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梗 概

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1

2050年、侵略軍により人口が激減した東京。
シィ(17)は抵抗軍の小隊隊長。強化人間の失敗作である彼女は身体操作が不安定で、潜在力は高いが危機に対し身体が勝手に逃げてしまう。戦績が悪く隊の食事は減らされ、幼い仲間と分け合う日々。この子らを残して死ねない。
そんな中、シィは廃墟で生きたアーケードゲーム筐体と硬貨の束を発見。「ストリートファイターIII」と表示され、廃墟に光と電子音が響く。自在に春麗の身体を操作できた瞬間、初めての快感。夢中になる。
ある日、街が未知の攻撃を受ける。廃墟は頑丈で無事だったが、筐体が異様な光を帯び「New Challenger!」の文字。謎の豪鬼使いが現れKOされる。迷わずコンティニューするシィ。密かに毎日挑み、ついに初勝利する。
刹那、空だったはずの店内の箱に、自らの名の記された古びた缶詰が出現。中はドロドロだが美味い。

2

1999年・秋葉原。ゲーセン屋の娘で引きこもりの響(17)は最強のゲーマーとして君臨。ある日、sheという謎の春麗使いとマッチ。店内にそれらしき人はいない。
最初は圧勝するが、日に日に強くなる相手に響は敗北。この店では負けたら自販機のおでん缶を奢る文化がある。響は缶にsheと書き店内の箱に入れる。受け取るかに関わらず敬意を表したかった。

二人は同じ場所の同じ筐体を介し、時間を超えた対戦を続ける。未来のシィが勝利すると過去の響が箱に缶を入れる。そして50年を経た缶が出現する。シィはそれを仲間と分け合う。しかし硬貨が減っていく。

3

平成。店の地下室に籠り、おでん缶と分析ノートの山に囲まれアケコンで日夜訓練を重ねる響。だが体調不良と建物の老朽化で店を閉めると父に告げられる。
居場所が消えると落ち込む響は惰性でsheと対戦。そこで相手がブロッキングという、攻撃される直前にあえて前に踏み出す高等技術を披露。自分の動きを読み切られたことで響は相手と通じ合えた気がし、ゲームへの情熱が戻る。

4

未来。戦績不良で隊ごと追放を命じられたシィ。行く宛もなく絶望し、死へ逃げたいと願う。
出発前夜、最後の硬貨を筐体に入れる。没頭の末、ブロッキングに成功。自身の操作に驚き、身体の呪縛から解き放たれた気持ちになる。
対戦が終わり、届いた最後の報酬は地下室の鍵だった。分厚い扉を開けると壁一面の缶詰の山。初めての誰かからの祝福に思えるシィ。このシェルターを拠点に現実と戦い続けよう。逃げようとする身体が勝手に後ずさるも、逆らって一歩を前に踏み出す。

5

平成。響は店を継がせてくれと父に頼み込む。書き溜めたノートには人気筐体のトレンド分析がびっしり。熱意に父は承諾する。
まずは建物の修繕計画を立てる響。かつて逃げ込んだ地下室は、響には不要になったが残す事に。自分の背中を押した好敵手が、ここを訪れる姿を妄想する。遊び心で地下室の鍵にsheと書き、勝利報酬として箱に投げ入れる。

文字数:1199

内容に関するアピール

格ゲーとは対話である —— 多くのプロゲーマーがそう語る。第一人者の梅原大吾も「言葉を交わすより、雄弁に相手の人間性が伝わってくる」と著書に記した。極限まで研ぎ澄まされた攻防は、時に言葉を超える。

本作は未来の終末世界と平成(ノストラダムスの年)、時間を超えて対戦する少女たちの物語だ。二人は互いの境遇を知らないが、画面の中で通じ合い、一つの結末へ収束していく。
一番の想定読者はゲーセンの空気感を(直接でなくとも)知る層。実作では二つの時代を交互に描き、未来側の残酷な境遇や謎、硬貨減少のタイムリミットをエンタメの駆動として使い、平成側にその種明し的な役割を担わせたい。

なお二人がプレイするストリートファイターIII 3rd STRIKEは、梅原のブロッキングによる大逆転動画が格ゲーファン以外にも有名で、令和のゲーセンでも稼働するタイトルだ。梗概では簡易的な表現をしたが、実作は現実の仕様に則って書く予定。

文字数:399

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2050年9月 旧都心

シィは逃げる。止まれと脚に命じるが、やはり言うことを聞かない。道路の陥没を飛び越えたところで、爆発音がした。継ぎ目のない黒い立方体が、目の前にぷかぷか漂っている。
戦果をあげなければ。こいつ程度なら私でもやれる —— 頭ではわかっていても、身体が硬直して動かない。乾いた唇を噛み締め、無理やり前へ出ようとした。だが身体は反対に飛び跳ね、そのまま後方へ駆け出していく。口に血の味を感じながら、焼けたアスファルトを蹴った。気づけばいつもの廃墟にいた。
瓦礫の隙間から身体をねじ込み、中に入る。じっとりした空気が肌に触れる。中央に白い流線型の機械が鎮座していた。機械の真ん中にはブラウン管のモニター。手元の操作盤には緑の球状レバーが一本と、禿げたボタンが6つ配置されている。錆びたパイプ椅子に座り、機械に硬貨を投入すると、画面にタイトルが浮かび上がった。

ストリートファイターIII 3rd STRIKE -Fight for the Future-

「春麗」と書かれた女性キャラを選ぶと、CPUとの対戦が始まる。
シィはレバーを下に倒し、下列左のボタンを押した。しゃがんで繰り出す浅い蹴りが、素早くて好みだった。突き、蹴り、投げ。相手が倒れ、すぐに次の戦いが始まる。
薄暗い廃墟に、ドット絵が光り、電子音が鳴った。CPUの攻撃を躱し、一撃を与えるたびに快感が走った。身体が火照って、シィはアーマーを脱ぎ捨てた。無我夢中で最後の敵まで倒し切り、思わず拳を振り上げた。
画面にエンディングが流れる。敵を倒した春麗は、攫われた孤児の少女を無事救出する —— もう何度目かわからない映像を、目を潤ませながら眺めた。名前の入力欄に「SHE」と入れると、自分しかいないランキングの一位が更新される。シィは立ち上がり、再びアーマーを着て荒野へ飛び出した。

かつて東京ドームと呼ばれた空き地を通過し、折れ曲がった信号機の下をくぐる。風の唸り声と、遠くで何かが崩れる音だけが聞こえた。侵略から10年。17歳のシィにとっては、見慣れた風景だ。
周囲を確認してからハッチを開き、地下への階段を下った。5番出口と書かれた古い看板を過ぎたところに、シィの暮らす神田ベースがあった。
食堂へ直行すると、栄養食のキューブが9つ、アルミ製の盆に置かれた。また一つ減っている。シィが不満の声を上げると、
「結果を出せ。小隊長だろうが」
後ろから上官の声が聞こえてきた。
「失敗作には無理か?」
下を向いていてもニヤついた顔が分かる。シィは見えないようにべえと舌を出し、キューブを掴んで部屋へ戻った。3人の隊員たちに多めに分け与え、残りを口に放り込む。口内の水分が奪われていく。上の二人は、まだ口に入れるのが勿体ないようで、味のないキューブをペロペロと舐めている。一番小さいのが、自分のぶんをシィに差し出してきた。いらない、とシィは押し返す。脳裏に、さっき見たエンディングがよぎる。
—— あの機械に出会ったのは、偶然だった。逃げ込んだ廃墟の隙間から、微かに光が漏れているのを見つけたのだ。床には古い硬貨が散乱していて、唯一生きている機械に入れてみたところ、動き始めた。初めは勝手がわからなかったが、じきに操作を覚えていった。画面の中なら、自在に動ける。そのことに救われた。
警報が鳴った。慌てて広場に駆けつけると、補給部隊が壊滅したと告げられた。荒川ベースから支援物資を運ぶ最中に、未知の攻撃が浴びせられた……淡々とした報告の中、シィの脳裏をよぎったのは廃墟のことだった。たしか補給ルートにあったはずだ。

明け方、まだ隊員たちが寝静まるベースを抜け出したシィは、廃墟へと急いだ。くすんだ空の向こうで、薄い朝日がぼんやり揺れていた。柱の隙間を潜り抜けると、とりあえず機械は無事だった。よかった。この建物は、思ったより頑丈にできているみたいだ。
しかし目の前の機械から漂う雰囲気に、シィはどこか異変を感じていた。画面の光に、いつもと違う色が混じっている気がしたのだ。妖しく煌めく光に、吸い込まれるようにして硬貨を入れた。
硬貨の数は、限られている。廃墟を探し回った結果、その事実に気づいてからは、1日1枚までのルールを自分に課した。たとえ1枚でも、勝ち続ければ長く戦える。その環境がシィの集中力を高め、成長させていた。
いつも通り春麗を選び、1戦目に軽く勝利。次戦に移ろうとしたところで、見慣れぬ表示が出た。

Here Comes a New Challenger!

急に画面が切り替わり、自動で対戦相手が指定された。赤い道着を着たケンというキャラクターだ。ボタンを押してないのに、勝手に対戦が始まろうとしている。機械の故障だろうか?だとしたら困る、と思ったところでケンが急速に近づいてきて、画面に引き戻された。まるで開始の合図に完璧に合わせたような、恐ろしい速さだった。
シィは反射的にレバーを二度引く。春麗が滑るように後退し、相手の足が空を切った。すぐに間合いを寄せてきた相手は、今度は浅い蹴りを仕掛けてくるも、これも空振り。ここだ。すかさずシィは、得意のしゃがみ蹴りを返した。しかし既に相手は空中にいた。シィを飛び越えた相手の蹴りが、無防備な背中に降ってくる。着地と同時に突き、そこからまた必殺技に繋がれ、シィの体力が半分近く減った。ここまでやられるのは久しぶりだったが、驚いたのはそのことではなかった。
このケンは、人間が操作している。
そう直感した。幾度となくCPUと戦い続けてきたシィだったが、こんな動きは見たことがない。何より、あの浅めの空振り。あれはおそらく、罠だった。この相手は、わざと空振ることで私の反撃を誘い、カウンターを入れてきたのだ。
一体、誰が? 考える暇もなく、シィはK.O.された。春麗が横たわる姿を見るのは、いつぶりだろうか。二戦目が始まるやいなや、相手はまた見たこともない連撃を繰り出し、シィは圧倒された。

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敗北時の表示が出て、迷わず2枚目の硬貨を投入した。こんな風に滑らかに、キャラクターが動くのを見るのは初めてだった。この機械は私が考えていたよりも、ずっと奥が深い。だとしたら私も、もっと自由になれるかもしれない。

この日以来、謎の相手に敗北することがシィの喜びになった。相手が選ぶのはいつもケンだったが、戦うたびに新しい動きを見せた。そのたびにシィは、世界が広がっていくような感覚を覚えた。敗北し、コンティニューし、敗北した。ベースに戻ってからも、相手の動きを頭の中で反復し、架空の操作盤で練習した。そうして少しずつ、勝負は拮抗するようになった。
あるとき、相手の調子が明らかに悪かった。反応速度が鈍く、キレがない。1勝1敗の3戦目、決めるなら今日だと、シィは自分に発破をかけた。
受けに入るな、先手を取れ。
相手の反応が一瞬もたついた瞬間を、シィは見逃さなかった。素早くレバーを2度回すと、画面が暗転し、春麗が青く光った。春麗最大の必殺技 —— 画面には「鳳翼扇」と表示されている —— が発動し、無数の蹴りが舞うように相手を襲った。
ついに掴んだ初勝利に、思わず機械を抱きしめた。我に返ってアーマーを着込み、その場を立ち去ろうとしたときだった。床に古びたミリタリーボックスが置かれていることに気づいた。さっきまでは、なかったはずだ。
誰かがここに居たのか?いくら夢中だったとはいえ、気づかないのは不自然だが、ほかに説明がつかない。だとしたらこの箱は、罠だろうか。しかし好奇心には抗えなかった。
銃を構え、箱を足で蹴った。蓋が開き、中に円柱型のものが見えた。手榴弾かと思って身構えたが、よく見るとただの錆びた缶詰だ。取り上げて観察すると、缶の底に、掠れた文字があることに気づいた。
<SHE>
彼女。あるいは —— シィ? 自らの名を呼ばれた気がして、シィはナイフを取り出し、缶詰に差し入れた。スッと蓋があいて、香ばしい匂いが漂ってきた。茶色い固形物がドロドロに溶けているが、腐臭はしない。むしろ涎が止まらない。缶を傾け、恐る恐る口に含むと、濃い味が口いっぱいに広がった。

 

 

1999年9月 東京・秋葉原

「523勝12敗。秋葉原の裏通りにある『ゲーセン・エコー』で、とある人物が誇る記録だ」
煙の充満した空間に電子音が鳴る。ずらりと並んだ筐体たちから、いくつもの閃光が放たれては、紫煙へと溶けていった。
「タイトルは5月に稼働したばかりの、ストリートファイターIII 3rd STRIKE。そしてその人物の名は、神山響かみやまひびき —— わずか17歳の少女である」
「黙れ」
画面に向かったまま響は言った。両手から繰り出されるコマンドには一切の無駄がなく、精密機械のように盤面コンパネを跳ね続ける。隣に座った響の父は、煙草を短くふかしながら、芝居がかった声色で雑誌を読み上げる。
「そこで本誌は最終号を記念し、彼女の父親であり、エコーの店長でもある神山氏に取材を敢行。彼女の正体に迫った。一部で『アキバのカミ』と称されながら、表舞台に出ることなく、路地裏のゲーセンで勝利を重ねる少女。彼女のような存在こそが、これからのアーケード文化を担ってくれるはずであり ——」
「担わすな担わすな」
Pパンチ+Kキック同時押し、をキャンセルした上で→+MK。投げと匂わせての前蹴りが当たる。
「勝手に取材なんか受けやがって」
「しかし『ゲーミスト』もついに廃刊か。ノストラダムスの言う通り、ぜんぶ終わっちまうのかね」
父はそう言って雑誌を畳む。
「終わんねえよ」
呟いた時には、ダブル昇竜の入力が完了していた。K.O.。 対面の相手から呻き声が聞こえてくる。後方には人だかりができていた。響が一瞥すると、観客は視線を逸らして散っていく。
「お客さまをビビらすんじゃねえ」
「あたしもお客さまだ」
いてて、と難儀そうに立ち上がった父は、丸めた雑誌で響の肩を叩いた。
「あっちの台にも、スト3の基盤入ったから。あとでテスト頼んだぞ、お客さま」
響は肘をつき、次の挑戦者を待ち受ける。

夜。筐体の主電源を落とすと、光が消えた。ヤニで汚れた盤面に消毒剤を吹きかけ、タオルで拭く。下部のコインボックスを解錠し、溜まった100円玉を回収した。
最近の父は、毎晩飲みに出かけている。それで店の締め作業は、響が担当していた。昼の熱気が尾を引く店内で、ひとりその残滓を味わうこの時間が、響は嫌いではなかった。
硬貨を金庫に入れ、カウンター裏で帳簿を記入した響は、床へ鍵を差し込んだ。開いた昇降口から梯子を降りていく。灯りをつけて、地べたに座った。
床下にあるこの広い地下室は、もともとは倉庫として使われていたらしい。2階には響の部屋がなかったから、高校に入ったタイミングで譲ってもらった。それ以来、昼は1階のゲーセン、夜は地下室を往復する毎日が続いている。学校へ行かなくなってから、随分と経つ。
床にはおでん缶が積み上がっていた。父が調子に乗って仕入れ過ぎた、自販機の在庫だった。缶のひとつを開け、はんぺんを口に放り込みながら、膝にアケコンを乗せた。セガサターンを起動すると、テレビに「ストリートファイター ZERO3」と表示される。
先月出たこのタイトルは、拡張RAMのおかげで処理落ちが少ない。滑らかに動くアニメーションは、たしかによくできていると響も思う。もちろん家庭用にしては、だが。基板と画面が直接繋がったアーケード筐体と違って、家庭用ではどうしてもラグが発生してしまう。「フレーム」という1/60秒の単位で世界が動く格ゲーにおいて、このラグは致命的だ。
やっぱり、この遅さじゃ窮屈だ。響はやおら立ち上がって、梯子を昇った。真っ暗な店内に戻り、奥の筐体の電源を入れる。父にテストを頼まれた台だ。
「仕事だからな。仕方ない仕方ない」
呟いて着座すると、待機画面にランキングが表示された。デフォルトの名前が並ぶ一番上に、ひとつだけ「SHE」という固有名詞がある。
「は?」
思わず声が出た。その春麗アイコンのスコアは驚異的だったが、おかしなのはそこではない。本来、筐体の電源を落とすと、スコアは全部リセットされるはずなのだ。なのに一人だけ、名前が残っている。
バグだろうか。訝しみながら、100円玉を入れた。そしてさらに目を見開いた。画面に表示されたのが、CPUではなく対人画面 —— プレイヤー同士が戦う時の画面だったからだ。
思わず立ち上がり、背伸びして向こう側を覗き込んだ。対戦台では、向かい合う筐体同士が繋がっている。どちらかがプレイ中に、対面のプレイヤーが硬貨を入れると、乱入が発生。強制的に対戦が始まる。
しかし今は閉店中だ。このゲーセンには響しかいない。向こう側の台にも、当然誰も座っていない。なのに対人が始まろうとしている。震える手でケンを選択すると、春麗との試合が設定された。
間違いない。響はたった今、誰かのプレイ画面に乱入したのだ。いるはずのない、誰かの画面に。
何が起こっているのか、考えるのはすぐにやめた。相手が誰であれ、対人で負けるわけにはいかない。響は戦いの思考へと切り替える。手の震えはもう止まっていた。
—— まず知るべきはこいつのスタイル。なるべくローリスクで情報をとりたい。初撃はしゃがみ蹴りで反応を見よう。なら判定にもう30ピクセルだけ移動が必要だな。ケンの移動速度は5px/Fだから最短で所要時間は6Fフレーム、プラスしゃがみ蹴り発生に6Fで計12Fってとこか —— 開幕寸前にレバーを倒し、ほぼ同時に↓+MKを入れた。開始0.2秒の速攻を、挨拶として投げかける。
しかし相手の春麗は、バックステップでそれを避けた。
目を疑った。読まれたのか?違う。あたしの目がたしかなら、こいつは攻撃を見た「後」に避けた。
響は動揺していた。そんなことが可能だろうか。人間の反応速度の限界は、0.2秒だと言われている。なのに0.2秒の攻撃を、見てから避けるなんて。不可能だ、と言いたかったが経験が告げていた。こいつは普通のプレイヤーではない。ランキング1位のSHEを思い出す。
距離を詰め、浅い蹴りを入れる。また空振ったけどこれは罠。やはり相手は蹴りを差し返してきて、それを読んだ響は既に飛び上がっていた。ピアノを弾くように指が踊る。中K空中からめくりで入って着地屈中P確認—— よし繋がった。ここで迅雷、10ヒット。半分以上削ってやった、ざまあみろ。
悪態とは裏腹に、心臓が高鳴っていた。久しく求めていた緊張感だった。

それから毎晩、謎の春麗使いと戦うようになった。深夜0時にこの席に座れば、なぜか対人対戦が始まる。正体は不明だったが、何度か戦ううちにプレイヤー像が見えてきた。
この春麗使いは、間違いなく凄腕であり、同時に素人でもある。反応速度はこれまで戦ってきた中でもトップクラスだ。なのに上級者なら誰でも知ってる、簡単なフェイントに引っかかる。
弱いのではない。おそらく、知らないのだ。この春麗使いは、これまで積み上げられてきた格ゲー世界の文脈を知らない。ひたすらCPU相手に、手探りで鍛え続けてきたのだろう。それは対人と分析を重ねてきた響とは、まるで別種の強さであり、だからこそ惹かれるものがあった。
それに、と響は思う。近頃この店に来る奴らは、響の強さを悟るとすぐ諦めてしまう。だがこの春麗使いは、負けても負けても、コンティニューして食らいついてきた。その気骨を響は買った。そうして相手は日に日に成長し、ついに敗北を喫する日が訪れた。

その夜は気分が乗らなかった。
日中、高校の担任教師が家に来たのだ。大層丁寧な口調だったが、要はこのままだと留年するので、通信制に転校してくれとのことだった。まあそれはいい。2階の居間で話が終わった帰り際、教師が1階のゲーセンを一瞥した時だ。あいつはたしかに、侮蔑の色を目に浮かべて、すぐ引っ込めた。それを見た父の目にも、悲しみの色が走った。
筐体の前に座っても、二人の目の色が交互に現れ、脳裏から離れない。1戦目はストレートで取った。しかし2戦目は相手の異常な連打速度に押し切られ、負けてしまった。こいつのしゃがみ蹴りは春麗のリーチとも相まって、地味に厄介だ。
そして3戦目、序盤から攻めてくる相手に対し、打ち合っていたとき。画面にドサッと何かが落ちてきて、破片が飛び散った。つい天井を見上げてしまう。塗装が剥がれたのか、と合点した隙をつかれた。視線を戻した時には、既に画面が暗転していて、相手のSAスーパーアーツ・鳳翼扇が発動していた。
久しぶりの敗北は、ひときわ苦い。湧き上がってくる言い訳を、響は咳払いでねじ伏せた。立ち上がり、店内の自販機でおでん缶を購入する。
対人に負けたほうが、おでん缶を奢る —— この店のプレイヤーの間に、かつてそんな風習があったという話を思い出したのだ。相手への敬意、そして何より自分を戒める儀式として、響はそれを踏襲してみることにした。
たしかおでん缶には相手の名前を書き、隅のミリタリーボックスに入れておくんだっけ。響はすこし考えたあと、缶の底に油性マジックで「SHE」と記し、空のボックスに投げ入れた。

 

2050年11月 旧都心

シィは廃墟へ通い続けた。勝つまで硬貨を投入した。謎の相手と戦えば戦うほど、自らの身体を縛り付ける糸が、解けていくような感覚があった。
なにより食料が手に入る。箱の中には、勝つたびに缶がひとつ入っていた。箱が空だと確認したあとでも、対戦が終われば缶がある。いま置かれたわけではない、とシィは考えていた。缶を覆う錆に、散り積もった埃。突然現れたのではなく、何十年も前からそこにあったとしか思えない状態で、缶は佇んでいた。いずれにせよ、ベースに持ち帰ると、隊員たちは喜んでくれた。小さいのは夢中で汁まで飲み干して、シィは小隊長として、初めて責任を果たせたような気がした。
そうしてシィの腕は日に日に磨かれたが、成長しているのは相手も同じだった。シィが得意パターンを見つけても、翌日には防がれる。相手はシィを分析し、対策を練ってきているようだ。それがシィには嬉しかった。
あるとき、相手の体力を残り僅かまで追い詰めたシィは、必殺技の入力に成功した。シィは勝利を確信したが、相手は突然青く光り、シィの技を無効化して、カウンターで逆転勝利を収めた。
画面にくっつくほど顔を寄せた。産毛が静電気に引かれて逆立った。ただのガードであれば、体力を削って勝てたはずだ。だが相手はシィの攻撃を、完全に無効化してきた。シィの知らない技術だった。自分は、まだこの機械の真髄に触れていない。これまで見ていた地図が、世界のほんの一部だったような感覚を覚えて、シィはワクワクした。
私もこんなふうに操作してみたい。CONTINUE?の表示にすかさず懐へ手を入れたが、空を掴んだ。ぎくりとする。持ってきた硬貨を、もう全部使ってしまったのか。今日は多めに入れてきたはずなのに。
呆然として立ち上がった。ふらふらと歩き出すも、床の凹みにつまづいて転んでしまった。仰向けで寝転がる。剥き出しの天井を見て、むかし潜った配管を思い出した。

物心がついた頃から、少女は地下で暮らしていた。家族の記憶はない。自分の名さえ分からない。生き抜くだけで必死だった。主な仕事は危険区域の偵察。小柄な体格を活かし、暗いトンネルや浸水した通路に鼠のように潜り込んでは、状況を軍へ報告して食料をもらった。
転機となったのは偵察中、崩れかけた改札口に、子どもたちの姿を見つけたことだ。新橋ベースで大規模な滑落があり、仲間を失ったのだという。連れて帰ったところで、どうできるわけでもない。でもあの子たちは、すがるような目を向けてきた。少女が初めて見る目だった。
それで軍への入隊を申し出た。小隊長になれば、一緒に住む部屋を持てる。軍は条件付きで少女の入隊を認めた。その条件が当時試験中だった、身体強化技術の実験体となることだった。
少女は条件を受け入れ、そして手術は失敗した。被験者番号C1667の頭文字をとって、少女はシィと名付けられた ——

ベースに帰還後、シィは大隊長に呼び出された。嫌な予感がしていた。
「先般の攻撃により、未だ補給ルートの再開目処は立っていない」
髭を撫でながら、大隊長は神妙に告げた。
「地下環境を維持するためのコストも削減を迫られている。よって」
シィは自分の左手を見つめた。まだレバーの感覚が残っていた。
「区画整理を実施する」
指が震えていた。前回の区画整理では、八つの小隊が追放された。
「貴小隊は、整理対象となった。準備に10日の猶予を与える」
ここを出て、どこに行けばいいのか。外で生きていけるとでも?言葉が溢れ出しそうになり、ようやく口を開いたシィは「了解」と敬礼した。
「長らくの務め、誠にご苦労であった」

敬礼を返す大隊長の目は、もうシィを見てはいない。
「餞別だ」
執務室を出ると、廊下に上官が立っていた。差し出してきた手には、白い錠剤があった。
「業者から流してもらったブツだ。飲めば苦しまずに逝ける」
上官を睨みつけたが、その顔にはいつものニヤつきはなかった。
「いま使えって意味じゃない。だが外に出れば、死ぬより苦しいことがたくさんある。お守りとして持っておけ」
シィは黙って錠剤を受け取り、敬礼した。
「自分の分はとってあるから、気にすんな」
上官は低い声でそう言って、敬礼に応えず去って行った。
部屋へ戻ると、隊員たちが寝静まっていた。まるで世界から隠れるように、身体を小さく丸めている。シィはそろりと跨いで自分のベッドに着き、枕の下をまさぐった。残る硬貨はあと10枚。天井の配管が、雨音のように不規則に鳴っていた。

 

 

1999年11月 東京・秋葉原

CPUを9体連続でボコしてから、響はため息をついた。雨続きのせいか、今月は客足が悪い。響が小学生の頃は、台風の日だって満員だった。あちこちに人だかりができて、ヒリヒリした緊張感が充満していた。あんな時代は、もう戻ってこないのだろうか。
<彼女のような存在こそが、これからのアーケード文化を担ってくれるはずであり ——>
『ゲーミスト』の最終号が頭にちらつく。うるせえ。お前らが作った文化だろ。ガキを夢中にさせといて、最後まで責任持てよ。苛立ちを空中竜巻旋風脚へ変換する。いくらCPUを虐めたところで、全然燃えない。
エンディングを見ずに、地下室へ降りていく。最近ここで過ごす時間が増えた。膝にアケコンを乗せ、ノートを取りながら練習を始めたところで、天井からノックが聞こえた。壁を叩いて返事すると、父が降りてきた。
「じめじめしてんな。空調効いてんのか?」
響は黙ったまま、視線を画面とノートに往復させる。
「まあ築50年だからな。持ったほうか」
ボロボロの壁に触れながら、父は床に座り込んだ。
「爺ちゃんから継いだ電気屋に、『ドンキーコング』置いてみたのが始まりよ。ひっきりなしに客がきてさ。ゲームの時代が来るって確信したね。その勘は大当たりだった。スト2出た時の熱狂覚えてっか?」
「覚えてない」
覚えている。殺気だった若者たちが、怒号を飛ばしながら画面に向かう。不良の溜まり場とか揶揄されたけど、みんなギラギラと目を輝かせて、不思議な引力があった。それに響も吸い込まれたのだ。
「あれを見て俺は震えたね —— 」
ぐっと溜めてから大仰に言う。
「自分の商才が恐ろしい、ってな……」
「じゃあ今月のアガリどうにかしろよ。客減ってんぞ」
ドグシャ!効果音が地下室に響く。父はククと笑った。
「考えてるさ。あの『ゲーミスト』に取材された天才経営者だぞ」
響の蹴りを、CPUがしゃがんで避けた。筐体なら当たるはずのタイミングなのに。
父はまた溜めてから口を開く。
「来年で、店を閉めようと思う」
また空振りをした。カウンターでCPUが連打を放ってくる。ズガガガガ。ただガードして耐える。
「なんで?」
枯れた声を絞り出した。ズガガガガガ。体力ゲージが削られていく。
「ゲーセンブームは終わり。こっからはプレステの時代だ。お前だっていま遊んでんだろ」
「これサターンだから」
どっちにせよ、遊びにもならない。
「ま、ほんとのところは、もうガタがきてんだ。俺にも、店にもな」
「腰、キツいのか?」
父が夜、飲みに行ってなどいないことに響は気づいていた。カウンター裏のゴミ箱には、痛み止めの処方箋が捨てられていた。
「立ち仕事はもう厳しいとよ」
開いたままの昇降口から、ふわっと灰の匂いが漂ってくる。響は春の日を思い出す。
新学期早々、会ったばかりの新担任に呼び出された響は、タバコを出せと言われた。クラスの誰かが、あいつタバコ臭えと告げたらしい。やってないと言おうとしたが、言葉が出てこなかった。助けを求めて職員室を見渡したが、どの大人も視線を逸らした。それから学校へは行かなくなった。
「俺もこいつも、もう立ってるだけでやっとなんだよ」
父はそう言ってまた壁を撫でた。
「そろそろ、ガッコ行っとけよ。あの担任の言う通りになるのは癪だからな」
響の肩を叩き、いてて、と言いながら梯子を昇っていく。ガードを続けたケンの体力は尽き、地面に叩きつけられた。

深夜、それでも筐体の前に座っている自分に、響は呆れていた。諦めに近い気持ちで100円玉を入れると、SHEが現れた。
最近のこいつも、苛立ちの原因だ。前は何度もコンティニューしてきたのに、今じゃ負けたらそれで終わり。あっさり引き下がるようになっていた。
お前もその程度だったのか? 鬱憤を込めて↓+MKを入れる。SHEはひょいと飛んでそれを避けた。まあそうだよな。じゃあこれはどうだ。フェイントからの昇竜を仕込む。それも避けられて、ちょっと喜ぶ自分が嫌になる。
きっとSHEも、ただの暇つぶしなんだと、響は自分に言い聞かせる。最近すぐに諦めるのは、学校とかが忙しいんだろう。いや歳も知らないけど。所詮この遊びに賭けようなんて馬鹿は、あたししかいない —— そう考えるとプレイが投げやりになってきた。SHEには申し訳ないが、これでいいのだ。この場所はもうすぐ、消えていくのだから。
響は悟ったように頭をふったが、猛攻を食らってやっぱり反応してしまう。舌打ちをして上段蹴りを躱す。レバーを高速で回した。↓↘→↓↘→ + P。ケンの昇龍烈破の初撃を、相手の春麗はガードした。
終わりだ。この大業を一度ガードしてしまえば、もう抜け出せない。ずるずると体力を削られて、最後は倒れるだけ。そう思ってレバーから手を離した時だった。響は息を止めた。相手の身体が赤く発光し、響の二撃目を完全に無効化したのだ。
「……赤ブロ」
思わず口に出していた。スト3の発売直前、暗記するほど読み込んだ『ゲーミスト』の特集を思い出す。
—— 「ブロッキング」とは、本作から導入された無効化技術だ。相手の攻撃の寸前に、あえて前に踏み出す。リターンは大きいがリスクも大きい。相手を完璧に読み切る必要があり ——
ガツンッ。ガツンッ。ガツンッ。
響が連撃を繰り返すたびに、SHEは寸前のタイミングを合わせ、何度も前へ出てくる。
中でもこいつの使った赤ブロは、ガード中に発動される、最も高度なブロッキングだ。受付時間はわずか2F。トッププレイヤーでも思い通りには使えない。
なにより、赤ブロを成功させるためには、ガードできている状況で、あえて前へ出る心の強さが必要だ。安寧の地を飛び出し、踏み出すことの恐ろしさを、響は痛いほどよく知っていた。だからこそ打ち震えた。SHEの度胸に。そしてSHEが、響のことを読み切ってきた嬉しさに。
ガツンッ。ガツンッ。
SHEの春麗が光る。響の連撃がすべて無効化される。絶景だった。恍惚とするあまり、攻撃が終わってもレバーから手を離したままだった。しまった。慌てて握り戻すと、相手の春麗は小さく肩をすくめ、ふわあ、と欠伸をした。挑発アクションだ。まるで響の状況を、見透かしたような行動だった。
「……上等だ」
消えかけた炎が燃え上がっていた。ブームだとか文化だとか、どうでもいい。あたしにはここしかない。自分の居場所くらい、自分で守ってやる。
深夜の店内で、筐体が灯る。意識が画面に吸い込まれる。世界に二人だけが残る。これが最後の試合になると、なぜか直感していた。深く息を吐き、1フレームにこれまでの全部を注ぐ。

 

 

2050年11月 旧都心

画面の前で呼吸を整える。明朝にはベースを出なければいけない。隊員たちは出発に備えて、荷物をまとめている頃だろう。行き先を訊かれたが、答えられなかった。せめて思い通りに動けたならと、シィは太ももを握り締める。
実のところ、シィの受けた手術自体には、問題はなかったらしい。神経系がアップデートされ、信号伝達が高速化した。超人的な反応速度を手に入れたシィだったが、反応の指向性が問題だった。幼い頃から危険区域での偵察を続けてきた身体には、逃げることが刻まれていたのだ。
目を瞑る。両の手のひらで一枚の硬貨を、祈るように包む。
背筋を伸ばし、意を決して硬貨を入れると、Here Comes a New Challenger。望んでいた文字列が出た。喜んだのも束の間、すぐに対戦が始まる。
開始と同時に懐に飛び込み、相手のケンに蹴りを仕掛けた。最後だからこそ、攻め続けるつもりだった。初撃はかわされ、お返しのしゃがみ蹴りが飛んでくる。ジャンプで避ける。相手のフェイントを見抜き、必殺技もいなす。動きを読まれては読み返し、それをも読み返されるような攻防が続いた。感覚が冴えわたっていた。相手のことを、いまなら何でもわかる気がした。だからこそシィは、違和感を覚えた。
覇気がない。たしかに相手の動きは恐ろしいほど素早くて正確だ。だがいつもは漂ってくる気迫のようなものが、今日は感じられなかった。それはおそらく、言語化するにも満たない刹那の動き。そこに僅かに現れた消極的な姿勢を、シィの目が読み取っていた。
ふざけないで。
自分でも意外なことに、沸いてきたのは怒りだった。調子が悪いのかもしれない。なにか事情があるのかもしれない。それがどうした。あなたも私も、きっとこのクソみたいな世界で、立っているだけでやっとなんだ。だからこそ全部をぶつけるんでしょう?
怒りがシィの血を燃やした。信号が身体中を巡った。どんなふうにだって動ける気がした。一気呵成に畳み掛ける。相手は防戦一方だ。その程度なの?上段蹴りを出して煽った。触発されたように、蹴りを躱した相手が青く光り、画面が暗転する。
ケンの奥義が来る。咄嗟にレバーを後ろに引いて、守りの姿勢をとった。初撃のアッパーカットをなんとかガードで受ける。その瞬間、怒りの矢印はくるりと自分自身に向いた。
逃げてんじゃない。
身体が一段と軽くなった。操作を知っていたわけではない。気づけばレバーを相手側に倒し、前へ出ていた。赤く輝いた春麗が、相手の攻撃を無効化する。
前へ、前へ、前へ。
それだけを念じながら、タイミングを合わせて前へ出続けた。春麗が光るたびに確信した。私はいま、通じ合っている。名前もわからない相手と、対話をしている。7つの連撃が、鐘のように背骨へ響いた。
攻防が終わり、一瞬放心状態になってしまう。相手も同じようだった。でも、ここで終わるわけないよね。シィが挑発アクションをとると、すぐに相手は飛びかかってきた。そうこなくちゃ。とことんやろう。最後なんだから。

 

「調子出てきた?」→+MK, ↓+MK, ↓+MK, ↓↘→+K

「うるせえ素人」↓+LP, ↓+LK, HK, →↓↘+HP

「これはどう?」↓+MK, ↓↘→+K, →+MK, ↓+MK

「余裕だな」↓↙←+MK, LP+LK, ↓+HK

極限まで圧縮された時間の中で、たくさんの話をした。
いつまでも続けばいいと願った。だがここも有限だ。決着の時が迫っていた。

「終わっちゃうね」↓+HP, →↘↓↙←+K, ↓+MK, ↓↘→+K

「残念だがな」↓+MK, ↓↘→+HP, →+HK

「そっちはどう?」↗+HK, ↓+MK, ↓↘→+K, ↓+MK

「最悪。お前は?」↓+MK, ↓↙←+MK, LP+LK, ↓+LK

「最悪。でも楽しかった」←+HP, ↓↘→+K, →+MK, ↓+MK, ↓↘→+K, ↓+HK

「あたしも」→↓↘+HP, ↓+MK, ↓↘→+HP

「じゃ、また」↓+HK, →↘↓↙←+K, ↓+MK

「またな」↓↘→↓↘→+P

 

—— 我に返ると、CONTINUE?の文字が画面に浮かんでいた。
10カウントを待たずにシィは立ち上がった。未練はない。すべてを出し切った。
立ち去る前に、念のためミリタリーボックスを開けてみた。やっぱり缶は入っていない。だが箱の隅に、別の物体があることにシィは気づいた。取り出してみると、鍵だった。キータグに掠れた文字が見える。そこには「SHE↓」と書かれていた。
私の名前と、↓はしゃがみコマンドだろうか。それとも箱の下になにかあるとか?意味を測りかねていると、外から爆撃音が聞こえてきた。近い。ベースのことが頭によぎり、同時に閃いた。視線を床に落とし歩き回る。たしかこのあたりだ。いま思えば、あれは鍵穴に似ていなかったか。
あった。 以前つまづいた小さな凹みを見つけたシィは、砂埃を手で払い、拾った鍵を差し込む。ガチャリと鈍い音がして、床の一部がわずかに持ち上がった。腕を差し込み、力一杯持ち上げるとハッチが開いた。下には梯子が続いている。ゆっくりと降りていくと、脚が地面についた感覚があった。ライトを点けると、それなりの広さがある。
—— 地下シェルターだ。空調も生きている。こんなところに、人の住める空間があったなんて。はやる気持ちを抑えながら奥の壁を照らすと、鈍く反射した。缶だ。積み上げられた大量の缶の山が、壁一面を覆っていた。思わず生唾を飲み込んだ。これだけあれば……待った、これはなに?
床には紙が散乱していた。拾い上げると、印字された年月の隣に、古い筆跡がある。日記帳だろうか。湿気のせいか、滲んでしまってほとんど読めない。記録は2040年あたりで終わっていた。拾い上げていくうちに、ひとつの単語に目が留まった。

<1999年11月 SHEへ>

上方に気配を感じた。飛び上がって銃を構える。天井のハッチから、ゆっくりと黒い立方体が降下してきた。
見つかった。
先制攻撃ののち、隙を見て梯子から退避。すぐにシミュレーションが浮かんだ。しかし立方体が目の前に停止した瞬間、シィの身体は反射的に後方に飛び跳ね、壁に衝突した。背中に衝撃が走り、缶の山が崩れ落ちる。ふらりと立ち上がると、床に落とした銃と、それから白い粒が転がっていた。上官から渡された薬だった。

CONTINUE?

頭の中にドット絵が流れた。身体が硬直して動けない。立方体が音もなく接近してくる。脚が自動的に後ずさった。立方体が光り始め、とっさに顔を背けた。そこでシィは、照らされた背面の壁一面に —— 缶の山に隠れていた一面に、ある言葉を見た。
不意に笑みが漏れた。強張った身体がふっと緩んだ。再び立方体を見据える。
逃げてんじゃない。このシェルターがあれば、まだ生きていける。でもそのためには、ここを敵に悟られてはいけない。こいつは、いま破壊しなければ。
緑色のレバーと、6つのボタンを思い浮かべる。
立方体が明滅した。身体が後ずさろうとする。それでも前へ。前へ、前へ。念じながら抵抗を振り切った。丸薬を踏み潰し、「SHE↓」から始めるコマンドを身体に入れる。↓↘→↓↘→ + K。春麗の鳳翼扇が描く放物線を、強くイメージした。脚のバネが圧縮した。逃げるために磨かれた神経が、初めて前へと発火した。
ふわりと宙を舞う。黒い装甲へ強烈な蹴りを叩き込む。1、2、3……着地した脚がまたすぐに出る。4、5、6……数えきれない。身体が勝手に動き続けた。気づけば立方体は床に叩きつけられ、停止していた。

シィは肩で息をしながら、壁を振り返った。赤く塗られた、派手な落書きに礼を言う。
「……ありがとね。字は汚いけど」
軽口が飛び出して思った。私はまだ続けられる。隊員たちを迎えるべく、シィは一歩を踏み出した。

 

 

2006年9月 秋葉原

刷毛を下ろし、響は汗を拭った。麦茶を一気飲みしてから、塗装作業を再開する。
店を継いでから5年半、ようやく着手できた工事の期間は、営業が止まる。少しでも早く店を開けるため、地下室の補修は自分でやることにした。
高二の秋、SHEとの対戦を終えた響は、その足で父のもとに向かった。そして店を継がせて欲しいと頭を下げた。父は相手にしようとしなかったが、響が持ってきたノートを見て目の色を変えた。ノートには店の売上のほか、客足の推移や流行の分析がびっしりと書かれていた。父は熱意に押される形で、通信制を卒業したあとなら、と条件付きで承諾したのだった。
いざ継いだあとは、目まぐるしい日々が続いた。老朽化した建物の修繕工事は、中でも悲願だった。どうせなら何十年先にも残るような、丈夫なつくりにしたい。電源設備も更新して、もっといまどきの内装にして —— そんな想いを詰め込んだ結果、予算は膨らんでしまったが、なんとか銀行からローンを引き出せた。
赤いペンキを含んだ刷毛を持ち、慎重に壁へと塗りつけていく。かつて逃げ込んだこの地下室は、事務所としてリニューアルするつもりだ。売上が戻った今こそ、ここから新しい一歩を踏み出す。そんな初心を、壁にしたためることにした。
「なかなかじゃん」
塗り終えた壁の文字を見て、響は自画自賛した。

Fight for the Future

壁一面に記された言葉は、かつて響にたくさんのものをくれた作品 —— 『ストリートファイターIII 3rd STRIKE』のサブタイトルから拝借したものだ。
ふと思い出し、ノートの山から一冊を取り出した。帳簿を1999年まで遡ると、「SHE」に関する膨大な分析が記されていた。自分の筆圧に苦笑しながらも、響はまだ見ぬ好敵手を思う。あいつはどうしているだろう。いまも格ゲーをやっているだろうか —— またいつか、遊びに来てくれるだろうか。
ページは「SHEへ」という走り書きで終わっていた。たしか現れなくなったあいつに、メッセージでも書こうとしたんだっけ。それで気持ちの整理をつけようとした。だけどいい言葉が思いつかなくて、結局宛名だけで終わっている。
油性マジックを持ち、続きを書こうとした。そのまま1分固まって諦めた。やっぱりガラじゃない。でも代わりにいいアイデアがある。梯子を登ってカウンターに行き、地下室のスペアキーを棚から取り出した。
いつかここにきたら、あたしの基地に招待してやるよ。そしたら朝まで、スト3やろうや。自分の思いつきがおかしくて、ククと笑った。タグに「SHE↓」と記して、足元のボックスに投げ入れた。

文字数:15899

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