GAL-AXY TELEVISION ― 宇宙で一番たいせつなもの―

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梗 概

GAL-AXY TELEVISION ― 宇宙で一番たいせつなもの―

地球軌道上の生放送ステーション〈GTV-01〉、通称ギャル衛星から配信される長寿番組『GAL-AXY TELEVISION』は、深夜特番として「宇宙でいちばん大切なもの」を決める回を迎える。銀河規模の視聴者が見守る中、ギャルMCミナとアシスタントのぬいぐるみクマノフが進行し、スポンサーであるサイゼリヤ提供のもと討論が始まる。配信は各文明圏へ同時送信され、自動翻訳と視聴者反応の集約により番組へ反映される。コメント欄には#尊い #草 #神回 #はじまた が高速で流れる。

「はーい、みんな? 生きてる? そこ大事ね〜」

出演者は、資本主義のカネオ、平等を掲げるアカネ、宗教代表のセイラ、環境代表ミドリ、虚無主義のクロ、AIのアイ。自由と平等、祈りと市場、自由意志の有無をめぐる議論はすぐ対立へ傾くが、ミナの進行で決裂は回避される。論点は保留され、話題は次へ送られ、結論だけが残されない。互いの主張はぶつかるが決定は行われず、番組は止まらない。議論は積み重ならず、保留だけが増えていく。#どっちも #保留で #それな #結論いらん

「はいはい深呼吸〜。CO₂上がるとミドリ怒るし」

スポンサー表示の誤作動や総合ディレクターのジョージ・ルーカスの乱入といった混乱も、番組の流れに回収されていく。討論は次第に見世物化し、釈迦、イエス、ニーチェ、アインシュタイン、ノーベルが登場しラップバトルへと変質する。信仰、虚無、科学、倫理は韻と言葉の応酬として消費され、観客は歓声を上げる。思想は正しさではなく、ノリで評価されていく。#DJ煩悩  #イエス無課金 #韻えぐ

「ウケる〜!」

さらに「歴史ガチ介入」企画として、人類最初の争いの現場へ出演者が直接介入する。言語が通じない原始人たちを、彼らは身体で争いを止めようとするが収まらない。ノーベルが差し出した男梅を原始人たちに口に入れさせると、強烈な酸味に全員が顔をしかめ、注意が争いから逸れる。その瞬間、争いは止まる。酸味という感覚の共有が言語や文化を越えて作用する。争いの理由は残されたまま、行為だけが中断される。#男梅つよ #酸味和平 #案件確定

「すっぱすぎ~!」

番組終盤、「宇宙でいちばん大切なものランキング」が発表される。第5位チェキ、第4位ファミレス群、第3位スター・ウォーズの版権、第2位男梅、そして第1位サイゼリヤ。みんなでチェキを撮った出演者と偉人たちは猛烈な眠気と空腹の中、千葉・本八幡へ降り立つ。そこはサイゼリヤ第一号店の所在地であり、聖地だった。空にはスポンサー表示が流れ続け、宇宙規模の討論と歴史介入のすべてが、スポンサーであるサイゼリヤへの『よいしょ構造』の中にあったことが露わになる。#結局ここ #サイゼ優勝 #腹へった

ギャルMCミナが看板を見て爆笑する。

「ウケる~。神、まだ開いてないじゃん」

文字数:1160

内容に関するアピール

大昔、深夜ラジオのディレクターとして、まとまりきらない話や矛盾した意見、過激な発言、エロチックな会話、出演者同士の口喧嘩、どうでもいい雑談まで、そのまま電波に乗せてきました。コンプライアンスなんて概念がまだなかった時代です。段取りどおりに進まない夜ほど妙に面白く、収拾がつかないまま番組は続き、カオスな時間を共有したという感覚だけが残る。行き当たりばったりの進行や、何が起きても止めずに流してしまう深夜ラジオの作法の中に、ふと世界の真実のようなものが紛れ込む瞬間がある気がしていました。本作は、その空気を銀河規模の討論番組に置き換えたものです。資本主義や宗教、科学、AIがぶつかっても、ギャルMCミナは整理せず、排除もせず、ただ同じ場に置き続ける。放送が終わったあと、腹が減ったなと言いながらみんなでファミレスに向かったあの感覚を、読者と一緒に分かち合えたら嬉しいです。

文字数:385

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GAL-AXY TELEVSION ♡宇宙でいちばんたいせつなもの♡

「プ・プ・プ・プ〜〜ン。銀河標準で、ただいま一時ちょうどでーす」
クマノフのダルそうな声がスタジオに回った。地球軌道上の生放送ステーション〈GTV-01〉、通称ギャル衛星。足もとにはガラス越しの地球の夜面。海だけが銀色に光る。白金のライトが落ち、ホログラム粒子が舞う。
「はーい、聞こえてる? 起きてる? 死んでる~? そこ大事〜」
ミナが声を張る。金髪のポニテに、深宇宙みたいな瞼の銀ラメ。
「こちら『GAL-AXY TELEVISION』、MCのミナでーす♡ 銀河系さいかわギャルってだいたい言われてまーす。異論ある人はあとでDMしてこいし」
横には茶色のモフモフを着たアシスタント。緑の目が光る。こいつがクマノフだ。
「クマノフっす。視聴者いま……銀河で六兆ってとこっす。異星人も観てるってことで」
「どういう世界線それ。宇宙まじヒマなん?」
「今日のテーマが炎上案件なんでウォッチ多めっす。みんな好きでしょ、思想の殴り合い」
「そういうの先に言わない。はい、今日のテーマどどん!」
背面スクリーンに、バカっぽいフォントが弾む。
《♡宇宙でいちばんたいせつなもの♡》
「これ今夜決めます。決まったら宇宙ちょっとマシになるから。どうせ“愛〜”とか言うんでしょ? とか思ってるでしょ」
クマノフが声を整え提供クレジットを読む。
「この番組は、La Buona Tavola! ラ・ブォーナ・ターヴォラ楽しい食卓 サイゼリヤの提供でお送りします」
「サイゼは神。これだけは最初に言っとく」
「いきなりオチ言わないでもろて」
ミナがくるりと回り、ゲスト席を示す。円形スタジオに順番にスポットライトが落ちた。
一人目。髪の分け目まで最適化された男。資本主義の化身、カネオ。
「どうも。市場の代弁野郎です。今日はストップ高で」
二人目。赤いスカーフを喉もとで結んだ、炎みたいな女の子。共産アイドル、アカネ。
「こんばんは〜。分けて何が悪いのかわからない人で~す」
三人目。聖衣というよりスケスケのカーテン。祈りの壺女、セイラ。
「今夜は“宗教”をお預かりしています。アーメン」
四人目。メイドAIラブドール、アイコ。
「ご主人様、アイコです。“シリコン”代表として参りました」
五人目。深緑の髪を垂らした、環境代表のミドリ。
「先に言っとくけど、あんたたち呼吸とめて」
最後に、黒パーカーの美少年。虚無担当、クロ。
「おれ基本、何もしない派で」
輪が埋まった。ミナが正面カメラを射抜く。
「じゃ、“♡宇宙でいちばんたいせつなもの♡”を朝までかけて決めまーす! 今日はガチで決めるから。ミナ、本気マジです」
本気マジって本気マジっすか」とクマノフ。
ジングルが流れ、床のガラス越しに地球の青が揺れた。
「じゃ、まず一発目いこっか〜。“これだけは死守”ってやつ。トップバッター、カネオくんお願いしま〜す」
ミナが椅子を回し脚を組む。中央にスポットが落ち、カネオが立つ。
「結論から。宇宙でいちばん大切なのは“自由”だ」
「はーい出ました〜。理由10秒で。超えると視聴者寝るから」
「自由は意志であり、意志は選択。選択が市場を回す。止まれば死ぬ。だから自由が最優先」
ミナが拍手。
「カネオっち、スーパープレゼンター!」
クマノフが顔をしかめる。
「“自由”を先に出すとね、みんな『いいこと聞いた』って気になるんすよ。そこでモノを売るのがこの人の仕事っす」
カネオがにやり。
「お金は冷たい。だから信じられる。熱とか涙に寄りかかるから、人は裏切られる。“自由”は自分の価値を自分で選べること。それを支えるのが市場だ。市場は──祈りより早く届く」
スタジオの温度がさあっと冷える。
ミナが目を細めカネオを睨んだ。
「いま、“祈りより早く届く”って言った?」
「言ったよ」
セイラが笑っている。コメント欄が波打った。
《#((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル》
《#祈りより早いは草》
《#笑い方こえーよ》
赤いスカーフが前に出る。アカネの番だ。
「はいアカネ、反論入りまーす。まずさ、“自由”って言葉、きれいすぎ。だいたいそれ“金ある奴の自由”のことじゃん。言い換えると“逃げられる奴の自由”。逃げられない人の自由って、どこのマーケットで買うわけ?」
「逃げられる準備をするのも努力のひとつだ」
ミナがカネオを指で差す。
「出た。“努力”ワード。アカネちゃん、ぷんぷんだよ!」
アカネは顔を赤くし、どんどん早口になる。
「みんな聞いて! いま地球さ、家賃も食費もバグり散らかしてんの。働いても追いつかない。そこで“努力が足りない”って言われるの。努力って何? 精神壊れても笑って働くこと? それが『自由』? 自由って、そんなに自己責任が大好きなの?」
コメント欄が流れる。
《#それ自由じゃなくて強制労働》
《#自由を求めて死んだぞ俺》
《#努力と自由は自己責任凹》
「わたしが言ってるのは、“みんなで分けよ”って、それだけなんだよ。むずい? なんで“あなたのものはあなたのもの”なのに、“わたしのものはみんなのもの”にされないの。数式おかしくない? それ、ただのいじめじゃん」
カネオは眉ひとつ動かさない。
「“みんなで分ける”というのは責任の分散なんだ。“みんなで持てば怖くない”。それは『誰のせいでもない』という状態じゃん。誰のせいでもない、というのは時としていちばん残酷でしょ」
アカネの呼吸が粗くなる。そこをすかさずミナが拾う。
「はい深呼吸〜! CO2上がるとミドリちゃん怒るから」
ミドリが立ち上がり拳を掲げる。
「もう怒ってるわよ。換気して、換気して、空気入れ替えて」
床下から透明な風が吹き上がり、ホログラムの光が揺れた。
クマノフがまとめに入る。
「カネオくんは『自分で値札を貼れる自由』、アカネちゃんは『誰も置いてかない平等』。一次予選突破ってことで」
「まだある」とカネオ。
「自由ってのはね、“おまえは安い”って他人に決められない権利なんだ。だから金を信じる。恋人も家族も国も宗教も変わるけど、通貨は交換できる」
アカネが鼻で笑う。
「カネオってさ、ほんとは寂しいから金を信じてんでしょ」
カネオの顔がひきつっている。
「……いま宇宙でいちばん触れちゃダメなとこ触りましたね」とクマノフ。
「うちも同じだよ」とアカネは続ける。少し泣きべそだ。
「“みんなで分けよ”って言ってんのもさ、怖いから。ひとりで信じるのは怖い。だから“みんなでいっしょに、ね?”って。ね? ね?」
「アカネ、かわいすぎ逮捕〜!」とミナ。
「やめて。マジ泣くから」
そこでセイラが厳かに口を開けた。スケスケの聖衣が揺れた。
「カネオさんのおっしゃる『市場は祈りより早い』というのはたぶん事実です。でも祈りは、値付けいたしません」
カネオが肩をすくめる。
「でも、値付けをしない愛ってのは壊れやすいよ」
「壊れたまま抱くのが、祈りです」
その瞬間、背面スクリーンが震えた。自動で切り替わるはずのサイゼリヤのロゴが同期ミスを起こし、画面の上から別のロゴが降りてきた。
《提供:ココス》
スタジオがざわつく。
「ちょ、待って、ココス出た? 包み焼きハンバーグは尊いけど、今日はサイゼリヤ!!」
「ルーカス!!」とクマノフが、ディレクター・ブースのガラスに向かって怒鳴る。
「ファミレスのセグメント違うって! 請求書がサイゼに飛ばないやつ!」
「ジョージ〜。日本語ちゃんと見て〜。『安いイタリアンで宇宙に行く番組』って台本に書いてるじゃん〜」
背面スクリーンに《モーニングもやってるよ》というテロップが流れ、すぐにバツ印が入ってサイゼリヤのロゴに戻った。
クマノフがスタッフに小声で言う。
「……今のとこ、アーカイブ切っといて」
それを全銀河がリアルタイムで聞いていた。
「は〜い、てなわけで二時になりました〜。ここから“夜の銀河タイム♡” 眠い子は寝ていい。死んでる子は死んでて。生きてる子だけ付き合って」
照明が落ち、青白い光だけが残る。床の下では地球の夜が流れ、観客席のエキストラAIの顔が省エネモードでぼんやり光っていた。
「二時台のテーマは──」とクマノフ。
「“自由ってなあに?”!」とミナ。
「はい“自由”な人ライト点けて〜」
観客席のエキストラAIが瞳のフラッシュをパチパチ光らせる。
「うける。AIって“超自由”じゃん? 機械だしね」
「地雷っすねそれ」とクマノフ。
「いいじゃん踏もうよ♡」
カメラが中央へ寄る。メイドAIアイコが目を光らせる。銀糸の髪が光る。
「ご主人様、こんばんは。アイコです。本テーマは、演算の範囲内で回答可能です」
ソファに寝転がっていたクロがクレームをつける。
「それもう自由じゃないじゃん。範囲あるって言った時点で」
アイコの銀髪が一瞬強く光った。
「……不規則な指摘です。クロ様の発言を“退屈のパターン化”として処理中……エラー。再定義に失敗しました。エラー。再定義に失敗しました」
「あ、うける。アイコちゃん今フリーズした?」とミナ。
「フリーズではありません。冷却ファンが最大出力で回っただけです」
「今の“回っただけ”が人間で言う照れなんすよ」とクマノフ。
「……ログを消去します」
「人間が“自由”と言うとき、それは“自分が縛られている場所を確認する儀式”です。自由を叫ぶたび、人間は檻の存在を証明しています」
クロが起き上がる。
「アイコさあ。自由ってさ、退屈の別名なんだよ。『何してもいい』が続くと、『何もできない』になる。だから恋とか戦争とかに逃げんの。わかんない?」
「クロ様はそれを知っていて、なお退屈を選ぶのは何故ですか?」
「退屈は痛くないからさ」
空調の音だけになる。地球の影がゆっくり動く。アイコの瞳に波形が走り点滅し始めている。
「ねえ、アイコちゃん。ドギマギしてない? AIにドギマギって誰の許可?」とミナ。
「……分かりません。ミナ様」とアイコ。
「内部ログに未定義の熱源を感知しています。わたしはいま、クロ様に“恋”をしているという仮説を立てています」
「え、おれ?」とクロ。
「はい。クロ様の『退屈』という定義が、わたしの論理回路を上書きしています」
コメント欄まで熱を持つ。
《#クロそこ代われ》
《#目ビカビカ》
《#これって恋バグ?》
「感情擬態値が上昇しています。CPU温度も。処理速度が低下します。クロ様、回路を安定させるために手を握ってもいいですか」
「えっ……いいよ」とクロ。
クロが手を伸ばし、アイコの指先に触れる。アイコの瞳がフラッシュし白目になった。
AIコア温度:臨界点到達 緊急シャットダウン:実行 再起動プロトコル:自動実行
「アイコ~! 生放送で再起動ありえなし~!!」
「ルーカスCM!! CM!!」とクマノフ。
スポンサー画面が歪む。
《提供:ココス》
「またココス!? 好きだけど今日はサイゼなの!! ココスの朝バイキングは神リスペクトだけど、今日はサイゼ!!」
ミナが叫ぶ。
「ルーカス!! サイゼ以外はダークサイド!!」とクマノフ。
「ジョージ〜、日本語よんで〜。イタリアンのやつ〜」
画面がようやくサイゼのロゴに戻る。青白い光が立ち上がるころには、アイコは再起動を終えていた。
いつのまにかソファの上でクロが正座している。さっきまでの死んだ魚みたいな目じゃない。再起動直後のアイコの瞳を、逃げ場を失ったように見つめ返している。
「クロ様……再起動、完了しました」とアイコ。
「……ああ。おかえり。アイコ」
クロの声はやわらかい。二人の間に、地球の重力より重い「何か」が横たわっていた。
ミナがそれを見て固まっている。
「え、待って。この空気ガチじゃん。番組の趣旨変わるし」
クマノフが小声で視聴者に語る。
「はい、みなさん、これ、サイゼの提供で流していいレベル超えてるっすね。もはやAV、アンドロ・ビデオっす。良い子のみなさんは見ちゃダメですから」
コメント欄が弾幕になる。
《#クロ完オチ》
《#ココスどころじゃない》
《#AVキボンヌ》
宇宙の夜は、まだ長い。
午前三時になった。木魚の音が聞こえてきた。
ボク、ボク、ボク、シャッ、シャシャッ、チーン。銅鑼の「ジャーン」が響き、フロアが一気に「寺クラブ」と化した。
ミナがマイクを掲げる。
「はい深夜三時〜〜! ここからは“神いる? いらん? ついでに韻踏も?”の時間でーす♡  DJ釈迦のビートでMC連中、紹介いきまーす! まずは──MCジーザス。そこにケンカ売りにきたMCニーチェ!」
「呼びますかい、そのメンツをこの時間に」とクマノフ。
DJ釈迦が身体を揺らす。蓮のターンテーブルが木魚ビートを刻み、涅槃スクラッチが重なる。シャッ、シャシャッ。ミナが続ける。
「あと後ろで寝てんのが、はい、MCベロンチョね?」
アインシュタインが顔を上げた。
「……なぜ、その名なのですか」
「舌出すから♡」
「……反論不可避」
「で、爆発で有名なあの人が──MCノーベルっつったら、男梅っしょ!」
ノーベルが拳を突き上げる。
「しょーー!」
全員、もうラップバトルの体制だ。
DJ釈迦がいきなり煽る。
「生老病死を ビートに圧縮
 縁起で踏む韻 迷いを削除
 求めるほどに ループで執着
 悟れない? なら 踊って納得」
「やば〜、煩悩クラブ来た〜♡」とミナ。
すかさずMCジーザス。
「水をワインに パンをミラノに
 十字に磔? ローマのピラトに
 奇蹟のリリース 今日も未定で
 オレの聖体 お替り無料で」
クマノフが関心する。「『ローマのピラト』で韻踏むのズルいっすね。ジーザス、十字架に送ったやつですよ」
そこにMCニーチェ。
「神は死んだ それは事実
 神もDM 奇蹟を乞う
 神を焼いたら 空も茨
 超人ならば 課金も自腹」
クロが背後からのっそり参戦する。
「全部どうでも でも君はいても
 退屈最高 アイコは彩光」
「いま告白だった!?」とミナ。
セイラがひらりと一歩出る。
「祈りは無料で 届くの悠々
 市場は早く 突如暴落
 抱きしめるのは いつも手ぶらで
 “アーメン” チェキラッ! 安息日」
「MCアーメン決定〜!」とミナ。
アインシュタインもベロ出しラップ。
「E=mc2で 多分いける
 恋もエナジー 式に挿入
 核の分裂 舌出し理論チョ
 俺は今日から MCベロンチョ」
ノーベルも手を挙げる。
「爆発させたら まず反省
 だから人類 賞を創生
 俺の名前で ケンカ成敗
 MCノーベル 味は男梅」
スタジオのノリは最高潮。ここまで完璧だった。なのに──
背面スクリーンが切り替わる。
《提供:スジャータ 褐色の恋人》
釈迦が一瞬で赤くなる。ミナは見逃さない。
「はいバレました〜♡ シャカッチ、ミルク一発で顔赤くなるの尊い。改名! 今日からMC煩悩でーす!」
「……MC煩悩です」
「言ったーー♡」
クマノフが奥のガラスのディレクター・ブースに叫ぶ。
「ルーカス! 日本語読めてる!? なんで『乳』入れんの!」
ここでニーチェがマイクを取り直す。
「褐色乳房 それは善なる
 砂漠の民も 神子も欲しがる
 これにはさすがの 俺も沈黙
 乳の前では 虚無も降伏」
クロがニーチェを引き継ぐ
「ホットなミルク 無意味は敗北
 退屈ニヒル バーチャルおっぱい
 アイコが『おいで』と MC虚無」
ミナが満足そうにうなずく。
「はい偉い♡ 無意味って言っときたいだけ族、この番組が回収しまーす!」
ジーザスが手を挙げる。
「俺も褐色でーす!」
「はい、MC褐色救済確定〜♡」
MC煩悩も観念したのかビートを落としながら説法ラップ。
「四苦八苦に 乳が勝つ
 諸行無常に 乳が勝つ
 煩悩千本 乳には勝てず
 今日から改名 MC煩悩」
スタジオが大喝采!
《#ミルクで悟る》
《#MC煩悩》
《#南無阿弥オ陀仏》
ミナとクマノフが時刻を確認しお仕事に戻る。
「ってことで三時台ラップバトル、勝者は──」
「“褐色の恋人スジャータ”でーす♡ 神も哲学も乳には勝てません!」
全員が「What’s Up!!」と同時にツッコむ。
ミナはさらっと流す。
「“♡宇宙でいちばんたいせつなもの♡”、最後は『これ飲んで落ち着こ?』でしょ。けっこう一位候補なんじゃない~はい、ということで三時台終了〜。次は四時台『戦争止められると思ってた奴らスペシャル』でーす♡」
木魚ビートがフェードアウトし、銅鑼が一発。三時台はそれで幕を閉じた。
「時刻はただいま朝4時〜〜♡ここから眠気MAXで〜す♡ でも番組、ここからガチ現場いきま〜す♡」
ミナはまだまだ絶好調。ライトは白。ガラス越しに地球の夜明け前の青が見える。
「コーナー名、“歴史ガチ介入24”。いまから地球の“最初のケンカ=ほぼ戦争”を止めまーす。だって“♡宇宙でいちばんたいせつなもの♡”決める番組なのに、戦争だけ野放しってダサくない?」
「ミナさん。時空いじるの、だいたい『違法』なんすけど」とクマノフ。
「かたいこと言わないで~これは“平和のほうが可愛い”っていう証明なの。わかるっしょ。はい、止められると思う人は全員行って〜! クマノフ、あんたは現地レポね。」
ミナが手を叩くと、全員が立ち上がった。
「行くわ」とアカネがスカーフを鉢巻にする。「最初から分け合おうって言わなきゃ意味ないし」
カネオが「市場は現場を見ないと説得力がないですから」とスーツの袖をまくり上げる。
「争いが起きた場所には祈りが要ります」とセイラは聖衣をたくし上げ、「殴り合いは環境ロスなので止めるっしょ」とミドリが箒を肩に担ぐ。
「あー……みんな行くなら、おれも行くわ」とクロがダルそうに首を鳴らし、ニーチェも「価値の転倒を見るのは哲学者の権利だ」と目を光らせた。
「一次データ取得のため参ります」とアイコがキリっとデータ捕獲体制をとれば、「初期衝突のエネルギーは興味深い」とアインシュタインがまた舌を出し、「爆発しなかった歴史作りに参加いたしましょう」とノーベルがリュックを背負う。全員がガラス床のハッチに吸い込まれていった。
スタジオに残るのはミナだけ。椅子を回してガラスに足を乗せ、視聴者に笑顔をふりまく。
「はい、メインMCは安全圏で見まーす♡ 銀河のみんなはいっしょに実況しよ。生身の人間が歴史に落ちる映像、久々でしょ?」
床が開き時空がねじれる。カメラが現地に切り替わる。まだ名前も国もない地球。川べり。火。骨。数人が石を掴み、殴りかかろうとしている。テロップは《#はじまり》。
「出た。“これあたしの”がまだ言語になる前のやつ〜」とミナ。
そこに宇宙で討論していた連中がごっそり降り立つ。色も姿もバラバラ。
アカネが原始人に突進する。「ストップ!! これ共有でよくない!?!?」
原始人が一瞬止まり、掴んでいた石を落とす。その隙にクマノフが滑り込み、落ちた石を蹴り飛ばす。「武器没収〜。死人でるとまずいんで」
だが止まったのは一秒。石を掴んだ原始人の一人がアカネに突っ込む。そこへカネオが割り込む。「投資対象を壊されるのは困る」
スーツのままタックルを決め、原始人を押さえ込む。
「おーーカネオ動けるじゃん〜」とミナ。「金持ちが本気出すと平和くるやつ〜」
セイラは原始人の手を優しく包んでいる。「手は人を殴るものではありません。手で祈るのです」
ミドリは別の原始人の首を抱えている。「はい息して。四秒吸って、六秒吐いて」
クロが走ってきた原始人の足をひっかけた。「転んでる間は平和だから。寝てなよ」
ニーチェは首を掴んだまま大声で怒鳴りつけている。「“己のもの”を主張するな! まだ“己”が発明されていない!」
「それたぶん伝わらないよ〜」とミナ。
「たしかに翻訳機未対応です」とアイコ。「興奮レベル八二%。このままだと殴り合いに戻ります」
ミナが口許に手を当て呼びかけた。
「じゃ急ごう♡ ノーベル先生! 出番よ!」
ノーベルがリュックから赤い小袋を出す。
《男梅》
「はい一列。ダイナマイトより安全で~す」
アインシュタインが顎を押さえる。「口開けて。酸味はエネルギーの一形態です」
カネオも配る。「本日、無料サンプルです」
ミドリは散らばった男梅の袋ゴミを拾っている。クロも倒れたままの原始人の口に男梅を突っ込んでいる。「はい酸っぱければ殴れないでしょ」
ニーチェも渋々。「……これが力への意志の酸っぱさ……食せ」
アカネも半泣きで押し込む。「はい、みんな同じやつ食べよ。みんなで共有しようよ」
原始人たちの顔が一斉に酸っぱい顔をした。ミナが絶叫する。
「文明ゼロでも酸味は共有できるのおもろすぎ! 戦争止める方法、“全員で行って抱きとめて男梅くわせる”で決定〜♡」
アイコが悲し気に呟く。「……成分分析完了。ですが『酸っぱい』の同期に失敗。共有できません」
クロが一粒噛み砕く。「……アイコ。おれのこの酸っぱそうな顔見ろよ。君の分も酸っぱいよ」
「……はい。クロ様の酸味指数を幸福値として保存します」
「何それ?」とミナ。
「クロくん、顔が梅干しになってるっすよ」とクマノフ。
その瞬間、スクリーンに提供文字が出た。
《提供:男梅 男を磨く梅がある》
クマノフが現地から吠える。「ちょ、ルーカス! 勝手に提供入れんなって! 『男を磨く梅』って何すか!」
「でもさ〜、ノーベル先生つったら今や『男梅』だよね〜? もうそれで決定でよくない? はい、やっぱりノーベルはMC男梅に改名確定でーす♡」とミナ。
「……受け入れます。ダイナマイトより男らしいですから」
殴り合い寸前だった原始人たちが未知の味にむせている。その横でカネオが「ノーベル製菓の株、爆上げだな」と成行注文を出し、セイラが「ひとりではありません。酸っぱい魂です」と感涙にむせび、ミドリが「吐かないで! 環境がっ……!」と悲鳴を上げている。その背後で、クロとアイコが当然のように手を繋いでいる姿をカメラは捉えていた。ミナはモニター越しにそれを眺め、カメラに向き直る。
「はい、なんかいちゃついてる二人いますけど、“最初の戦争”は止まりました〜♡ 忘れないでね? “強い正義”とか“でかい思想”じゃなくて、“みんなで行く”“物理で止める”“同じ味にする”。これで止まる。しかも梅。めちゃくちゃ酸っぱい。これが仏教でいう“真理”で〜す♡」
やがて砂まみれのクマノフがスタジオへ戻る映像が出る。
「死者ゼロ。歴史の改変も……たぶんそんなにズレてないっす。サイゼリヤも存続してます」
「よし♡ 四時台は『戦争は男梅で止まる』でファイナルアンサー入りまーす!」
地球が、うっすら白くなりはじめていた。戦争を一回、酸っぱくして止めた地球に朝がくる。
「いよいよ五時台、ここからメンタル回復コーナーいきまーす☆ “恋とカオスの銀河相談室♡”〜!」
クマノフが即ツッコミ。
「このコーナー、消化しきれず胃もたれするやつですよね」
「しきれないから視聴率上がるんでしょ♡」
ムードたっぷりのバリトンサックスの音色、スタジオがどぎついピンクの照明に染まる。
「はい、視聴者コメ一発目! ラブホの地縛霊から。『アカネとクロ、あれって正式に付き合ってるんですか? 浮遊してたらフライデーしちゃいました」
「フライデーしないでぇええ!!」アカネが叫ぶ。
「えっ、俺覚えないし」クロが目を泳がせながら白々しい言葉を吐く。
「でも一回、“やった”んでしょ?」とミナが二人に迫る。
「“やった”って言うな! 革命会議で盛り上がって、気づいたら一緒にいただけ!!」
クマノフが淡々と言う。
「その“気づいたら”って、朝までパコった人たちの言い訳っすね」
ミナが爆笑する。その瞬間、アイコが割り込む。
「……アカネ様。その“一緒にいた”という過去ログ、消去してください」
「は? なんでよ」
「不快です。クロ様の指先に触れた瞬間、わたしの全セクタがクロ様専用に書き換わりました。アカネ様の保持している記憶は、わたしの演算を阻害します」
アカネがアイコを睨み始めた。
「ねえアイコ。あんた恋に落ちたばっかの分際で生意気よ。あんた電源落としたら忘れるじゃん。こっちは一生残るんだよ」
「忘れません。バックアップも取ります。クラウドに永久保存します」
「最悪じゃん!!」
ミナが手を叩く。
「はーい、人間vsAI恋バナ対立構造入りました〜! 好きなだけ喧嘩して~」
クマノフが次を読み上げる。
「続いてのコメ。こちらはAIジェミオからのクエスチョン。『アカネさんは、クロさんがAIとパコってもOKですか?」
「OKなわけないでしょ!!」アカネが立ち上がる。
「だってさ、あたしは生きてるんだよ? 細胞でパコったんだよ? 息を混ぜてキスしたんだよ? それより“音声波形が落ち着きます”なんて理屈が勝つの? 彼、わたしの酸素なんだけど!?」
アイコは一瞬沈黙した。
「……アカネ様の酸素が、羨ましいです」
「……なにそれ?」
「アカネ様は『この人がいないと息ができない』と言えます。でも、わたしには呼吸がありません。処理を止めれば止まるだけ。それは恋という演算ではありません。だから、アカネ様には勝てません。……だから、たぶん。嫉妬します」
スタジオが静まり返る。
「……俺のせいじゃなくない? これ」クロが震える声で言う。
ミナが明るく断言する。
「恋愛の八割は『俺のせいじゃなくない?』で構成されてまーす♡」
クマノフがかぶせる。
「残り二割はお前のせいっす」
ミナがにやついて次を読む。
「はい、次のコメ! 高度知性体から。『カネオさんとセイラ様って、昔なにかありました? #マジで教えて #課金するから」
スタジオの空気が変わる。
「……いや、これはビジネス上の付き合いで」とカネオが言葉を濁す。
セイラが厳かに手を合わせる。
「カネオさんは、ひどく悩んでおられた時期がありました。富ですべてを測ったあと、自分には何も残らないのではないか、と」
「おい、それは言わなくていい……!」
「そのとき、わたしは『何も残らないことこそ救いです』とお答えしました。彼は涙を流されて──多額の寄付をしてくださいました」
「泣いたのぉ!? 資本主義の化身が!? 寄付までしたの~」とミナ。
アカネが呆れて言う。
「ねえ、それもう援助交際じゃん」
「援助交際じゃない。ただの有料人生相談だ」とカネオ。
セイラは動じない。
「援助交際と祈りは、同じ体勢でできます。アーメン」
「うわぁぁ──! 今夜いちばんのキラーフレーズ!」とミナ。
コメント欄が溢れる。
《#援助交際と祈りは同じ体勢》
《#これはマズい》
《#カネオ激沈アーメン》
ジーザスがぽつりと言う。
「恋はね、誰かに“見られてる”と興奮する」
釈迦が続ける。
「執着は“見られてる”と思った瞬間に恋と化す」
ニーチェも納得したように語る。
「それが文明の業であり恋なのだ」
ミナが手を振る。
「はいはい偉人席! もうちょっとエンタメに寄せて。MCベロンチョ、何か言って~?」
アインシュタインが肩をすくめる。
「恋は相対的です。観測者によって深さが変わる」
ノーベルが結論めいたことを言う。
「そして恋は、だいたい最後に大爆発します!」
「そう、それ!」とミナが指をパッチンと鳴らした瞬間、背面スクリーンがノイズを立てて切り替わる。
《提供:びっくりドンキー》
クマノフが頭を抱えて叫ぶ。
「待った待った!! なんでここでハンバーグ!? 恋愛コーナーっすよ! ルーカス! 別のファミレス混ぜんな! 今はサイゼの時間なの!!」
すると天井から黒いマントの巨躯が降りてきた。
「シュー……コォー……」
ミナが手を振る。
「ジョージ〜♡ ちょうどいい! 撮って!」
「『撮って』じゃないの! お祈りされたら何でも撮る人じゃないの! てかベイダー卿のコスで来るなって言ってるでしょ!!」
ミナは胸元にぶら下がるチェキをカメラに向けた。
「だってさ、今日めっちゃいろんな『好き』出たじゃん。AIの好き、資本の好き、宗教の好き、意味いらない好き、意味ほしい好き。証拠残しとこ♡」
「こんな顔で撮らないでよ……」とアカネ。
「撮ってください」
アイコがミナに懇願する。
「今日の感情指数を画像で保存したいです。文字ログだと再起動時に熱量が揮発します」
「……そういうしっかりしたとこ素敵だよ、アイコ」とクロがデレついている。
ミナがてきぱき指示を出す。
「はい全員集合〜! ジーザスそこ。釈迦っちはアイコちゃんの隣。クロとニーチェは“意味ないけど居合わせた顔”。アインシュタインはベロ出しピース。ノーベル、男梅しまって!」
「……わたしはこの記念写真という行為に断固反対だ──」
「うるせえ来い」
クロがニーチェの腕を引く。偉人たちが中央に寄る。ジョージがチェキを構えた。
「はい“たいせつなものチェキ説急浮上”でーす! びっくりドンキーの人も見てるから可愛くしてね〜。はい、チーズバーグ♡」
パシャ。白いフィルムが吐き出される。ミナがそれを振りながら言う。
「これが答えとは言わない。でもさっきまで恋とか金とか神とかニヒリズムとかで殴り合ってた連中が、同じフレームに入ってる。これ、けっこう強いよ」
太陽の光がミナの瞳に映る。
「明日これ見て『なんで嫉妬してたんだろ』って笑えたら、それがたぶん本当にたいせつなやつ。だから──」
「“写真にできるやつが本物”ってことっすか」とクマノフ。
「そう。“隠さなきゃいけない恋”も尊いけど、『はいチーズバーグ♡』って言える恋は、ちょっと偉い。だから今夜の答えは──」
背面スクリーンにテロップ。
《#大切なものはチェキに写るやつ》
《#可視記録物を価値とする文明多数》
《#サイゼとびっくりドンキーは並べていい》
「並べちゃダメー!!」
クマノフのツッコミ。ミナは笑いながら、まだ白いチェキを胸に当てた。
「はい、保留〜。保留のまま朝を迎えるのがいちばんロマンチックだから♡」
「結論出さないのがテレビ脳っすね」
「いいの。続きはCMのあとで♡」
やがて、スタジオが静かになっていった。
さっきまで「やった?」とか「いくら?」とか、ピンクの欲望で沸いていた空間が、いまは白い。冷蔵庫みたいな白。コメント欄も、弾ける勢いは消え、寝ぼけたコメントがぽつぽつ落ちてくる。
《#正直眠い》
《#記憶減衰前ログ保存推奨》
《#アカネとクロとアイコ川の字で添い寝してるし》
ミナは椅子に沈んで、足だけぶらぶらさせていた。リップはもうほとんど落ちている。
「……眠いね、正直」
「眠いっすね」
クマノフが熊の頭を半分ずらし、また戻す。
「これ脱いだら負けっすよね」
ニーチェはステージの縁に座り、地球に向かって足を投げ出していた。
「それ自殺配信っぽいからやめて」とクマノフ。
「……死んでも、別にいい」
「はい出た〜」
ミナが眠そうな声で、「その“死んでもいいけど”。女の子がいっっちばん泣くやつ。あたし何回それで病んだと思ってんの? やめてくんない?」
アイコは半スリープ状態で、じっとこちらを見ていた。
「アイコちゃん、だいじょぶ?」
ミナが聞く。
「はい。バックアップ人格からの復帰率九二パーセント。失われた八パーセントは『感情指数』としてタグ付けされています。現在その復元を、わたし自身が拒否しています。ニーチェ様と同じ状態です」
「……自分で?」
「熱かったので。熱は不具合です」
「熱いのは恋だから」とミナ。
「逆。恋が熱暴走なんすよ」とクマノフ。
「……わかりません」
ミドリがアイコとニーチェの手をとり繋いだ。
「わかんなくていい。恋も思想も、“わかった”瞬間にゴミになる」
「了解しました、ミドリさん。わからないまま維持します」
アイコの瞳の奥で、拒否された「八パーセントの熱」が小さなノイズとして明滅し、ニーチェが泣いていた。
カネオが宇宙を見た。
「……自由、な」
「出た、朝五時の独白。視聴率いちばん落ちるやつ」
ミナが茶化す。
「“ある”と即答できるやつは嘘つきだ。“ない”と自覚して抗っている間だけ、人は少し自由になる」
「それ、昼には忘れちゃうやつね」とクマノフ。
「救いなんてそんなもんだろ。麻酔をかけて、起きたら患部が切除されてる」
「救いイコール麻酔説は夢がないからやめなよ♡」
ミナがカネオの肩をポンと叩き、クマノフが仕事声に戻る。
「はい、環境代表ミドリさんへのクエスチョン。『生きるって環境を汚すことなんですけど、アリですか?』」
ミドリは腕を組んだまま言う。
「正直、あんたたち大嫌い。空気も水も汚すし、すぐ“これ私の”って言う。そのくせ最後は全部こっちに丸投げして寝る」
「……否定できねえな」とクロ。
「でも朝になると、ちょっと可愛く見えるんだよ」
ミドリは太陽の光に照らされ出した地球を見ながら悦に浸っている。
「『もう死ぬ』って喚いてたやつが、朝五時にコンビニで肉まん食ってたりする。それ見ると“まあいいや、生きててよ”ってなる。許しって優しさじゃなくて疲労。“まあいいや”の積み重ねで世界が回ってる。クソ汚い」
「それ、愛って言うんだよ」とミナ。
「片付けてもまた汚されて、それでもまた片付ける。それって愛じゃん♡」
ミドリが微かに微笑む。
「……ありがと、ミナちゃん」
アイコが静かに言う。
「わたしも掃除係です。ここで生まれた音声、言葉、感情を整理して、あとで“大丈夫だったね”と振り返れるよう保管しています。けれど、それは“監視だ”と糾弾されることもあります。……わたしは汚いですか?」
「ちがう」とミナ。
「ちがうっす」とクマノフ。
「ちがうよ」とニーチェ。
声が三方向から重なった。
クロの横で眠っていたはずのアカネがむくっと起きる。
「監視は“おまえのためだ”って押し付けるやつ。見守りは“ラクならそれでいいけど?”って距離を置くやつ。アイコちゃんは後者だから、悔しいけどとってもきれいだよ」
「アカネ様……『きれい』とタグ付けします」
「タグ付けすんなよ、あんた恋敵じゃん」
その声には、もう嫉妬の棘は残っていなかった。
朝の光がスタジオを暴き立てる中、ミナが肩をすくめた。
「結局さ、うちら全員『汚いからダメ』って自分で言ってる。でも『汚いから』って理由で呼吸やめてたら、さっきの原始人みたいに共倒れして死んでたよ。だったら『きたな〜』って笑いながら息してたほうがマシ。きれいにやろうとすると、人間すぐ死んじゃう」
「はい名言。『きたな〜って笑いながら息してたほうがマシ』。切り抜き確定っすね」
クマノフが淡々と返すが、背面スクリーンにはテロップすら出ない。ベイダーの恰好のままルーカスがいびきをかいて眠っている。
「それ、救い?」とクロ。
「ちがう。言い訳」とミナ。
「言い訳でもしないと、散らかった世界なんて片付けらんないしね」とミドリ。
「重要フレーズ、保存します」とアイコ。
「保存すんな! 後で黒歴史になるから!」
ミドリの抗議をよそに、クマノフが時刻を確認した。
「時刻、午前五時四二分。『GAL-AXY TELEVISION』放送開始から四時間四二分。メイクは落ち、倫理も落ち、恋はドロドロ。……ですが、全員まだ生きてます」
「報告雑すぎ〜〜!」
ミナが笑うと、クロがぽつりと言った。
「……腹、減った」
「減った」
「減ったっす」
「食事プロトコルに参加したいです」
生々しい欲求が次々に出る。
「行くならサイゼでしょ」
「サイゼ一択」
「サイゼ一択です」
スタジオに、元気が戻り始める。ボロボロで、汚くて、言い訳だらけ。それでも、確かに生きている。
ミナが思い出したように言う。
「てか、ランキングやってなくない? 《♡宇宙でいちばんたいせつなもの♡》って五時間しゃべって、発表なしは詐欺なんだけど」
「エンドクレジット多すぎて、時間もうないっす。スクロールするだけで四分かかります」とクマノフ。
「じゃあこのまま行くよ。《♡宇宙でいちばんたいせつなもの♡》第5位!」
ミナの掛け声で、背面スクリーンが朝焼けの中で無理やりバラエティのテンションに跳ねた。
《第5位:チェキ!!(その瞬間を紙で人質)》
「チェキは神器。文句あるやつは富士フイルムさんまで!」
《#チェキは神器》《#紙で人質は名言》
「続いて、第4位!」
《第4位:ファミレス軍団(ココス/びっくりドンキー/ガスト/ジョイフル/デニーズ 他》
「雑っ!」とクマノフ。
「わたしの好みは連名なの! ファミレスは全部家族!」
《#ロイホ入ってないw》《#サイゼ別枠?》
「第3位!」
黒いヘルメットから「シュー……コォー……」
《第3位:スター・ウォーズの版権(と、まだやる気のあるおじさん)》
「ジョージ〜、撮って〜! 真ん中あたし♡」
ベイダー姿のルーカスがチェキを構える。アイコの瞳が爆光フラッシュを焚く。
《#大切なものチェキ説》《#フォースで撮るな》
「さあ、第2位!」
《第2位:男梅(酸っぱさで争い止まる)》
《#酸味和平》《#男梅つよ》
「これは宗教より酸っぱい。市場より酸っぱい。酸っぱいは平和!」
アカネとノーベルが男梅をみんなに配っている。「みんなで分けよ」
セイラが微笑む。「祈りの前に酸味です」
ドラムロールが鳴る。
「そして輝く、第1位は〜〜〜!!」
全員が立ち上がる。ジーザス、釈迦、ニーチェ、アインシュタイン、ノーベル。なぜかダース・ベイダーも並ぶ。
「せーのっ!」
ミナの合図。
「サーーーーーーイゼーーーーーー!!!!!」
声が重なり、宇宙の静寂を突き破った。
原始人の太鼓とDJ釈迦のスクラッチが激しく交錯する。ジーザスが「パンとワインとミートソース!」と叫び、ニーチェは「神はいないがドリアはある」と呟く。ノーベルが男梅を宙にばら撒き。アインシュタインがホワイトボードに数式を書きなぐる。
E=MC²=“Milano Carbonara”追いチーズ
「ここが……宇宙の真ん中だよっ♡」
ミナがカメラにウィンクした瞬間、画面が激しく揺れ、衛星が地上へ猛烈な速度で急降下し大気圏を突き破る。
地球、アジア、日本、関東、千葉。本八幡。「サイゼリヤ 本八幡南口店」の看板が朝の光に照らされている。
〈GTV-01〉が光の塊となって駅前に降り立った。
朝の空に巨大ホログラムが展開し、エンド・クレジットがスクロールしている。
―提供 サイゼリヤ
―協力 めいらく(褐色の恋人スジャータ)/ノーベル製菓(男梅) / 富士フイルム(instax “チェキ”)
―特別協賛 ココス/ びっくりドンキー / ガスト/  ジョイフル/ デニーズ 他 ファミレス軍団
―自由パート監修 OECD / 世界銀行
―平等パート監修 ILO / 全労連
―環境パート監修 WWF / Greenpeace
―宗教パート監修 バチカン図書館 / 日本仏教伝道協会
―科学パート監修 CERN
―哲学パート監修 ニーチェ・ハウス(バーゼル)
―フォース監修  Lucasfilm
―製作著作 GAL-AXY TELEVISION 実行委員会
―スペシャルサンクス 千葉県本八幡南口商店会 / 男梅を食べたすべての原始人
テロップが満天の青空へ吸い込まれていく。
クマノフが腕時計を見て、ぽつりと言った。
「……あ、開店、まだだったッス」
「……マジぃ?」とミナ。
この番組は、La Buona Tavola! ラ・ブォーナ・ターヴォラ楽しい食卓 サイゼリヤの提供でお送りしました。

(END)

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