常聞

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梗 概

常聞

都会の郊外で事件が起きた。駅前でバスを待つ人々が突如、何者かに襲われたのである。事件はテレビ番組の速報で放映され、防犯カメラに映る犯人の姿も公開された。犯人の姿に見覚えのある視聴者Aは大きく動揺。しかし、通報などで犯人を刺激することで自分の身に危険が及ぶ可能性等も考え、まずは『知らぬ存ぜぬ』を決め込んだ。
 犯人の姿に見覚えのある者がもう1人居た。Aの上司Bである。Bもまた『知らぬ存ぜぬ』を決め込み、翌朝、職場である市役所に出勤する。ところが、待合い席に犯人と思われる男の姿を発見し、2人は怯える。しかし上司Bの機転で、何とか犯人の通報に成功。おかげで市役所内での人的被害もなく、犯人のスピード逮捕に至った。
 犯人逮捕に至った次第が明らかになり、関係者は安堵するが、その立役者であるBは職場から出向を命じられる。そして、退職警官を名乗る人物が市役所に現れ、事件の意外な事実を口にした。事件の被害者、犯人ともに、一般の日本人とは少し遺伝子が異なるらしいのだ。縄文時代の人類の遺伝子が多く含まれている可能性が高い、ということだった。まさか事件は縄文人同士の抗争だったのか? その事に引っ掛かったA、Bの上司であるC部長は昭和にさかのぼって記憶をたどる。彼の記憶に残る地「常聞」。そうか、もしかしたら、あの地「常聞」は、その「じょうもん」だったのか。C部長は「常聞」の地に向かった。

文字数:589

内容に関するアピール

郊外の駅前で起きた傷害事件と、その後の模様のストーリーです。一旦事件が落ち着いたのち、新たな事実が浮かび上がります。事件は縄文人の末裔同士の抗争だったのか? 疑問を持った市役所の部長が探り始めますが・・・。締切りを迎えてしまいました。無念ながら提出いたします。

文字数:130

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常聞

夜10時の時報と共にテレビの画面が切り替わり、報道キャスターが堰を切ったように慌ただしくたたみかけてきた。

「皆さんこんばんは。『報知ステーション』の時間です。今夜は、たった今、飛び込んでまいりました速報からお伝えいたします。画面は現在の現場の映像です。既にテレビ、ラジオ等でご存知の方も多いかと思います。今日、午後7時頃、こちら岐阜県にありますJR西美濃駅前で、バスを待っていた方々が突然、何者かに襲われました。襲われた方々は、詳しくはまだ分からないのですが、刃物のような物で刺されたか何かで、けが人が出ている模様です。担架で救急車に運ばれた等の情報もあり、かなり大きなけがではないかと心配もされております。現段階ではまだ不確かな情報で、ご容赦ではありますが、とにかく、事件当時は帰宅ラッシュの時間でもあり、現場は悲鳴や怒号、逃げ惑う人々で騒然としていた模様です。バス停付近には、今もまだ、この映像の様に、真っ赤な、血痕であろうと思われる色が、この様に、道路や歩道などに付着したまま、となっております。赤色が付着している場所は、この映像では少し遠くて小さいので申し訳ありませんが、お分かりいただけますでしょうか? 現在は、辺り一帯に規制線が張られまして、立ち入り禁止、警察の検分が行われている模様です。それで、犯人ですが、その犯人と思われる人物、これは男と思われますが、現場に居合わせた方々にも多く目撃されております。そして、近くの防犯カメラに映る、犯人と思われる男の映像が、たった今、こちら報道局に入ってまいりましたので、その映像を、今から、流します。では、画面切り替わります。これです。この男です。この少し小走りで駅前の歩道を歩いている男です。ほんの一瞬数秒の映像なんですが。では、もう一度、流します。この男です。男は、手提げ袋の様な物を持っているようにも見えます。しかし、その後の犯人の行方等は、まだ何も分かっておりません……」

 

映像の男を見て、高橋は仰天した。(あれは、もしかして、奴じゃないか?)同時に、様々な考えが沸き起こり、高橋は次第に全身を硬直させていった。(警察に電話しようか、それとも吉田さんに連絡してみるか……、いや、やめとこう。まだ奴と決まったわけじゃないし、もしも本当に奴だったら、電話やメールが傍受されているかもしれない。そしたら、俺は途端に窮地に陥る。何せ、相手は奴だ。そうだ、もしかしたら、吉田さんから俺に連絡が入るかもしれない。いや、無い方が良い。このまま今夜は、俺は何事も無かったかの様にやり過ごし、明日、職場で吉田さんと話そう。それが良い)今夜は眠れないかもしれないと覚悟もしながら、高橋はベッドに入った。

 

 事件のあったJR西美濃駅は名古屋から電車で30分程度。西美濃市は人口約20万。高橋は、西美濃市役所の国民健康保険課(国保課)勤務、大卒初年の新人職員だ。吉田は40代、国保課の主任である。国保課は、市民の国民健康保険に関する全てが職務である。保険証の交付、保険料の賦課、徴収など、一般的な仕事の他に、毎年秋に珍しい仕事がある。健康保険証を使用しなかった世帯(病院で治療等を受けず、医療費の支払いがゼロであった世帯)で、かつ、課せられる保険料についても遅滞なく納め、未納の全くなかった世帯に対して、記念品を贈呈する仕事だ。つまり、健康で保険料の支払いも優良な国民健康保険加入世帯に対し、市からご褒美を贈るわけだ。

奴の世帯は、過去10年間、保険証を使用した形跡がなく、保険料の未納もなく、超優良世帯にリストアップされていたので、表彰状と記念品を贈り届ける事になっていた。超優良世帯への記念品は『布団』。かさ張ることもあり、郵送ではなく、自宅に国保課の職員が持参して届ける事となっていた。今年は市内に10件の超優良世帯があった。その内の1世帯が、奴の世帯であった。一般の優良世帯への記念品はかさ張らない品物なので、郵送で届けられる。そもそも該当世帯の数も多いので当然だろう。奴の世帯の様な優良状態10年超の超優良世帯のみ、国保課職員が直接出向く特別待遇であった。

奴の名前は『野村武志』。40代である奴のみの1人世帯であった。名前が野村武志なので、名古屋圏人ならば誰もが一度聞いたら忘れられない名前であった。少し前に名古屋で大活躍したプロ野球選手『野村武司』と文字こそ違えど同音の名前だったからである。特別待遇に特別な名前。特別が重なった上に、更に特別な出来事も被さってきたのが、3ヶ月前のあの日だった。

 

ベッドで高橋は、3ヶ月前の出来事を思い起こしていた。(あの日は、奴の家に、吉田さんと2人で訪問した。記念品を届けに……)その日は、公用車の軽自動車を吉田が運転し、高橋は助手席に同乗していた。記念品の布団を後部座席に積み込んで、奴の住所地に向かった。住民票と地図表示の通り、○○町△△番地に住宅があった。周囲は至って閑静で、割と古めの建物が多い住宅密集地域であった。その住宅も、築数十年は経っているであろう感じの少し古びた建物で、特段の特徴もない木造2階建て住宅だった。車を降りて、玄関まで行くと、『野村武志』の表札が掛かっていた。
「やはり、ここだな」
「そうらしいですね」
「呼んでみよう。こんにちは、野村さん」
呼んでも何の応答も物音もない。呼鈴を押したが応答なし。
「吉田さん、これ。」
玄関の柱に張り付けてある小さな張り紙を見つけて高橋が吉田に伝えた。
「なになにぃ、『アポイント無き者とは会わず。当方に所用ありし者は、事前にアポイントを取るべし』だとぉ?」
「どういう事ですかね?」
「ふざけやがって。野村さーん、市役所ですが!」
「留守ですかね?」
「市役所、つまり市長から表彰されるんだから、出てこいっつの。よし、裏にも回ってみよう」
そう言って2人は建物の壁伝いに裏に回ると、勝手口と思われる扉が見つかった。
「吉田さん、またですよ」
見ると、ここにも表玄関と同様の張り紙がされてあった『事前にアポイント無き者とは会わず』。二人は目を丸くして見合った後、表玄関に戻った。
「悔しいな。こんな大きな荷物を持って来たんだ。よし、もう一度だけ」
そう言って吉田が表玄関で声をあげた。
「野村さーん、野村さーん、市役所です。国民健康保険課です!」
吉田は少々大きな声で呼び叫び、ドアを数回小叩いた。すると、いきなりドアが開き、
「うるせーな! 誰やっ!」
怒り顔で男が1人出てきた。吉田が間髪入れず切り返した。
「野村武志さんですか? 市役所の国民健康保険課です」
「俺は、誰とも会わん! そう書いたるやろっ!」
そう言って男はバタンとドアを閉めた。しかし吉田はドア越しに被せ叫んだ。
「今日は、野村さんに、優良市民さんに、記念品と表彰状をお持ちしました!」
高橋は引き下がるつもりになっていたが、吉田が強気な言動をするので少し驚いていると、ドアの向こうでドタバタと物音がして直ぐに
「てめーら、いい加減にしろや!」
男が血相を変えてドアを開けてきた。そして次の瞬間、男は片方の手を大きく振り上げた。しかも、その手にはナタの様なものが見えたので、驚いた二人は、たじろぎながら少し引き下がり、数メートル距離をおいた。
「バカヤロゥ!」
男はナタを振りかざして2、3歩、2人を追い迫った後、大声で怒鳴りながら戻り、ドアを閉めて中に入った。かなり危険な状況であったが、大事までには発展せず、2人も少々安堵した。さすがに吉田もそれ以上に食い下がる事はなかった。市役所へ帰る道すがら、車内で2人はあれこれ思いながら話した
「危なかったなぁ。何事も無くて良かった」
「いや、本当に良かったです。吉田さんと一緒じゃなかったら僕、無理です」
「やっぱり、市民のお宅訪問は同行者必須やな。しかし、どういう事や? ナタの様な凶器で追い回されたぞ。税金の取り立てで逆上されるなら、まだ分かる。けど、優良表彰に訪問してこれやぞ。俺もこんな体験、初めてや。高橋、どう思う?」
「アポイント無き者とは会わず、ですからねえ。訪問されるのが何しろ嫌なんでしょう」
「あいつ、普段一人で、何やっとるんやろ?」
「もしかしたら、爆弾とか銃とか、作ってるのかもしれませんね」
「爆弾や銃か。それも考えられるな。それと、高橋、見えたか? ドアの向こうの部屋にパソコンが何台か見えたぞ」
「ええ、見えました。通信機器にも長けてるかもしれませんね」
「10年以上、誰にも会わず、引きこもっっとるんやろか? それにしても名前が野村武志やでな。名前は元プロ野球選手の野村武司と1字違い、年齢も同じくらいやから、そもそも訪問前からビックリや。何かで関われば絶対忘れられん名前や。税金、保険年金、福祉、上下水道、建築、俺は市役所でその辺り渡ってきたが、野村武志の名前に突き当たった事は今までにない。優良表彰の今回が初めてや。本当に10年以上も住民として居ったんやろか?」
思いがけないことがあるものだと考えながら2人は職場に戻り、訪問時のあらましを課長ほか職場の面々に話した。結果的に記念品の布団は、郵送で送ってみる事となった。不在時の再配達など、何らかの手立てで届けられるのではないかと考えられた。ナタの件も、大事に至らず威嚇の範囲ともいえるので、取り合えずは通報などはせずに国保課内で収めて今後の様子を見る事となった。そんな3ケ月前を思い出しながら、いつしか高橋は寝入っていった。

 

翌朝のニュースでも、事件についての進展は聞かれず、高橋は周囲に気を配りながら慎重に出勤した。朝8時、高橋が市役所に入庁すると、庁内はやはり少し騒ぎ立っていた。1階ロビーに市民や職員が大勢集まり、ごった返していた。そこを高橋は、やや身を小さくしてすり抜け、1階奥の国保課カウンターから業務フロアに進み入り、自分のデスクに座った。課内でも職員同士で昨夜の事件についての話が飛び交い、騒々しく慌ただしい朝となっていた。吉田は既に彼のデスクに座り、パソコンに向かっていたが、直ぐに席を立ち、少しの間、職場を離れた様子だった。高橋は吉田に声をかけるチャンスを逸した。やがて、庁内アナウンスやロビー誘導係のお陰もあり、ロビーの騒動は次第に解消され、8時半には、ほぼ通常の業務体制が整い、始業した。昨年新築された市役所庁舎は真新しく、1階のほぼ全体が間仕切りなどの無い広々とした空間で、見通しはすこぶる良かった。

 

朝一番からのカウンターでの来客対応を済ませた高橋がデスクに戻ると、1通の封筒が置いてあった。手紙の主が、課内に戻ってきていた吉田からと分かったので、早速開けて読んだ。
〈昨夜、今朝と、TVでニュースとか見たか? もし見ていなかったら、ここまで読んで、次は読まずに席を立ち、トイレに行ってくれ。ニュースを見たなら、次の2頁目を読み進めてくれ〉
高橋は2頁目を読み始めた。
〈やはり見たんだな。そりゃ見るわな。あの映像の男、あれは間違いなく奴だ。野村武志だ。お前もそう思わなかったか? あれを見たとき俺には戦慄が走ったよ。それで、俺はどうすべきか迷ったが、何も行動しない事を選択した。警察にも市役所にも、お前にも、一切の連絡をしない。お前がどう行動するかという心配もあったが、お前も何もしなかったんだな? とりあえず、それが正解だと思う。俺たちの身を守るためにはな。何らかの通信をすれば、相手は奴だ。内容を傍受される可能性も高い。そうなれば、その次はヤバい事になる。それは避けたいもんな。とにかく午前中は、お互い何事もなかったかの様に振舞おう。俺とお前の間で、この件に関する会話も一切ご法度だ。通常の仕事の会話のみ、としよう。ここまで了解したら、市民台帳Zを開きに行け。そして、席に戻ったら、3頁目を読め〉
高橋は壁際の戸棚へ向かい、台帳Zを開けて仕事のふりをした。そして席に戻り、3頁目を読み始めた。
〈いいな。とりあえず午前中は、俺とお前の会話は仕事絡みのみだ。向こうの3番窓口の待合い席を見てみろ。そこに黒縁メガネの男が座って居る。ここからでは少し判別しにくいが、奴かもしれん。向こうから国保課の様子を観察しているのかもしれん。また後で手紙する。仕事でなく、奴についての話があれば、お前も俺に手紙で知らせてくれ。奴に悟られないよう慎重に渡してくれよ。奴だけじゃない、課内の皆にも悟られないように、ごく自然に手紙でやりとりしてくれ。頼んだぞ。手紙は手書きがベストだが、もしもパソコン打ちならメール送信はせずに、印刷したものを渡してくれ。メールは危険だ。そして、最後に4頁目を見ろ。昨夜のニュースで流れた動画を、俺がスマホで撮影した静止画像の拡大だ。奴の手提げ袋に棒状の柄の様なものが見えるだろう。茶色地に赤の線が数本ある。あの時見たナタの柄と同じだ。奴はナタの柄に滑り止めの赤いテープか何かを貼ってやがるんだ。映像の犯人が奴でない事も願ったが、その願望はこの静止画像で完全に打ち消された。犯人は奴に間違いない!〉
手紙を読み終えた高橋は、仕事をするふりをしてペンを走らせ、手紙を書き、台帳Zの内容です、と言って、吉田に手渡した。
〈了解しました。私も吉田さんと全く同意見です。私も、どこにも、誰にも連絡や相談をしていません。同一行動で本当に良かったです。静止画像、驚きました。確かに奴のナタの柄ですね。ニュース映像の段階では、私は半信半疑でしたが、これで犯人は100パーセント、奴ですね〉

 

 しばらくは慌ただしく仕事をした。年末という事もあり、住所移転や転職も普段より多いのだろう。国民健康保険の切り替え手続きの来客も多かった。吉田も高橋も各々可能な限り動き回った。

 

「資料だ。見てくれ」
吉田が高橋に、再度、手紙を渡してきた。
〈すぐ隣の5番窓口の待合い席を見てみろ。奴だ。変装して、国保課に近づいてきやがった。さっきと服装、メガネは違うが、靴が同じだ。奴は間違いなく国保課を観察している。9月に自宅を訪ねて来たのが誰なのか、奴は確かめているんだ。あの日、奴に会ったのは、俺とお前の2人。もしかしたら奴は、俺たちの顔までははっきりと覚えていないのかもしれない。何せ一度、一瞬、顔を合わせただけだからな。しかし、俺たちは奴を2度以上見ている。さんざん、あの映像を見せられたからな。元々、奴に会う以前から、あの名前のお陰で奴のインパクトは大きいし、奴の存在を俺たちが忘れることはない。この点では、俺たちに僅かにアドバンテージがある〉
成る程と高橋は思いながら、更に続けて吉田からの手紙を読んだ。
〈ただし、奴はしぶとい。ああして、俺たちを特定しようとしているんだ。奴は、市役所に着替え持参で来たんだ。さすがに靴は用意してなかったらしいがな。俺と高橋では、俺の方が早く特定される可能性が高い。お前も知っているとおり、俺は後日に奴の家に様子を伺いに行ったからな。俺は車からは出なかったが、奴が家の中から俺の様子を観察していた可能性も、無いとは言えん。家の周囲に防犯カメラもあるのかもしれん。だとしたら、俺の方が、お前よりも奴の記憶には色濃く残されるだろう。あの日だって、一瞬とはいえ、奴と話したのは俺だ。俺の声も、奴の記憶に残っているかもしれん。俺が特定されるのも時間の問題かもしれん。もしも俺が奴から逃げ切れなかったら、お前は何とか逃げ延びてくれ。そんな事になるまでに、奴の逮捕に繋がることを願うがな〉
緊迫感を増し感じながら、高橋は続きを読んだ。
〈例えば今、「こいつが犯人だ!」そう、カウンター窓口で叫べば、何とかなるかもしれん。市役所内に人は大勢いるからな。いずれ、奴を取り押さえることもできるだろう。しかし、何らかの犠牲者は確実に出る。逆上した奴が暴れ出す可能性はある。奴は今日も持っている。あのナタをな。奴の手提げ袋にあの柄があるのを、俺はさっきトイレに行く途中で確認できた。赤色の滑り止めのある、あの柄をな。今あそこに居るのは間違いなく奴だ。野村武志だ。超危険人物だ。奴はいつも、護身を兼ねて、あのナタを携行していやがるんだ。だから、無理かもしれないが、できる限りこのまま犠牲者を出さずに、奴を捕まえる方法を俺も考えた。うまくいくかどうか分からないが、実行してみることにした。高橋、お前は兎に角、普段通り粛々と業務をこなし続けろ。午前中が勝負だ。それ以上は、持ちこたえられん〉
読み終えて吉田の席を見やると、吉田の姿はなかった。国保課やその他1階のフロア全体を見回すも、吉田の姿は見当たらなかった。そして、5番窓口待合い席の奴の姿も消えていた。時計の針は10時を指そうとしていた。

 

 30分ほどして、吉田が国保課に戻ってきた。
「新しい資料だ」
そう言って吉田が高橋に手紙を渡した。
〈兎に角、手は尽くした。後は運を天に任せるのみ。勝負は午前中だ。奴に関する手紙のやり取りも、これで終了だ。運が良ければ午後に詳しく話そう。奴はまだしぶとく近くに残るかもしれんが、お前は、引き続き、普段通り業務をこなせ。奴は、あの日の訪問者、つまり、自分の顔と自宅を知っている人物として、ほぼ俺を特定しているだろう。後は俺の声を確認したいはずだ。しかし、お前の事まではまだ特定できていないと思う。奴は、まずは俺を、ターゲットに絞ったと思う。この手紙について、お前は俺に返信もするな。これで全て終わりだ! 俺も窓口で客の対応は一切しない。声がばれたらマズいからな。兎に角、俺なりの手は尽くした〉
読み終えて高橋は吉田の方を見やると、既に吉田はパソコンに向かい猛然と業務に励んでいた。そして、5番窓口を見ると、そこには奴が戻ってきていた。(吉田さん、何か手を打たれたのか。今から、何か変化があるのか?)戸惑いながらも高橋は粛々と業務をこなした。

 

昼前になり、突然、ロビーが騒がしくなった。
「バカヤロー!」
「やれっ! 抑え込め!」
奴の周りを様々な恰好をした男たちが数人で取り囲み、揉み合っていた。高橋も驚いて、そちらに目をやると、程なく1人の男が揉み合いの輪から離れた。男の手には奴の手提げ袋があり、その袋の中には、あの茶色地に赤の柄が入っているのが、高橋には確認できた。しばらくは罵声や怒鳴り声がロビーに響き渡っていたが、やがて、男たちが奴を引き連れて市役所から出て行った。市役所の裏玄関からパトカーのサイレンがけたたましく鳴り響き、騒動は終了した。
(奴は逮捕されたのだろうか? 銃刀法違反とかいう理由なのだろうか?)
しばらく後、警察の格好をした男が国保課に入ってきて、部課長らと何やら話しはじめた。やがて、吉田と高橋も呼ばれ、別室の会議室で奴に関する一連の流れを話した。最初に高橋が解放されたが、吉田はその後も会議室から出てこなかった。さらに4人は別の場所へと移動していった。その後、その日はとうとう、高橋が吉田に会う事はなかった。

 

翌朝、職場に吉田の姿はなかった。吉田さんもそれなりのショックで今日は休んだのかもしれない、高橋はそう思い、自分もショックによる落ち着かない浮遊感を皆に悟られまいと、可能な限りマメに仕事をこなした。昼前になり、高橋は課長に呼ばれ、部長室に入り、3人で話すことになった。
「高橋君、大変だったね。でもまあ、犯人が逮捕されて良かった」
「しかし、犯人が、あの野村武志だったとはねえ」
「はあ、私も驚きです」
「高橋君も知っての通り、今日、吉田主任は休みなんだよ。当分、休みだ」
「ところで、今回の逮捕劇だがね……」
それから課長の話が続いた。高橋も気になっていた。どうして奴の逮捕に繋がったのか。課長の話は、次の様な内容だった

奴(犯人)が昨日、朝から市役所ロビーに居ることは、基本的には吉田さんが警察に通報したという事だ。ただし、直接ではなく間接的に。直接警察に出向いたり、通信で通報することで犯人を刺激し、場合によっては自身に危険が及ぶ事を恐れた吉田さんは一計を案じた。市役所2階の安全安心課に交流勤務で出向してきている警察官に手紙で通報したという。しかも、それも直接ではなく間接的に、市役所の女子職員を通じて。吉田さんが手紙を渡したのは女子職員だから、この時点では奴の吉田さんに対する警察通報の疑念は避けられた可能性もある。実際、この一手によって、極秘裏の通報が成功へと繋がった。後は、女子職員が交流勤務の警察官に手紙を渡し、交流勤務の警察官から警察署に話が届き、昼前に市役所ロビーで私服警官たちが奴を取り囲み、最後は揉み合って逮捕にこぎつけた。という流れだった。

 

「高橋君、これが、吉田主任が女子職員に手紙を手渡した場面だよ。相手は財務課の高田さんだ。防犯カメラのワンシーン、静止画像だよ」
「……」
「高田さんは、市役所いち生真面目な職員だ。吉田君から事件の次第を手紙で知らされて、安全安心課に上手く通報してくれたのだろう。吉田君が高田さんの手を触りながら手紙を渡しているのは、ご愛敬、彼の苦肉の策だろう」
課長に1枚の白黒写真を見せられた高橋は、吉田の機転に納得した。(なるほど、職員専用階段の踊り場で男女の密通を気取ったのか。階段の下には奴の姿も写り込んでいる。吉田さんの行動を観察していたのだろうが、これなら警察通報だとは思わなかっただろうな)高橋は、そう考えた。
「と、いうことで、吉田主任のお陰で犯人は逮捕、けが人方々も命に別状まではないらしく、ホッとしたよ。防寒で厚着のため、凶器の入りも少なかったのかもしれん。今回の一件、吉田主任はショックが大きかったそうだから、しばらく休むことになったわけだよ。犯人についての詳細は、やがて警察の調べが進むだろう
「高橋君は大丈夫かね? もしショックが大きかったら言ってくれ。有給休暇の検討は可能だよ」
「はい、大丈夫です。可能な範囲で今後も勤めます」
そう言って、高橋が部長室を出た後、部長と課長は改めて話し始めた。
「高橋君に見せられる画像はここまでだな」
「限界ですね。でもまあ、これで高橋君も事態の成り行きを納得したでしょう」
「後は、高田さんだね。彼女、この後、どう出るかねえ……」
部長と課長は、2人でもう1枚の静止画像を見つめていた。その画像には、高田に抱き着く吉田の姿が、はっきりと映し出されていた。吉田は、高田に手紙を渡した後、さらに、大胆にも抱擁行為に至っていたのである。
「この抱擁は、吉田君の犯人に対する大袈裟な見せかけ芝居だと思いたいがね。だが、しかし、彼の過去からすると、一般にはセクハラ行為ととられても反論の余地はない。何せ彼のセクハラ癖は、市役所内では常習も噂されている。幸い、高橋君は新人だから、まだ知らないだろうが」
「高田さんに、警察にも市役所にも吉田君のセクハラ通報や被害届等は控えてもらうように頼みたい所ですが、彼女の性格からすると逆効果もあり得ます」
「そうだな。やむを得ん、覚悟を決めて、様子を見よう」

 

 その夜、事件のために少し仕事のたまってしまっていた高橋は残業をして、9時に仕事を終えた。市役所を出ようと裏玄関に向かう途中、ヒール音を響かせて階段から降りてくる一人の女性職員の姿に遭遇した。(あの静止画像の女性だ。あれが高田さんか、西美濃市の危機を救った陰の立役者。クールで生真面目そうで、近寄りがたい雰囲気だ。課長曰く、彼女は今や、西美濃市の財務判断の要であり、その判断は改革挑戦面でも保守節約面でも好結果を導き出し続け、市の上層部の信頼も相当に厚いらしい。一方で各課の予算折衝等に彼女が非常に厳しく望むため、一般職員からは煙たがられ、恐れられすらしているらしかった。今夜も、女性一人でこんなに遅い時間まで残業しているのが、そもそも恐れ入る。しかし、それにしても、あの静止画像、吉田さんとは単なる見せかけ密通だったのだろうか? 吉田さんの芝居をいち早く理解して、即座に安全安心課に通報したというのだろうか? そんなに上手く、事が運ぶものだろうか?)
高橋があれこれ考えていると
「お疲れ様」
高田が会釈挨拶をしてきた。高橋も慌てて返した。
「お疲れ様です。」
「もしかして、貴方が高橋君? 良い所でお会いできました。事件一連の関わりについて、吉田主任から貴方の事は伺っています。良いタイミングなので言っておきますが、私と吉田主任とは、昨日の手紙のやり取り以外、一切関わりありませんので。以後、よろしくお願いしますね。今後も西美濃市職員として、是非ご健闘を!」
そう告げて高田は、また、コツコツと冷たいヒール音を立て響かせながら、高橋から離れていった。
(小柄ではあるが体育会系女子なのかもしれない)
足取りが速く、女子にしては力強い彼女の歩く後姿を見て、高橋はそう思った。

 

 年内は休んでいた吉田だったが、年明けからは通常出勤し、国保課も平常を取り戻していた。警察によると、犯人の野村武志は、やはり、長年引きこもっていて日夜、独りでネット証券などで生計をたて、近年はちょっとした凶器を製造していたという。凶器と言っても、殺傷能力などはほとんどなく、子供が遊びに使う様な程度の代物。ただし、その凶器に使う石は奥美濃の山中で採れる石らしく、学術的には貴重な種類の石らしかった。しかし、とにかく引きこもっていたその間、基本的には誰かと面と向かって会うことは一切なく、記念品届けで訪問した国保課の2人だけが、野村武志にとっての近日の顔面目撃者のため、やはり2人の特定を試みていたらしい。そして、事件当日は、山中での石の採集に失敗し落胆。帰宅途中に年末駅前で皆の慌ただしい光景を目の当たりにしたら、不意にムシャクシャし、気づいたらナタを振るっていたという。駅前のクリスマスのイルミネーション等も、奴には眩しくて、邪魔で仕方なかったという。幸い負傷者の傷は軽めで大事に至らず、彼らも事件として騒ぎ立てる事を望まなかったため、野村は即日に無罪放免とされた。振り回したナタも、拳骨を少し削って尖らせた程度の代物で、そもそも軽く、凶器には到底及ばない代物であった。

 

年明け以後は何事も無く、無事に3月の年度末を迎えた吉田だったが、彼には閑職の出先機関への異動の辞令が出されていた。
「高橋、なにかと世話になったな。俺は出先で少しゆっくりさせてもらうよ」
「お世話になりました。吉田さんのお陰で西美濃市も僕らも、安全が保たれました」
「まあな、でも俺は、ある意味、逃げ切れなかったのかもしれん。今日もこの後、料理教室で修業の予定でな」
「……」
そう話して吉田は高橋から離れていった。

 

その時、部長室では、課長が部長に小声で話しかけていた。
「部長、実は、吉田君と高田さんが結婚するそうです。それで、できれば先ずは国保課長の私に、無理ならば第2には財務課長に、仲人をお願いしたいと、依頼されまして」
「何っ? 本当かね?」
「どういう流れなんでしょう。私にもさっぱり訳がわからずで。恐縮ながら、ここは、いっそ、部長に仲人、お願いしてはどうかと思いまして、ご相談にまかりこした次第です」
「……、そうか。2人、結婚するのか。事件以降、高田さんに何の動きもないのが気にはなっていたんだよ。彼女に吉田君のセクハラ抱擁を殊更大きく弾劾でもされようものなら、市役所も窮地だったからな。令和の新市庁舎で公然とセクハラがまかり通っていたとなると、市民の批判の嵐は避けられん。そうか、分かった。いや、ならば仲人は市長に頼もう。西美濃市民の危機と西美濃市役所の危機を救った二人の結婚、門出だ。市長も引き受けてくれるだろう。早速、市長に相談してみよう。君は、2人の意向を尋ねてみてくれ。2人が市長の仲人を断る事はないだろう。しかし、さすがは高田さんだ。正に、市役所一の救世主だよ」
「なるほど、つまり、吉田君は野村武志からは逃げ切るも、高田さんからは逃げ切れなかった、という事でしたか、静止画像を切り札にされて」
「そういう事かもしれん。しかし事実は分からん。あくまで推測に過ぎんよ」
「しかし、あの高田さんに結婚願望があったとは。いかな彼女とて、40歳を目前に焦りも、といった所でしょうか」
「君、気をつけたまへ。それは昭和風セクハラ発言じゃないか? 君は確か、58歳だったね? 平成2年の入庁だろ? 私が今年60歳で定年、昭和63年の入庁だ。分かるかね? 昭和は既に、市役所内から消えようといるんだよ」
「……」
「そうだ、あの静止画像も、シュレッダーして、跡形も無く全て消し去っておいてくれ」

 

課長がシュレッダーに向かってしばらく後、部長室を訪ねる者があった。
「ご無沙汰しております、県警の土井です」
「おや、土井さん、お久しぶりです」
「年末の事件ではお世話になりました。今日は国保課さんに少しお話を、と思いまして」
「あの事件絡み、ですか?」

「ええ、そうです。まあ、あの事件はご存知の通り、特に大きな事件に発展することもなく、軽傷ありきといへども、簡単ないざこざ程度で終わったのですが、実は少し気になる事がございまして……」
「どういった事です?」
「事件関係者のDNA鑑定の結果です。実は、当初犯人と目された野村、そして軽傷を受けた2人、この3人のDNA鑑定は既に申請しておりました。それが、捜査を終了した直ぐ後に、結果が県警に報告されたのです。幸か不幸かと言いますか、何と言いますか」
「ほお、それで何か問題が?」
「はい、野村のDNAも、被害者2人のDNAも、3人ともに縄文人タイプのDNAが異常に多い可能性が指摘されたんです」
「まさか、彼らは縄文人だったとでもいうのですか?」
「もちろん現代に縄文人が存在するとは考えられません。縄文人タイプのDNAを多く残した人物たち、そう捉えた方が良いと思います。ですが、もしかすると100%縄文人も、居ないとは言い切れません。弥生人、渡来人といった後続人種との交わりを何万年も行わなかった、そういうパターンもないとは言い切れないでしょう?」
「……」
「私、非常に興味を持ってしまいまして、もう少し調べてみようと思ったんです。私はこの4月に定年退職しますので、今後は自主捜査です。捜査というより調査ですな。とにかく、犯人の野村と面と向かっていたのは国保課の方だけの様ですから、もしも何かございましたら、私までお知らせください。ご安心下さい。警察はもうこの事件から手を引いています。他に捜査しなければならない事件案件も多々ありますからね。私の個人的な調査です。ただ、あの事件翌日、市役所での逮捕劇の日です、あの日に野村の戸籍は調査しました。その戸籍をよくよく見た所、彼は子供の頃に養子縁組されていることが分かりました。そして、養子縁組前の旧姓は〇〇、その住所地は奥美濃村字常聞でした。当初は常聞(ジョウブン)と読んでいたのです。ですが、DNA鑑定で縄文が出てきた途端、気になりましてね。常聞(ジョウモン)ではないかと、もしかしたら事件と何か関わりがあるかも、と」
そういって、土井は名刺を渡し、帰ろうとした。
(縄文人……、何万年前の話になるんだろう。しかし、3人ともに縄文人傾向が高いとなれば、確かに気になるともいえる)
「土井さん、ちなみに、縄文人の特徴にはどの様なものがあるのですか」
「遺伝子の詳しい話までは私には分かりませんが、現代人に比べると小柄で筋肉質、色黒、顔は彫り深め、唇が厚め、毛深い、酒に強い等々だそうです。なるほど3人は、概ねこれらの特徴に当てはまってはいました」
「!?」
「どうかされましたか?」
「いや、別に」
「では、何かございましたら、よろしくお願いいします」
「土井さん……」
部長は土井を引き留め、気になっていることを打ち明けた
「実は、その特徴にピタリ当てはまる人物がもう1人居るのです」
「えっ、誰ですか? どなたです?」
「女子職員の高田です。今回の逮捕に至る伝達の功労者です」
「あの、吉田さんからの手紙を渡したという?」
「ええ、そして、私の遠い記憶も今、蘇ってまいりました。まさか、あれが縄文をも意味していたとは……」
「部長、それは一体、どんな記憶なんですか?」

4月下旬の良く晴れた日、土井と部長は山道を歩いていた
「部長も私と同い年でしたか。退職のタイミングが一緒で良かったです。こうしてご一緒に捜査、いや調査できる」

「私も長年、気になっていたのです。あの村がどうなったのかと」
「ダムが完成した後ですね」
「ええ、そうです。奥美濃村のダム建設が本格的になり、住民は全員が村外の土地へ移転を余儀なくされました。昭和が終わり平成の始まった頃には、全ての住民の住居移転が完了、廃村したと聞いています。ダムの完成が平成30年、それから水が湛水されて村は悉くダムの湖底に沈みました。村の学校や郵便局、いくつかの住宅家屋、道路、橋など、それらは、昭和末期そのままの姿で今は、ダムの湖底に沈んでいるのです」
「ふるさとを失くす物語ですね。日本全国、他にもこの手の話はいくつかあるのでしょうな」
「そして、このダム建設の当初数年はまだ、一般人の村内への出入りも可能でした。ダム建設の大型トラックと行き交う事が多かったのですが、冒険探検好きだった20代の私も奥美濃村に何度かバイクや車で入りましてね、奥美濃村の最奥地、常聞にも入りました。すると、当時は廃村後でしたが、そこに住んでいた人たちが数名、村に居たんです。聞けば、川下の北美濃町に移転はしたが、夏の間は奥美濃村の常聞に戻って暮らし、畑作業や山仕事をしているのだそうです。私も、常聞のその方々のお宅で何度か昼飯をご馳走になったりしたんです。今回、常聞と聞いて、それを強く思い出しましてね。最奥の常聞だけは、湛水後も湖底には沈まず、当時の村がそのまま残っていると、聞いてはいましたから。ただ、そこへ行くまでの道は全てダムの底、ダム完成後の新道では常聞に行くことができませんでしたから、いつしか再訪は諦めていました」

「しかし、今回の一件で、動画サイトを調べたら、まだ現在、夏の間だけ常聞に暮らす人が数人居ることが分かりましたからね」
「だったら、再訪せねば、と。これも土井さんのおかげですよ」
「いやいや、部長が冒険好きでなければ、今頃、私一人で山を越えることになっていました。いや、山にクマが度々出る昨今は一人ではさすがに無理だったでしょうから」

藪に踏み入り、連なる枝をかきわけ、時折り現れるけものみちかと思われるような小路を進み、峠を越えて……、2人は半日ほどの行程で、少し開けた場所に近づいて来た
「もしかしたら、そろそろ常聞かもしれませんね」
「だと良いんですがね」
「あれっ? もしかしてあれ、建物じゃないですか?」
「本当ですね。屋根ですよ多分」
見ると少し先の下の方に、屋根らしきものが見えた。そして
「簡易舗装の道も出てきましたよ」
「あそこからは、舗装路ですよ。かなり古びてますけど」
山を下り、辺りが段々開けるに従い、道路が出現してきた
「ダムに沈むのを逃れた地域ですから、そのままになっているんですね、やはり。動画サイトの通りだ……。あっ! あれは?」
建物の姿が次第に近づいてきた時、その前に人影が見えた
「まさか、高田さんでは?」
さらに近づくと、やはりその人影が高田だと判別できた。彼女は建物の前で洗濯物を干していた
「部長……」
「高田君、きみ…」

高田は、部長の隣にも目を移した
「あっ、こちらは、警察、元警察の土井さんだよ。で、土井さん、こちらの女性は高田さん、あの事件の伝達功労者の」
「そうですか! すると、やはり部長のご想像が」
「ええ、どうやら、何がしかは私の想像が事実とリンクしているだろうと思います。高田君、ここに居るのは、君だけかね?」
「色々お話しいたします。でもお二方も、お疲れでしょう? 少し休まれてはいかがでしょうか。ここにおかけ下さい」
そう言って高田は2人を庭先の大きな切り株に腰かけるよう勧め、自らは建物に入り、手早くお茶を用意してきた

「それにしても静かですね」
「山奥の盆地の様な状態で、車は一切通らず、ですからね。時々鳥の声が僅かに聞こえるくらいですな。極端に静かで天気が良い中、空も山肌も生き生きして威風堂々ですから空恐ろしく感じてしまうくらいです。高田君、お茶が美味しいね」
「お疲れ様です。私と吉田が結婚したことはご存知ですよね?」

部長は頷いた
「実は、子供ができたんです。現在4ヶ月です」
「本当に? でも、おめでとう!」

「ありがとうございます。それで、思い切ってGWの連休も利用して、数日をここで暮らしてみることにしました。吉田も一緒に」
「吉田君は今どこに?」
「釣りに行ってます。彼、多趣味なタイプで田舎暮らしも合いそうなんです。」

「確かに、彼らしいよ。そして、野村武志も居るの?」
「実は、野村は、私の兄でした。吉田との結婚を機に私は戸籍を取り寄せました。元々聞いてはいたのですが、私は9歳の時に高田に養子縁組されました。そして、縁組前の住所地がここ、奥美濃村の常聞だったのです」

「30年前、君とお兄さんは、この家で暮らしていたんだね」
「そうです。常川という家です。私たちの祖父母の家です。夏休みの間だけ、毎年ここに来ていました。私たちは普段は母親と祖父母の5人で移転先の北美濃町に住んでいました、兄が小6の12才、私が小3の9才の時に母が亡くなり、私たちはそれぞれ別の家族に養子縁組されて引き取られ、離れ離れになりました。祖父母にとってもやむを得ない決断だったと思います。やがて、祖父母も亡くなり、私も兄も新しい家族のみが、生きていくための頼みの綱となったのです。その後ずっと、兄の暮らしぶりは分かりませんでした。私は私で必死に新家族で生きていくしかなかったのです。私は西美濃市役所に就職して懸命に働きました。そして、あの事件です。ニュースの防犯カメラに映った男は、もしかしたら兄ではないかと思いました。僅かに映る凶器の柄の赤い滑り止めに、何となく見覚えがありました」
「そうだったのか、その段階で」
「事件が大過なく終わり、兄の野村が釈放されたと聞いて、私は兄を訪ねました。その時の兄の住居の詳細などは吉田から聞いていましたので、最初に手紙を出しました。30年前に常川の家の前で撮った写真とともに。兄も、私が自分の妹であると理解し、会ってくれました。兄は高校を卒業とともに野村の家を出て、頑なに1人で生きてきたそうです。そして、ダム完成後は、夏は1人で常聞に戻り、この家で火薬工作をしていたそうです」
「それは少し危ないな。火薬を扱う許認可等は受けてないんだろ?」
「その通りです。廃村だからこその日々だったといえます。駅前の事件の日、兄は2人をナタで傷つけました。ナタと言っても手製と思われる全く不完全な石斧です。この家に昔からあったものなんです」
「あの2人は、兄さん野村武志と何か関わりがあるのかね?」
「はい、そうだったのです。どうぞ、こちらへお入りください」
そう言って高田は家の中に2人を招き入れた。土間の玄関を上がり、畳の間に入ると奥に仏壇があった。そして、縁側廊下に出て更に奥へ回ると、もう一間、少し大きな部屋があった
「これは!……」
「常聞洞(ジョウモンドウ)です……

※時間もエネルギーも枯渇してしまった状態のまま締切りをむかえてしまいました。
内容は中途、文字数はオーバーで無念ながら提出いたします(ご容赦)

文字数:15982

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