梗 概
メルクリウスの仇花
この星の王は言った。枯れない花をと。
資源価値の乏しさゆえ、この水星は流刑地となった。当然、花はなく、各自の生存に必要な有機物さえ不足していた。住人たちは生存を渇望した。生存すら叶わなかったときのための慰みとしての宗教も。
『肉体の形は多様なれど、魂の形は共通であれ』
日射面は摂氏四百度で影に入ればマイナス百八十度という過酷な環境で生存するため、人々は肉体の一部あるいは全部を機械に置き換えた。結果として死の定義が裂開した。機械脳は電力さえあれば計算し続けることができたし、機械身体は指令さえあれば永遠に鉱石資源を採掘し続ける。ただ一つ、その肉体が持つ『目的』を果たせなくなったとき、人々の魂は共通の形へと還る。信仰として。
そして、信仰による死の統治が権力と組織を形成し、信仰を統べる死の王が二人に命じた。枯れない花をと。
火葬師レウコユムは、耐熱加工がされた死体さえ、炎の屍衣で万人に共通する魂の形へ還すことを誇りとしていた。
宣教師ガランツスは、組織の統治に従わない人間たちに、聖紋を彫り込んだ機械化腕で、祈りを『叩き込む』のが流儀だった。
彼女と彼は死の王から実験施設の一室を任され、園芸の日々を開始した。
しかし、何よりも二人の協調性が足りなかった。あと土壌を作るための育成肥料も。窒素と、カリウムと、リンだ。窒素とカリウムは、わずかながら存在する水星の大気から生成できた。リンはレウコユムが火葬後の遺骨から取り出した。貴重な有機物を狙ってやってくる背教者には、ガランツスが鉄拳でわからせた。結果的に協調性は生まれたが、研究は上手くいかなかった。受粉を目的とした『花』という植物の器官は、虫も鳥も風も無い水星では必要性がないことに二人は気づく。なら、枯れない花はなぜ咲かねばならないのか。
「それは俺たちも同じだ。罪人として死を間延びさせている水星の民も生存の『目的』を探してる。いかに歪な仇花だろうとも」
ガランツスは言う。人のために花を咲かせようと。しかし、レウコユムはそれを人の傲慢だと弾劾した。
「生まれるべきでないモノに命を与え、死すら許さないのか。仇花なれど、魂の形は同じなのに」
その議論が死の王の逆鱗に触れ、研究施設は強襲される。レウコユムは生き残り、彼女を守ったガランツスは未解決の議論を残して死亡する。
レウコユムは彼の機械化腕を受け継ぎ、救いの拳を怒りに染めて、死の王への復讐を誓う。
後日、開花の報とともに、レウコユムは死の王に謁見を申し出る。謁見の場で、王はレウコユムに問う。
「罪人として、人ではないと定義された我々が、人であることに固執する必要があるか?」
「永遠の命のための『枯れない花』の研究か。魂の形は共通であるという祈りさえ、罪人ゆえに捨てるのなら」
死の王と殴り合い、レウコユムは王に聖紋の鉄拳で祈りを『叩き込む』。
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内容に関するアピール
一言で、スペース園芸任侠おくりびと。火葬とエンバーミングで微妙にずれてるのですが、まあ。『ポストヒューマンの火葬』が発想の始点だったわけですが、『ポストヒューマン』が登場する整合性を出すための極限環境として水星を設定したら、社会自体が大幅に違った。つまり『火葬』だけではイレギュラーが発生せず物語が走らなかった。そこで流刑地ゆえの『やくざ宗教』的なものを創出したのですが、それでもまだ…… そこで『園芸』ですよ! スペース農業はあきれるほどやりつくされましたが、スペース園芸ならどうだ! ということでスペース園芸任侠おくりびとです。はい。そして復讐劇、熱いし、篤い。あと水星といえば水銀、永遠の秘薬ですね。死の克服の先になにか娯楽があればよいのですが、もし極限環境ゆえにそれがなかったら? せめて、生存のための生存が、花のごとく美しくありますようにという祈りを込めて。
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