梗 概
夜明けを告げる鳥、そしてアメリカの夜
「フロリダ製、セニョール・コバヤシの空気缶詰」のスピンオフ。
フロリダ湿地の厄災から数ヶ月後。湿地のウィルスは全米にひろがりつつある。
ある田舎町にレンタル映像店と、映写室が入った木造の建物がある。ここは国境近く、錆びついた塀が少し先にみえる。塀のむこうはメキシコだ。
店主はビリー “セッシュウ” ワダという日系人。早川雪洲の踏み台を表すミドルネームで呼ばれる。彼は骨董品のフィルム、ビデオ、ディスク類を集めている。
この町に死のウイルスが到達したとき、ビリーはLAの骨董仲間に呼ばれ町を留守に。町に戻った朝、家族も町の人々も、家や路上で絶命していた。彼は何日もかけて草地に埋葬。
ある満月の夜、ビリーは残酷な運命を知る。死者たちが夜の町を徘徊しはじめたのだ。
彼らはビリーを襲わず、夜に徘徊するだけ。ビリーはその中に幼い末娘の姿をみつけ泣き崩れる。その翌日から彼は毎夜、通りに映画をうつし始める。ストリートの壁にうつる古の俳優たちを徘徊者たちは真似る。ビリーは祈るようにそれを見つめる。
そんなある日この町にミホが。ワンワン製造工場があるメキシコに向かっていたのだが、そのとき映されていた「アルジェの戦い」の群衆に同化した徘徊者に取り囲まれているところをビリーに助けられる。
ある明け方、やつれた末娘が裏の戸口に。ミホがみつけビリーは扉をあけるが入ろうとはしない。ビリーは末娘がムービーカメラを欲しがっていたことを思い出し古いSONYのカメラを戸口に。末娘はそれを掴んで姿を消した。
そのカメラは改造され、自動的にビリーのクラウドに動画が保存されるようになっている。ある日、動画がアップされた。
草原で夜明けの時間をすごす徘徊者たちがうつっている。ビリーの父や母、長男、次男、そして出奔した妻のすがたも。いつの間にか子供たちの近くに戻ってウイルスにやられたらしい。
徘徊者たちは、夜明けの薄明かりの中でだけ記憶をとりもどし、地平線から太陽が出るまで草原に集まって人間の時間を過ごしているようだった。そして地平線から太陽がのぼる前に暗がりに消えていく。
次の明け方、末娘は方位を示す十字を地面にかいて、北を何度もなぞる。どこかでニワトリが鳴いて暗転。それがアップされた時から町に出る徘徊者たちの数が減りはじめる。車でビリーが探しにいくと、数人の徘徊者が州道を北上していた。
数日後あらたな動画が。懸命にあるく末娘の足がうつる。土葬時にはかせた小さな靴。ビリーの家族も町から離れているのだ。
真夜中、上映室で末娘の動画をループするビリー。ミホはフロリダから持ってきたウィルス入りの缶詰を取りだす。
「湿地のウイルスが閉じ込めてある」
ビリーはそれをミホから受け取ると店の外へ。遠ざかるピックアップトラックの音。ミホはビリーがよく流していたジェイムズ・シゲタのYou are beautifulで見送る。
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内容に関するアピール
小説でも、映画でも、娯楽性をもとめる読み手たちの熱狂が「ジャンル」を育てていくのを見てきたので、ならば…と一番苦手にしてきたジャンル「ゾンビもの」に挑んでみることに。
『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』は鮮烈でしたが…ジャンプスケアやスプラッター山盛りはやや苦手で…初期のロメロ作品2本でお腹いっぱいになっていたので…よみがえった死者たちを、穏やかに地球と共生していく、新たな人類として描くことにしました。
「シリーズ物」にすることも、娯楽性を補強するところがあるので、なるべくエモーショナルな要素をもりこみつつ「旅するヒューマノイド・ミホが掘りおこす日系移民たちの風景」シリーズの第2話に仕立てました。
文字数:297




