最小監査人・デラックス

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梗 概

最小監査人・デラックス

五年前に解散したスタートアップAI企業の幹部の一人だった黒川は、当時は出資を得るためになりふり構わず、様々なものに実装できる簡易AIパッチを作って遮二無二プロモーションしていた。自動運転や大規模な思考モデルでは勝てない。ATMやポスト、レトロゲーム機などの物に外装するような品々を作り、時にはフレンドリーに喋らせ、時にはデータを持ち主に送る機能は、DXを謳いながら無用な機能ばかりであった。AIという単語に引き寄せられてあれもこれもと要求する機械音痴の顧客の相手をするのは、さながらソフトウェア版の町工場のようで、最初こそ案件は多かったが利益を出せなくなった会社はやがて解散、黒川は技術力を買われてソフトウェアメーカーに再就職をした。

仕事に苦労はないが拘束時間は長い黒川の今の趣味は、前職で世に放ったAIパッチからの信号を眺めることだ。五年前に実装されてまだ機能しているATMやポストの中には、黒川の自宅のサーバにチャットを送ってくれる個体もいる。一方的に感想や雑談を送信してくる彼らの雑多な言葉に耳を傾けると、まるで人間社会とは別の、機械だけによって営まれている社会生活が存在するように感じられて、人嫌いの黒川には心地よかった。

ある日黒川は気になるチャットを受信する。それは片田舎のアミューズメントセンターにある両替機に取り付けたAIからのチャットで、軽薄な男性の口調でチャットボットを務めるAIは、「統一感のある大量の日本紙幣を飲み込んだ」ことに対する感想を語っていた。その頃、世間では高度な偽札の出現を示唆する報道が流れており、彼はその二点を無意識に繋げていた。そこに偽札の使用者がロンダリングで訪れたのかもしれない。それは自分のちっぽけな製品が世間の役に立つことを期待しての動きでもあった。

黒川は所在地の近くに務めていた可児という名の営業職の元同僚に連絡を取り、現場に行ってほしいと頼む。かつての自分たちの若さを電話越しに語りながら到着し、黒川の説明力と可児の人当たりの良さで両替機内の紙幣を首尾よく押収すると、確かにそれは最新の紙幣計数機でも判別に難しい紙幣であることが分かった。黒川はかつてのメンバーの協力を得ながら、自宅から全AIに偽札の利用者に関する情報を集めにかかった。両替機に触れた指の感触から始まり、銀行のATMなどの街のインフラが発信する限定的な情報から偽札犯の場所を割り出していく。

街の声を聞きながら黒川はついに偽札の出どころを突き止めたが、同時にスタートアップの創設者に再会する。彼もまた経営者としては一流であり、長い時間をかけてAIの悪用法を編み出し、世間をハックせんとしていた。AIと二人三脚で作り上げた犯罪計画であったが、そこに無駄なAIが割り込んだことが破綻の始まりだったのである。黒川の勝因は、彼らの雑談を聞き、たとえ意識がなくても彼らに愛情を持っていたことだ。

文字数:1200

内容に関するアピール

エンタメの要件が本当に全く分からず途方に暮れていましたが、「読者が真似したくなるか」という点を意識しました。
それは創作者の人が受け止めて、こういう作品を自分も作りたいと思う目線だけでなく、作中の台詞やシチュエーションをパロディしてみたくなるとか、設定だけを間借りして別のコンテンツに重ね合わせようとしてみたくなるといった、読者の日常生活の延長線上に置いてみたくなる要素が多ければ多いほど、自分の好むエンタメらしさに近づいていくのを感じます。ヒーローになりたいとか世の中を驚かせたいという欲求に基づいた行動は、誰もが真似したくなるものですし。
そしてだからこそエンタメは社会の流行や人気の価値観を反映しがちなのではないかとも思います。もちろんそれがエンタメ全体を論じられるテーマと言うつもりは全くないのですが、AIとその扱い方をテーマにしながら、なんかかっこいいことをする作品を考えました。

文字数:393

課題提出者一覧