『地球侵略』(仮)

印刷

梗 概

『地球侵略』(仮)

小林囿一は、40歳で会社を辞め脚本学校に通った。子どもの頃から脚本家になることが夢だったのだ。遅い挑戦を笑われながらも、コンクールに挑み続けたが落選。それでも諦めきれなかった。脚本学校の恩師から制作会社を紹介してもらい、ドラマの企画書を書く仕事を得た。制作会社のプロデューサーから「機会があれば脚本も任せる」と言われ続け、9年も経ってしまった。囿一は今年で49歳。焦りばかりが増していく。

ある日、脚本学校の同期が連ドラの執筆に抜擢される。同期だが年齢は囿一より10歳も若い。年齢は関係ないと強がってきたけれど、落ち込んだ。酒を浴びるように飲んだ。囿一は、酔った勢いでSNSに「宇宙一面白い脚本、書きます。オファー待ってます」と投稿。すると翌朝、『執筆オファーの件』というDMとオンライン会議の招待状が届く。なんと地球から約 2,300光年離れた惑星リオのプロデューサーだった。オンライン会議の画面に現れたのは、肌が緑色だということ以外は地球人そっくりのリオ星人。彼らの星では作家業のすべてをAIが担当している。経費は大幅に削減されたが、似たような話ばかりで観客からは飽きられている。「地球映画マニアな監督がいましてね。彼がどうしても地球人と仕事がしたいと。で、SNSを探っていたところ、あなたの書き込みを見つけたのです」――作品の報酬は、時給ならぬ時間で払ってくれるという。囿一は、地球時間10年分の若返りを希望した。

しばらくすると、地球映画マニアの監督が加わった。監督とアイディアを出し合う囿一。けれども全く話が合わない。監督が小津作品やフェリーニ作品など芸術系の作品を引き合いに出すのだが、囿一はそれらの『名作』をちゃんと観ていない。もちろん脚本家として向学のためにDVD(まだネット配信のない時代)を借りたことはある。だが、数分で寝てしまった。「脚本家以前に地球人としてあり得ない」と監督から徹底的なダメ出し。

自分の原点を振り返り、自分の甘さを猛省し、やがて囿一は開き直る。リオ星人にウケなくてもいい。自分が書いていて楽しい話を書こう! 

締切当日。囿一は、「降ります」とリオ星人のプロデューサーに頭を下げる。「実はこちらも情勢が変わりまして。オファーはなかったことに」とプロデューサー。ホッとする囿一。実は、作品の初稿は出来ていた。タイトルは、『地球侵略(仮)』。リオ星人(悪者)が地球を侵略する物語。こんなの提出できるわけがない。

『地球侵略(仮)』の出来栄えに満足していた囿一は、ネットに『地球侵略(仮)』を公開する。翌日、「楽しかった。久しぶりに、時間を忘れました。」とコメントが。エンターテイメントとは、誰かの時間を奪い、心を奪うこと。売れるかどうかは、結果でしかない。遠い未来、この脚本に基づいて地球が侵略されることを囿一は知る由もない。

文字数:1175

内容に関するアピール

「エンターテイメントなSF小説」のアイディアをChatGPTに聞いたところ「売れない脚本家、宇宙人のゴーストライターになる」というものがあり、そこから地球映画マニアの異星人監督と売れない地球人脚本家のやり取りを描いたら面白そうだなと考え、梗概にまとめてみました。

文字数:131

印刷

『地球侵略(仮)』

小林囿一は、トキメキと閃きを優先し、時々ヘソを曲げながら生きてきた。人はそれを「場当たり的な人生」と言う。幼少期に宝塚の『ベルサイユのばら』をテレビで観てトキメき、男子は入団出来ないと知って泣き叫び、中学生の時にマイケル・ジャクソンに痺れて「そうだ、ミュージシャンになろう」と閃めきバンド活動を始めるもその才能の無さに絶望して忍び泣き、どうにか二浪して大学に入り、なんとかアルミサッシのメーカーに就職し、「あとは結婚して孫の顔を見せてくれ」という両親の言葉にあれ? と思った。「あとは結婚して孫」の「あとは」とは何だ? 二浪して就職した「あとは」なのか? 宝塚入団を諦めてミュージシャンとして生きることを断念した「あと」を緩慢と生きてきた囿一だが、両親が言っている「あとは」とはどういうことなのだろう。なんの「あと」の「あとは」なのだろう。もちろん、宝塚に入りたいと泣いた時もバンド活動のために高校を中退した時も「なんでまともに生きられないのか」と嘆いた両親が、二浪の末に二流の大学卒業し、就職氷河期にもかかわらず気まぐれにエントリーシートを提出したアルミサッシのメーカーの人事担当がたまたま囿一が活動していたバンドの追っかけだったという非常に稀な縁で射止めた就職先。サラリーマンになった囿一を何よりも喜んだのは両親だった。そして、バンド活動をしていた十代から自分を支えてくれた恋人は、「退屈な人間になっちまったね」と去っていった。それ以来、結婚どころか彼女もできていない。そこからの「あとは結婚と孫」。あるわけないじゃん。囿一のヘソが、グググと動いた。

アルミサッシの営業といっても、新規開拓などはなくお得意先周りのルート営業が囿一の主な仕事だった。外回りの隙間にパチンコを打ったり、図書館で新聞を読んだり、工夫次第で案外自由な時間を作ることができる。そんなある日、囿一は午後の営業を早めに済ませた囿一は、地元の古い映画館に入った。パチンコを打つには金がなく、図書館で新聞を読む気分でもなかったことと、2時間ほど涼しい場所で居眠りがしたかったのだ。この映画館は、最新のロードショーではなく、月ごとにテーマを決めて昔の作品をリバイバル上映している。今月のテーマは、『異星人』。ちょうどよい時間での上映作品は『E.T.』。老若男女が楽しめるおなじみの名作。小学生の頃、両親とぎゅうぎゅう詰めの映画館で観た作品でもある。当時バレエ小僧だった囿一は、映画よりも牧阿佐美バレヱ団の『くるみ割り人形』を観に行きたいと提案したのだが、多数決で却下されてしまった。いつもなら囿一の味方になってくれる母親が、『全米で話題のSF映画映画』という触れ込みにミーハー心をくすぐられ、父親に寝返った。そんなこんなで、12月の家族連れで満席立ち見もびっしりの映画館。知らないおじさんとおばさんに挟まれて観た『E.T.』は、それなりに面白かったと記憶している。おじさんがひっきりなしに吸う煙草の煙とおばさんがひっきりなしに食べるせんべいの音で全く画面に集中できなかったのだが。その後もテレビ放映されていたようだが、囿一は観ていない。でもまあ、居眠りするにはちょうどいいだろう。

だが、居眠りどころではなかった。冒頭からバッチリとハマってしまった。子供時代は気づけなかったディテール。すっかり忘れていたシーン。ずっと勘違いしていた名セリフ(E.T.は、ゴーホームなんか言ってないし!「E.T. phone home」だし!)。大人になったいまだからこそ沁みる少年と異星人の純粋な友情。そして、少年時代へのノスタルジー。囿一は、スピルバーグの魔法にトキメいた。そして、閃いた。

「脚本家になろう」

囿一、35歳の夏だった。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

いつもの居酒屋で、囿一は制作会社のプロデューサーと生ビールを飲んでいる。今年40歳になるプロデューサーの西村は、十年前にシナリオ教室の師匠から紹介してもらった唯一繋がりのある業界人だ。時々企画書の仕事を振ってくれる。今夜は、このまえ提出したドラマの企画書が無事に採用されたというお礼の飲み会だった。もちろん、企画書はタダではない。採用でも不採用でもテレビ局に提出された時点で原稿料をもらっている。その上で、制作会社の経費でご馳走してくれるというのだ。この「お礼」というのが曲者なのだ。十年も付き合っていれば、お礼の裏に何があるかは大体分かる。分かっているうえで、あえて聞く。

「で、どうでしょう? この企画、自分にホン、書かせてもらえますかね?」

囿一は、乾杯の直後にやってきた唐揚げに食らいつく前に西村に食らいついた。西村は、黄金色の液体を飲み干して言った。

「もちろん、自分はそのつもりでしたよ。でも、まあ、先方が。枠的に、それなりに実績のある人をということでして」

と西村は唐揚げにかじりついた。つまり、今回も囿一は企画書どまり。脚本は第一線で活躍する実績のあるライターが執筆する。一体いつになれば、ドラマのエンドロールに『小林囿一』という名前が流れるのだろうか。師匠は「続けていれば、きっと芽が出る」といっていたが、囿一は今年で50歳になる。いつまで続ければいいのだろう? 自分に特別な才能があるわけではないことは分かっている。だからこそ、経験値が必要なのだ。場数を積んで、腕を上げていくしかない。

「自分に実績がないのは分かっています。でも、チャンスくらいはいただけませんか? 連ドラの一話だけ。いや、脚本協力でもかまいません」

西村は、唐揚げをもぐもぐと咀嚼しながら「自分に力がなくてすみません」と目だけで謝った。そうこられると、これ以上は迫れない。

唐揚げを飲み込んで、西村は「ところで」と話題を変えた。

「どうして小林さんは、脚本家になろうと思ったんですか?」

囿一は、ドリンク・メニューの中から一番高いウイスキーをダブルのロックで頼み、西村に語った。

「自分は、子どもの頃からトキメキと閃きとへそ曲がりで生きてきたんです」

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

レモンサワーで酔った西村の「いつか機会があれば、おれは小林さんを推しますので! 何卒今後ともよろしくお願いします」と調子の良い締め言葉で会はお開きとなった。山崎のダブルロックをこれでもかとお代わりをしたにも関わらず、囿一はそれほど酔ってはいなかった。バイト先でもあるコンビニに立ち寄り、夜勤の大学生に「お疲れ様」と手を振って夜食のカップ麺と口直しの缶チューハイを買い、囿一より十年年上の六畳一間家賃四万六千円のアパートに戻ると、玄関の前に段ボール箱が二つ。ひとつは、実家の母からの荷物。もうひとつは、「御歳暮」の熨斗がついた愛媛のみかん。ひとつずつ部屋に運び、まずは実家からの荷物を開く。いつものように、サトウのレトルトご飯と袋のインスタントラーメンがぎゅうぎゅうに詰まっている。だが、今回はその隙間に「新幹線代」と手書きされた茶封筒。中には一万円札と「年末必ず帰省すべし」という母からのメモが入っていた。十五年前、とつぜん会社を辞め、脚本家になると言って家を出た囿一。「あとは結婚して孫」の「あとは」を絶たれて両親は少々がっかりはしていたが、「まあそういう子だよね」と割とあっさりと諦めてくれた。「迷惑をかけない」「罪を犯さない」「死なない」を条件に父親は「いつでも戻ってこい」と言い、「泊まりに行くからね」と母は言って囿一を送り出してくれた。ずっと実家ぐらしだった囿一の、初めての一人暮らし。それが、このアパートだった。あれから十五年、近所のコンビニでアルバイトをしながら、囿一はこの部屋で暮らしている。実家からの救援物資を段ボールごと押し入れにしまい込み、2つ目の箱の開封の儀。丁寧に宅配の伝票を剥がす。送り主は、愛媛県三田川農場三田川愛子。愛子は、シナリオ教室の同期だった。同い年で、共に教室の最年長。大学時代に演劇をしており、卒業後は銀行に就職。企業支援の部署でバリバリ働いていたが、体調を壊して離職。子供の頃の夢だった脚本家を目指そうとシナリオ教室の門を叩いた。愛子は、教室の中でもトップクラスに上手かった。コンクールでも必ず上位に入賞し、デビューまであと一歩というところで脚本家になることを断念した。愛媛でみかん農家を営む父親が倒れ、実家に戻ることにしたのだ。愛媛で農業をしながらでも作家は続けられると師匠は説得したのだが、愛子は「片手間ではやりたくない」ときっぱりと言ったのだ。囿一は、愛子が育てたみかんをひとつ食べてみる。ほどよく甘くてすっぱい。みかんを味わいながら、囿一は、Spotifyでマイケル・ジャクソンを流す。愛子は実家に戻り、幼馴染と結婚した。囿一と愛子の関係は、シナリオ教室の仲間という以上のことはない。けれども、二人で共に切磋琢磨した日々は、囿一にとっては遅れてきた青春そのものだった。演劇のことはわからないけれど、二人でよく舞台を観に行った。映画も観た。ドラマについて語り合い、お互いの作品について意見を出し合った。みかん箱にクリスマスカードが入っている。小学生になった息子とのツーショットと「応援してるよ」というメッセージ。挫けかけた心がゆっくりと持ち直す。父さん、母さん。そして、愛子。買ってきた缶チューハイを冷蔵庫に入れ、コタツの上に置いたノートパソコンの電源を入れる。昔愛子に褒められた原稿があった。コンクールにはひっかからなかったが、師匠も直し次第で良くなると言っていたヤツだ。結局そのまま直していない。それをどこかに持っていこう。チャンスを待っていても始まらない。とそこで、携帯電話が鳴った。シナリオ教室の後輩・工藤陽一からだ。工藤は、愛子が辞めて半年後に入ってきた。当時はまだ大学生で、「ポケモンのアニメに関わることが夢」だと初々しいことを言っていた。裏表のないいい奴で、工藤は「こばさん」と囿一に懐き、囿一も「くどちゃん」と工藤をかわいがっていた。工藤は大学卒業後に「お笑いの構成作家になる」といって教室を辞め、芸人事務所専属の作家になったのだが、時々連絡を取り、近況を知らせ合っている。電話の向こうで、工藤のテンションは高かった。

「こばさん、おれ、ドラマのホン書きます! さっき、事務所から連絡が来て。真っ先にこばさんに伝えたくて」

ちょっと待て。おまえは、お笑いの構成作家ではなかったのか? 囿一の疑問に工藤が笑いながら言った。

「ほら、最近芸人がドラマとか書いてるじゃないですか。その流れで、話が回ってきたんですよ。いやあ、世の中何があるかわからないっすね!」

悪い予感がして、ドラマのタイトルを聞いた。果たして、囿一の企画したものだった。この枠は、実績のある脚本家を望んでいたのではなかったのか? 実績というのは、ドラマの脚本経験でもなく、お笑いの構成でもありなのか?

囿一は、口が曲がっても「それ、自分が書いた企画のドラマ」とは言えなかった。「やっぱ、先生の言う通り、続けていればチャンスはくるんですよ。こばさんもきっといつかチャンスが来ますから! おれ、応援してますから!」

応援はいらない。おまえのその仕事をくれ、と言いたかったが囿一はぐっと堪えた。相手は、一回り以上も年下の後輩なのだ。

電話を切った後、囿一は冷蔵庫の缶チューハイを一気に飲み干し、再びバイト先でもあるコンビニ出かけて夜勤の大学生に「よ」とだけ挨拶してストロング系の缶チューハイとウイスキーのボトルとロックアイスを「突然友人が訪ねてきてね」と言いながら会計し、みかんとレトルトご飯をつまみに飲み倒した。飲まずにはいられないとはこのことだ。なぜ工藤なのだ。ピカチュウだぞ。あのドラマの企画は、子供向けのアニメじゃない。大人なラブ・ストーリーなのだ。それを、工藤が書けんのか? シナリオ教室ではいつも幼稚で軽めのコメディばかりを書いていた。お笑いの構成作家になると聞いて、教室の誰もが「そっちのほうが向いている」と頷きあったものだ。その工藤が。プライムタイムの連続ドラマの脚本を? みかんとチューハイとウイスキーで悪酔いした囿一は、よせばいいのに工藤のSNSをチェックする。当然、工藤は浮かれポンチに書き込みをしている。

『情報解禁まで詳細はお伝えできませんが、世界一面白い脚本、書いてみせますとも!』

いつもはかわいい工藤の天真爛漫さが、とてつもなくムカつく。チャンスは待っていてもやってこない。普段は見る専門のSNSだが、囿一は酔いに任せて書き込んだ。

『宇宙一面白いシナリオ書きます! オファー待ってます!』 

 

翌朝、酷い二日酔いで囿一は目覚めた。コタツのスイッチを付けっぱなしで寝落ちした罪悪感と年甲斐もなく酒に飲まれてしまった敗北感。頭痛と吐き気と自己嫌悪。僻んでも妬んでも未来は変わらない。工藤にはあって自分にはないものがある。若さと運だ。それは、泣いても喚いても手に入るものではない。食べ散らかしたみかんの皮とチューハイの空き缶を片付けながら、囿一は深く反省した。自分は自分。人は人。今やれることをコツコツやろう。そして、SNSのアカウントは削除しよう。工藤の幸運にまみれた書き込みをうっかり見つけ、心をかき乱されたくない。濃いめのコーヒーを入れて、パソコンを立ち上げる。SNSのアカウントは、ログインされたままになっている。少し考えて、工藤の書き込みを検索する。更新はあれからまだされていないようだ。昨夜の工藤の書き込みに「イイね!」を押して、自分のアカウントに戻る。と、ダイレクトメールが届いている。誰だろう? 工藤なら、携帯のLINEにメッセージをくれるはず。もしかして、愛子だろうか? ダイレクトメールをクリックする。件名は『オファー』。本文は、すべてカタカナ。

『アナタ二 ウチュウイチオモシロイ キャクホンヲ オファーシマス。デンワクダサイ。090▢▢▢▢▢▢▢▢』

昨夜の囿一の書き込みを見た誰かのいたずらだろうか? 電話しろという手口の詐欺的な何かかもしれない。無視しよう。そして、囿一はSNSのアカウントを削除した。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

囿一は、愛子から送られた大量のみかんを食べまくり、天然のビタミンC効果で夕方のバイトまでに二日酔いは治った。バイト中に西村から『次の企画書の件』というメッセージが入ったが、『他の仕事が入ったので今回お受けするのは難しいです』と断った。十年間で初めてのことだ。もちろん、他の仕事なんて嘘だ。西村は『今回は他の人に頼みます。落ち着いたら連絡ください。』と返事をくれたのだが、これをきっかけに繋がりが途絶えてしまうかもしれない。それはそれで仕方がない。

バイトを終えてアパートにつくと、玄関の前に荷物が届いていた。A4のアタッシュケースほどの箱だった。部屋に入り、箱を開けると、液晶のタブレットが出てきた。モバイルモニターのようだ。コタツの上に起き、モニターに触れると「ツーツーツー」という通信音の後に、画面が明るくなった。モニターの中で緑色の肌をした人間が手を振っている。髪の毛も緑色だ。学ランのような洋服を着て、ニコニコと微笑んでいる。囿一は画面を消そうとスイッチを探した。

「チョットマテクダサイ。コバヤシソノイチサン」

カタコトの日本語で囿一に話しかけてくる。

「トツゼンゴメンナサイ。ワタシハ、今朝DMシマシタ。デンワマッテマシタガ、コナイノデ、デンワナイノデハ。ダカラ、ワタシノ☆カラ、モバイルフォンオクリマシタ」

今朝のDM。電話番号の主というわけか? このタブレットが電話? この緑色の人間は、ワタシノ☆といっている。☆、星? どこの星?

「ハイ、ワタシノ名前ハ、%&‘&’O?_とイイマス。エット、発音ムズカシイ。ノデ、タコPとヨンデクダサイ。地球カラ2,300光年ハナレタ惑星・リオの映画プロデューサー」

囿一は、しばらく目を閉じた。誰かのいたずらにしては、手が混みすぎている。眼の前に(といってもタブレット越しだが)緑色の異星人。この設定を、受け入れるか否か。タブレットを叩き壊した場合、どうなるのか。

「タタキコワス、ボウリョク的。レオ星人、ボウリョク嫌デスネ。アナタモ脚本家ノハシクレナラ、想像力ヲハタラカセナサイ」

どうやらタコPには、囿一の思考が読めているらしい。

「会話、メンドクサイ。メッセージ、オクリマス」

再び「ツーツーツー」という発信音。タブレットが緑色に発光し、その光が囿一の額を直撃した。タコPは、すべての説明を囿一の脳みそに直接ぶつけてきた。囿一は、一秒ですべてを理解した。

タコPのメッセージによると、タコPは2,300光年離れた惑星リオの映画プロデューサーで、彼らの星では作家業のすべてを生成AIが担当している。AI化によって、経費は大幅に削減されたが、どれも似たような話ばかりで観客からは飽きられ、レオ星は深刻な映画離れが起きている。そこで、地球の脚本家をスカウトしようという結論になったらしい。

「なんで、地球なんですか? 他にもっと進んだ文明を持つ星があるでしょう?」

囿一がイメージを返すと、タコPがタブレットにもう一人、緑色の人物像を映し出した。ジーンズにシャツ姿の年配のレオ星人男性。

「彼ハ、映画監督デス。名前は、?*`+>トイイマス。エット、発音ムズカシイノデ、クロDとヨンデクダサイ。彼ハ地球映画マニア。ドウシテモ地球人ト仕事シタイ」

タコPは、クロDのために地球で活躍する著名なシナリオ・ライターにコンタクトを取るべくSNSを探っていた。だが、どうにもこうにも繋がらない。そんな時に、昨夜の囿一の書き込みを見たのだという。

「でも、おれには実績がない。実力だって保証できない。それでもいいのか?」

するとタコPは緑色の前髪をふわりと掻き上げて言った。

「ホシイノハ、個人ノ実績ヤ実力デハアリマセン。宇宙一オモシロイ脚本デス」

囿一は想像してみた。2,300光年離れた惑星リオの映画館で、自分の作品が上映される様子を。異星人たちが、地球人の描いたストーリーにワクワクする様子を。エンドロールに流れる、リオ星の言葉で記された『小林囿一』という名前を。そして、囿一は、五十年生きてきて最高にトキメイたのだ。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

次の夜、囿一はバイトを休んだ。もちろん、リオ星人のクロDと打ち合わせをするためだ。2,300光年離れた惑星リオとのオンライン会議。タブレット越しに現れたクロDは、囿一が日本人だと聞いてとても感激しているという。

リオ星人はテレパスなので、タブレット越しに囿一の思考を読み取ってしまう。リオ星人の言葉は、人類の聴覚では聞き取れない音域にあるということで、リオ星人側は生成AIによる同時翻訳機能で囿一に語りかけてくる。面倒くさくなると、思念の塊をイメージとして囿一の脳内にぶつけてくる。クロDがまず興奮してぶつけてきたイメージは、いくつもの小津安二郎作品の断片だった。

「囿一、君の推しはなんだい? やはり、『東京物語』? 私はね、『秋刀魚の味』が好きなんだよね。小津のね、ドラマチックな出来事をあえて画面に映さない。その“余白”が観客の想像力を呼び起こし、深い余韻を生む作風は素晴らしいよね。天使の眼差しというべきか。さあ、君の小津論を聞かせておくれよ」

地球映画マニアというだけあり、クロDの日本語翻訳機能は滑らかだった。同時に、うざい。そして、小津安二郎ファンというのは、かなりマズイ。なぜなら、囿一は、苦手なのだ。小津安二郎作品が。

「クロD、すみませんが、私は小津安二郎作品を観ていないのです」

これは嘘。シナリオ教室時代に師匠から勧められて『東京物語』も『秋刀魚の味』もDVDを借りて観ている。で、どちらも途中で眠ってしまった。何度も試したが、いつも寝てしまう。世界の小津作品で寝る脚本家、絶対に信用されない。だから、思わず観ていないといったのだけれど、クロDはテレパスだった。筒抜けだ。

「信じられません。ネタのですか。小津の作品で、あなたは居眠りをしたのですか。あの良さがわからないなんて、日本人として恥じるべきです」

同じことを師匠にも言われたなあと、囿一はシュンとなった。クロDは、すり合わせのために次々と自分の好きな地球映画を挙げた。

「フェリーニの『8 1/2』は?」

「しりません」

「マジ? じゃ、ゴダールの『気狂いピエロ』?」

「観てません」

「黒澤。『七人の侍』、さすがにこれは――」

「自分、時代劇、あまり好きじゃなくて」

「じゃあ、あなたの好きな映画はなんですか!」

クロDは、緑色の髪を逆立ててキレていた。まあ、そうなるよなあと囿一は恐縮した。

「映画を一本も観ていないとは言わせません。脚本家になったのであれば、あなたの好きな映画があるはずです。それを教えてください」

クロDは、本気だった。囿一は、これまでの人生でときめいた作品を思い浮かべた。まず、『E.T.』。そして、『スターウォーズ』のシリーズ、『エイリアン』シリーズ、『アバター』もよかった。『メン・イン・ブラック』シリーズも楽しかった。『マーズ・アタック』とかもう最高。マーベル系のヒーローものも大好き。

思い出してニヤニヤしていると、タブレットの向こうでクロDが困ったような顔をしている。

「それでは、囿一、あなたが書きたいのは、観客に伝えたいのは、どんな脚本なのですか?」

クロDの言葉に、囿一はハッとなった。自分が伝えたい作品。そんなことは、考えたことがなかった。シナリオ教室では、コンクール受けする物語を考えた。ドラマの企画書は、オリジナルではなく、人気の漫画原作や話題の小説原作探してフォーマットに落とし込んだ。自分は、自分の書いた脚本で観客をときめかせたいと思った。けれども、自分が何を語ってときめかせたいのかを考えていなかった。

「宿題です。次のミーティングまでに、あなたがレオ星人の観客に伝えたいストーリーを考えてきてください」

タブレットが一瞬緑色に光り、画面がブラックアウトした。囿一の脳内は、緑色のモヤに包まれた。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

クロDとの打ち合わせの後、囿一は、シナリオ教室時代に愛子とお互いに見せあった執筆データを探した。愛子のコンクール受賞作の初稿がどこかにあったはずだ。愛子の作品は、全て家族にまつわるものだった。満州生れの祖母の話。病気のために兵役を免れ、みかん農園を守ってきた祖父の話。一度は役者になると家を出て、東京で知り合った母と愛媛に戻って農園を継いだ父親の話。

「小林くんには想像力があるけれど、私には無いから。身の回りの出来事を書くしかないんだよね」

と愛子はいっていた。囿一のそれは想像力ではなくただの思いつきなのだが。ふと愛子と話がしたくなった。みかんのお礼という口実をつけて、結婚以降は遠慮していた直電をかけてみる。

「久しぶり、元気?」

と受話器の向こうで懐かしい声。

「みかん、届いたよ。毎年ありがとう」

と毎年恒例のお礼を述べる。

「声、暗いけど。ナンカあった?」

と愛子。その洞察力の鋭さに、ちょっとたじろぐ。

「いや、ちょっとスランプというか。今話しても大丈夫?」

晩御飯の支度までなら大丈夫というので、異星人のオファーという点だけ伏せて、クロDからの宿題を愛子に話す。

「難しく考えないで、小林くんがワクワクすることを書けば良いんじゃないかな? 小林くんが楽しんで書いたものは、観客もワクワクするよ。私、小林くんの作品でさ、男性版宝塚歌がパンク・ロックなベルサイユのばらを上演する話、面白かったもん。あれは絶対に生成AIでは描けないよ」

国営放送の新人脚本賞に向けて執筆した『男ばかりの過激な歌劇団!』というタイトルの作品だ。自分の中の大好きを詰め込んで、一気に書き上げた問題作だった。愛子や他の生徒にはウケたが、師匠からは「ふざけすぎ」と一括されたっけ。確かにあれを書いていたときは、ワクワクした。

もう一度、囿一は、これまでの人生でときめいた映画作品を思い浮かべた。まず、『E.T.』。そして、『スターウォーズ』のシリーズ、『エイリアン』シリーズ、『アバター』もよかった。『メン・イン・ブラック』シリーズも楽しかった。『マーズ・アタック』とかもう最高。マーベル系のヒーローものも大好き。

なんだ、自分は異星人ものが好きなのだ。突然接触してきたレオ星人を受け入れられたのも、それが理由なのかも知れない。で、レオ星人の観客が求めているものはなんだろう? まさか、誰もが皆小津安二郎作品のファンというわけではないだろう。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

二回目の打ち合わせには、クロDだけではなくタコPも参加した。二人はどこか不安げな様子だ。

「地球作品、ワタシ詳シクハナイ。ケド、黒澤ミテナイノハダメダロウ」

とタコPのダメ出し。

「さて、囿一、私からの宿題はどうなった?」

とクロD。今日は、ハンチング帽に開襟シャツとスラックスという装い。

「その前に、レオ星の代表的な映画作品を見せてください。それからレオ星の歴史・文化・文明についても知りたい。レオ星という異星で上映する作品を作る上で、それは当然の権利であるし、そちらも私に教える義務がある」

タコPが今夜までに銀河宅配便でレオ星の歴代レオデミー賞受賞作品を集めたメディアを送るという。

「クロDの宿題は、それらを見た後で考えます」

囿一の一言で、2,300光年離れたオンライン会議は、わずか五分で終了した。

 

その夜。

コンビニのバイトから返ってくると、郵便受けに小さな封筒が入っていた。中身は、板チョコのような厚みと大きさの金属で、「部屋を暗くして、タブレットの上にのせろ」というメッセージがついていた。囿一は、部屋の電気を消してレオ星人たちとオンライン会議をするタブレットの上に板を乗せた。「ツーツーツー」という発信音。その後に、板チョコが緑色に光る。そして、光の中から緑色の肌を持つ美しい女性が飛び出してきた。なんと、レオ星の映画は、3Dホログラム映像なのだ。

6畳ワンルームの部屋で、どこかでみたようなスパイ映画が始まる。映画の情報から、レオ星には、元は二つの大陸と二つの帝国かあり、双方で主権争いをした後に、統合されたという歴史があるようだった。スパイ映画は分離していた頃を描いたもので、歴史映画でもあるのだ。次に見たのは、恋愛映画だった。以心伝心が通常営業のレオ星人のラブ・ストーリーは、心の中が筒抜けだからこそ、バトルに発展しやすい。恋愛映画=バイオレンス。愛し合っている二人が何故かいつも口論の果てに闘う展開。レオ星人にとって恋愛というのは、命がけの行為なのだ。一方で、テレパス能力がデフォルト装備だからこそ、生まれつきテレパスが使えない一握りの人々は、聖人として崇められている。聖人・??????(名前が聞き取れない)や冒険者・!!!!!(名前が聞き取れない)は、心の声が聞こえないという能力的障害が故に誰に忖度することもなく、己の道を進んだヒーローとして描かれている。

ヒーローが活躍する話は、盛り上がる。しかし、テレパスが使えないレオ星人というのは、まさに地球人ではないか。もしも囿一がレオ星に移住したら、ヒーローになれるのだろうか? ということは、レオ星の人々にとって、心を読まない地球人というのは、脅威になるのではないか? さっきのミーティングでタコPもクロDも不安そうな顔をしていた。それは、囿一が二人の気持ちを理解できないということへの不安の現れだろう。彼らに囿一の考えは筒抜けで、しかし、二人の考えを囿一は理解していない。交渉を進める上で有利であると同時に、相手がこちらの気持ちを気にも止めないという状況は彼らからすると怖いことではないのだろうか?

ここまで考えて、囿一は閃いた。映画の醍醐味は、カタルシスにある。緊張と不安、からの解放。囿一が異星人ものに惹かれるのは、そこだ。未知との遭遇で起きる緊張と不安がたまらないのだ。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

三回目の打ち合わせまでに、囿一は映画2時間分の初稿を仕上げた。タイトルは、『地球侵略(仮)』。地球の映画作品を収集に来たレオ星人の映画監督が、うっかり自分の宇宙船に置いてけぼりを食らう。そして、地球人の脚本家と知り合い友情を育む。だが、映画監督を置き去りにした宇宙船には、地球人が乗り込んでいて、彼らを襲う。テレパス能力のない地球人に追い詰められたレオ星人の女性クルーが地球人を倒し、たったひとり生き残り、レオ星に帰還。地球に残されたレオ星人の映画監督(女性クルーの恋人)は、エイリアン監視組織に目をつけられ、脚本家の協力で母星と連絡をとることに成功し、迎えを呼ぶ。数年後、脚本家はレオ星人の監督から緊急の連絡を受け取る。直ちに地球から避難せよ。間もなくレオ星の艦隊が地球を侵略しにやってくる――。

囿一の好きな作品をすべて詰め込んだ脚本だった。一読して、クロDは、ため息をついた。まあそうだろう。この脚本には、小津も黒澤もフェリーニもゴダールもない。けれども、タコPは面白がってくれた。

「娯楽作品トシテハタノシイネ。AIニハカケナイ作品ダ」

星に持ち帰って検討したいとタコP。制作が決定したら、また連絡をくれるという。

「パイロット版に対価は支払われないのだけれど、私から囿一に、プレゼントを上げるよ。小津安二郎の作品をまとめたメディアをあげよう。これを見て次に会うまでに勉強してくれ」

レオ星のタブレットとメディアは、そのまま囿一にくれるという。

2,300光年離れた惑星から脚本のオファーを受けただなんて、誰に話してもきっと信じてはもらえないだろう。タコPに託した初稿が没になったとしても、囿一は満足だった。自分らしい作品が久しぶりに書けたのだ。

コンビニのアルバイトにでかける途中で、囿一は西村に電話をかけた。

「手が空いたんで。また、企画書の仕事、よろしくお願いします」

この先ずっと、業界の片隅でバイトをしながら企画書を書く日々が続くのかも知れない。けれどもそれでいい。自分は、トキメキと閃きとへそ曲がりで生きている。いつかまた、どこかの星から脚本執筆のオファーがくるかもしれない。で、それって、めちゃトキメくじゃん。

 

それから二百年後、自分が書いた『地球侵略(仮)』のシナリオによって、レオ星から地球侵略軍が訪れることを囿一は知る由もないのであった。

文字数:12378

課題提出者一覧