梗 概
小さな罪の熱
お夏は大人になったらお狐様の家来になりたいから、毎朝神社に願掛けしている。御領地の外れにある神社は境内に巨大な鳥船の模像があり、奥は墓地である。人々は星の世界から鳥船に乗ってきたお狐様を崇め、死者の魂を連れて行っていただけるよう祈っている。
お夏はそこで御領地の者ではない死体を見つける。外界に人がいたという大事に、大人たちはお狐様をお呼びした。遺骸を見たお狐様の一人は悲しそうだったが、一人は安堵の顔をした。夏はお狐様の小さな表情一つ見逃さない。まるで主人を思う子犬のようにお狐様の近くにいるだけで幸せになるからだ。
夏はその時もう一人、鳥船の胎内に隠れる子供も見つけていた。素良と名乗るよそ者に大人たちは驚きながらも、なぜかお狐様には報せなかった。素良は夏の家に住み文字というものを教えてくれた。夏は朴の葉に日記をつけるようになった。
お狐様は氷河期に向かうこの地を救うためにいらしたという。御領地を囲い、言葉を教え、暖気の管を引き、熱病を軽くする針治療もして下さる。子供は皆針治療を受けるが、それでも冬になると熱病に罹り皮下に腫瘍ができる。お狐様は腫瘍も取り去ってくれる。施療するお狐様は嬉しそうで、お夏は狐の思いやり深さに感謝する。
やがて冬入りの宴が開かれ子供全員に馳走が振る舞われる。お狐様が訪れ針治療が始まる。素良がひどく怖がるのでお夏は逃がしてやったが、人数が足りないとお狐様に見咎められる。お狐様は人の顔がわからないから、お夏は身なりを替え二回針を刺されてごまかした。
翌日からお夏は高熱を発し、震え寒がる。素良はお夏の枕元に土と枯れ木を持ち込み、不思議なものを作り出す。それは太陽のように光る“熱さ”そのものだった。素良はお夏に、自分は狐に育てられたのだと話す。可愛がられていたが逃げ出し、墓から掘り出した死体を身代わりにしたのだと。狐は地上の熱を奪い人を支配しており大人は知っているのに子供を騙しているのだと言う素良だが、夏には信じられない。二人は言い争い、素良は夏を狐の飼い犬だと罵倒し飛び出す。
お夏の腫瘍は異常な数となる。狐が駆けつけ治療のため夏を鳥船に乗せて領主館に運ぶ。それは素良が夏を思い、自分の自由と引き換えに狐に頼んでくれたのだった。鳥船に乗って地上を見、施療の文書を読んだ夏は素良が正しかったことを知る。
針治療は寄生生物の種付けだった。ピルゼは痛覚を麻痺させ多幸感をもたらし従順にする快楽物質を分泌するため狐の母星で珍重されていた。狐はそのために人を支配していたのだ。
夏はピルゼが育ちきるまで素良と共に隔離室に閉じ込められる。部屋の寒さに飲み水が凍り、それで腫瘍を冷やした夏は素良に切開させピルゼを取り出し、狐に分泌物を嗅がせる。更に氷を削りレンズにして、館に火をつける。
館の救難信号が母船に届き狐の罪が暴かれる。
地上に熱が、人に火が戻り、困難で希望に満ちた世界の再建が始まった。
文字数:1239
内容に関するアピール
本作の熱さは火と感情です。
最近自分が一番強い感情を持ったのは外国人研修生問題でした。制度を悪用して人を支配し搾取するなんて理解できない絶対悪に思えます。けれどその悪をなす人々はどうやら自分を普通人と思って生活してきたらしい。その衝撃の強烈さを炎に託して書こうと思いました。
支配者〈狐〉は弱者を保護し善導しているように振る舞います。しかし自分たちの叡智を人間に渡さず奪うだけです。主人公夏は狐に憧れ文字と火を使えるようになりますが、狐にも大人にも騙されていたと気づき友人も去ります。一方狐に背いて夏に助けられた友人素良は、狐や大人の思惑が見抜けるからこそ夏と決裂します。しかし再び協力して本来の世界を取り戻します。
実作では夏が気づかない真相を少しずつほのめかし、終盤に明かす真相が唐突にならないよう配慮します。
そして、素良は新井素子さんにあやかった名なので全力で素敵な子に描きたいです!!
文字数:399