梗 概
冷めない微熱
彼は彼女を交通事故で失ってからというもの、実生活にも仕事にも身が入らない。
何か熱中できるものを模索する中で、来週末に地球に接近する流星群の話を聞く。
当日、町外れの丘で流星群の観測を行なっていた彼は、流星群から零れ落ちた星の欠片に左目を撃ち抜かれる。
遠のく意識の中で、もしかしたら星を落としたのは彼女ではないかと考えた。
自分だけがのうのうと生き残っていることに対する罪悪感。たった一人のためにと働いてきたが、その一人が死んでしまった今、生きる価値はどこにあるのか。彼は病んでいた。
目を覚ますと、搬送先の病院のベッドに横たわっている。
眼窩の奥に突き刺さった星の欠片は、脳への損傷リスクを避けるため、摘出を諦めた。
左目の視力を失った代わりに眼窩に押し込まれたのは特殊な義眼。
位相世界へ向けて精神チャネルを自由に切り替え拡張することで、接続可能にすると言う代物だ。
その義眼は星の欠片の生成熱によって起動し、起動中は星の欠片が常に橙色の光を放つ。
義眼を使用するうちに、世界の様々な事情がわかってきた。
彼が生きているこの世界は、一つのものではないという事。あらゆる次元が、異なる世界が、重なり合って遍在している事。そして、その中のたった一つが自らにとっての全てに過ぎないという事。
ある時から、魂は電気信号にすぎず、肉体を離れた魂はシグナルの合った位相世界に運ばれ再び受肉を果たすという仮説のもと、死後の世界を––彼女の魂を探し始める。
しかし、街中どこを探しても彼女は見つからない。
失意の底で、彼は夢を見る。
学生時代。次の休日、初めて家に呼ばれたあのとき。彼女の家は下町のマンションで、駅からは少し歩く。複雑な小路をいくつか抜けなければならず、口頭説明だけでは到底辿り着けそうもない。
「迷ったらどうするんだよ」
「そうね、迷ったら、またここで会いましょう」
ここ?
ここって、どこ––?
彼女から視線を逸らすことができない。
すると、彼女越しの空に流星群が流れている。この光景はつい最近観た。
星が頭上に落ちる瞬間に跳ね起き、肌寒さも気づかぬまま自宅を飛び出す。
午前3時。まだ街は寝静まっている。
「やっと見つけた」
丘を駆け上り、息も切れ切れのまま声を絞り出す。
「私は、ずっと前から見つけてた」
「声かけてくれてもいいのに」
彼女の目は彼を見ているようでいて、もっとずっとずっと先を見つめている。
「時々、視界に橙色の光が現れるの。今みたいにね。追いかけようとしても絶対に追いつけない」
「そっか」
「その光を見ていると、心が温かくなる。不思議だよね」
義眼が稼働するたびに漏れる光は、眼窩に埋まった星の欠片が放つ蛍火。
星の生成熱で稼働する義眼が身体だとすれば、橙の光は星の魂なのかもしれない。
「まるで微熱に冒されているみたい。でも、不思議と落ち着くんだ」
彼は今も、丘の上の木の下で義眼を起動し続けている。
星の欠片が、熱を発し続ける限り。
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内容に関するアピール
「あつい」といわれると「Hot」以外になかなか浮かばず、それでもなるべく温度が低そうなネタで作成しました。
死んだ女を生かすために過去に干渉したり歴史改変をするわけでもなく(某映画のことではありません)、
死んだ女は死んだ女であり、その思い出を抱き生きている男がどうやってその処理していくのか。
生きてようが死んでようが、そんなことは本来どうでもいいと思っています。
当人が幸せかどうかだけで判断するべきで、見方によってはハッピーエンド。
ただの自慰行為と言われればその通り。
ですが、それでいいんじゃないかと。
ただし、誰かの迷惑になるような行為はやめましょう
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