梗 概
読まれなかった言葉
ユウは父アキラの葬儀で喪主を務める。官僚だった父は十年前、宇宙政策に関わる仕事の最中に突然辞職し、それ以来「手稿」の解読に取り憑かれていた。手稿は中東で発見された古書で、ラテン文字に似た未知の文字と彩色画で構成されている。電子化データは公開されているが未解読のまま、ある研究者がデタラメな記号列だと断じて以降、世間の関心は冷めていた。父の執着は狂気的だったとユウは回想する。
一月後、ユウはテレビで奇妙な映像を見る。中東の乾燥地帯に、巨大な岩が整然と連なっている。拡大すると同形の小さな岩の列が現れ、さらに拡大しても同様の構造が繰り返し現れる。ある研究所が、岩の列が「二十四の記号からなる文字列である可能性」を報告する。ユウはその記号が手稿の文字に酷似することに衝撃を受ける。
ユウは遺品の膨大なノートから、父が手稿を言語だと考えた根拠を見つける。未知の文字ながら単語頻度は冪分布に従い、文章構造にも自己相似的なパターンがある。ユウは同じ統計量を岩の列のデータでも算出できると気づき、父の研究が妄想ではないと思い始めるが、ほどなくA国政府が「岩の列は自然発生したもの」と発表し、報道は沈静化する。
数日後、A国の対応に違和感を覚えた父の元同僚ミヤが訪ねてくる。彼女によれば、かつて父は政府管轄の電波望遠鏡で言語のような信号を受信し、その記号列が手稿と似ていることに気づいた。さらに手稿の電子化データに体系的な誤りが見つかり、そのせいで解読が進まないのだと判明した。公表しようとしたところ、突如A国政府から圧力を受け、父は辞職に追い込まれたという。
ミヤは父が残したノートを見たいと言い、ユウは一緒に点検作業を始める。二人は父が作成したデータの記号化に関する「訂正表」を発見する。誤りは偶然ではなく、A国政府が意図的に混入させたものと記されていた。二人はデータを修正し、試行錯誤の末、ついに手稿と岩の文字列の復号に成功する。
そこに記されていたのは、異星知性体が有する基本概念であり、数の概念、円環的な宇宙像、そして植物のような「彼ら」の姿だった。手稿は意思疎通のために作られ、岩の列は反応のない地球に痺れを切らした彼らが同内容を別の仕方で刻み直したものだろうと二人は推測する。
さらに父自身の筆跡による暗号が見つかる。解くと、彼らは百年に一度、日本のある地点に現れると書いている。次の到来は冬至である明後日の未明三時。地点は北海道・道央、父が購入した別荘の近くだ。A国が欲していたのはこの情報であり、彼らとのコンタクトの独占による競争優位だった。父は隠遁して情報を守り抜いた。
ユウとミヤは道央へ向かう。指定地点に辿り着く。湖畔の静けさの中、ユウは祈る。父がついに見られなかったものを、自分の目で確かめたい。時刻を過ぎるが何も起きない。二人が落胆したそのとき、湖上に妖しく光が差し、巨大な円盤が音もなく降りてくる。
文字数:1200
内容に関するアピール
亡き父が執着していた古書の謎の解明を軸に、仕事を辞めてまでそれに取り憑かれた父を理解できなかった息子・ユウが、真相に迫るうちに父の信念へと歩み寄り、やがてエイリアンの到来さえ願うようになる物語です。
作中に登場する手稿は、1912年にイタリアで発見された実在の未解読文書「ヴォイニッチ手稿」を下敷きにしています。判読不能な文字列と数多の奇妙な挿絵を特徴とし、いまなお内容を読み解けたという報告はありません。しかし単なるデタラメな記号列とは言い切れず、言語に普遍的とされる統計的性質を備えていると報告されています。その事実は否応なく想像力を掻き立てます。
手稿はエイリアンが我々に残したメッセージではないかという、どこかで聞いたような妄想を妄想のまま終わらせたくない主人公はエイリアンとの接触を試みます。謎解きを中心に据え、国際政治の暗い影をちらつかせて、エンターテインメント性のある展開を目指しました。
文字数:399




