梗 概
ヴァーミリオン・オーシャン
ある日、海の面積が縮小しはじめた。
「地球温暖化で海面は上昇する」というそれまでの予想とは正反対の事象を前に、科学者は様々な説明を試みたが、結局のところ原因は不明であった。世界の気象は全く予想のできないものになった。ツンドラの永久凍土が溶けて蒸発し、乾燥帯が極端に高い湿度に包まれた。
日本海は消滅し、日本と大陸とは地続きになった。太平洋の海岸線も大きく後退し、ハワイは島ではなくなった。かつての穏やかで適度に湿った日本の気候は姿を消し、止むことのない焼けつくような暴風に、都市が風化しはじめた。地殻変動が今までよりも頻繁に襲ってきた。
世界は干上がった。そうなってから、だいぶ時間が経った。
時たまどこからか流れてくるラジオ以外に世界の情報というものが、ほとんど届かなくなり、暑さに弱い老人たちから数が減った。しかし地球がどうであっても、人々にとっては日々生きていくことが重要ごとであった。海底だったところから、工夫を使って石油などの資源を掘りあてるものもいたが、重要なのは油より水であり食糧だった。港の男たちは滑沙艇を操り、むかし沖であったあたりで地面を深く掘り、獲物を見つけては町へ持ち帰った。フナムシからゴカイのようなものまで、なんでも食用になった。
灼熱の砂漠を、宇垣三郎は 滑沙艇の針路を北西へ保とうと、熱風をはらんで暴れる帆を手繰った。見渡す限りに赤く波打つ錦紗のような大地。口鼻を覆うバンダナの隙間から細かい砂が容赦なく入り込んでくる。宇垣を追う男、洲堂を振り切るには、休むことはできない。
元は鯨だったのか、それとも何か別の生物だったのか地面に突き立った巨大なあばら骨が、強い日射しにアーチ状の影を落としている。
直角に近い角度で岩礁にもたれる、もとはタンカーだった赤錆びた巨大な鉄塊。その目印の先は日本海溝と呼ばれた、かつての深海への入口だ。今となっては海はその先にしかない。山脈のような勾配を上り下りしてやっとたどり着ける数少ない漁場は、よほどの体力自慢でなければ到達できない。
漁を終え、熱い海で獲れた魚の入ったクーラーボックスを、どんな魚でも見事に捌く板前の元へいち早く届ける。宇垣と洲堂は、そういう男たちだった。
洲堂の艇が追いついてきた。滑沙艇の扱いでは洲堂が勝っていた。二つの滑沙艇が並び、先を競って砂上を滑る。
その時地面が揺れ、宇垣の艇が洲堂の艇の前を遮り、二人が運んでいた魚もろとも砂上へもんどりうって激しくつんのめった。逆上してお互いをののしりつつ相手につかみかかる二人。
再び地面が揺れた。取っ組み合っている二人の男の後ろで地面が割れ、大量の水が噴き出してくる。 何十メートルも噴きあがった水は、無数の魚を含んでいて、それらがビタビタと音を立てて、二人の男の周囲に叩きつけられる。
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内容に関するアピール
絵柄は山田芳祐先生でお願いしたいですっ!
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