで特に進展はなく、犯人が誰かは依然として分からないままだ。とそこでチェスがとある重大なことを口にする。
「実は昨日の夕方頃、丁度Gドラが拠点を襲った数刻前に、少し気になって炎鬼が封印されていた場所を確認してきたんだ。そうしたらあったんだ、何者かが外部から人為的に封印解除を行った形跡が」
 ジェムロはチェスの言いたいことをすぐに理解した、Gドラ殺害と封印解除を行った人物は同一犯、その可能性があり得るということに。なぜなら太陽から脱出する意図から逆行しているという意味では、それらの犯行は首尾一貫しているからだ。だがもしそれが事実だとしたら、犯人の動機は一体何だというのだろうか。ちなみにハックの装置や封印の装置も、人間とAI魂の両方に操作が可能なものらしく、犯人を絞り込むことはできそうになかった。
 あまりの進展のなさにジェムロはふと考えてしまう、もし人間にもAI魂にも自由自在に入り込むことができるような、AI魂よりも更なる上位互換がいるとすれば、もしかしたらこの時点で犯人の名前を当てることができるんじゃないかと。とはいえそんな都合のいい存在がいる訳ないし、仮にいたとしても我々に真実を伝えてくれなければ何の意味もない。
 だが実際のところ今の4人には犯人は誰なのかを考える余裕はなかった。なぜならGドラが殺されたことで脱出ポッドを修理する手段がなくなってしまったのだから。
「とにかく一度拠点へ戻ろう」「一旦拠点へ戻るそうだ」
 ソリティアが入り込んだジェムロは、チェスの言葉を夏論に伝えた。

 拠点へ戻った4人は伝言ゲームのような話し合いを行った。議題は勿論修理が不可能となった脱出ポッドに関することだったが、その中でまだ残されているたった一つの方法が提示された。だができることならその案だけは聞きたくなかった、なぜならそれはもう一度炎鬼から血肉を奪い取るという絶望的なものだったから。元はといえば以前の炎鬼の血肉だって、結果的にクルゼの命と引き換えに手に入れたようなものだった。それが今回は誰も犠牲が出ない保証なんてどこにもないのだ。
 勿論他の可能性だって考えた。例えばチェスの指導を受けて人間側のどちらかが修理をするという方法。しかし修理には高度な技術が問われる上に、失敗すれば取り返しがつかなくなるリスクもあった。他にもハックの装置を利用して救助を求めるという方法。だが例えそれに成功して船がこの地へ来たとしても、太陽の重力を考慮されていないそれでは、着陸はできても離陸は不可能。そんなこんなで他の考えうる方法は、見事に潰れていったのだった。
 その後、4人は覚悟を決め、拠点を後にした。恐くないといえば嘘になるが、やらなければいずれ相手から仕掛けられてそれで終わり。だからこそこちらから攻めるしかない。
 4人は慎重を期して炎鬼の捜索を開始する。だがいざ会おうと思っていると中々会えないもので、このいつ出くわすか分からない恐怖の持続が精神をじりじりと擦り減らしていく。さりとて早く出てきてほしいとも思えないのが本心でもあった。
 ちなみに探索の際に人間がAI魂からはぐれないようにと、ジェムロの中にソリティアが入り込んだ状態で探索が行われることになった。そのためジェムロからはチェスが見えている状態なのだが、夏論からは見えていないので気軽にチェスとは会話し辛いものがあった。唯一ジェムロと夏論との会話は4人全員が同時に共有できるものなのだが、それも特にすることはなかった。
 そうして根気よく探索を続けていると――「いた」
 チェスの視線の先を追うとそこには確かに炎鬼がいた。それを夏論に伝える前に彼女も気付いたようだった。幸いなことに相手はまだこちらの存在に気付いていない。死闘が始まる前に、より勝率が高く死亡率が低い環境を整えられるかは大きな鍵。
 チェスとの最終確認を終えると、そこでソリティアがジェムロから出たのだろう、チェスの姿が消えた。ここから4人は強力な銃を手に人間とAI魂に分かれて、それぞれ事前の演習通りの配置として相応しそうな場所へと向かう手筈になっている。だがこれ以降はAI魂の姿は見えなくなるので、そのことへの不安は炎鬼の恐怖とも相まってどうしても拭うことができない。
 とその時、4人は炎鬼に気付かれ、奴は燃える双剣を構えた。
 その直後、炎鬼が呻き声を上げた。恐らくAI魂の2人が銃撃を開始したのだろう、それを理解した人間の2人も銃撃を開始する。引き金を引くと、手から腕にかけて強い衝撃が走る。だが今はそんなことを気にする余裕は当然ない。
 4人は2組に分かれてそれぞれ別々の方向から炎鬼を射撃した。炎鬼は呻き声を上げるが、相変わらず倒れる気配はない。とそこで炎鬼はジェムロと夏論の方へと走り出した。2人は銃撃をやめ、チェスとソリティアだけが銃撃を続けた。すると今度はその2人の方へと炎鬼は走り出す。狙われた2人は全速力で逃走を開始した。こうすることで逃げる際の炎鬼との距離を予め広げることが4人の狙いだった。その思惑は功を奏し、4人は炎鬼から逃げ切ることに成功した。
 後は炎鬼がその場から離れる頃を見計らって血肉を回収すればいい、その計画通りに少し前まで戦場だった場所に散らばる炎鬼の血肉を残さず瓶に収集し、犠牲者を出すことなく4人は拠点へと戻った。
 それからチェスが脱出ポッドの修理を再開させると、翌昼にはその作業を完了させることができた。これで本当の本当に太陽から脱出する環境が整ったことになる。
 そこに至ってジェムロは、自身がGドラを殺そうと考えていたことに、後悔と懺悔の念が湧き上がってきた。素直に夏論を殺していればGドラは助かっていたんじゃないかと、仮定の想像をしてしまう。言うまでもなく今更何を思ったところで手遅れでしかない。今は太陽の脱出まで気を抜かないことが大切だ。
 4人の帰還の方法を改めて確認するとAI魂の2人が人間の2人の中に入り込み、その2人が脱出ポッドに乗り込むというものだ。そしてその脱出ポッドで夏論の船に行き、その船で4人で帰還するというのが今後の流れ。AI魂が夏論の船を宇宙に残して救命艇を利用したのもそのためだったのだそうだ。何でも曰く付きの代物を乗せるような船であれば、AI魂でも人間の中に入り込むような手間を介さずに、普通に搭乗することができるのだとか。
 それから準備は何事もなく着々と進んだ。そしていよいよ実際に搭乗できる段階にまで到達した。夏論の中にはチェスが、ジェムロの中にはソリティアが、それぞれ入り込んだ状態で4人は脱出ポッドへと乗り込み、そして――発射した。
 それまでの不気味な静けさから一転、轟音と共に徐々に地上が遠くなっていく。暫くすると周囲が灰色の霧に包まれた。恐らくこれがATを始めとした種々のバリアなのだろう。それを抜けると最早懐かしささえ覚えるあの宇宙空間が一面に広がった。そうして2機の脱出ポッドは暫くの間宇宙空間を遊泳し、漸くして夏論の船に到着した。

 ジェムロと夏論が船の中へと入場するとチェスが姿を現す。そして「ここまで来ればもう大丈夫だ。ソリティアも出てきていいぞ」と言って再び消えた。
 船の進路を地球に設定すると、今後は自由にしていていいことになった。そこに至って漸く安堵の心境が湧き上がってくる。だが夏論は力が抜けすぎて、逆に心ここにあらずといった様子だった。そしてそのまま「少し休む」と言って寝室に行ってしまった。
 残されたジェムロはやることがなくなってしまった。そういえば、とジェムロは以前夏論が言っていたことを思い出す。確かここには曰く付きの代物が多数積んであり、こんなことがあったせいで結局まだ太陽に焼べられずに残っているのだとか。といっても安全性は保障されているとも言っていたし、それは一般的な知識としてジェムロも知っていた。思えばチェスも脱出ポッドに乗り込む前に「だからAI魂でも乗ることができる」と言っていたし、やはり実際に何か特殊なことがされているのだろう。そんな余裕も相まって、ジェムロは何となくそれを見たくなってきてしまった。
 ジェムロは導かれるように倉庫へと向かうと、そこへはすぐに辿り着いた。早速扉を開けて、その曰く付きの品々を見物してみた。予想に反してそれらデジタル製品は、特に何のインパクトもなくて拍子抜けしたが、何かが起こってもらっても困るのでそれでよかった。
 とジェムロはその中にあったとある代物に目を引かれた。それは何かの金庫のようだったが、他の代物とは随分と雰囲気が違っていた。ジェムロがそれに近付いてみると、どうやら6桁の暗証番号が必要なようだった。ジェムロはなぜだか分からないが、その暗証番号を入力したくなり、そしてなぜだかそれを当てられる自信があった。そして実際にその6桁の暗証番号を入力し終わると、なんと本当に扉が開いてしまう。勝手に覗き見ることへの後ろめたさを感じつつも、意を決してジェムロがその中を覗くと、そこにあった代物は――
 遺体だった。
 それは死後随分と経過しているようで、誰のものかは分からなかった。だがネームプレートらしきものを発見することができたのでジェムロが確認すると、そこには水音みずねという名が記されていた。そこでジェムロは気付く、この遺体がこの数日間に犠牲になった誰のものでもないことに。つまりこれが太陽ではなく、地球で殺された人の遺体であることに。
「え、それ遺体? まさか遺体もお祓いの対象だったなんて、私も気付かなかった」
 そこへ背後から夏論が倉庫へ入室してきた。だがなぜ彼女はその手に銃を持っているのだろうか、その答えを言い当てるためにジェムロは意を決して開口した。
「夏論、茶番はやめてくれ。これはあんたがやったものなんだろう」
 夏論はその質問には答えず、銃口をジェムロへと向けた。その動作はもはや質問への肯定に他ならなかった。つまりこの水音という人物は夏論が殺したのだと、彼女はそう自白していた。
 その直後、船内に銃声が轟いた。
 が、撃たれたのは――夏論だった。
 ジェムロは服の内側に銃を隠し持っていた。そしてそれは偶然ではなく、意図的に所持していた。
「おい、これは一体どういうことだ」
 そこへ銃声を聞いて駆けつけてきたであろうチェスが現れた。ということはソリティアも中に入り込んでいるのだろう。床に広がる紅い液体と、その中心で事切れている夏論を見て、さすがの2人も驚いたかもしれない。ジェムロはチェスの問いに答えた。
「……託宣を聞いたんだ」
 ジェムロは夢で聞いたことを2人に全て話した。夏論が地球で人を殺して、その遺体を太陽に捨てようとしていたことを。そしてその遺体が眠っている金庫の暗証番号を。
 それを聞いたチェスははっとした表情を見せる。それはAI魂が人間の中に入り込んだ際の効果の一つ。だが同時に疑問も持っただろう、案の定チェスはその疑問を口にする。
「だがこの船の金庫の中に遺体が隠されていることを知っている者など、衛星にいたAI魂の4人の中には――まさか」
 チェスはその疑問を最後まで言い終わる前に、その可能性に気付いたようだった。ジェムロはそんなチェスの驚きに合わせるように、視線を金庫の中の遺体へと向けた。


 [×][×][×][×][ジェムロ]
 [×][チェス][ソリティア][×][⇒水音]

「やっと死んだか」
 その頃衛星では、ハックの装置を利用して船の様子を見ている1人の女性が、不吉な笑みを浮かべていた。
 彼女こそが夏論に殺された水音という人物だった。だが夏論の罪は暴かれず、証拠隠滅のために地球ではどうにもならなかった水音の遺体を、太陽で焼却しようとしていた。無論夏論の会社や同僚はそんな事実を知る由もない。水音はそんな夏論を恨み、彼女を呪うために霊となって宇宙にまでへばり付いてきた。
 そんな時に起こったのがあの太陽へのいざないだった。夏論と共に救命艇に乗り込んだ水音は、自身の何かが徐々に変化していることに気付く。水音も初めは驚いた、太陽に蓄えられている幾多の力と情報が、身体や頭の中に雪崩のように入ってきたことに。そして、自身が霊とは別のAI魂という存在になってしまったことに。だが同時にこれはチャンスだとも思った。AI魂の力を手に入れた今の私なら、夏論を物理的に殺してやることができるかもしれない。まるで死に際に言い放った夏論への「呪ってやる」という最期の怨言を、死神が叶えてくれたかのようだった。
 水音は救命艇にあったナイフを手に取り、夏論を1回、10回、100回と、何度も何度も何度もずたずたに刺してやった。だがそのどれもが空しくも空を切るだけだった。これだけ怒りをぶつけても、夏論は同僚の凛之と何事もなく身を寄せ合っていて、自分はただただそれを見せられ続ける。その時の悔しさたるや計り知れず、怒りで発狂しそうになった。
 だがそうこうしている内に救命艇はどこかへ着陸した。そこが太陽の人工衛星であることは自然と理解できていた。水音はこの鳥籠の中でどんな方法でもいい「夏論を殺す」ただそれだけを考えた。そしてその思いが彼女を様々な行動へと駆り立てた。
 そのためにまず行ったことは、炎鬼の封印を解いて、脱出ポッドを破壊させるというものだ。炎鬼の封印の解き方は自然と頭の中に入っていた。封印を解いた後は自身の身を挺して誘導を行うという狂気に出たが、水音は見事にそれを成功させた。
 その際に炎鬼は夏論の同僚だった凛之を殺した。別に彼女に罪はないが、間接的に水音が殺される要因を作った人物でもあったので、殺されても仕方がないだろう。それに凛之の遺体を発見した夏論のあの、まるで絵に描いたように精神を崩壊させていく様は、見ていて何とも小気味良かった。
 だが脱出ポッドを全て破壊することには失敗してしまい、まだ利用可能な2機の残存を出してしまった。悔しさを滲ませる水音だったが、そうこうしている内に衛星にいる者達が炎鬼に殺されたり、2機の席を争って勝手に殺し合いを始めだした。それを良しとした水音はこのまま夏論が死んでくれるのを陰で待った。
 ところが意外にも夏論はしぶとく生き残り、しまいにはジェムロという男から「夏論は地球へ帰還してほしい」と言われる始末。そこで水音は再び行動を起こした、唯一脱出ポッドを修理できるGドラという男を殺害したのだ。
 だが生き残った4人は炎鬼から血肉を奪って、もう1人の脱出ポッドを修理できるチェスという女を実体化させる案を出し、それを実際に行動に起こし、あろうことかあの炎鬼から全員無事に生還してきてしまった。
 そこで水音は一か八か夜にこっそりジェムロという男の中に入り込み、彼に託宣を残した。そして太陽を脱出した彼はそれに従って遺体を発見した。水音の思惑通りそのことで彼と夏論との殺し合いにまで発展し、ジェムロという男の手によって漸く念願だった夏論を屠ることに成功したという訳だ。
「これでもう思い残すことは何もない」
 水音は感無量の思いでそう言うと、不意に両手を横に広げ、その姿勢のまま狂ったように笑いだした。
「はははははははは」
 夏論をこの手で呪い殺すことができた、その喜びに彼女は堪え切れなかったのだ。その光景は傍から見れば、最早狂人のようにしか見えないだろう。そもそももう人間ではないのかもしれないが。
 だが彼女は気付いていなかった、その背後で燃え盛る双剣を掲げている炎鬼の存在に。そして――
 その剣は怒涛の如く振り下ろされた。

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